「……っぶねぇ……」
黒崎遊馬は、軽バンのハンドルに突っ伏した。
午前十一時五十八分。
ギリギリセーフ。
午後便の日で助かった。
「……寝たの、何時だっけ」
思い出す。
昨夜の検証祭り。
謎の能力発現。
オフラインゲーム購入。
そして――
「……肉」
机の上に出した、あの“こんがり焼けた肉”。
脳みそが溶けるほど美味かった。
……いや、美味いだけじゃなかった。
「……疲れてねぇ」
寝不足のはずなのに、身体が軽い。
肩が軽い。
足が軽い。
妙に調子がいい。
「……マジで効果あるのかよ」
ゲーム内の“スタミナ回復”。
それが現実でも機能してる。
たぶん。
「……やっば」
テンションが上がる。
だが同時に思う。
「……これ、毎日食えば無敵じゃね?」
最低の発想だった。
◇
「うぃーす」
「おっせぇぞ黒崎」
配送センターに入るなり、怒鳴られた。
声の主は佐伯。
同じ委託ドライバーの先輩で、三十代前半。
短髪、ガタイ良し、既婚者、陽キャ。
現実でもちゃんと強そうな男だ。
なぜか遊馬の面倒を見てくれる。
「今日、元気じゃね?」
「肉っす」
「は?」
「肉食ったんすよ」
「単純か!」
即ツッコミ。
「いや、でもマジで元気なんすよ」
「寝不足でテンションおかしくなってんだろ」
「かもしんないっす」
会話終了。
だが今日の遊馬は違った。
荷物を積む。
「……軽っ」
いつも重いケース飲料。
軽く感じる。
階段を上る。
「……え、楽」
息が切れない。
走る。
速い。
「やっば……!」
いつもの倍、体が動く。
テンションが上がった。
午前中の分を一気に片付ける。
いつもなら昼過ぎでも終わらない量。
それが。
「……終わった」
時計を見る。
午後一時二十分。
「は?」
早い。
早すぎる。
「……神かよ」
こんがり肉、神だった。
◇
その日の夜。
帰宅。
PC起動。
オフラインゲーム起動。
【こんがり焼けた肉】
ドラッグ。
ぽぅ。
机に、どん。
「……やっぱ最高」
食う。
うまい。
体が温まる。
元気出る。
「……これ、革命だろ」
食って。
ゲームして。
寝る。
最高の生活。
――一日目。
◇
二日目。
「うめぇ」
食う。
仕事、楽。
帰る。
食う。
うめぇ。
ゲーム。
寝る。
完璧。
◇
三日目。
「……うめぇな」
まだうまい。
でも。
なんか。
あれ?
◇
四日目。
「……」
もぐ。
……。
もぐ。
「……塩味しかなくね?」
気づいてしまった。
遅かった。
香ばしい。
うまい。
肉汁すごい。
でも。
「味、一種類だわこれ」
そりゃそうだ。
ゲームのアイテムだ。
個体差もなければアレンジもない。
完全再現。
毎回同じ味。
毎回同じ焼き加減。
毎回同じ肉汁。
「……飽きるわ!!」
机を叩いた。
◇
五日目。
「……あれ?」
朝。
だるい。
肩が重い。
足も重い。
「……なんで?」
寝不足だから?
いや。
昨日、肉食ってない。
「……」
思い出す。
昨夜。
飽きてカップ麺で済ませた。
「……は?」
配送中。
いつもの階段で息が切れた。
「っ、は……っ……」
重い。
荷物が重い。
体が重い。
しんどい。
「……マジかよ」
バフ、切れてる。
こんがり肉の恩恵。
あれ、永続じゃない。
「毎日食わなきゃ意味ねぇのかよ!!」
軽バンの中で叫んだ。
そりゃそうだ。
ゲームだって時間制限ある。
なんで永続だと思った。
アホか。
「……いや、待てよ」
遊馬の目が細くなる。
「食い続けるのは無理だ」
飽きる。
コスパ以前の問題。
「……別の手段」
バフ効果のあるもの。
装備。
アクセ。
服。
永続装備バフ。
「……そっちだろ」
家に帰る。
PC起動。
Steamを開く。
「装備ゲー……装備ゲー……」
検索欄に打ち込む。
黒崎遊馬の能力活用は。
食生活改善から。
労働効率改善へ。
着実に進化していた。
◇