殴る方の加茂   作:分真鷲太郎

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 胃が痛い。呪術高専京都校の教鞭を握る立場となって暫く経つが、庵歌姫は今年度ほど気の進まない年は無かった。

 万年人材不足である呪術界。呪術師を育成する呪術高専への新入生など、五人も居れば多い方とされるほど。

 現に、今年度の京都校への新入生は三名だ。

 一人目は、一般家庭出身。しかし、仕事をしない方の特級術師の弟子。

 二人目は、呪術師の家系。呪術高専への入学は珍しくないが父親が外国人の術師という希少性。

 そして、庵が最も頭を悩ませているのが、三人目。

 

「加茂家……」

 

 呪術師の元締めである総監部と懇ろな関係で、血統主義。他二つの御三家と比べてもより権力でどろりとした排他主義の目立つ家。

 その家の当主候補筆頭。この情報を見るだけで、庵は胃が痛む気がした。

 

 職員室にて胃痛に苛まれる担任が居る一方で、一年生に割り当てられた教室でも動きがあった。

 

「どんな女が好み(タイプ)だ?加茂」

「唐突だな」

 

 170センチを越えた身長をした加茂憲紀に対して、目の前のクラスメイトは180はあるのではなかろうか。体も分厚く、改造したであろう短ラン型の高専の制服の上からでも分かる筋肉の厚みが見て取れた。

 顔の傷も相まって実に強面な、そんな相手からの問い。

 この場に居るもう一人の小柄な少女は引いたように頬を引きつらせながら教室の隅に逃げ出している。

 とはいえ、憲紀は憲紀で見た目で逃げ出す様な軟な肝っ玉はしていなかった。

 

「その前に、名前を名乗るのが筋じゃないか?私の事は知っているようだが」

「ほう、それもそうだな。己の好み(タイプ)を明かさずして相手に聞くのは公平(フェア)じゃない」

 

 話が通じているのかいないのか、したり顔で頷く巨漢。

 

「東堂葵だ。好きな女のタイプは、身長(タッパ)(ケツ)がデカい女。さあ、次はお前の番だな加茂。男でも構わんぞ。俺はLGBTにも寛容だ」

「うぇ……」

 

 東堂のセリフに、教室の隅で事の成り行きを見守っていた少女が舌を出す。

 初対面からヤバい奴の印象だったが、キモチワルイ奴へとその株が急転直下に叩き落ちていったらしい。

 一方で、東堂の自己紹介を聞いた憲紀は頷いた。

 

「成程、東堂か。知っているようだが、私は加茂憲紀。それで、好きな女性のタイプだったか」

「ああ、そうだ。速く答えろ」

「ふむ……髪だな」

「ほう」

「え……」

 

 【悲報】私の同級生はキモイのしか居ない件【お前もそっち側か】

 そんなタイトルのスレが開けそうな状況に、少女は白目を剥く。

 

「よく手入れのされた黒髪は素晴らしい。風になびく様など芸術そのものだ。さりとて茶髪や金髪を蔑ろにする訳じゃない。髪の美しい人が好きだな」

「ふっ……良いじゃないか、加茂。性癖にはそいつの全てが凝縮される。詰まらん性癖の奴は、そのままに詰まらん奴だ」

「ふむ…………では、私の答えはお眼鏡にかなった、と。なら、今度は私からの提案をしようか」

「ほう。聞かせてもらおうか」

「そう難しいモノじゃない。東堂、君も武を身に付けた人間だ。()()()()()()?」

 

 チリッ、と空気が張り詰める。同時に、言葉の意図を正確に汲み取った東堂もまた強面の人相に凶悪な笑みを浮かべた。

 

「ふっ……良いだろう、()()()。そうだな、好み(タイプ)だけじゃなく武人たるもの、肌と肌を合わせてこそ、か」

「グラウンドで良いだろう?」

「望む所だ」

 

 性癖の話で盛り上がったかと思えば、急な真面目な雰囲気。

 眉を上げる少女の一方で、不意に教室の扉が開かれた。

 

「はーい、新入生たちは席に着きなさいよー」

 

 胃痛を薬でごまかした庵歌姫の登場だった。職員室で腐っていても致し方ないと一念発起の心持で教室までやって来た。

 そんな担任の心構えなど知った事かと、東堂が咆える。

 

「ティーチャー!これから俺と加茂は、男の語り合いの為に校庭に行ってくる!」

「そういう事です、先生。出来れば、保健室の予約をお願いします」

「…………は?」

 

 目を点にする庵だが、そんな彼女を気にも留めず肩で風を切っていく東堂とその後を音も無くついていく憲紀。

 後に残ったのは呆然とする庵とそれから完全に壁の花とかした新入生の紅一点。

 

「…………私の同級生、可愛くない」

 

 西宮桃の呟きが教室に流れて、溶けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東堂葵は、幼少期常に退屈の中に居た。

 ソレがひっくり返ったのは、呪術という世界に触れる切っ掛けがあったから。

 研鑽は素晴らしい。だが、同時に己が強くなればなるほどに渇きは増していく。

 無論、東堂自身は己を最強であるとは思っていない。未だに師の領域には届いていないし、況してや現代最強の足元にも届いていないとも考えている。

 それでも、渇く。

 

 そして、出会った。

 

 軽快なステップを踏む相手を見やり、東堂の口角は自然と吊り上がっていた。

 加茂家次期当主筆頭。その肩書は、周囲への興味が極端な東堂の耳にも入っている。

 呪術界の重鎮である御三家の次期当主筆頭オマケに術式頼りの呪術師ではなく、体術を主とした戦闘強者。

 高まるボルテージの中で、加茂憲紀は拳を握った。

 細かなステップでリズムをとる体と高めに構えられた拳。

 

拳闘(ボクシング)か……!」

「分かるかい?始めようか」

「来いッ!!」

 

 前傾になりつつ構えた東堂に、憲紀が駆ける。

 駆ける足をそのまま踏み込みに。放たれるのは、最短最速の一撃。

 

(速い……!)

 

 軽い音と共に、東堂の顔が跳ね上がった。

 左ジャブ。それが憲紀の選んだ一手だった。

 様々な格闘技の中でも、取り分け速度に特化した攻撃とされるのがジャブだ。

 威力は、他のボクシングの基本技と比べても劣るかもしれない。

 だが、速度という一点では間違いなく最速。そして、威力が他に劣ろうともソレがイコールとして()()()()()()

 仰け反った上体を戻そうとした瞬間、東堂の頭が再度跳ね上がる。

 

(威力はそれ程ではない。だが!この速度!左を制する者は、世界を制するという格言がボクシングにはあるという。加茂のジャブ(コレ)は格言の通りか!)

 

 凶悪な笑みを浮かべ、東堂は()()()後ろへと倒れる。

 倒れながら、強靭な腹筋を活かして思い切り右足を削田へと振り上げた。

 振り上げられる蹴り足を、スウェーバックで躱す憲紀。この間に、振り上げた足の勢いをそのままに後転した東堂は、クラウチングスタートのような姿勢を取ると弾丸のように前へと飛び出していた。

 大ぶりな、右横拳。明確な武術を体得している訳ではない東堂だが、その一方で実戦に裏打ちされた我流の体術を振るう。

 これに対して、憲紀はオーソドックススタイルの構えを取り、左拳を射出。

 東堂の拳の出鼻をくじくようにして、手打ちの左ジャブに叩かれる。

 

(パーリング!ならば!)

 

 右拳が逸れた反動を、そのまま攻撃へ転用。側転をする様に体を倒しつつ、狙うのは浴びせ蹴り。

 対して、憲紀は笑みを浮かべる。

 

(面白い……!型に嵌らないながら、その恵まれた体格と努力に裏打ちされた筋肉(質量)の持ち主がここまで軽快に動けるとは!)

 

 拳と蹴り足がぶつかり合う。

 互いに弾かれ距離が空いた。

 

「素晴らしいな、東堂。実戦に裏打ちされた柔軟性のある我流とは面白い……!」

「それはこっちも同じだ、加茂ォ!もっと上げていこうじゃないか!」

「望む所だ」

 

 昂る感情が、呪力となって湧き上がった。

 術式を解禁する事はない。流石にそこまで行けば、手合わせではなく殺し合いになってしまう事をお互いに理解しているからだ。

 あくまでも手合わせの範疇に留まりつつ、全力でぶつかり合う。

 

 拳を交える男二人。そんな彼らを、グラウンドへと通じる階段の上から庵と西宮の二人は見ていた。

 

「体術に関しては、ほぼ完璧ね。というか、私が教えられること無さそう」

「…………」

「というか……あの二人を見てると嫌な相手を思い出すわね……」

「先生の知り合い?」

「嫌な後輩よ。屑ね、屑」

 

 露骨に顔を顰めて吐き捨てる庵に、西宮は頬を引きつらせた。

 ただ、その視線がぶつかり合う二人から外れることはない。

 彼女自身、フィジカルに優れている訳ではない。体術も、そこまで得意ではない。

 致し方ない部分はある。元々、西宮桃の体格自体が優れていないのだから。加えて、呪術師界隈は才能が八割ほどと言われ、その理由が各々に刻まれた生得術式にあった。

 後天的に得られる事は、ほぼほぼあり得ない正に生まれ持っての才能。

 この術式の有無は、呪術師の大成にも大きな影響を及ぼす。ぶっちゃけ、呪力があっても術式が無ければパッとせずに終わるのが殆ど。寧ろ、大成できればそれは一種の化け物の領域だったりする。

 そんな界隈だからこそ、呪術師の研鑽はまずは術式。体術や武器術などは二の次三の次である事が珍しくない。

 それで良いと思っていた。少なくとも、西宮は体術の必要性など考えた事が無かったのだから。

 

 だが、目の前の光景を見ていればその考えも少しは変わる。

 目まぐるしく立ち位置が入れ替わり、紙一重で拳が交差したかと思えば、その腕を掴んで投げ飛ばし、着地と同時に駆けだして蹴りと拳がぶつかり合う。

 

「…………私も何か習うべきかな」

「言っておくけど、呪術師でもあそこ迄動けるのは多くないわよ?私も、特別体術が得意な訳じゃないし。術式の習熟度を上げる方が良いわよ」

「でも、東堂君は兎も角、加茂君は御三家の術式持ち、ですよね?」

「そうね。あと、敬語は無理に付けなくて良いわよ。教師と生徒っていっても戦場では背中合わせになるんだから」

「………そう?それじゃあ、話の続きなんだけど……」

「赤血操術ね。私も詳しい訳じゃないけど、それでも彼が加茂家次期当主候補筆頭に数えられてるあたり術式の習熟度も高そうなのよね」

「そっか……」

 

 庵の言葉を受けて、西宮は改めて前を見る。

 ぶつかり合う二人に対しての見えない距離が、そこには広がっていた。

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