質量交換能力でファイアしようとする話   作:蛮族

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6話 蛇は夢を見る

 

 ――かつて、我々は地上の支配者だったという。

 

 そんな話を、巳神沙羅は幼い頃から何度も聞かされてきた。

 

 我らは星を渡った民。

 

 我らは神に率いられた超越種族。

 

 我らは人より賢く、  人より強く、  人より長命で。

 

 この地に文明を齎し、  戦を操り、  富を動かし、  王を傀儡にしてきた――と。

 

「……はいはい」

 

 沙羅は、デスクの上に積まれた書類をめくりながら適当に流した。

 

 場所は都内一等地。

 

 高層ビル三十七階。

 

 巳神グループ本社。

 

 その社長室前。

 

 社長秘書デスク。

 

 スーツ姿の沙羅は、  誰が見ても有能なキャリアウーマンだ。

 

 黒髪は艶やかに流れ、  切れ長の目は鋭い。

 

 顔立ちは整っていて、  下手なモデルより美しい。

 

 その上、  仕事もできる。

 

 電話対応。

 

 来客管理。

 

 スケジュール調整。

 

 書類整理。

 

 会議資料の作成。

 

 全部完璧。

 

 ……完璧にこなせるよう育てられた。

 

「巳神さん、こちらお願いします」

 

「はい」

 

 営業スマイル。

 

 にこり。

 

 受け取る。

 

 内心。

 

(だる……)

 

 終わってる。

 

 ほんと終わってる。

 

 これが。

 

 若い世代でも屈指の“血の濃さ”を持つ、  次代の象徴。

 

 レプティリアンの名門、  巳神家の娘の現実だ。

 

 ◇

 

 レプティリアン。

 

 異星より来たりし、  爬虫の民。

 

 人に化けることができる種族。

 

 ……というより。

 

 正確には、  人に“見える”ようにしているだけだ。

 

 本来の姿は。

 

 薄く硬質な鱗に覆われた肌。

 

 縦に裂けた瞳孔。

 

 鋭い爪。

 

 しなやかで強靭な筋肉。

 

 その身体能力は、  人間を遥かに凌駕する。

 

 車のドア程度なら捻じ曲げる。

 

 走れば車並み。

 

 跳べば二階。

 

 反応速度も速い。

 

 頭もいい。

 

 長命。

 

 ずるい。

 

 だからこそ、  人間社会では成功しやすい。

 

 政治。

 

 金融。

 

 医療。

 

 法曹。

 

 経営。

 

 高い知性と身体能力で、  富裕層に紛れて暮らしている者が多い。

 

 実際、  沙羅の親族にもそういうのは多い。

 

 港区。

 

 タワマン。

 

 高級車。

 

 外資。

 

 海外。

 

 キラキラしてる。

 

 うざい。

 

 だが。

 

 沙羅も本来ならそっち側だ。

 

 ただ。

 

 “血が濃すぎた”。

 

 若い世代にしては珍しく、  先祖返りじみている。

 

 身体能力。

 

 魔術適性。

 

 知性。

 

 容姿。

 

 全部高水準。

 

 だから。

 

 囲われた。

 

 大事に。

 

 丁重に。

 

 傷がつかないように。

 

 未来のために。

 

 海外本家筋との婚姻のために。

 

 社長秘書という名目で。

 

 飼い殺し。

 

「……クソが」

 

 小さく漏れた。

 

「何か?」

 

「何でもありません」

 

 営業スマイル。

 

 完璧。

 

 ◇

 

 魔術。

 

 それが。

 

 かつての支配の原動力だったらしい。

 

 神秘存在に近づき、  その力を引き出す技術。

 

 高位の術者ほど、  神秘に近づく。

 

 肉体が変質し。

 

 理から外れ。

 

 人をやめる。

 

 神に近づく。

 

 らしい。

 

 そして。

 

 その頂点にいたのが、  かつてのレプティリアン。

 

 ……らしい。

 

 でも。

 

「見たことないし」

 

 沙羅は思う。

 

 自分も魔術は使える。

 

 認識阻害。

 

 暗示。

 

 気配遮断。

 

 それなりに。

 

 若い世代ではかなり強い。

 

 だが。

 

 空を裂いたり。

 

 雷を落としたり。

 

 星を渡ったり。

 

 そんなの知らない。

 

 どう考えても盛ってる。

 

 そう思っていた。

 

 ただ――

 

 結社の長老達を見ると、  少しだけ考えが揺らぐ。

 

 あれは、  人じゃない。

 

 人の形をしているだけの何かだ。

 

 圧が違う。

 

 空気が重い。

 

 目が合うだけで、  本能が膝を折りそうになる。

 

 かつて半ば神秘存在に至り、  神罰の後もなお生き残った化け物。

 

 それが上にいる。

 

 だから。

 

 完全なフカシとも言い切れない。

 

 面倒くさい。

 

 ◇

 

 長老達は言う。

 

 救世主が現れた。

 

 人に友好的な神秘存在を地上へ顕現させた。

 

 そして。

 

 魔術を禁じる結界が張られた。

 

 我らは力を失った。

 

 栄光は失われた。

 

 だが。

 

 結界は綻び始めている。

 

 終末が近い。

 

 再び神秘の時代が来る――と。

 

「……はいはい」

 

 話半分だ。

 

 だって今の世界は普通だ。

 

 電車は遅れるし。

 

 税金は高いし。

 

 会議は長いし。

 

 上司はうるさい。

 

 終末どころじゃない。

 

 今日の残業の方が問題だ。

 

 ◇

 

 スマホが鳴った。

 

 非通知。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 出る。

 

『――来い』

 

 一言。

 

 低い男の声。

 

 それだけで切れた。

 

「……は?」

 

 沈黙。

 

 そして。

 

 察する。

 

 “巣”だ。

 

 都内某所。

 

 レプティリアン結社の拠点。

 

 長老共の溜まり場。

 

 説教。

 

 長い話。

 

 重い空気。

 

 最悪。

 

「……だる……」

 

 小さく呟き。

 

 沙羅は立ち上がった。

 

 拒否権はない。

 

 呼ばれたら行くしかない。

 

 あの化け物どもに。

 

 逆らえるほど、  まだ強くない。

 

 エレベーターへ向かう。

 

 その足取りは重い。

 

 まだ知らない。

 

 これから。

 

 自分が。

 

 とんでもなく面倒な男に  関わることになるなんて。

 

 知らなかった。

 

 ◇

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