異世界転生したカール・マルクス 作:匿名
「何だこれ……紫色の宝石?……もしや魔力で物質が作れるのか? 」
私の目の前に鎮座するのは紫色の靄を放ちながら小さくなっていく、透き通った宝石とは程遠い何か毒々しい色の濁った石。
ゴトゴトと同じ物体があたりに降り注ぎ、私の手のひらに落ちた石は摘んだだけで霧となって消える。
魔力を用いてできた石ということから、この石の名前は……
「魔力石とでも命名しよう!」
「すごい、体がめちゃくちゃ軽いぞ!?」
全ての問題は解決した。
実に指向性を付けるだなんて簡単なことだったのだ。
固体の氷をどうやって作るのかと考えやしたが全ては役に立たなかった。
暴れんばかりの魔法のエネルギーを同時に外に出せば、拡散というものは全方向に出る。
つまり、均等に出るのだ。
実に簡単、実に簡単。頭に降ってきたこの石は拳大ほどで、サイズにばらつきはなく、一定の大きさのものができている。
立っている私から見て、同心円状に広がる紫色の霧か靄かよく分からないものは全て魔力。
人生において実に軽やかな気分だ。
ただ、霰のように降り注いでくるこの紫色の石は厄介だ。どんどん降り積もってくる!
だがそれよりも!だがそれよりも!
「ああ!どんどん作れば作るほど体が軽やかになっていく!素晴らしい、素晴らしい!素晴らしい!これが喜びか、これが楽しさか!」
ゴロゴロと転がる石たちは先が見通せない完全に濁った様態を示し、紫色がその属性を示す。
だが、その時エドワードは気がついた。
この魔力石の止め方が分からないぞ、と。
常に溢れ出てくる石たちは頭にぶつかり、肩にぶつかり、じわじわ痛みが襲ってくる。
魔力がカクカクした直方体の結晶構造に固まって、角の辺から霧になって消える。
この現象を利用できるかもしれないがそれよりも先に止め方を把握しないとまずい、ということを直感した。
対消滅して消えていくこの魔力石は床に溜まっている。そう、床に溜まっているのだ。
出てくる霧も、青色っぽい紫か、赤色っぽい紫かでそれぞれ違う。
マゼンタかシアンのような色をしている魔力石がひとつもなく、すべて紫色。
属性が均等に混ざっているのかな、と思いもしたが……霧になっている時に色が変わるのだから、おそらく違う。
「これまずくね?」
「うーん」
「……」
「…」
「。」
「オーマイガー!」
父は臣従儀礼に出かけて、関税の契約書を渡しに行っている最中。方伯領までは一日だけども、行って帰ってくるのに合計二日。
当然ながら家には当主がいない。
つまり、最も魔法に長けた人間たる父がいない状況ということは、誰も止められない状況ということだ。
思案するに、このフワフワとした魔力石は固体のように見えるだけで固体ではない。
ただ15歳の握力で石が砕けるとは思い難い。
少なくとも、人間は石を握って砕けるだけの握力をしていないからだ。
身体強化かそういう魔術もしくは魔法は存在しないはずだ。聞いたことがないし、まずそういう奴があったら封建制は崩れているはずだからだ。
しかし論理的に考えてみるとこの状況はおかしい。
詠唱もなく魔法が扱えるわけがない。
詠唱で起動する魔術はあるにはあるが、今回はそれを考慮する必要は無い。
これは無詠唱で扱える魔術によって引き起こされた現象なはずだ。
すると宝石力の減少……つまり、強烈な脱力感があるはすだが、今はその逆だ。とにかく体が軽くなったような興奮感がある。
相克が解消されたためかもしれない。
しかし、考慮する価値は十分にある。
魔術でも魔法でもない第三の魔導?いや、そんなわかがない。先人が考えて実行したはずだ。私以外ができないというわけでもあるまい。
発見されていないと安易に考えるのはおかしい。よく考えろ、これは知識が急に狭まった。
今私はB地球の常識で考えたが、同時にA地球の知識も持っている。
これはもしかしてだが、私の自意識が勝利したのではないか。
いや、そう安易に考えるのはおかしい。
どこかで知識が欠落している。そして、その認識が不可能だという仮説に従えば、今の私は闘争を続けている。
私が考えているということを認識する自意識は誰のものだ。
それは本当に私のものか?
転生したこの肉体の脳が考えている何か虚像によって導き出された結論かもしれない。
魂で考えなければ。魂で考えなければ知識が消滅する。
「あーもう!複雑なこと考えてるのに痛えわ!この石が!」
やはり、簡単に潰れた。この魔力石はすこし衝撃を与えただけで霧になって広がる。
指先で潰しただけでぐしゃっと劈開するのか?いや、壊れ方はそうは見えなかった。
壊れた端から一瞬で霧になる?
そんな物質を知らない。おそらく、拡散という性質がまだある状態のまま固まっているいわば矛盾した状態だからだろう。
つまりこれは……
「無詠唱魔法だ!無詠唱魔法を手に入れた!」
魔力を扱う行為は全般に魔法として括られる。
つまり無詠唱で行えるということは、即ち魔法を詠唱をせずとも行えるということだ。
問題はこの現象に再現性が無いということだが。これはもしかすると、この世界でも初めてかもしれない。
無詠唱魔法は不可能とされていた。
だが、現実として可能だ。
魔術ではないことを証明することは簡単だ。宝石力が使われておらず、常に魔力が変わらぬ速度で生成され、魔力石として体積することを続けているから。
霧となって消えて火と水の混ざった魔力の霧になる。いや、魔力の霧というより、ほんのり属性を持った元素の霧?よく分からない。
とにかく、これは全ての元素でできるはずだ。
拡散する性質は本来、全ての元素が持つものだからだ。
均等に射出するという発想が発見されていないわけがない。しかし、何故かは分からないが、無詠唱魔法は存在しないとされ続けていたのだ。
であるならば、これはB世界において魔法ではない何かということになる。
その語彙を私は知らない。
宝石による元素は宝石力だ。人間による環境、いわば元素の利用によって魔力が生まれるのだから、宝石力なくして魔力があるというのは理論上はありうる話。
しかし、効率が宝石に及ばないからこそ下克上というものは起きず、社会は安定していたということを考慮するに。
この魔力石というものは過去において誰かが発明しており、これは車輪の再発明に他ならない。
ただ私はそれを0から築き上げたというだけではあるが、おそらくどこかに強烈な罠が隠されている。
「だけどとにかく止め方が分かんねえ!どうしたらいいんだこれ!?」
既に霧はそうとうな濃さになり、頭の上に落ちてくる魔力石はぶつかって砕けては霧になる。
石打ちの刑罰を受けているような心地だ。もう一度、排出を止めさえすれば治るはずだが……
「魔力の排出の止め方って何だ?」
何かが出ているというのは分かる。
火の魔力と水の魔力が体の外に出ているということは熱烈に伝わる。
暑さと冷たさが同居するような不思議な感覚が体内に広がっているからだ。
止めれば爆発の危機に再びなる。しかし、止めなければ前も見えないほど濃い霧に包まれる。
「なんとか止まれ!止まれ!止まれ!」
エドワードはそう念じて、喋った。必死になって喋った時、気づいた。
ごつ、ごつ、ごつとぶつかった石はいつの間にか止まった。
それどころか先程までのあの毒々しい紫色はどこに消えたのかとばかりに、ピタリと一瞬で消えた。
瞬きする間に消えたのだ。
「……ええ?」
怪現象。明らかに怪現象。
エドワードはそのことについて思案したが、この現象よりも特に気にすべき事象が、自らの思考に現れたことについて考えることにした。
「あ!待てよこれもしかしてだが……何かよくない作用あるんじゃないのか?霧を吸った時から明らかにおかしい……」
「うわ、脱力感がする……絶対これヤバいやつだったな、危ねぇ危ねぇ」
まだ知らないことは世界に満ちている。しかし、死へと導く選択肢を選びかけたことを、エドワードは自覚した。
この作用は前世に存在した物質と酷似する。酒あるいはタバコ、強烈な依存をもたらす社会の癌。
前世でも阿片窟が深刻な問題になっていたし、おそらく今世における規制対象にもなるだろう、この霧は。
幸いにも咳だとか嘔吐だとかそういう体調悪化は無い。むしろ晴れやかな気分だが、身体の脱力感が出始めている。
人生で初めて、一回やっただけで依存するのかこの霧は。
前世では酒に溺れて、老いてからはそのせいで健康を悪くして、喉の炎症に悩まされた日々だった。
あの命日は何日だったか。よく思い出せないが三月の十四日だったと思う。
この魔力の霧は短期間であっても人間の思考に甚大な影響を与える。
神という概念はこの世界でもある。それも、より高位な場所に。
この世界では彗星とは神、つまるところ世界そのものが動かしている惑星と定義される。
天動説のよりひどい版、とでも言うべきか。
流動星・固定星という二種類の天体に分けてしまい、より細かく逆行惑星などと分類し、皆、太陽を信じる。
宗教は阿片だと論じたのは前世のことだが、おそらく今世で言ったら串刺しの後に絞首刑にされ、火刑にされてから川に流されるのだ。
この世界において四が不吉な数字と言われているのは神を侮辱した最初の人間の処刑回数になぞらえたもの。
しかし人々は神の実在する証拠を魔法に求めていない。なぜなら魔法は誰でも使えるものだからだ。
物理法則として数えられている。
実に奇妙なものだが適応しなければいけない……うん?
今分かった。
この一瞬で、B地球の常識が現れたことを認識できたぞ!
「うはははははは!遂に私は隣人に勝利したのだ!完全に征服した……!」
魔力石
およそ三百年前、魔法に対する理解が深まり、教育ができたことによって大いに躍進した民衆によって発見された。
その後、宝石を独占した貴族が魔法を用い、魔力石の安定化と大量生産にに着手した。
魔力を放出し、戦の最中に使用することを目的にして開発されたが、騎乗している馬が酩酊し、敵も味方も全裸になって踊り狂ったことから禁忌となった。
現代においては平民らによって密かに楽しまれているが、貴族社会を根本から腐らせる毒として貴族たちからは忌み嫌われ、度々処刑の対象になる。
労働意欲を著しく減衰させ、また快楽による依存性などから、悪の砂糖として高価で取引される。
透き通った透明の魔力石は属性が篭っておらず、摂取したとて体内の属性が偏るということも無い。
が、依存性は健在である。
エドワードが魔力石と名付けた物体は厳密には拡散しようとする性質が強く、魔力が固形化し、安定化した結果生まれた石とは全く違う。
持続はせず、百害あって一利なしの物体である。
放出された魔力が異常に多かったゆえに依存性も高くなっただけであり、本来は固形化するどころか霧になって空気中に消えるはずだった。
密室という空間が作り出した固形化である。