それは何年前の事か?突如として発生した巨大な戦争が収束してから間もない頃、各地では戦争によって何かを失う者が数多くいた。そして、元から家がない者はその戦争に参加し、敗れてしまった者は帰る家さえもなかった。
そんな中で、遠く離れた地の花街にて。
「…ん?」
雪が多く降り注ぐ中で、景色を見ようと緑青館の外に出たやり手婆は、目の前の古ぼけた家屋の影に倒れ臥す影を見つける。
見窄らしく、ボロボロの衣服。だが、その下には鍛え上げられた肉体が覗かせていた。
そんな少年にやり手婆は気まぐれに声をかける。
「こんなところで何やってんだい?坊主」
「…」
その声に、俯いていた顔がゆっくりと上げられた。幼さが残るその顔からは正気が消え失せており、目もまるで此方ではなく虚空を見つめているようであった。
「腹減ってんのかい?」
「…」
コクリと頷く。
「見るからに、孤児って訳じゃなさそうだね。となると、どっかの戦争に敗れて流れた余所者ってところか」
見れば見るほど、惨めなものだった。このまま放っておけば、この青年は必ず死ぬだろう。ここ花街では路地裏で死体など、特に珍しいものではない。それに倒れている人を助けるほどお人好しではない。
だが、戦った兵士を見捨てるほど、人の心を捨ててなどもいない。
「ほらよ」
店に置いてあった期限切れの茶菓子。見た目は少しばかりパサついており、どう処分しようか迷っていたが、ちょうど良い。
すると、その青年はすぐさまそれを手に取り、口の中に運んでいった。
味などないに等しいだろう。だが、それでも青年は食べる手を止めなかった。
それによって、皿の上に盛られていた茶菓子はもう無くなっていた。青年が食べ終えるのを見届けると、背を向ける。
「食べ終わったなら、よそに行きな。ここには今みたいに飯めぐんでくれる奴なんて、いないからね」
その時であった。
「待ってくれよ」
「あぁ?」
後ろから声が聞こえて振り向くと、茶菓子を食べ終えた青年が、フラフラとしながらも立ち上がる。そして、おぼつかない足取りで此方へと歩み寄ると、荒い息をしながらも、顔を上げて、その目を向けた。
「ならよ婆さん…俺を雇ってくれよ」
「はぁ?」
突然すぎるその言葉に訳が分からず突き返す。
「落ちた兵士ごときに何ができるってんだい?見るからにチビだし、頼りなさそうだよ」
「この恩を返すためなら…何だってやるさ。アンタが使えないって判断すりゃ…煮るなり焼くなり好きにすりゃいい」
「ふぅん」
そんな言葉など、いくらでも見繕える。何ならここ花街では何人と見てきた。だが、この青年から発せられたその言葉の重みなどが、花街で聞くものとは全く違う。それに先程まで死にそうであったその目にも光が宿り此方を捉えていた。
その信念と言葉に、キセルを一吸いすると、吹きかける。
「なら、お手並み拝見と行こうじゃないか」
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ーーーーー
ーーー
ー
「あら、案外アッサリと引っかかるものね♪」
「おい白鈴、下がってろ。邪魔」
「は〜い!」
そう言われた白鈴は、何やら嬉しそうにルンルンと鼻歌を歌いながら緑青館へと戻っていった。
そして彼女が戻った事を確認した梟鋒はまるで自分の手脚であるかのように棒を振り回すと、片手で握り締めて立つ。
「テメェら、夜更けに女襲うなんざ、とんだ罰当たりじゃねぇか。襲うんならうちの婆にしろよ、アンタらの大好物な熟女だぞ」
「う…うるせぇ!!こちとら生活がかかってんだよ!!」
「それにあんなの熟成通り越して腐敗してんだろうがッ!!!」
「まぁ確かに。あんなのに手を出したらこっちも腐っちまうかも。悪かったな。お詫びに近くの妓楼にいる『絶世の美女』と言われた過去があるやり手婆を紹介してやる」
「結局婆じゃねぇか!!!」
「テメェ老人ホームと勘違いしてんだろ!?」
すると、男達は懐から刀剣や槍を取り出した。
「顔を見られたからには生かしちゃおけねぇな…やるぞ」
「おうよ…!!」
その言葉に頷き、男達はまるで腕に馴染ませるかのように武器を振り回す。その扱いは、とても素人と呼べるものではない。確実に訓練及び実践を積んできた者の扱い方だ。
「随分と扱いに慣れてるな」
「当たり前だ!!俺達をそこらの連中と一緒にすんじゃねぇよ!!攫う時にはすぐに相手の口を塞ぎ、身体を縛れるようにしてんだからな。そのためにはただ逃げ足が早ければいいってもんじゃねぇのさ!!」
「見た奴をすぐに始末できなきゃな!!それで何度も何度も若い奴らを売っぱらってきた!!テメェもその1人だ!!」
そして、確実に馴染んだのか、男2人は一瞬にして、目の前まで迫ると、その武器を振り下ろした。
「「死ねッ!!!」」
「…そうか」
それに対して、梟鋒が静かに頷いた瞬間_____
_____乱れた髪の間から見えた目が大きく血走る。
「「!?」」
その目を見た瞬間 男達の全身から殺気と戦意が消え去るが、もう遅い。その虎さえも怯ませる鋭い目を向けた梟鋒の棒を握り締める両腕の筋肉が隆起する。
その瞬間、
「じゃあ消えろ」
男達の身体が吹き飛んだ。
まるで暴風雨にでもあったかのように、激しい風を切る音と共に、吹き飛ばされたその身体は、先に倒された三人の男と同様に、壁へと叩きつけられたのであった。
「悪いな。俺はここの用心棒なんでな。だから、汚い手で白鈴に触んじゃねぇよ」
その言葉と共に、梟鋒は緑青館へと戻っていった。
その場に取り残された男達の姿は、後に朝日と共に姿を消し、二度と現れることはなかった。
この花街から姿を消したのか?
はたまた、その身体を裏の世界の者に引き渡されたのか?
その真実を知る者は誰もいない。
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ーー
しばらくして、ある木棺が緑青館へと届いた。
「あぁ?誰からだよ………えぇ!?」
その木棺を受け取り、差出人を見た梟鋒は驚きの声を上げると、すぐさまやり手婆へと駆け寄る。
「おいババア!!これ!!猫猫から!!!」
「はぁ!?」
驚いたやり手婆や彼女と共にいた三姫達はすぐさま駆け寄り、その木棺に記された文字を読む。
それはなんと、猫猫からであり、出所はなんと____
____帝の花園『後宮』であった。