今日怪人になるはずの男は、戦隊ヒーローに脳を焼かれた。   作:からかさ(仮)

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第1話

 この世界には、戦隊と呼ばれるヒーローが居る。

 日夜現れる悪の怪人と戦い、人々の平穏を守る正義の集団。

 最近はメディアにも取り上げられるほど知名度を上げ、愛と平和の象徴だとか呼ばれて持て囃されている連中。

 怪人や悪の組織に対するアンチテーゼ。

 俺たちが打破すべき永遠の宿敵。

 

「チッ、要らないものを掴ませやがって。いい気分が台無しだ……!」

 

 人が行き交う街の中、俺は悪態をつきながら一人で歩いていた。

 その手に持つのは、街ゆく配達員が無理やり掴ませてきた戦隊の活躍が書かれた号外。

 苛立ちのあまりそれをぐしゃりと潰すが、それでも頭から離れない宿敵(戦隊)に、より一層の苛立ちを感じる。

 “天命戦隊キュウセイジャー”、最近結成された三人組の戦隊ヒーロー。

 少数でありながら過去いた戦隊と比べても引けを取らない実力を持つと言われる、世間が期待するニューヒーローだ。

 やや荒削りながらも非常に高い実力を持ち、伸び代やポテンシャルの高さも含め、その存在感は怪人や悪の組織を強く抑制している。

 

「ふん。全くもってバカらしい連中だ」

 

 俺の名前は灰咲(はいざき)ケンタ。

 悪の組織に所属する人間であり、今日をもって怪人へと生まれ変わる男だ。

 実に長かった、が……厳しい訓練と審査を乗り越え、ようやくここまで来ることが出来た。

 怪人、それは力そのものだ。

 例えばアスファルトを簡単に粉砕する筋力、例えば建物から建物を縦横無尽に飛び回る身体能力、例えば触れることなく物を自在に動かし操る念動力。

 タイプは異なれど様々な形の力があり、幹部級ともなればたった一体で戦隊と渡り合う力を持つ。

 その代償として、怪人から人間には戻れなくなるが……そんなデメリットは俺にとって瑣末なものだ。

 

「人間を辞める、か。実にいい響きだ」

 

 人間に生まれて十六年、生きてきて良かったと思えたことなんて一つも無かった。

 物心ついた頃には要らない物として親に捨てられ、ゴミ箱を漁って食物を得ていた俺は、己の全てを捧げる覚悟で今の組織に入ることを決めた。

 そうして待っていたのもまた地獄……奪い合うことを前提とされた最低限の食料と、それを吐き戻してしまうほどの過酷な訓練。

 時には戦闘員として他組織との争いに駆り出され、時には怪人の気まぐれで殺される他の候補生を見ながら、自分が死ななかった事に安堵する日々。

 本当に、我ながらよく生き延びたものだ。

 

「ふふ……しかし、それも今日で終わりだ……!」

 

 俺は選ばれた。

 怪人という名の力に、人間を辞めることが出来る特権に。

 俺が怪人になれば、誰も俺を捨てられない。

 俺が怪人になれば、誰も俺を理不尽に殺せない。

 俺が怪人になれば、俺が俺を惨めに感じることはない。

 だとすれば、俺を人間に縛り付けるものなど、もはや何もありはしない。

 

「ふはは! 俺はついに力を得痛ェッ!?

「っ!?」

 

 高笑いしながら曲がり角を行こうとしたその瞬間、突如飛び出してきた人間に吹き飛ばされた俺は、地面に這いつくばる形で叩きつけられた。

 バ、バカな……!? あの訓練を耐え抜いた俺が、いとも容易く吹き飛ばされるだと……!?

 有り得ない、俺は怪人に選ばれた身だぞ……!? クソッ、いったいどんなゴリラがこの曲がり角から突撃しt

 

「悪りぃ! 大丈夫か!?」

 

 かっわぃ。

 ぶつかってきたそいつの顔を見た瞬間に、俺の頭に浮かんだのはそれだけだった。

 それは、男みたいな格好をした女。

 ラフな服装で口調が荒く、髪も女にしちゃ短い。

 なんなら胸がなけりゃ、身長の低い男に間違われそうな女だ。

 

「急いでてごめんな……怪我とかしてないか?」

 

 だというのに、俺はその女に心を奪われた。

 可愛い。

 どうしようもなく可愛い。

 その顔から目が離せない……いや、離そうにも離したくない。

 こいつを構成する全ての要素が俺の琴線を突き刺してくる。

 一刻足りとも目を離したくない。

 かっわぃ。

 

「た、立てないぐらい痛いのか……!? でももう、怪人が来るまで時間が……あーもう! しゃーねぇ!!」

 

 俺が放心状態で地面に這いつくばっていると、一人でぶつぶつと話していた女が意を決したように、懐から取り出したブレスレットを左手に装着して操作する。

 

『キュウセイチェンジャー!』

「は?」

 

 おい待て、それって戦隊が持ってるやつじゃないか?

 いや、最近は非公式グッズとか出回ってたりするからな。

 この女もよっぽどの戦隊ファンと言うことか? まったく、こんな場面で戦隊ごっこするなんてよっぽどのマニa

 

「行くぞ! キュウセイチェンジ!!」

『キュウ! セイ・チェンジ!』

「oh」

 

 ブレスレットから炎を纏った鳥のようなものが飛び出し、女の背後からぶつかると共に赤いエネルギーに変化して女の全身にまとわりつく。

 それが全身スーツのように変化し、やがて現れたのはあまりに見慣れた真っ赤なヒーロー。

 不死鳥を模したフェイスメットに、機動力重視の薄いプロテクターが各部を防護する赤い全身スーツ。

 現実逃避をする隙すらない、紛うことなき戦隊レッド。

 

「これナイショな。バレたら怒られちゃうからさ」

 

 キュウセイレッド、戦隊が平和の象徴であるというイメージを確固たるものにした今代戦隊のリーダー格。

 全てを焼き尽くす炎と癒しの力という相反するものを兼ね備えた、歴代戦隊の中でもトップクラスの伸び代を持つ若きヒーロー。

 

「うん、これで大丈夫なはず……ほんとにごめんな。あ、俺の正体はナイショにしてくれよな! んじゃ!」

 

 お得意の癒しの炎で瞬く間に俺の全身打撲を治した後に、あっさりと去っていく赤いヒーローを見届けながら、俺は未だに放心状態から立ち直れずに居た。

 今日は、俺が生まれ変わるための記念すべき日。

 俺を見下した全ての人間を見上げるための第一歩となる、最高だったはずの一日。

 

「……かっこぃ……」

 

 映像で観るのとはまるで違う、どこまでも力強い姿に脳が焼かれる。

 生まれて初めて心に湧く感情。

 今までの人生で培った面倒な理屈と偏屈が全部ぶっ飛ばされ、心の底から湧いてきた唯一の本心。

 

「しゅきぃ……」

 

 はっきり言おう。

 俺の人生は、今日をもって本当の人生へと変貌を遂げた。

 ヒーロー、今までの俺がコケにしてきた、今までまったく理解できなかった存在。

 俺ははっきりと自覚する、それが羨望になってしまった事を。

 よりにもよって、怪人に生まれ変わる今日という日。

 力を得て、人間を辞めようとするこの日に。

 宿敵たるはずの戦隊レッドに、俺は脳を焼かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

「ふっ、ついにお前も怪人か。相変わらず、読めない顔をしているものだ」

 

 未だに放心状態が続く俺を待っていたのは、怒りという感情をそのまま人型にしたような異形の怪人。

 俺が所属する悪の組織“秘密結社ブチギレン”、そのボスたる“ブチギレ大総帥”だ。

 かつては組織の規模も大きく、世界征服に最も近い怪人とすら言われていたが……過去戦隊に敗れて以降、すっかりと落ちぶれてしまったこいつは、今や組織の戦力を保持する事にしか興味のない腑抜けとなってしまった。

 

「お前が来たあの日、私を見るお前の目をよく覚えている。本心を全く悟らせず、かつ全てを憎悪する感情だけははっきりと伝わるような目だった。そんなお前がここに立つのは、きっと必然な事なのだろうな」

「……」

 

 まるでこちらを伺うような、くだらない世辞に無言を返す。

 怒りの化身とは名ばかりで、こいつにはすっかりと負け犬根性が染み付いている。

 ……本当なら、この腑抜けをねじ伏せ、新たなるボスとして世界を屈服させるのが俺の野望だった。

 もうどうでも良くなった。

 あぁ、キュウセイレッドにまた会いてぇ。

 さっきの曲がり角に行きゃ、ワンチャンまたぶつかれるかな。

 

「ふふ、本心を悟らせぬ目は健在か。むしろ、あの憎悪すら隠し切るとは恐れ入る」

 

 いや隠してないんだわ、なんかもう全部溶けちゃっただけなんだわ。

 さっきから何度目を瞑っても、さっきの出会いが脳を巡って消えねぇんだよ。

 いやさ、もうなんかめんどくさいこと考えたくねぇよ。

 あー、キュウセイレッドに会いてぇ。

 俺がこの場所リークすれば、あっちから来てくれるかなぁ。

 

「非常に心強いことだ。今宵、私の組織を彩る怪人がまた一人誕生する」

「怪人……」

 

 その言葉に、焼かれた脳みそがふと蘇る。

 怪人になれば俺は最後、二度と人間に戻ることは出来ない。

 はっきり言えば力は欲しい、俺が自由に生きるために必要だから。

 だがしかし、それで怪人になってしまえば、目の前のこいつのような異形の姿となってしまう。

 俺は考える。

 こいつのような姿ではなく、カッコイイ姿をした怪人態ならヒーローとしてワンチャンあるんじゃないか、と。

 ……いや、やはり怪人がヒーローもクソも無いか。

 となればやはり、転職だな。

 ここを抜け出し情報をリークし、悪から寝返った戦闘員として、戦隊のサポートとかする何らかの職に就く。

 完璧だ。

 後はこの場を切り抜けるだけ……ボスには適当にトイレに行くと伝えて基地から脱出し、戦隊用防衛システムを起動してボスをこの場に閉じ込めれば行け

 

「ところで、お前は怪人に生まれ変わる方法を知っているか?」

「はい?」

 

 いきなりの質問に思わず気の抜けた声が出る。

 怪人に生まれ変わる方法、それは組織の数だけあると言ってもいい。

 改造や手術による肉体の変質、外的な要因や生まれつきの素質による自然変異、果ては憑依や儀式なんていうオカルトなものも含め、怪人化には実に様々な方法が存在する。

 

「ふふ、まぁ知っているだろう。そんな中でも我が組織では、数ある怪人化の方法から強さに関するメリットのみを抽出。人間態すら持たぬ純度百パーセントの怪人を作り上げている。……だと言うのに、それでも戦隊には敵わなかった」

 

 途端にボスから放たれる凄まじい怒気は、全盛期と比べて明らかに見劣りしていた。

 かつての全てを干上がらせるような怒気は見る影もなく、ジメジメと湿り気を帯びたその怒りには、対面した者を心の底から恐怖させる凄みがない。

 何ともまぁ、哀れなものだ……戦隊に心さえ折られなければ、今でも覇権を握る怪人の一体だったろうに。

 

「よって、生贄を捧げることにした。お前は生贄第一号だ」

「……は?」

 

 いきなりの爆弾発言に思わず絶句した。

 こいつは何を言っているんだ? しょぼくれ過ぎて脳みそまで退化したのか?

 もしくは、俺がキュウセイレッドに脳を焼かれたことがバレたのか?

 ぐっ、分からん……! こいつはいったい、俺に何をさせようとしてるんだ!?

 

「悪魔と契約するんだよ。何、生贄と言っても死ぬ訳じゃない。精神と言う不純物を犠牲に、更に強い怪人へと進化するのさ」

 

 不味い、こいつが何を言っているのか普通によく分からない。

 悪魔ってなんだ? 他の組織の技術を使って、更に強い怪人になる術を得たということか?

 いや、だとしても精神を犠牲にしたら本末転倒だろ。

 心や野望すら失った純粋な力の塊に意味なんてない。

 ただ暴れるだけの災厄か、はたまた他者に使われるしか能のない道具同然の存在か。

 いずれにせよ、心すらない怪物になるなんて俺は御免だ。

 

「あー、ボス。悪いんすけどちょっとトイレに……」

『なんだ。そいつが吾輩に捧げる生贄か?』

「っ!!」

 

 背後から突如として湧いてきた、あまりに濃密な死の気配に思わず振り返る。

 そこに居たのは、到底人とは思えない雰囲気を纏った、小学生ぐらいのちみっこいガキだった。

 褐色の肌に灰色の長髪と、獣のような切れ長の目。

 間違いない、こいつは悪魔だ。

 本能が理性を超えて即座に判断するぐらいに、このガキが纏う雰囲気は常軌を逸している。

 顔には薄い笑みを貼り付けちゃいるが、この世の全てをゴミカスとでも思っていそうな瞳に、俺の全身から脂汗が流れる。

 

『悪くない。吾輩が直接、支配してやろう』

 

 ガキが人差し指をこちらに向けた瞬間、それが当たり前とでも言うかのように俺の身体が勝手に跪いた。

 恐怖、怯え、命への懇願、ありとあらゆる感情が渦巻く中で、悪魔が満足そうな笑みを浮かべて近づいてくる。

 跪く俺の顎にそっと片手を添え、ゆっくり持ち上げ視線を合わせ、互いに真正面から向き合った末に。

 その人差し指が、俺の額に、触れる。

 

「? ……あっ、あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!?」

 

 指が触れてから一泊、頭の中で渦が巻くような感覚に絶叫する。

 消える、消える、消える。

 俺という存在を確立する為の要素が、渦に吸い込まれるように無くなっていく。

 そこにあって当たり前だと思っていた愛情を、親に捨てられた日に生まれて初めて欲した時の記憶。

 ゴミを漁る日々の中で、心の底から安心を求めた記憶。

 一人で生き抜く力を欲して、なりふり構わずこの組織を選んだ記憶。

 過酷な訓練で心をすり減らし、数少ない食料を奪い合う日々を野望を膨らませる事で堪えた記憶。

 次から次へと消えていく。

 俺を作るものが消えていく。

 

「う……ぁ……」

 

 曲がり角でぶつかった記憶。

 地面に這いつくばった記憶。

 もう本能でかっわぃってなった記憶。

 目の前で変身してかっこぃってなった記憶。

 曲がり角でぶつかった記憶。

 地面に這いつくばった記憶。

 もう本能でかっわぃってなった記憶。

 目の前で変身してかっこぃってなった記憶。

 

『……ん? おい。何でループしてる? まさか! この吾輩を相手に精神が抵抗しているのか!?』

 

 消えない。

 鮮烈な出会いが、頭から離れない。

 飛び込んできたその姿が、どうしようもなく可愛かった。

 変身を躊躇わないその姿が、どうしようもなくカッコよかった。

 そして何より……俺の記憶にある限り、生まれて初めて優しさを受けた。

 

「ああ、そうか。俺は今、どうしようもなくなりたいんだ」

『なっ、やっ!? 吾輩がっ、逆に呑まれ……!!』

「あっ、悪魔様!? 何故消える!? 力が奪われているのか!?」

 

 頭の中で巻き続ける渦に、抗いながら掴みかかる感覚で無理やり支配する。

 ようやく頭の中の渦が収まると、目の前に居たはずの悪魔は消え失せており、手の中には俺が頭に思い浮かべたままのブレスレットが収まっていた。

 

「なぁボス。俺、今日で辞表出すわ」

「きっ、さまッ!! 我が組織を裏切るのか!!」

「うん。俺、怪人になるの嫌になっちまったよ」

「こっ、のっ! 裏切り者がぁ!!」

 

 途端に放たれる肌がひりつく程の怒気に一瞬身じろぐが、それで俺の身体が怖気付くことは無かった。

 今の自分が何を思っているか、クリアな頭でよく考える。

 この組織がなければ俺は今日まで生きれなかった、そこに恩が無いわけじゃない。

 正義の心に目覚めたなんて、そんな大層なことを言うつもりも無い。

 

「なぁボス。拾ってくれた恩をわすれて、本当に身勝手なこと言うんだけどさ……」

 

 だってしょうがないじゃないか、なりたいと思ってしまったんだから。

 しがらみの消えたクリアな頭で、その事しか考えられなかったんだから。

 

「俺は今、最高にヒーローになりたい」

『ヴォルフチェンジャー!』

 

 灰色の狼を象ったブレスレット……“ヴォルフチェンジャー”を装着し、その表面を勢いのままに押さえつける。

 途端に鼓動音が辺り一面に響き渡ると共に、チェンジャーからは灰色の狼が飛び出し、俺に飛びつこうとしてきたボスを吹き飛ばした。

 

「行くぜ狼……キュウセイチェンジ!」

『キュウ セイ チェンジ……!!』

 

 凄まじい不服さを感じさせる音声と同時に、灰色の狼が背後から激突し、俺の全身がエネルギーに包まれる。

 それが全身スーツのように身体全体にまとわりつき、続いて細かな装飾と薄いプロテクターが生成されては装着される。

 そして最後……狼を模したフェイスパーツが顔の周囲に生成され、完全に装着されると共に俺の変身が完了する。

 

「お前、何だ……! 何だその姿はァ!!」

「ヒーロー。まだ自称にしかなれねぇけど」

 

 もはや全盛期顔負けの怒気を見せるボスに、俺は軽い口調で言葉を返す。

 何だか俺の心の中に、先程の悪魔のガキの声で凄まじい罵詈雑言が響いてくるが……まぁそんなの気にしていたらヒーローなんてなれないだろう、知らんけど。

 

「善性、悪性、表裏一体。その境目を破る者」

 

 ヒーローには前口上が付き物だろう、俺は形から入るタイプなんだ。

 どうせ明日には変わる口上……とは言え、今は思ったままを声を発したい。

 

「羨望の使者、グラウウォルフ。とりあえずは形からだが……今日から俺は! ヒーローだァ!!」

 

 羨望の使者“グラウウォルフ”、たった今俺が考えつけたヒーロー名。

 悪役だってヒーローになれる、んな都合のいい話があるわきゃない。

 ただ、それでも、やるだけはやりたい。

 だってそれが、それこそが。

 怪人になるはずの今日と言う日に、戦隊ヒーローに脳を焼かれた俺の願いだから。

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