異世界転生したカール・マルクス   作:匿名

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第七話

 

「娯楽小説のレベルが低すぎる」

 

 

私はじつに、頭を抱えたい気分であった。

平民に読まれている娯楽小説とは一体どのようなものなのかと思い、数冊の本を買った。

 

製本用の木版は機械で動くが、内容の稚拙さは機械が補正してくれなかったようだ。

 

 

「何……ええ?ほんとに……こんな小説が読まれてるのか?」

 

 

タイトルはまるであらすじのように長く、タイトルだけで概要が把握できる。

 

まあ、これは娯楽小説という媒体ゆえなのかと思いもしたが、内容の整合性が最悪だ。

 

 

「貧しい糸紡ぎの農民が巡回した貴族に見初められて官僚まで登り詰める話?タイトルが長すぎるし内容に誤魔化しが多すぎるだろ……」

 

 

 

タイトルがとにかく長い。もう本屋でとんでもない異彩を放っていた。

 

内容としては、主人公エドワードが役人のエドワードと、名前が同じだったという接点から始まる。

 

一日中、糸車を回しては蚕を作る連中に馬鹿にされ、貧しい毎日を過ごすというのは……まあ現実としてどうなのかと考えると止まらない。

 

 

 

 

 

あとシンプルに名前が私の名前と同じエドワードって言うのが気に入らんが、まあ沢山いる名前だから仕方がない。

 

それはそれとして内容に現実性がなさすぎる。

蚕を作る、つまり桑の木を育てる職人がいる村が貧しい?

 

 

いやいやいや、有り得ない。

 

まず桑の木は盗まれないために警備員を雇う必要がある。それも毎日。

 

それを支払える人間で、尚且つ養蚕という知識がある人間じゃなきゃ育てられんというのに、その故郷の村とやらが貧しいのは明らかにおかしい。

 

 

主人公が冷遇されていると言うのは……まあ演出技法としてはわからんこともないが、粗悪だ。

 

冷夏で桑の葉が湿気で虫食いになってしまい、困ったところで役人になって大量のお金を手にした主人公が故郷の村でとして舞い戻る……というストーリー。

 

 

 

 

 

は?

 

おかしいだろ、と。

 

 

百歩譲って、養蚕業をしている村が貧しいのは良いとしよう。

 

だが邂逅の瞬間からおかしい。畑を耕す農民に役人が近づくのか?と。

 

 

小説の描写だと、これがまるで当たり前かのように役人が登場してきて、主人公を貧困から救ったあとはパタッと登場しなくなる。

 

 

舞台装置としてキャラクターを利用するのはどうにも好かん。

 

そして、この本には格差を描かぬ物語の罪がある。

 

 

 

平民は、一度貧困に落ちると起き上がれない。

 

その残酷な事実を直視した上で、それでも彼らが守り抜いている小さな誇りや、泥の中から見上げる星の美しさを描くのが、物語を書く者の誠実さというものだ。

 

役人の馬車に乗せてもらうことを待つだけの物語など、自立して生きようとする人間への裏切りに他ならない。

 

いや、努力への冷笑的な、斜に構えた態度に他ならない!

 

 

 

 

こんな娯楽小説が存在していいものか、いや、存在してはならない。

 

 

偽の希望を見せ、自分にも役人の巡回という幸運が来るのかもしれないと思わせる、そんな酷い成功物語だ。

 

 

そもそも役人という立場は個人が融通しただとか、頑張った程度でなれるものではない。

 

 

そもそも役人という立場は、個人が融通を利かせただとか、少しばかり利発だったという程度でなれるものではない。

 

 

官僚制とは、積み上げられた法典と前例の集大成だ。そこには厳格な登用試験があり、地を這うような暗記と数理の積み重ね、そして何層にも及ぶ身元照会がある。

 

それを名前が同じという一点で突破させるなど、この著者は国家の背骨を何だと思っているのだ。

 

 

それに、この筆者は識字を何だと思っているんだ?

 

昨日の今日で糸車を手放した男が、翌日から複雑な修辞の凝らされた公文書を読み解けるはずがない。

 

予算の帳尻を合わせ、貴族との折衝をこなし、法規の隙間を埋める。そのための教育にどれほどのコストと年月がかかるか、想像すら及ばないのか?

 

 

訓練されていない無能を中枢に置くのは、精密な時計の中に砂利を放り込むのと同じだ。

 

このエドワードは故郷を救うどころか、その無知ゆえに発行する書類一枚で、十の村を破滅させるだろう。そして百の貧者を生み出し、千の死人を出すのだ。

 

 

それを幸福な奇跡と呼ぶ感性が、私にはどうしても理解できない。

 

 

弱者救済とは、宝くじの当選者を一人生み出すことではない。

 

奇跡など起きずとも、真面目に働き、工程を守り、温度を管理した者が、その報いを正当に受け取れる仕組みを作ることだ。

 

「……はあ。本当に救いようがないな」

 

 

私はダメな娯楽小説を閉じ、机に叩きつけるように置いた。

 

 

娯楽小説とは、現実から逃避するための麻薬であってはならないはずだ。

 

偽の希望で読者を酔わせ、現実の重みを忘れさせるのは、救済ではなく責任の放棄。

 

 

筆者が世界を程度の低い視野で見たからこんな紛い物の小説が出来上がるのだ。

読み終わった後のこの虚無感。

 

私の名前を冠した偽物に、これ以上私の貴重な時間を浪費させるわけにはいかない。

 

 

出版を止めてやりたいが、わざわざそんなことをやる正当な理由が無い。

 

 

 

もはや本の装丁に使われた紙が可哀想だ。どこの印刷所がこんな駄本を許しているか知らないが、私にとって大衆に開かれた文学というのは酷い結果を齎した。

 

 

貴族や官僚のみが実務的な法学などを完璧にでき、平民はこのような浅い文学を享受する。

 

 

なんと恐ろしい。平民とはここまで構造的な無知に晒されているのか。

 

公文書が読めなくても、修行しなくても、成功できる。

この嘘が蔓延すれば、平民にとっての教育や鍛錬の価値は失墜し、危機が迫っても尚、自己鍛錬を行わないような人間が跋扈する。

 

 

文字とはやはり書く人間を狭めた方が良い。

大衆の主張としてこんな物が文学として許されるとするなら、この世界で民主主義国家というものは生まれるはずもない。

 

 

 

ごく一部の貴族という地主に行政権・立法権・裁判権などの三権が集中した貴族制国家というものは、この浅い文学を迎合するような市民がいるのにも関わらず存続し続けている。

 

 

それは、ああなんと、悲しいことに。

 

疑問の湧く湖である己の思考を狭めさせ、それに気が付かせない。

 

木版印刷の工場化による知の普及は、こんなにも愚かな制度を作るためにあったのか?いや無い。

 

 

知を共有し、社会の質を高めるために開発され、存在するはずだ!

 

それをこんな駄文の娯楽小説に費やさせる現代の病は恐ろしい……

 

 

 

 

 

何のために過去の皇帝が欽定憲法を定めたのか?何のために過去の貴族が、欽定憲法の模範たる皇帝に従い、何のために領民を守ったのか。

 

 

その歴史を一切考えていない。国家という枠組みが成立するのは、皇帝の権力が行き届く範囲のみなのか?

 

民衆が憲法を知り、民衆が敬い、民衆が喜ぶ。

 

民衆が国民として成立するためには皇帝の定めた最高法規に返事はYESと返事する人間と定めるしかない。

 

 

欽定憲法が求められた理由は法の権力そのものを絶対の裁定者たる皇帝に任せる、いわば貴族が揺るがない法規を上位者たる皇帝に求めたためだ。

 

 

 

「そもそもこんな設定の娯楽小説がなぜ流行るんだ?」

 

 

全くもってわけがわからない。

芸術が、文学にせよ彫刻にせよ開かれるのは空腹がなく、満ち足りたと感じられるだけの社会であるからだ。ルネサンスがそうであったように。

 

 

「養蚕を虫を育てることに一日中使う可哀想な事、という偏見に満たすような本、あまりに各所に失礼すぎる。筆者は原稿を燃やすべきだろう!」

 

憤慨。誠に、憤慨である。私はそもそも娯楽小説というものが好きではない。

 

タイトルを長く、あらすじのようになり、結末まで一気に語ってしまう。

 

そんなタイトルを読んだだけで読者が思考を完結させるような本はダメなのだ!

 

 

設定がよく練られているのなら良い。しかしどう考えても、あまりに筆者の知識不足が見える。

 

 

一日中、朝昼晩も耕す合間に、糸を紡ぐ?

 

 

ばかな。

 

 

 

 

繭の中で育つ蚕を殺す、糸車にかける前に繭を熱湯に浸す、そして糸を紡ぐのだ。

 

 

合間合間にできるほど簡単なものではない。

 

 

そして、いよいよわけが分からんことに、手作業の絹製品を工業生産された服より美しいとして絶賛していたりする。

 

 

それは麻の服ではなく絹の服だぞ?

 

均一な太さにする試行錯誤で歩留まりの悪いものを捨てるなんて以ての外なのだ。

 

 

だから絹には織機職人がおらず、機械に任せているというのに、存在しない粗悪な工業生産された絹の服と比べられたとて訳がわからん。

 

 

絹の服作りにおいて人力が淘汰された理由は機械が人間の百倍の速度で織るからだ。それも、均一に。

 

 

 

そもそも紡績においても糸車はおかしい。

 

昔ながらの人力に頼っていたとか、そういう説明がされているのだが。

 

余程の内陸部に位置しているとかならまだしも、都会から遠く離れた田舎の農村で粉挽き小屋があるというのに……

 

 

水車を利用した紡績の描写が一切ない。

 

普通、セットになって存在するだろうこれは!

 

おかしくないか?

川辺に水車があるならその回転は粉挽き小屋に繋がるし、当然ながら紡績機にも繋がる。

 

それを描かずして何が養蚕か?

 

養蚕をしている村なら紡績機の一台くらいは置いてあるだろう。

 

繭を熱湯で解して糸にする、だなんて工程を、人がやるのか?

 

手作業への神格化も甚だしい。

 

 

まず、絹というのは蚕の繭を熱湯に漬けることから始まる。

 

そこからかなりの工程を経て絹製品となる訳だが。

 

 

主人公は糸車を回している。まあ、糸にする担当っていうのならまだ理解できた。

 

 

だがしかし!

 

 

農業をしながら養蚕をする!?

 

 

おかしい、あまりにおかしい。

 

農業の大変さを軽視していると同時に養蚕の大変さも軽視しすぎている。

 

 

役人が訪れるのはまあ分かる。蚕の製造をしているのなら、まあ分からないことも無い。

 

 

だが、ただでさえ桑の木から葉っぱを摘んだり運んだりで忙しい中!農業をする!?おかしいだろう、それはあまりにも。

 

 

都会の人間とやらはどうにも農村への理解、そして養蚕への理解が浅すぎるように思える。

 

 

桑の葉を摘む労働者として様々な人間が集められ、画一的かつ集団的な労働に従事するという風景は正確だ。

 

 

 

しかし!村という少人数がそれを全うする?それも、主人公をいびる数人の養蚕従事者がだ。

 

おかしいだろう!おかしいだろう!

 

 

数十人は確実に必要とする。

 

雨の音のように葉をかじる蚕の幼虫たち、という描写を入れておいて、なぜ少人数が養蚕に従事しているような描写をするのか?

 

 

全くもっておかしい。

 

まず絹糸というのは紡績機によって作られる。糸車というのは……ちょっと前時代的というか。

 

 

そして重要なことにまず、粗悪な品を大量生産するようなポンコツな絹の織機機械というものは存在しない!

 

筆者は手工業の神聖化をしすぎている。

 

絹糸の効率的な生産によって開放された養蚕業者の労働がいかに素早いものになったかを全く描写していない。

 

糸車で絹糸を作り、この世で最も美しい絹の織物として絶賛される……あまりにも荒唐無稽ではないか!

 

 

絹製品が安価ではない理由として、絹専用の関税が課されるからだが。

 

最も大きな原因は都市部、つまるところ港湾都市や河川都市には湿気が多すぎるからだ。

 

 

絹の服は湿気から遠ざけなければ美しく着続けることが出来ない。

 

季節の変わり目、いわば湿気や、まあ当たり前だが水やら雪やら、あらゆるものが天敵だ。

 

 

絹製品の神格化が進んでいるというのか、都市部の文学はどれもこれも絹製品を高度なものとする。

 

 

そして摩訶不思議なことだが、麻の服よりも絹の服が長持ちすると言うのだ。

 

 

はあ?

 

 

おかしいだろう!

 

 

 

筆者よ、そのちっぽけな頭の中の脳みそでよーく考えてみろ。絹は摩擦に弱く!日光に弱く!湿気に弱く!どこが長持ちするというんだ?

 

 

何が、透き通ったような白い絹の服だ。何が、素晴らしい服だ。

 

 

服として見れば麻の服が百倍優れているし、絹の服は百倍劣っている。

 

 

都市の公教育は一体どうなっているんだ?貴族の膨大な納税をこんな本を生むために使っているのか。

 

印刷所は何をやっているんだ……製紙工場の紙も、製革工場の革も。装丁されるに足らぬ駄文の本を刷るな!

 

 

とうてい、価値に見合わぬ。

 

とうてい価値に見合わぬ!

 

 

 

 

私は、都市の平民がどのような本を読むのか知りたかった。ただそれだけだったと思う。

 

だが現実はどうか!

 

この叩けば埃が出る設定の塊に!長ったらしいタイトル!

 

貧しい糸紡ぎの農民が巡回した貴族に見初められて官僚まで登り詰める話とか書いてしまえばタイトルだけで内容が分かる!

 

浅すぎる……あまりに浅すぎる。

 

 

 

都市の人間は集中力というものを失ってしまったのか?

 

行くのに一ヶ月もかかる帝都も、これでは魅力が半減する。

 

どうやら優れた文学というものは必ず都市で花開くとは限らないようだ。

 

 

 

 

 

 

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