異世界転生したカール・マルクス 作:匿名
第十一話
「ルイゼル男爵領の通行税が高すぎると申したな、ルードル子爵」
応接室の高い天井に、1人の冷徹な声が反響する。
執務机の上には、男爵から提出されたばかりの領税調査書類が整然と置かれていた。
手続き上の不備がない限り、領主の徴税権は聖域として守られるべき性質のものであった。
しかしその領税調査書類は開示され、見えるように置かれている。この状況こそ、圧倒的な証拠調査能力によって導き出されたものだ。
「はい、殿下。ルイゼル街道を通る商人らは、男爵の提出した書類に基づき、一シリングの通行税を徴税されております」
「ほう。しかし、街道の警備も整備も満足であり、一シリング以下の通行税なら適切。男爵の通行税は、法律の定める適正な税制の範囲内ではないか。」
「確かに一シリングは徴税の上限だが、適正な税制の範囲だ。もしくは、それだけの財源がありながら街道の整備が疎かであると申すのか?」
殿下は机の上の、おおよそ五枚ほど広がる紙束を指先で示し、対する子爵は、言葉を発するときを今か今かと計っている。
対峙する子爵にとって、このしばしの沈黙は法への無理解を咎められているに等しいが、焦る様子は無い。
応接室の会話にはどこか談合が行われているかのように進んだ。
「それはルードル子爵、当主としての進言か? それとも、不当と子爵の思う現状への不満か? ……それとも、法への反逆か?」
「殿下、畏れ多くも、私に法へと背く蛮勇はございません。ただ、通行税が領地の両境で取られ、通商費用が実質二シリングになっておるのです。男爵領には二重の徴税がございます! 一回の通行で徴収される金額は一シリング以下と、王国法には定められているではありませんか」
殿下の眉がわずかに動き、口角が上がる。それを見た子爵は、心の内で安堵した。
法治の精神において法の抜け穴を利用した不当利得は、公秩序に対する明白な挑発とみなされる。
対する殿下は、男爵の行為がもし事実であれば、それは法の文言を守りつつその本質を破壊する、最も卑劣な背信行為に他ならないと考え、正義に燃えていた。
「なに? 二重の徴税だと? 本当に、ルイゼル街道で二度にわたり徴税されたのだな?」
ふむふむ、と資料を再び見つつ、きりりと引き締まった眉が決意を表した。
「はい。事実にございます」
子爵がそう返答すると、殿下は間髪入れず、言質を取ったかのような顔をして喋った。
「ふむ。ならば是正しなければならない。不当な徴税は、領主権の過大な拡張であり、法の逸脱だ。だからこそ私から、ルイゼル男爵を罰せよと言うべき。……そう申すのだな、子爵」
殿下は椅子に深く背を預け、眼前の貴族を冷徹に観察する。
この帝国において、法の支配の下でのみ領主の主権が尊重される。
しかし、法からの逸脱が認められた場合、裁判において一切の嘆願も影響を受けない。
事の重大さに応じて処罰をするだけである。
ただの建前ではあるが、裁判の結果において貴族の位も減刑の嘆願も一切の影響を受けない。
といえども、裁判において感情で刑を科すことは許されず、すべての断罪には厳格な証拠が求められる。
子爵の言葉が事実に基づかない誹謗中傷であれば、今度は子爵自身が虚偽告訴の罪で法廷に立つことになる。
「はい。男爵の通行税は、あまりにも法の精神から逸脱しております」
「ならば裁判だ。二重の徴税が行われた、客観的な証拠となる書類はあるか?」
「はい。こちらに、徴収場所と日付が明記された複数の商人の納税証明書、および被害記録をまとめた目録がございます」
机の上で差し出された紙の束を捲る音が、静かな応接室に断続的に響き渡る。
子爵は微動だにせず、法という絶対的な秤が、隣人の不正を正しく計り直す瞬間を待っていた。
「子爵。通行税を二重に取られたとは内心慮るところにあるが、その嘆願、私が理解した。受理しよう。後日の調査報告で正誤が判明しだい、然るべき処罰を約束する。」
「私は退室するが最後に。ルードル子爵、調査の結果がなんであれ、この告発が公平な結果を齎すことを、予め言っておく。」
流れるような所作で革張りの椅子から立ち上がると、扉に手をかける。
子爵が退室する殿下に向かって一礼をすると、すぐに扉は閉じられた。
通行税の徴収について
帝国憲章及び帝国基本法より引用
帝国憲章第4条
§1 男爵以上の爵位に叙せられたる者は、帝国憲章及び帝国法に準じ行政を掌るものとす。これを領主と定義す。但し、栄典等によって男爵以上に叙せられたる者は、帝国の定めた建国暦に準じて、203年より後に叙せられた場合、一代のみの相続とする。
§2 領主の行使する権限は、帝国憲章及び帝国法の定める範囲内に存し、帝国はこれを最大限尊重するものとす。
帝国基本法第6条
§5 全て領主は、受益者負担の原則に基づいて、自らの行政に適切な税制度を導入する義務を持つ。
§6 全て領主は、前項に基づき、その掌る行政に関し適切な税制度を敷く責務を負う。また、徴収せらるる租税は、提供せらるる公共の利益を著しく逸脱してはならない。