――かつて、我々は地上の支配者だったという。
そんな話を、巳神沙羅は幼い頃から何度も聞かされてきた。
我らは星を渡った民。
我らは神に率いられた超越種族。
我らは人より賢く、 人より強く、 人より長命で。
この地に文明を齎し、 戦を操り、 富を動かし、 王を傀儡にしてきた――と。
「……はいはい」
沙羅は、デスクの上に積まれた書類をめくりながら適当に流した。
場所は都内一等地。
高層ビル三十七階。
巳神グループ本社。
その社長室前。
社長秘書デスク。
スーツ姿の沙羅は、 誰が見ても有能なキャリアウーマンだ。
黒髪は艶やかに流れ、 切れ長の目は鋭い。
顔立ちは整っていて、 下手なモデルより美しい。
その上、 仕事もできる。
電話対応。
来客管理。
スケジュール調整。
書類整理。
会議資料の作成。
全部完璧。
……完璧にこなせるよう育てられた。
「巳神さん、こちらお願いします」
「はい」
営業スマイル。
にこり。
受け取る。
内心。
(だる……)
終わってる。
ほんと終わってる。
これが。
若い世代でも屈指の“血の濃さ”を持つ、 次代の象徴。
レプティリアンの名門、 巳神家の娘の現実だ。
◇
レプティリアン。
異星より来たりし、 爬虫の民。
人に化けることができる種族。
……というより。
正確には、 人に“見える”ようにしているだけだ。
本来の姿は。
薄く硬質な鱗に覆われた肌。
縦に裂けた瞳孔。
鋭い爪。
しなやかで強靭な筋肉。
その身体能力は、 人間を遥かに凌駕する。
車のドア程度なら捻じ曲げる。
走れば車並み。
跳べば二階。
反応速度も速い。
頭もいい。
長命。
ずるい。
だからこそ、 人間社会では成功しやすい。
政治。
金融。
医療。
法曹。
経営。
高い知性と身体能力で、 富裕層に紛れて暮らしている者が多い。
実際、 沙羅の親族にもそういうのは多い。
港区。
タワマン。
高級車。
外資。
海外。
キラキラしてる。
うざい。
だが。
沙羅も本来ならそっち側だ。
ただ。
“血が濃すぎた”。
若い世代にしては珍しく、 先祖返りじみている。
身体能力。
魔術適性。
知性。
容姿。
全部高水準。
だから。
囲われた。
大事に。
丁重に。
傷がつかないように。
未来のために。
海外本家筋との婚姻のために。
社長秘書という名目で。
飼い殺し。
「……クソが」
小さく漏れた。
「何か?」
「何でもありません」
営業スマイル。
完璧。
◇
魔術。
それが。
かつての支配の原動力だったらしい。
神秘存在に近づき、 その力を引き出す技術。
高位の術者ほど、 神秘に近づく。
肉体が変質し。
理から外れ。
人をやめる。
神に近づく。
らしい。
そして。
その頂点にいたのが、 かつてのレプティリアン。
……らしい。
でも。
「見たことないし」
沙羅は思う。
自分も魔術は使える。
認識阻害。
暗示。
気配遮断。
それなりに。
若い世代ではかなり強い。
だが。
空を裂いたり。
雷を落としたり。
星を渡ったり。
そんなの知らない。
どう考えても盛ってる。
そう思っていた。
ただ――
結社の長老達を見ると、 少しだけ考えが揺らぐ。
あれは、 人じゃない。
人の形をしているだけの何かだ。
圧が違う。
空気が重い。
目が合うだけで、 本能が膝を折りそうになる。
かつて半ば神秘存在に至り、 神罰の後もなお生き残った化け物。
それが上にいる。
だから。
完全なフカシとも言い切れない。
面倒くさい。
◇
長老達は言う。
救世主が現れた。
人に友好的な神秘存在を地上へ顕現させた。
そして。
魔術を禁じる結界が張られた。
我らは力を失った。
栄光は失われた。
だが。
結界は綻び始めている。
終末が近い。
再び神秘の時代が来る――と。
「……はいはい」
話半分だ。
だって今の世界は普通だ。
電車は遅れるし。
税金は高いし。
会議は長いし。
上司はうるさい。
終末どころじゃない。
今日の残業の方が問題だ。
◇
スマホが鳴った。
非通知。
嫌な予感しかしない。
出る。
『――来い』
一言。
低い男の声。
それだけで切れた。
「……は?」
沈黙。
そして。
察する。
“巣”だ。
都内某所。
レプティリアン結社の拠点。
長老共の溜まり場。
説教。
長い話。
重い空気。
最悪。
「……だる……」
小さく呟き。
沙羅は立ち上がった。
拒否権はない。
呼ばれたら行くしかない。
あの化け物どもに。
逆らえるほど、 まだ強くない。
エレベーターへ向かう。
その足取りは重い。
まだ知らない。
これから。
自分が。
とんでもなく面倒な男に 関わることになるなんて。
知らなかった。
◇