質量交換能力でファイアしようとする話   作:蛮族

8 / 8
7話 巣の中の怪物

 

 

 都内から車で三時間。

 

 かつては観光客と富裕層の別荘で賑わった土地。

 

 バブルの頃には高級ホテルが立ち並び、ゴルフ場には予約が殺到し、温泉街には連日人が溢れていたという。

 

 今はもう、その面影も薄い。

 

 寂れた商店街。

 

 潰れたホテル。

 

 草に埋もれた看板。

 

 ……が。

 

 その一角だけは異様だった。

 

 整えられた森。

 

 舗装された私道。

 

 外灯。

 

 監視カメラ。

 

 高い塀。

 

 人の気配はないのに、手入れだけは完璧。

 

 その中心にあるのが、  巳神家本邸。

 

 ホテルか城かという規模の巨大な本宅は、長老たちが認めた血族のみが住まうことを許される。

 

 そしてその奥。

 

 深い森の先にあるのが――“巣”。

 

「……だる」

 

 巳神沙羅は、  高級車を降りてため息をついた。

 

 仕事帰り。

 

 スーツ。

 

 ヒール。

 

 残業後。

 

 そこから三時間。

 

 終わってる。

 

 ほんと終わってる。

 

 本宅から続く石畳の道。

 

 夜露に濡れて鈍く光っていた。

 

 左右には蛇を模した石灯籠。

 

 口元や目の奥に、  青白い火が揺れている。

 

 ゆらり。

 

 ゆらり。

 

 風もないのに。

 

 周囲は鬱蒼とした森。

 

 本来なら、  虫の声くらい聞こえそうなものだが――静かだ。

 

 不自然なほどに。

 

 風もない。

 

 葉擦れもない。

 

 ただ。

 

 ざり……

 

 ざり……

 

 何かが石を擦るような音だけがする。

 

 長いものが、  這い回るような音。

 

 沙羅は足を止めず、  ちらりと横目で見た。

 

 次の瞬間。

 

 す、と。

 

 灯籠の上に影が現れる。

 

 巨大な蛇。

 

 灯籠にとぐろを巻き、  鎌首をもたげていた。

 

 青白い火に照らされ、  黒い鱗が鈍く光る。

 

 理知的な瞳。

 

 人のように。

 

 墳墓を守る眷属。

 

 長老の血を飲み知性を得た使い魔とも。

 

 人とレプティリアンの交わりの果てに生まれた、  なりそこないとも言われる存在。

 

 真偽は知らない。

 

 興味もない。

 

 ただ――

 

 幼い頃。

 

 この広すぎる森で迷った時。

 

 泣いていた自分を、  こいつは本宅まで導いてくれた。

 

 ぴたりと寄り添って。

 

 優しかった。

 

 少なくとも、  親戚よりは。

 

「……ただいま」

 

 ひらり。

 

 手を振る。

 

 蛇は、  すう、と舌を出し。

 

 わずかに頭を下げた。

 

「……相変わらずかわいい」

 

 ぼそり。

 

 普通なら悲鳴ものの光景だが、  沙羅には日常だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 森が開ける。

 

 そこにあるのは、  巨大な墳墓。

 

 古墳めいた、  古い塚。

 

 表向きは巳神家先祖代々の墓。

 

 実際は――“巣”。

 

「……はぁ」

 

 ため息をつき、  中へ入る。

 

 ◇

 

 墳墓の内部は、  石造りの回廊だった。

 

 冷たい。

 

 湿っている。

 

 壁には蛇の浮彫。

 

 古代日本のものとも、  異星由来のものともつかない紋様。

 

 混ざっている。

 

 奥へ進むと、  古めかしいエレベーター。

 

 黒鉄の格子扉。

 

 重厚な装飾。

 

 蛇。

 

 蛇。

 

 蛇。

 

「……趣味悪……」

 

 ぼそり。

 

 扉が開く。

 

 乗る。

 

 閉まる。

 

 軋む音と共に、  ゆっくりと地下へ。

 

 下へ。

 

 さらに下へ。

 

 深く。

 

 深く。

 

 降りるほどに、  空気が重くなる。

 

 圧が増す。

 

 嫌な感じ。

 

 到着。

 

 格子扉が開く。

 

 その先は――聖堂。

 

 天井は高い。

 

 薄暗い。

 

 燭台。

 

 青白い炎。

 

 巨大な蛇神像。

 

 壁一面に蛇。

 

 柱にも蛇。

 

 床にも蛇。

 

「……ほんと終わってる」

 

 いかにも邪悪な宗教が作りました、  と言わんばかりだった。

 

 その中央。

 

 蛇神像の前に、  場違いなプロジェクター。

 

 その横には、  一人の小間使い。

 

 分家筋の若い男。

 

 血は薄い。

 

 ほとんど人間と変わらない。

 

 顔面蒼白。

 

 額には脂汗。

 

 震える手でリモコンを握っていた。

 

 ここで失敗すれば死ぬ。

 

 冗談ではない。

 

 以前、  操作を誤った者がいた。

 

 首が飛んだ。

 

 それを沙羅は知っている。

 

 男の喉が、  ごくりと鳴った。

 

 その音すら聞こえそうなほど静かだった。

 

 沙羅はそれを見て、  ふ、と口元を歪めた。

 

 冷笑。

 

 哀れだと思った。

 

 血が薄いだけで、  こうして使い潰される分家も。

 

 それを当然とする長老達も。

 

 そして。

 

 そんな世界の中で、  涼しい顔をして立っている自分も。

 

 何もかも。

 

 時代遅れだ。

 

「巳神沙羅、参りました」

 

 頭を下げる。

 

 礼儀だけは完璧。

 

 その先。

 

 祭壇。

 

 奥に並ぶ玉座。

 

 そこに座すのは、  長老達。

 

 老人の姿をしていても、  隠しきれていない。

 

 鱗。

 

 瞳。

 

 爪。

 

 空気。

 

 圧。

 

 いるだけで、  本能が膝を折りそうになる。

 

 沈黙。

 

 わざとだ。

 

 数秒。

 

 十秒。

 

(だる……)

 

『顔を上げよ』

 

 低い声。

 

 首領格。

 

 黄金の縦瞳。

 

「……はい」

 

『貴様に任務を与える』

 

「はぁ」

 

 軽く返した瞬間。

 

 圧。

 

「……っ」

 

 肺が潰れる。

 

 膝が折れかけた。

 

『返事は』

 

「……はい」

 

 素直に言い直す。

 

 クソジジイ。

 

『映せ』

 

 小間使いがびくりと震えた。

 

「は、はいっ……!」

 

 慌てて操作。

 

 プロジェクター起動。

 

 映像が蛇神像の前に映る。

 

 そこにいたのは――男。

 

 配送業者の制服。

 

 黒髪。

 

 不機嫌そうな顔。

 

 どこにでもいそうな男。

 

『名は黒崎遊馬』

 

 黒崎遊馬。

 

「……誰?」

 

 睨まれる。

 

 黙る。

 

 映像が切り替わる。

 

 路地裏。

 

 タブレット。

 

 操作。

 

 光。

 

 粒子。

 

 そして――肉。

 

「……は?」

 

 次。

 

 肉を食う。

 

 走る。

 

 速い。

 

「……は?」

 

 次。

 

 アクセ装備。

 

 荷物を軽々持つ。

 

「……は?」

 

 次。

 

 空間収納。

 

 生成。

 

 複製。

 

 次々。

 

「……え、何これ」

 

 本音が漏れた。

 

『我らにもわからぬ』

 

「いや、わからないんかい……」

 

 空気が冷える。

 

 やばい。

 

『結界下において日常的に魔術を行使している』

 

『既知の体系ではない』

 

『詠唱なし』

 

『儀式なし』

 

『契約痕なし』

 

『だが本物』

 

 沙羅は黙った。

 

 映像を見る。

 

 肉食ってる。

 

 なんか嫌だ。

 

 でも異常。

 

『接触しろ』

 

「……は?」

 

『聞き出せ』

 

「無理でしょ」

 

 即答。

 

『なぜだ』

 

「いや……」

 

 映像を見る。

 

「なんかヤバいじゃないですか」

 

 沈黙。

 

 そして。

 

 クク……と笑い。

 

 長老の一人だった。

 

『正直な娘よ』

 

「褒められてます?」

 

『だからこそだ』

 

 首領格が言う。

 

『敵意なく』

 

『敬意をもって』

 

『接触せよ』

 

『若き血で最も濃きお前なら』

 

『こちらの誠意も伝わる』

 

 つまり。

 

 使いっ走り。

 

「……だる……」

 

『方法はこちらで用意する』

 

 映像が変わる。

 

 配送伝票。

 

 高額案件。

 

 時間指定。

 

 特別料金。

 

 届け先――自宅。

 

「……は?」

 

『貴様が呼べ』

 

 終わってる。

 

 ほんと終わってる。

 

 沙羅は頭を抱えた。

 

 画面の中で。

 

 黒崎遊馬が肉を食っていた。

 

「……何なのあいつ……」

 

 心の底からそう思った。

 

 数日後。

 

 その“何なのあいつ”と、  本当に会うことになる。

 

 ◇




ChatGPTくんのサブスク入った記念に沙羅のイメージ画像も追加しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。