殴る方の加茂   作:分真鷲太郎

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 夏を越え、僅かに肌寒くなってきた時分。

 

「良いか、加茂。個握は、時間がシビアだ。一瞬にすべての神経を集中させ、全てを感じ取れ」

「……東堂、私達が東京に向かう理由は分かっているよな?」

「無論、高田ちゃんの個握の為だ!」

「交流会の為だ。幸い、そのイベントとは時間がズレているんだろう?下手に浮ついて怪我をすれば、そのイベントにも参加できない可能性があるぞ」

「むっ、それはいかんな。高田ちゃんに要らぬ心労を掛けるなど、ファンの風上にも置けん」

 

 うん、と頷いた東堂を確認して、加茂憲紀は車窓から流れていく外の景色へと視線を動かした。

 現在、彼ら二人とその他京都校の二年、三年は引率である楽巌寺嘉伸学長と二年の担任と共に東京を目指していた。

 呪術高専姉妹校交流会。

 交流会と銘を打っているが、その本質は呪術師の卵同士の交流を主とした呪術合戦。東西戦と読んでもいいかもしれない。

 互いの実力は、基本的に伯仲とされている。数年前は、東京校が圧倒的に強かった時期もあったが本来は等級はどうあれ学生の実力は伯仲している。

 

 この交流会に参加する事を認められたのが、今回の憲紀と東堂の二人だった。

 本来は、二年三年のイベントであるのだが、人数差と実力を買われての抜擢だ。

 もっとも、憲紀は兎も角東堂の意識は全く別の事に向けられていたが。

 

「全く、騒がしいもんじゃの」

「ははは……まあ、まだまだ子供という事ですよ。熟した任務の内容からしても、実力は十分でしょう」

「…………あ奴らを見ていると、嫌な顔がちらついてな」

 

 チッ、と楽巌寺が舌打ちを零す。

 彼含めて、呪術界の上層部は何度となく煮え湯を飲まされた相手の顔だ。一応の制御下に置いている、が扱えているかと問われれば否と皆が口を揃えて答えるだろう。

 最強。それは、元は二人の術師を指していた。

 紆余曲折があり、今は一人だがその実力は単身で国家転覆を容易く行える。

 実力はまだまだであっても、楽巌寺から見ても一年の二人は彼の嫌いな特級を思い出させてしまっていた。

 

 そんなやり取りを挟みながら、新幹線は東へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪術高専東京校。東京といっても学ぶ内容の関係上、その立地はド田舎と言っていい。

 

「――――()()()()()()()

 

 吐き捨てたのは、東堂。

 上半身裸となった彼と、背中合わせに立っていた憲紀は拳を解くと、首を振る。

 

「そう言うな、東堂。彼らとて、努力している」

「努力は、必要だ。だが、先達というのは導くものではないか?」

「生憎と、彼らは私達の先輩ではないからな。対象外というものだろう」

 

 詰まらそうに腕を組んで鼻を鳴らす東堂を宥めながら、憲紀はスマホを取り出した。

 画面に指を滑らせて、徐に耳に添える。

 

「………あ、先輩方。こちらは済みました。呪霊の討伐はどうなっていますか?………成程。では、お任せしますね」

「こちらの仕事は終わりか?」

「ああ。2級程度なら、先輩方で直ぐに済むだろう」

「そうか……時に、加茂」

「何だろうか」

「不完全燃焼じゃないか?」

「…………良いだろう。退屈していた所だ」

 

 東堂の誘いを受けて、憲紀はその場から数歩離れた。

 そして振り返り、拳を握る。

 

「行くぞ!アップは必要ないだろう!?」

「ああ!」

 

 唐突に始まる、手合わせ。

 術式は無しで、呪力強化のみの純粋な体術オンリーの手合わせは二人にとっては時間があればほぼ毎日行っているものだった。

 互いの実力を認めている、というのもあるがそれ以上に自分達の力量が上がっていくのを目に見えて実感できるからこそ続いている習慣でもある。

 

 ぶつかり合う一年二人。その二人を、太い木の枝に留まった一羽の烏が見下ろしていた。

 

「へぇ、やるじゃないかあの二人。体術だけでも十分すぎる逸材だ。さっさと1級に推薦してしまえば良いんじゃないかな?」

 

 烏の主である妙齢の女性は、顔の前に垂らした大きな三つ編みの陰よりぶつかり合う二人をそう評した。

 彼女の言葉に同調するのは、見えているのか分からない目隠しを付けた箒頭の不審者五条悟。

 

「だよねだよね。分かってるじゃん、冥さん。でも、歌姫が頷かなくてさぁ。実力的には十分だって言うのに」

「あの子の懸念も、まあ分かるけれどね。払うもの払ってくれるのなら、私が推薦者になっても構わないよ」

「お、マジ?それじゃあ、こっちから日下部さんにでもお願いしようかな」

 

 ケラケラと笑う五条に、新しい金策相手が見つかったからか機嫌の良い冥冥。

 しかし、機嫌が良いのはこの二人だけだ。

 五条と同じく教鞭をとっている日下部篤也は眉間を揉み、同じく京都校の二年担任は苦笑い。東京校の学長である夜蛾正道は厳めしい顔を更に顰め、楽巌寺は落ち窪んだ目元に影が差してその内面は掬い取れない。

 

 姉妹校交流会の内容は基本的に二日あり、それぞれの日数で東京校京都校の学長が選んだ種目が開催される。

 といっても、一日目は団体戦。二日目は個人戦とほぼほぼ決まっている。

 現在行われている団体戦は、一定範囲内に放たれた呪霊を討伐する数を競う、というもの。

 術師同士の戦いはポイントにならないのだが、相手が得点する手段を削る、という戦法から相手校の術師を狙って潰しにかかるのは常套手段でもある。

 

 問題は、憲紀と東堂の二人で東京校の2、3年生を倒してしまった事。それも、術式無しで。

 フォローをするなら、東京校の参加者が弱かった訳ではない。中には、準1級相当の術師として認められた者も居たのだから。

 単純に、この二人がおかしいだけだ。

 

 結局、団体戦が終わるまで憲紀と東堂の二人は存分に手合わせを楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――今日の高田ちゃんも可愛かった……!」

「高身長アイドルと聞いてはいたが、本当に背が高い女性だったな。格闘技も向いていそうだ」

 

 感無量と涙を流す東堂と、アイドルを見た感想としては聊か間違っている言葉を漏らす憲紀。

 既に180前後の身長である東堂と比べても遜色ない身長。ヒールや厚底などを加味したとしても175を超えているであろう身長は、女性として見ればかなりの長身。

 当然、そんな身長ならば相応に嫌な思いをしてきたかもしれないがそんな事は微塵も感じさせず、むしろ自分の強みとして多くのファンを獲得していた。

 

 例によって、二日目の個人戦も瞬殺した二人はそのままその足で東京観光へとしゃれこんでいた。

 東京と京都を往復する位で痛まない程度には二人の懐事情は暖かい。呪術師というのは、強ければ強い程に稼ぐ事が出来るのだから。

 

「ズビッ………それで?加茂は何かしらの用事があるんじゃないのか?」

「ん?特にそういう訳じゃないぞ。強いて挙げれば、土産だろうか。西宮に少し頼まれたものがある」

「ほう。察するにスキンケア用品か。確か、高田ちゃんがオススメしていた物があったな」

「だが、ああいうものは、肌によって差があるんだろう?とにかく、頼まれたものを買うとしよう」

「ふむ…………時に、加茂」

「何だ?」

「お前はスキンケアを何かしているのか?」

「いいや?生憎とその手の事には疎いんだ。興味も無い」

 

 近年は、男性のスキンケア用品も種類が増えている。実際、やっておけば肌トラブルなども避けやすく、例を挙げるなら髭剃りの後などに肌がひりついたり、吹き出物が出来にくくなったりするのだ。

 とはいえ、気にしない者も多い。例に漏れず、憲紀もそうだった。

 その上で彼の肌は、ニキビの一つも無い健康的な張りと艶を誇っていたりする。

 

 そんなやり取りをし乍ら向かった銀座。

 慣れていない者ならば二の足を踏むであろう場所を前にして、二人の足は止まる。

 

「あ」

「お?」

 

 思わぬ相手と出会ったからだ。

 サイドや後ろを刈り上げたドレッドヘアの強面と、バチバチにピアスを決めたギャル。

 ただそれだけならば、特に足を止める理由にはならない。

 足を止めさせた一番の理由は、二人の格好だ。

 

「センパイたちをボコった京都校の一年ってのはお前らか」

「そういう君達は、東京校の一年という事かな」

 

 互いが互いに呪術高専の制服を着ている事から自然と両者の足が止まっていた。

 

「ちょうど良いじゃねぇか、ちっとツラ貸せや」

「ふむ……その前に、買い物を済ませても良いだろうか」

 

 強面の言葉を受けて、憲紀は顎で彼らの背後にある店を示す。

 

「構わねぇよ。コレか?」

 

 強面がニヤニヤとした笑みを浮かべて、小指を立ててみせる。だが、憲紀は首を振った。

 

「生憎と、邪推されるような相手じゃないさ。同期の女子から頼まれていたんだ。このブランド?らしい」

「!え、結構いい値段する奴じゃん。買えんの?」

「問題ない。ネットで値段も確認したが、有り余るとは言わないが私も稼いでいるからな。時折使わないと」

「へぇー………良いなぁ」

「おい、綺羅羅」

「だって、金ちゃん。これホントに口コミ良いし、でも高いしでなかなか手が出なくてさぁ」

 

 唇を尖らせる連れに、強面の彼は眉根を寄せた。

 締まらない、と思っているのかもしれない。一方で、憲紀は顎に手を当てて少し思案する。

 

「……少し、良いだろうか」

「あ?何だよ」

「いや、そちらの」

「私?」

「ああ。何分、私はこの手の事には詳しくない。そこで、どうだろうか。色々とアドバイスが欲しい」

「でも、買ってきてほしいものは言われてるんじゃないの?」

「ああ。だが、数が多くては私では探しきれない場合もあるだろう?手伝ってもらえるのなら、代わりに一品君に献上しようじゃないか」

 

 どうだろうか?と憲紀の提案を受けて、二人は顔を見合わせる。

 

 東西の若手が相対する。

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