ギターヒーロー in よう実   作:右から左へ

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ギターヒーロー

 

 

「えっ……ギターヒーローさん?」

 

 きょとんとした表情で私を見つめる橘さん。

 

 軽く会釈すると、何故かぷんすこと怒りだした。

 

「いやいや、ギターヒーローさんは10年くらい前から配信してるんですよ? 年下の女の子の訳ないですっ!」

 

「あ、小2から配信してたので……8年前ですね」

 

 ひいふうみいよと、指折り数えて計算する。そのくらいから日本でYouTuberが出没しはじめたのでブルーオーシャンに乗っかろうと、原作ぼっちちゃんよりもかなり早くから配信を始めていた。

 

 配信は「弾いてみた」オンリーで、今世と前世で好きな曲、ハマった曲をギターでひたすら弾くだけ。画面は適当なフリー素材を貼り付けただけのシンプルなものだけど、スタートダッシュに成功したこともあって競合がほとんどいなく、登録者数はかなり伸びていた。

 

「いやいやいやいや、当時からプロレベルだったから、そんな訳ありません! 流行りに疎い会長を騙せても、私は騙されませんよ!」

 

「……実際に聴かせた方が早いだろう。申し訳ないが橘に一曲聴かせてやれないか」

 

「あ、はい……何かリクエストありますか?」

 

「えっ? じゃあ、コレをお願いします」

 

 橘さんが端末を操作して曲を再生した。また私のチャンネルで、今度は前世の曲をギターソロでアレンジしたもの。当然、歌はない。

 

「あ、あの、この曲には歌詞があるので……よければ弾き語りにしましょうか」

 

 前世でよくカラオケで歌っていた曲*1だし、練習する時には基本歌いながらギターを弾いている。

 

 前世から、歌うのは好きなんだ。

 

 配信も歌有りでやるか何度も迷ったけど、将来的に結束バンドを組むなら歌有り配信は絶対に不味い。

 

 ギター初心者な上に、当初はボーカルも素人にしては上手い程度という評価だった喜多ちゃんの居場所が無くなってまう。

 

 そうなりかねないのは、バカでも分かる。

 

 だから、歌うのはぐっと我慢して配信を続けてきた。

 

 けど、この世界には喜多ちゃんも虹夏ちゃんも山田もいない。

 

 

 なら、もう我慢する必要はないよね。

 

 

「弾き語り……?」

 

「ぎ、ギターを弾きながら歌うこと、です」

 

「ギターヒーローさんは歌は配信してませんよ! やっぱり偽物……」

 

「それで頼む」

 

 堀北兄が憤慨する橘さんを手で制して、弾くように促す。

 

 

 

「じゃ、じゃあ、弾きますね……ギターソロアレンジで、Adoの『私は最強』、です」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 最後のフレーズを高らかに歌い上げると、ギターのコードが空気に溶けていく。

 

 余韻が消えるまでの間、橘さんは呆けたように固まっていた。

 

 うん、やっぱりこの曲は歌があってこそだ。令和の歌姫の曲だし。

 

 やがてハッとしたように瞬きを繰り返すと、顔を上気させて猛烈な勢いで拍手を送ってくれた。

 

「ほ、本当にギターヒーローさんだったんですねッ! それに歌! もの凄かったですッ!」

 

 何故か橘さんが拍手しながらガチ泣き始めた。

 

 満足してくれたようでなによりだけど、あまりの熱量に、私は思わずギターのネックを握る手に力を込めて後ずさりしてしまった。

 

「分かっただろう。配信が出来なければ少なくとも3年間は新曲が聴けなくなるぞ。橘も最近は全く新曲が配信されないと嘆いていただろう」

 

「そうですね! これは何としても許可を貰わないとダメです!」

 

 ふんすと、橘さんが小さくガッツポーズして気合いを入れている。けど、あまりやる気のない私はいつ退学するか自分でも分からない。

 

「あ、別にダメなら諦めますので……」

 

「……お前の諦める、というのは退学するという意味だな?」

 

「は、はい、配信は死活問題なので……ダメなら高育を退学します」

 

 進路とか将来の夢とかノーフィーチャーだ。

 

 このまま適当にギターを弾いて、配信の広告収益で食っていきたい。結構稼げるようになってきてるし、今配信やめたらせっかく増えた登録者が減って、広告収益も無くなってしまう。

 

 トコロテンの訪問販売はやりたくない。

 

 絶対に働きたくないでござる。

 

「お前は何故、高育に入学しようと思ったんだ……?」

 

「入れるところなら何処でも良かったんですけど、何故か担任が高育を勧めてきたので……中卒は恥ずかしいから、高卒の資格さえ得られれば良いかなってくらいです」

 

「ぜ、絶対に辞めないでください! 高育も良い学校なんですよ!」

 

 ぼざろの世界じゃないと分かって自暴自棄になってたってのが大きかったけど、その辺は隠して本音を伝えたら、橘さんが私の両手を握って力説してきた。顔が近い。

 

「い、いやぁ……でも、高育って3年間競わせられるんですよね? 私には向いてないかなぁと」

 

「何故そう思う?」

 

 あ、やべ。原作知識がポロリした。

 

 堀北兄が鋭い目つきで睨んでくる。

 

「え、えーと……か、勘ですかね。何となくそうなのかなぁと……えへへ」

 

 原作知識でペラペラと説明するのは簡単だけど、初日でろくに学校のことを知らない奴が知っていたら流石におかしい。言葉を濁していると、

 

「面白いな、お前……そういえば名前は何という?」

 

「あ、後藤ひとり……です」

 

「後藤、生徒会に入らないか?」

 

「い、いえ……遠慮しておきます」

 

 何故か生徒会に勧誘された。

 全く興味ないから入るという選択肢はない。

 

「そうか、興味がでたらぜひ生徒会に入ってくれ。いつでも歓迎する」

 

「私も歓迎します!」

 

「か、考えておきます……」

 

「では、橘も納得したところで施設の案内をしてやろう。ついてこい」

 

「い、いえ、そこまでして貰うわけには……」

 

「入学式の後にはクラスごとに担任が学内を案内する予定だ。もう終わってるだろうから、俺が案内してやる……と、その前に端末をだせ」

 

 端末を差し出すと、堀北兄が自分の端末を操作して、私の端末に近づけた。

 

「約束のポイントを譲渡した。確認してくれ」

 

 端末を見ると渡されたポイントは100万と表示されていた。

 

「えっ……こんなに貰っていいんですか?」

 

「何かと入り用なんだろ、とっておけ……最高の演奏だったぞ、ギターヒーロー」

 

 

 堀北兄はそう言って、眼鏡をクイッと上げた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その後、橘さんもポイントを払うと言って、所持ポイント全額ベッドしてきたけど、流石に悪いと思ってそちらは辞退した。

 

 そして堀北兄と橘さんに学校の施設を案内して貰い、連絡先を交換して別れた。

 

 すでにほとんどの新入生は帰っているのか、学校内に学生の姿はない。

 

 橘さんから貰ったプリントを頼りに、一年生用の寮に向かう。学年単位で同じ建物で、男女で階が分かれている。割り振られた部屋に入ると、マンスリーマンションのようにすでに家具や机、ベットに布団などは備え付けられていて、簡素だけどこのまま最低限の生活が送れるようになっていた。

 

「つ、疲れた……」

 

 そのまま布団にダイブすると、シーツからクリーニング直後のゴワゴワした感触が伝わってくる。

 

 疲れていても興奮状態なせいか、寝落ちしそうでしない感じだ。そのままぼんやりと今日の事と、今後のことを考える。

 

 無事、ギターや機材込みで入学することが出来たけど、正直ダメ元というか、親への言い訳のために持ってきていただけだった。

 

 自分なりに頑張ったけど、ダメだったから退学してきたと。

 

 

 The music is in my blood.

 私の身体にはロックが流れている

 

 

 前世で好きだった洋楽の歌詞だ。

 

 

 ずっとギター漬けの生活を送ってきたので、

 

 ギターが、音楽が無いと、もう私は生きていけなくなっている。

 

 それは親も分かっているし、将来まともに就職できるとも思われてないだろう。けど、最低限高校くらいは卒業しておきなさいと言われてるし、私もそう思う。

 

 堀北兄が推薦してくれると言ってたし、ギターや機材は問題ないだろう。配信も続けられるなら、退学しなくてもいい。

 

 けど、私がこの学校で上手くやっていけるかは別問題。もし退学になったら通信制の高校に切り替えて、高卒の資格だけ得られればいいかな。

 

 無理にしがみつく必要はない。

 

「……ギター弾こ」

 

 一息ついたら無性にギターが弾きたくなってきた。

 

 キャリーカートに括り付けていたケースからギターを取り出し、アンプに繋いでヘッドホンを着ける。寮は鉄筋で防音はしっかりしてそうだけど、流石にアンプから音を垂れ流すのは不味い。

 

 ベッドに腰掛け、ギターを弾く。

 

 そして生徒会室で初めて、家族以外の前で演奏をしたのを思い出す。

 

 いつも自室でしか弾かないから、妹かジミヘン(飼い犬)くらいの前でしか演奏したことはなかった。

 

『最高の演奏だったぞ、ギターヒーロー』

 

 そう言ってくれた堀北兄と、私の曲で感動していた橘さん。

 

(気持ちよかったな……)

 

 いつも部屋に籠って黙々と弾いているだけだったから、そういう反応は新鮮だった。妹も昔は弾いてあげたら凄い凄いと喜んでいたのに、最近は塩対応になってたし。

 

 それにギターだけじゃなくて、やっぱり曲には歌があった方が私は好きだ。欲を言えばベースやドラムなどリズム隊も欲しいし、バンドを組んでみたかったけど、ぼざろ世界じゃないからと他のバンドメンバーを探すことはしたくない。

 

 なら、自分一人で曲を完成させようかな……DTM? 打ち込み? とか必要なんだっけ。

 

 ギター以外興味なかったから調べたことも無かったけど、チャレンジしてみるか。

 

 思い立ったら即行動。

 

 ギターを弾いていた手を止め、調べるために備え付けのPCを起動する。電源ボタンを押しても立ち上がりが糞遅いからスペックを確認したらやっぱり低スペだった。何年前のPCだこれ。編集するなら絶対自分のPCが必要になるなと確信しながらWEBブラウザを立ち上げる。

 

 そして色々と情報を集め、口コミやレビューも見て、良さそうな機材をリストアップする。高育の専用サイトからその商品の購入申請をすると、自動的にポイントが引かれるようだ。

 

 音源も買って……あ、ベースも買って練習しようかな……ドラムは……一応、買うだけ買って練習してみるか。

 

 ギターは自宅に沢山あるから、申請して郵送してもらえれば予備も含めて新しく買う必要はないな……いや、この新しいモデルのギターかっけえなぁ……けど、ギターまで買ったら全体的にグレード落とさないと予算に収まらない。

 

 小一時間熟考した結果、新しいモデルのエレキギターは涙を飲んでお預けにした。グレード下げてしょぼい機材買っても音が気に入らなかったらまた買い直しになるだけ。

 

 ギターはポイント貯まったら後で買おう。

 

 

 と、気が付いたら手持ちの110万ポイントを殆ど使い果たしていた。

 

 

 まあ、初期投資で必要経費だ。

 

 よしとしよう。

 

 

 

 

*1
ヒトカラ






私は最強
https://youtu.be/sk1Z-Hqwwog?si=ipEdGKuuqH7xkGwr



ちゃんと事前申請していたら、そこで却下されてたので最初から入学辞退していた感じ

始まる前から終わってた



Q、よう実は2015年設定なのに、2020年デビューしたAdoちゃんのカバーしていいの?
A、感の良いガキは嫌いだなぁ……

作中にチラッと書いてますが、このよう実世界には前世(リアル)のコンテンツは存在してません。アーティストもバンドも含めて。



このお話ではバンドは組まずに、ソロアーティストになる方向になります



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