殴る方の加茂 作:分真鷲太郎
現代の呪術師の仕事は、呪霊を狩る事。学生身分である呪術高専の生徒であってもそれは同じであり、同時に仕事であるから相応の給金というものも貰えた。
「……む、脆いな。もう少し耐えてほしいんだが」
黒くぼそぼそと崩れていく呪霊を見やり、加茂憲紀は拳を解いた。
その光景を、肩で息をしながら西宮桃はただ見ている事しか出来ない。
呪霊討伐の任務。2級である憲紀は本来単独任務も可能なのだが、今回の新入生の内東堂含めて2級が二人、3級が一人という状態になってしまう。
その為、東堂か憲紀のどちらかが西宮に帯同する事になり、今回は後者が付いてくる事となった。
そこで現れた、準1級相当の呪霊。
等級的に見れば格上だが、残念ながら戦慄する西宮の一方で憲紀からすればサンドバッグがのこのこ現れた様なものでしかなかった。
案の定、呪力強化のみでフットワークに翻弄された呪霊は顔面をボコボコにされて滅殺。
そして、先のセリフに繋がる。
(術式も無しに、準1級相当の呪霊を素手で祓うって………)
化物。西宮は荒れた息を整えて、立ち上がる。
遠い背中だ。しかし、それはそれとして気になる事があった。
「加茂君」
「ん?何だ?」
「術式は使わないの?いや、使わなくても勝てる相手って事は分かるんだけどさ」
「赤血操術の事か……そうだな」
西宮の問いに、憲紀は顎を撫でた。
「西宮は、私の術式の内容は知っているか?」
「え?……概要ぐらいよ。御三家の術式は有名だし、西宮家も呪術師の家系だもの」
「そうか………私が術式を使わなかったのは、西宮が言ったように使う必要が無い相手だったから、というのもある。ただ、それ以上に使い勝手が悪いんだ」
「使い勝手?」
「ああ。赤血操術は、その名の通り血液を操る術式だ。距離関係なく戦える手段があり、汎用性の高い術式だが――――」
「だが?」
「血液を扱うという事は、常に出血し続けているという事だ。それは、デメリットとしては大きすぎる」
憲紀の指摘。それは、御三家の術式であり多彩な攻撃手段を持つ赤血操術において決して無視できない副作用であった。
人間の血液の総量は、体重の7~8%とされる。60キロの体重ならば、4Lから5L程だろうか。
その内、全体の20%を失えば人はショック状態に陥るとされている。要は、失血死である。
赤血操術は強力だが、扱う血の量が増えれば増えるほど相手と自分のチキンレースのような状態で戦わねばならない。オマケに、出血が増えれば増えるほど自身の体は弱っていく一方。
如何に術式が強かろうとも、これでは意味がない。少なくとも、憲紀にとっては何の魅力も無かった。
「昨今は医療技術の進展によって輸血パックなどもあるが……それでも手数に限度があるのは問題だろう?」
「……まあ、そう聞けば加茂君の考えも分かるけど」
「幸い、私は体術の才能があった。加えて、赤血操術には身体能力を大きく引き上げる技もある。となればこうやって体を鍛えるのは当然というものだろう?」
したり顔でそんな事を言う憲紀。
脳筋の極のような回答だ。だが、当人は至極真面目に先の事を宣っている。
そして、彼の言葉を受けて西宮は頬を引きつらせながらも、ふと自身の手元にある竹ぼうきを見やった。
「……私も、体術やろうかなぁ…………」
「ん?西宮も体を鍛えるのか?なら、体格的にも合気道かサバット辺りが良いだろう」
「合気道は分かるけど、サバット?」
「フランス発祥の格闘技だ。蹴りを主体として、爪先で突き刺す様に蹴り込む」
「加茂君も出来る?」
「見た目だけの踏襲は出来る。実戦レベルじゃないな」
そう言って、憲紀は足を持ち上げると突き刺すような蹴りを虚空へと叩き込んだ。
恐るべきは、その体幹だろう。
慣れない者が蹴り技を放つと、どうしても体が蹴り足に引っ張られやすい。遠心力や慣性によって。
だが、憲紀の体は一切ブレない。持ち上げた右足をそのままレイピアに見立てたかのような突きの蹴りが宙を穿っていく。
「っと、こんな所か。やはり、威力が乗り切っていないな」
「えー……私には十分すぎると思うんだけど…………加茂君は、蹴り技使わない訳?」
「ん?そうだな。私は拳の方が性に合っている。何より、下手に足技に頼ると潰された時に機動力に影響が出てしまうからな。反転術式が使えればその限りではないが……拳の方が得意だ」
「え、じゃあ何で私にその格闘技を?」
「西宮は術式で飛べるだろう?もしも足に負傷しても問題がない上に、そもそも両手はその箒を持つために塞がっているからだな」
「あー、成程」
言われて、西宮は己の箒を見やった。
付喪操術。長年愛用した器物などを媒体として発動するこの術式は、その根幹を二つに依存している。
一つは、先の通り愛用の器物。これが無ければ、そもそも術式が意味を成さない。
もう一つは、想像力。術式の解釈に対して、柔軟な発想が無ければ術式の持つポテンシャルを最大限引き出す事は出来ない。
例に挙げれば、西宮桃は箒に乗って空を飛ぶ事が出来た。
彼女の箒は、彼女の手製だ。家族の指導を受けながら自身で作成し、成長する体に合わせてオーダーメイドしてきた代物。
憧れたのは、とあるアニメ映画。箒一本で自由に空を飛ぶ魔女の姿だ。
その想像力を組み合わせ、彼女は飛行を可能としていた。
跳躍ではなく、飛行を可能とするあたりは大抵の呪術師は出来ない領域。この辺りの機動力を加味すると、彼女の希少性が分かるというもの。
「まあ、その辺りは庵先生と話し合うと良い。彼女は経験豊富な術師だ。体術はそうでもないようだが、その経験に頼るのも良いだろう」
「…………」
「どうした?」
「加茂君ってさ。真面目なのか分からない所があるよね」
「……どういう事だ?」
細目をそのままに首を傾げる憲紀に、西宮は首を振る。
彼自身に意図はないとはいえ、時折こうして相手を下げる発言が入り混じる。
実際、憲紀は庵歌姫に対して、教師として敬う心をちゃんと持ち合わせている。コレは、前世の記憶の影響が大きいが、兎に角彼に貶めるような意図はない。
しかし、先の通り言葉の端々に慇懃無礼な態度が混じるのだ。その性格が、庵にとってはとある後輩を思い出させて複雑な顔をする原因にもなっている。
そんな裏事情がありながら、存外上手く京都校一年は回っているのだった。
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「…………はぁ」
腹部を擦り、庵歌姫はアンニュイな溜息を吐き出した。
彼女が見るのは、自身が受け持つ一年生の任務履歴。
「……いや、東堂も加茂も化物すぎでしょ。マジであの二人の影が頭ちらつくんだけど?」
自分でも理不尽な事を言っている自覚はある。それでも、庵の口から口が出るのを止められそうになかった。
東堂葵。一般家庭出身だが、特級術師の弟子であり当人の実力も疑いようのないもの。
加茂憲紀。御三家の出身であるが、その相伝の術式を使わず素手で呪霊を祓う異端者。
二人揃って2級ではあるが、既に1級術師への推薦が持ち上がる程度には他術師からの期待も大きかったりする。
そして、そんな二人の後を追うのは3級術師の西宮桃。
彼女は彼女で、希少な術師だ。
飛行能力。加えて、最近では呪具を見繕って何やら新たな取り組みを試しているらしい。
「優秀よ、うん。少なくとも、私が高専に通ってた時よりよっぽど強いわよ」
庵としては、この観点を譲る気は無い。
しかし、それはそれとして、
「でも、他の術師をぶっ飛ばしてんじゃないわよ……!」
机を叩き、彼女は呻いた。
事の発端は、少し前。西宮に対して、難癖をつけてきた者が居たらしい。
その絡んできた相手は、呪術師の家系で正直な所あまりパッとしないが家格が割と高くコレを鼻にかけて補助監督含めて好き勝手にしていた。
そんな彼が今回標的にしたのが、西宮桃だった。
3級である彼女は単独で任務に出られず、そしてこの時は他二人も別任務が割り振られていた結果別口から他術師が見繕われた形。
そこで、先の一件。厄介なのが、コレを知った二人が問答無用でその絡んできた者の場所へと乗り込んで、その仲間ごと叩きのめしたのだ。
呪術師同士で潰し合いなど、総監部からの叱責ものだがボコった主犯の片割れが御三家である事が事態をややこしくさせる。
結果として、西宮に絡んだ者はその素行の悪さを理由に降格。お家に関しても相応のペナルティが下ったらしく、相伝の術式を持つ子供が出た事により放逐される事になったとか。
この話を聞いた庵の胃は、鋭い痛みに襲われた。胃薬のグレードもアップしてしまった。
一応、庵としても自身の受け持ちが軽んじられたのだから相応に怒っていたし、そもそも素行の悪い噂を聞いていた為放逐された男も自業自得だとは思っている。
それはそれとして、面倒事を起こすな、というのが本音なのだが。
「はぁ………もう、いっその事あの二人も交流戦に放り込もうかしらね」
呟いて、庵が確認するのはカレンダー。
数ヶ月後、呪術高専ではとあるイベントが開催される。
本来は2年3年のイベントだが、場合によっては1年が参加する事もある。
「…………とりあえず、今度の職員会議で提案してみましょ」
そう決めて、庵歌姫は席を立つのだった。