一粒目
「いいかい少年、人類がどうして進化、発展してきたか──それは即ち必要だから、極論言えばやらなきゃいけないから進んだんだ。つまり人類は夏休み最終日のガキなんだ。全人類頭小学生。つまり一斉駆除か大規模思想統一が必要なのだよ」
「黙れレイシストッ」
スパコーンと頭を虫取り網で叩くと、白衣が大袈裟に揺れてお姉さんの眼鏡がズレた。
「え、えへへ少年よくそんな言葉を知っているね。ちなみにこの発言は大人が自分が下だと思ってた劣等存在(仮)がややマシだったことに驚いてのお世辞だから真に受けないこと」
「本当にどうして生きてるんです?」
「わかんない……」
公園のベンチの上に体育座りの形のまま横に倒れた変質者、ああいや違ったお姉さんは新庄ユウマという名前を自称する奇人である。
僕だってこんな人ぶっちゃけ関わりたかないのだが、この人に飴のくれる飴が美味しくてつい構ってしまうのだ。
「ボクってどうして生きてるの……ボクは本当に男として生まれたの? お母さんに抱き締められたこの記憶は幻? 大学卒業真近で女になったからって腫れ物扱いは酷い……ああでも確かにボクのこの記憶には一切の信憑性が無いんだもんなァ……お母さん死んでるし……血縁は辿れないし──じゃあどうしようか少年!」
「うわあいきなり何ッ」
いきなり元気な声を出したのに驚いて虫取り網を構えると「昆虫扱い?」と可愛く首を傾げられた。中身がマトモならきっと初恋を奪われていただろう。自然には有り得ないような桃色髪に、「あれれ? おや? おやおやおや……もしかしてボクに見惚れてるのかい少年」ニヒルな、光のない目。
肩に着かないくらいの髪が、風で揺れて僕の方へやって来る。
お姉さんは身長が高い。
僕がまだ子供だからかもしれないけど、何となーく高いと感じる。
たぶん、目線を合わせてくれないからだ。
「そういう子供の性欲って見てらんない気持ち悪さあるよね少年」
「死ね〜〜〜〜〜!」
青春の始まる淡い、
死ねっ死ねっと地面を蹴って肩をいからせると、新庄お姉さんは可哀想な化け物を見る目で僕を見ていた。きっと「モラトリアムすら経験のないお子ちゃまの癇癪って本能的で声を聞くだけで不愉快になるよね。ピテクスから進化しちゃったのを理解させられて薄ら嫌いだな。ああ君はそういうのがなくていいよね。対話での解決を図れるのは素敵だ」とか言うのだ。
クソッお姉さんの言葉を聞きすぎて何言うのか予測できるようになった。死にたい!
「クソックソックソッ、このヤロウ……!」
「野郎ってのはいいね。野郎の反対は女郎だが、この男女での言葉の分別という機構は魅惑的だ。日本語の美だね。君のような子でも知ってるのもいい」
「なんッでいちいちネチネチした喋り方しかできないんですかっ? 害虫だってもっと爽やかな気分をくれますよ!」
「ううむ……困ったねえ。癇癪持ちの対処法は学んでいなくって」
「お姉さんが今すぐ職に着いてくれたら止めてあげます!」
アハ、と肩を竦められた。コイツ!!!
とにかくイライラしながらベンチに座ると、お姉さんはそっと僕に肩を回し、
「君、本当に将来ロクな子にならなそうだね」
と空いてる手で僕の口に飴をねじ込んだ。
「うがっ」
「こんなふうに、怪しくってしょうがない人間から貰った飲食物を気軽に経口摂取するなんて、少々危機管理能力の欠けている印象だ。もしかして君って虐待されたりした? ボクとしては学校にも行かずにフラフラ公園で日がな一日遊んでいる君に現役サバイバー疑惑を持っているのだけど、母親にキスされたことはある?」
「
今は春休みだしお母さんは専業主婦で常にミシンで何かを作っててうるさいから家にいないだけだし、お姉さんと遊んでいるのは友人と予定が合わなかった日だけだから大した頻度じゃない!
それに最近はこのお姉さんに飴を集りに来てるだけで、人恋しさに話している訳じゃない。いやほんと、マシで飴が旨い。美味しすぎる……!
「美味い、美味すぎる、これに比べたら新庄はんの人間性はカスや」
「ああ、難しい言葉知ってるね。少年」
もち、と柔らかな感触がしてみれば、太腿が僕の足に当たっていた。というか押されていた。
「何で押してんの……?」
「何となく。邪魔だったし……?」
きょとり、と美少女の顔で社会病質者の無垢な目をしたお姉さんに、本当にこの人は何なんだろうとぼんやり悩む。多弁かと思えばそれは虚勢のようでもあって、本質はたぶんサイコパスか、何となく共感性と常識の無さそうな、綺麗なだけの昆虫みたいな側面も見えるのに──
「いやあ、ボクを野郎って言うのは君だけだなあ少年! そうだよボクはお……お……? 待って……ボクが今性自認を自称することは或る意味で健全な発達段階を迎えて成長していく過程にある少年に多大な負荷を与えるのではないのかな……? ちょっと待って」
「なんかもううるさい時点で妨害みたいなとこありますよ」
「ちょっと待ってってば」
何だか人らしいところも、横顔にふと見える気がする。
末は死刑囚かローンオフェンダーみたいな過激思想の煙を充満させた劇薬。
なのに、それに何処となく生きずらさを見るのは僕だけか?
この人の時折言う、ボクは男だと言う発言にどれ程信憑性が無いとしても、それをひたすら信じるこの人のその現実との誤謬がどれだけのものか。
まあ、この人が明確に犯罪をしない限り、僕はたまに来て話して帰る。それだけの関係だ。
だからお姉さんは、新庄さんはこんなに一方的なのかもしれない。名前も発展もないから乱暴でいられるのだ。
「うう〜少年〜すまない少年〜ボカァ君に、君にどうしてあげられることも無いんだァ……」
ぎゅっと胸元で抱きしめられた時に、僕は何か子供のフリをするより。
「じゃかあしいっ、引っ付くな不審者!」
「ああっ、そんなっ、ハグはストレスを軽減する効果がだね、」
僕は僕らしい反応をしていいのだとただ思った。拒否したいならしていいし、関わらないままでいる選択肢もある。
「少年、君ってば意地悪だねえ」
けど、にへらと笑うこの人の顔が晴れるまで……とはいかないが。春休みの間くらいは、ちょっと関わってもいいかもしれない。
不定期投稿ほらいくど〜〜