おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

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トキワの森
レベル1 火


湿った土の匂いが、喉の奥にこびりついている。

 

重い。空気が重い。

息を吸ってるはずなのに、うまく入ってこない。

 

ここ、どこだよ……。

 

「……ぁ……」

 

声を出したつもりだった。

でも聞こえたのは、意味のない()()()

 

違う。おかしい。

舌が回らない。喉の感覚も変だ。

嫌な予感が、ゆっくりと背中を這い上がってくる。

 

視線を落とす。

 

――橙色じゃない。少し、()()()()()()

 

丸い指。短い腕。鱗。

 

「……は?」

 

思考が止まる。

 

振り向くと、尾の先で炎が揺れていた。小さいくせに、やけに存在感がある火。

 

……なんだよ、それ。

 

理解したくないのに、頭が勝手に答えを出す。

 

ヒトカゲ。

 

いやいやいや、待て。

なんでだよ。意味わかんねぇだろ。

 

「ふざけんなって……」

 

言葉にならない。鳴き声しか出ない。

 

夢か?

いや、違う。土の冷たさも、空気の湿り気も、全部リアルだ。

 

じゃあ――

 

「……死んだ、のか」

 

その言葉だけが、妙にすんなり落ちてきた。

 

 

思い出す。

 

夕焼け。道路。クラクション。

 

飛び出したガキ。

 

……本当なら、見て見ぬふりしてた。

 

俺はそういうやつだ。

逃げて、関わらないで、面倒なことは全部避けてきた。

 

なのに、あの時だけ――

 

「なんでだよ……」

 

体が勝手に動いた。

手を伸ばして、突き飛ばして――

 

光。

 

音。

 

衝撃。

 

それで終わり。

 

「……意味わかんねぇ」

 

なんで最後だけあんなことしたんだよ。

どうせなら、最後まで逃げとけばよかっただろ。

 

その方が、俺らしかったのに。

 

 

ガサッ。

 

音に、体がビクッと跳ねた。

 

やばい。何かいる。

反射で顔を上げる。

 

木の影から、同じ姿の影が出てきた。

 

ヒトカゲ。

 

……でも、違う。

色が橙色、目が冷たい。完全に敵を見る目だ。

 

「来るな……」

 

一歩下がる。

距離が離れる。

 

その瞬間一匹が、地面を蹴った。

 

速い。

 

たいあたり

 

避け――

 

無理だ。

 

衝撃。

 

視界が揺れて、地面に叩きつけられる。

 

「がっ……!」

 

息が抜ける。苦しい。吸えない。

咳き込む間もなく、別の気配。

 

囲まれてる。

 

嘘だろ。

 

「なんで……」

 

仲間じゃねぇのかよ。

 

その答えみたいに、もう一匹が前に出る。

 

ああ、ダメだこれ。

分かる。

ここにいたら、死ぬ。

 

尾の火が、ばち、と弾けた。

 

一瞬、相手が怯む。

 

その隙に――

 

「っ、は……!」

 

にげる

 

走る。

 

無我夢中で、ただ走る。

 

枝が顔をかすめる。足がもつれる。転ぶ。立つ。

 

また転ぶ。

 

痛い。息苦しい。もう無理。

 

でも止まったら終わる。

 

それだけは分かる。

 

 

どれくらい走ったか分からない。

気づけば、音が消えていた。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

膝が笑ってる。立ってるのがやっとだ。

全身が痛い。ボロボロだ。

 

……腹、減った。

 

「最悪だろ……」

 

こんな状況でそれかよ。腹なんて空かしてる場合じゃないって。

 

その時。

草が、揺れた。

 

ビクッと体が反応する。

 

何かいる!まだ追ってくるのかよ!もう勘弁してくれ。

そっと視線を向ける。

 

そこにいたのは――

 

キャタピー。

 

葉っぱを食ってる、序盤の草むらから出てくる虫ポケモン。

 

びびらせやがって!ちびったかもしれない。はぁ…もう疲れた、どこか休める場所は探s

 

……弱そうだ。

 

その瞬間、ぞわっとした。

 

なんだ今のは、違う。

今の、俺の考えじゃない。頭の奥じゃなくて、もっと深いとこから湧いてくる。

 

“狩れ”

 

“食え”

 

「やめろ……」

 

一歩、下がる。

 

いや、下がれよ。

 

なんで前に出てんだよ。

 

足が止まらない。

 

キャタピーが顔を上げる。目が合った。

 

「来るなって……!」

 

いとをはく

 

次の瞬間、白い糸が飛んできた。

 

速い。

 

避け――

 

間に合わない。

 

腕に絡む。引っ張られる。

バランス崩して、転倒。

顔面から地面に突っ込む。

 

「がっ……!」

 

泥が口に入る。最悪だ。

糸が締まる。動けない。

 

キャタピーが、ゆっくり近づいてくる。

 

「……無理だろ……」

 

震えが止まらない。

 

こんな相手にすら勝てないとか、どんだけ弱いんだよ。

終わりだ。

 

そう思った瞬間――

 

体が、勝手に暴れた。

糸を無理やり引きちぎろうとする。

 

「やめろって……! 痛っ……!」

 

皮膚が裂ける感覚。

でも止まらない。

 

……違う。

 

これじゃ死ぬ。

 

にげる

 

逃げろ。

それだけは、自分で選んだ。

 

体をひねる。転がる。

 

無理やり糸を抜ける。

 

そのまま――

 

逃げた。

 

「はっ……はっ……!」

 

情けない。

また逃げてる。

でも無理だろあんなの。でかいしキモい虫が襲って来たんだぞ。

 

背後で音。追ってきてる。

 

やめろ。来るな。

 

転ぶ。立つ。転ぶ。

 

「くそ……!」

 

視界に、倒木。

その下に、穴。

 

考えるより先に、体が動いた。

滑り込む。

狭い。苦しい。でも隠れる。

 

息を止める。

 

気配が近づく。

 

止まる。

 

探してる。

 

心臓がうるさい。バレるだろこれ。

頼む、行け……。

 

数秒。

やがて、気配が遠ざかる。

 

「……はぁ……」

 

一気に力が抜ける。

 

震えが止まらない。

 

ダサい。弱い。

何も変わってない。

あの時と。

 

「……また、逃げたな」

 

それでも。

ここで終わるのは、もっと嫌だ。

 

 

 

たたかう

 

 

 

「……考えろ……」

 

無理やり頭を回す。

相手は糸を吐く、それもかなり速くて避けるのは難しい。正面からは無理。

 

じゃあどうする。

 

……見えなきゃいい。

 

視線を落とす。

 

乾いた葉。倒木。

そして――尾の炎。

 

「……これなら」

 

やるしかない。

 

 

穴から出る。

静かに戻る。

 

キャタピーはまだいる。

 

油断してる。

 

「今だ……」

 

尾を振る。

火が葉に移る。

煙が上がる。

 

キャタピーが気づく。

 

遅い。

煙が広がる。

 

「行け……!」

 

体が弾ける。

突っ込む。

 

糸が飛ぶ。

 

でもズレてる。当たらない。

 

距離ゼロ。

 

「うあああああッ!!」

 

ひっかく

 

爪を叩きつける。

 

柔らかい感触。

 

もう一発。

 

もう一撃。

 

止まるまで。

 

動かなくなるまで。

 

叩く。

 

 

静かになる。

 

煙が消えていく。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

勝った。

 

……勝ったけど。

 

全然、嬉しくない。

怖いまま。痛いまま。

何も終わってない。

 

「……怖ぇよ……」

 

声が震える。

 

それでも。

 

「……逃げなかった」

 

一回は逃げた。

でも戻った。

それでいい。

 

尾の炎が揺れてる。

 

その光を見ながら、思う。

俺は弱い。

どうしようもなく。

 

でも――

 

「それでも、やるしかねぇんだろ」

 

 

 

ここは、トキワの森。

 

弱ければ死ぬ場所だ。

 

足は震えてる。

 

それでも、一歩踏み出す。

 

怖くてもいい。

 

逃げてもいい。

 

でも――

 

最後だけは、逃げない。

 

それが、俺の選択だ。




ヒトカゲ
レベル???
特性:???
技 ひっかく
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