おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

10 / 14
レベル10 火の包囲網

 

森は静かだった。昨日と同じはずの空気なのに、どこかだけ薄くて、何かが欠けているみたいな違和感がある。その違和感の中心に、あいつらはいた。

 

木の影に体を押し込んだまま、息を殺して覗く。帽子の男と金髪の男、その足元にラッタとアーボ。距離はある。風向きも悪くない。ラッタの鼻も、まだこっちを拾っていない。

 

………先輩、あいつは出さないすか?

………もう出してる。

 

………え、どこにいるんすか?

………無駄口を叩くな。静かにしてろ。

 

 

気づかれていない。背後をとっている。

 

(……今ならいける)

 

頭の中で状況が静かに組み上がる。ラッタの索敵、網の射線、アーボの初動、逃げ道。全部見える。ここで仕掛ければ一気に崩せる。

 

勝てる。

 

そう判断した瞬間、体はもう前に出ていた。足音を殺して一歩、さらに踏み込もうと重心を落とす。

そのまま一気に距離を詰めるーー

 

 

 

 

 

ーーその時、上から何かが“落ちてきた”。

 

風が押し潰される音。視界が一瞬だけ暗くなる。反射的に体が止まり、次の瞬間、目の前を黒い影が掠めた。

 

「――っ!」

 

理解が追いつかないまま、地面が抉れる。土と落ち葉が弾け飛び、遅れて耳に刺さるような羽音が叩きつけられた。

 

速い。でかい。針みたいな影。

 

頭の中でバラバラの情報がぶつかって、遅れて一つに繋がる。

 

(……虫、飛んでる……針……スピアー……!)

 

背筋が冷える。見てなかった。完全に上だ。

 

考えるより先に、もう一度影が動く。今度は真っ直ぐこっちに来る。

 

避けるしかない。

 

地面を蹴って横に飛ぶ。直後、さっきまでいた場所に針が突き刺さり、土が抉れた。掠っただけなのに、風圧みたいな衝撃が体を揺らす。

 

「ヒトカゲだ!」

 

金髪の声が飛ぶ。ラッタが反応して跳ね、アーボが身を巻く。網銃が持ち上がる。全部見える。でも、その全部より一瞬だけ遅れている。

 

(……仕込んでたのか!)

 

理解が追いつく頃には、もう形は崩れていた。さっきまでの“勝てる配置”は消えている。奇襲は完全に潰された。

 

スピアーが旋回する。空気を裂く音が頭上で鳴り、次の軌道が読めない。

 

帽子の男が叫ぶ。

 

「スピアー、どくばり!」

 

来る。

 

今度は正面。

 

踏み込む代わりに、地面を蹴って低く滑る。体勢が崩れるのも構わず、そのまま転がる。直後、背中の上を風が走り抜け、木の幹に鋭い音が叩きつけられた。

 

遅れて、痛みが来る。腕に熱い感覚。掠った。浅いが、確実に入ってる。

 

「チッ……!」

 

立て直す暇もなく、ラッタが突っ込んでくる。避けきれない距離。反射で腕を振るが、完全には止められない。体を押し飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

息が抜ける。

 

その上から、網銃の照準がこっちを向く。

 

「動くなッ!」

 

無理だ。

 

地面を蹴って強引に転がる。次の瞬間、さっきまでいた場所に網が叩きつけられた。葉が巻き上がり、視界が一瞬だけ塞がる。

 

その隙に、アーボが距離を詰めてくる。低い姿勢、巻き付く気だ。

 

(……最悪だな)

 

上はスピアー。正面はラッタ。横からアーボ。後ろは網。

 

全部、揃ってる。

 

完全に囲まれてる。

 

呼吸が荒くなる。でも、頭だけは妙に冷えていた。

 

(さっきまでの形はもうない)

 

奇襲も、主導権も、全部消えた。

 

今あるのは――

 

「……クソ」

 

逃げ場も、余裕もない、ただの戦場だった。

 

 

ーーーーー

 

 

踏み込む。ラッタの突進に合わせて半歩だけ軸をずらし、そのまま体を捻る。尾の振り抜きで勢いを乗せ、腕を叩き込む。ひっかくが側面に入る。浅いが、軌道は崩せる。ラッタの体が流れ、その背後に一瞬だけ空間が空く。

 

そこに息を叩きつける。

 

なきごえ

 

――がぁッ!!

 

音じゃない衝撃が前に走り、アーボの起こりが一瞬だけ遅れる。ラッタも踏み込みが鈍る。その一拍で地面に息を吐く。

 

えんまく

 

――ぼぉっ!!

 

黒い煙が一気に膨らみ、視界が潰れる。自分の位置も相手の位置も曖昧になるが、さっきのズレは覚えている。煙の中を滑るように横へ抜け、ラッタの死角に回り込む。いける。

 

ひっかく

 

踏み直して、撃ち込む。今度は深い。手応えが残る。だが、押し切る前に空気が裂けた。

 

どくばり

 

羽音。上。

 

反射で体をずらす。直後、煙が真っ二つに割れ、針が地面を抉る。スピアーだ。煙の外から見ている。こっちの“隠れる”が通じない。

 

(……厄介だな)

 

立ち上がる間もなく、ラッタが煙を突っ切ってくる。迷いがない。アーボも低く滑り込み、左右から挟む形を作る。

 

正面はラッタ、横からアーボ、上にスピアー。

 

全部来る。

 

一瞬だけ、呼吸を詰める。次に動く順番を決める。

 

ラッタをズラす。

 

踏み込む。あえて正面に出て、ひっかくの構えを見せる。ラッタが食いつく。来る。直前で軸を切り替え、肩から体当たり気味にぶつかって進路を歪ませる。

ラッタに意識を向けるとアーボが噛み付いてこようとするのは想定内。

 

なきごえ

 

――がぁッ!!

 

衝撃でアーボの頭がぶれる。完全には止まらないが、噛みが浅くなる。腕に擦れる痛み。牙だ。だが毒は注入されていない。

 

(浅い。まだいける)

 

そのまま後ろへ滑る。だが上から来る。羽音が近い。見なくても分かる速度。

 

みだれづき

 

転がる。地面に体を叩きつける勢いで低く逃げる。針が背中の上を掠め、熱が走る。浅い。だが回数が増えている。

 

(……じわじわ削られてる)

 

煙はもう薄い。位置は割れてる。呼吸が荒くなり、踏み込みのキレが落ちているのが分かる。

 

それでも止まれない。

 

えんまくをもう一度吐く。だが量が足りない。広がる前に、上から裂かれる。スピアーが煙ごと押し潰してくる。

 

「チッ……!」

 

横に逃げるが、その先にラッタがいる。読まれてる。いや、数で潰されてる。

 

踏み替えた瞬間、足裏がわずかに滑る。踏み固められていない柔い土だった。ほんの一瞬、軸がズレる。

 

(……ズレた)

 

その遅れを、ラッタが逃さない。想定より半拍早く踏み込んでくる。ひっかくを合わせるつもりだった腕が、わずかに間に合わない。

 

衝撃が先に来る。

 

たいあたり

 

まともに入る。

 

息が抜ける。地面に転がる。すぐに起き上がろうとして、足に力が入らない。ほんの一瞬だけ、遅れる。

 

その遅れに、全部が重なる。

 

ラッタがもう一度踏み込む。アーボが巻き付きに来る。上からスピアーが落ちてくる。

 

(……まずい)

 

頭は動く。対応しきれない。

 

なきごえを撃つ。衝撃でラッタの踏み込みがわずかに鈍る。だが止まらない。ひっかくを合わせるが、タイミングが半拍遅い。浅い。止めきれない。

 

衝撃。

 

今度は踏ん張りが効かない。体が大きく崩れる。視界が揺れる。

 

上から影。

 

避ける余裕がない。

 

(……何か、ないか)

 

無理やり体をひねる。完全には避けられない。針が肩を掠め、焼けるような痛みが走る。毒の気配がじわりと広がる。

 

呼吸が乱れる。足が重い。視界の端が狭くなる。

 

それでも、まだ動ける。

 

(……まだ、終わってない)

 

ラッタが詰めてくる。今度は確実に取りに来ている。網銃の気配も背後にある。全部重なる。

 

間に合わない。

 

その瞬間、空気が弾けた。

 

でんきショック

 

――バチィッ!!

 

視界の横で光が爆ぜる。ラッタの体が跳ね、焼けた匂いが一気に広がる。

 

時間が一拍止まる。

 

何が起きたのか、一瞬だけ分からない。

 

遅れて、黄色が目に入る。

 

小さな体。まだ不安定な足取り。それでも、確かに立っている。

 

ピカチュウ。

 

「……ぴか」

 

かすれた声。

 

でも、その目は逸れていない。

 

こっちを見ている。

 

 

ーーーーー

 

 

電気の残滓が空気に残る中、ラッタの体が完全に崩れ落ちた。焦げた匂いが広がる。

 

視線の先に、ふらつきながらも立つ黄色――ピカチュウがいると理解するのと同時に、助けられた事実が遅れて落ちてくる。

 

圧が緩む。息が通る。

 

それだけで、見えてなかった隙が一つ、浮かび上がる

 

短い鳴き声が一つ。あいつは前を見ている。なら止まらない。意識を引き戻し、視線を戦場に戻す。まだ終わっていない。

 

一瞬だけ、場が止まった。

 

だがそれも、ほんの一拍だった。

 

「……アーボ。そっちだ。お前はそいつを抑えろ」

 

低い声が森に落ちる。

 

帽子の男は視線を外さないまま続けた。

 

「お前もだ。ピカチュウを優先しろ」

 

短い指示。

 

それだけで、流れが切り替わる。

 

金髪の男が即座に動く。網銃の向きが変わる。照準はもうこっちじゃない。

 

ピカチュウ。

 

アーボも迷わない。低く滑るように進路を変え、そのまま一直線にそっちへ向かう。

 

(……分断か)

 

理解は一瞬で終わる。

 

次の瞬間には、もう目の前に来ている。

 

羽音。

 

空気が裂ける。

 

スピアーが真上から落ちてくる。

 

反射で横に飛ぶ。針が地面を抉り、土が跳ねる。距離を取ろうとした瞬間、進路の先に帽子の男が立っている。

 

帽子の男は動いていない。最初からそこに立っていたみたいに、自然に進路の先にいる。

 

偶然じゃない。

 

逃げる方向を選ぶ前から、そこに置かれている。

 

逃げ道を潰されている。

 

(こっちは……こっちで来る気か)

 

踏み替える。

 

前に出るしかない。

 

スピアーが旋回する。速い。上からの圧が消えない。視界の外から何度でも差し込んでくる。

 

(上、上、上……!)

 

読む。

 

羽音のズレ、風の揺れ、それだけで軌道を拾う。完全には見えない。それでも、遅れれば終わる。

 

来る。

 

体を落とす。針が肩を掠める。熱が走る。浅い。だが確実に削れている。

 

(……まだ動ける)

 

踏み込む。

 

スピアーが上に逃げる前に、間合いを詰める。ひっかくを叩き込むが、届く直前で高度を上げられる。空を切る。

 

その隙に、横。

 

帽子の男が一歩だけ位置を変える。

 

それだけで、進路が歪む。

 

「……チッ」

 

距離を取りたいのに、取れない。上から押され、前は潰される。

 

(削られる形だな……)

 

えんまく

 

――ぼぉっ!!

 

黒い煙が広がる。だが今回は使い方が違う。隠れるためじゃない。相手の視線を一瞬だけ切るため。

 

煙の縁を滑るように動く。

 

外へ抜ける。

 

その瞬間――

 

羽音が、煙の外から差し込んでくる。

 

「スピアー、ダブルニードル!

 

(読まれてる……!)

 

転がる。針がすぐ横を通り抜ける。間一髪。だが体勢が崩れる。

 

立て直す前に、また来る。

 

速い。

 

二撃目。

 

今度は完全に避けきれない。腕で受ける。衝撃。骨まで響く。

 

「っ……!」

 

押し込まれる。

 

踏ん張るが、地面が滑る。体が沈む。

 

(……まだ、何か)

 

探す。

 

この状況を崩す手。

 

だが――

 

横で、音が弾ける。

 

――バチッ!!

 

視線が引っ張られる。

 

ピカチュウ。

 

アーボに向けて電気を放っている。だが威力が足りない。アーボは止まらない。体をくねらせながら距離を詰めていく。

 

その背後。

 

金髪の男が網銃を構えている。

 

狙いは外さない距離。

 

(まずい……)

 

一瞬だけ、そっちに意識が引かれる。

 

その隙。

 

上。

 

スピアー。

 

落ちてくる。

 

反応が遅れる。

 

(……やべ)

 

無理やり体を捻る。完全には避けられない。針が脇腹を掠める。熱と痛みが一気に走る。

 

足が止まる。

 

その一瞬。

 

ーーパンッ!!

 

網銃。

 

発射音。

 

空気が裂ける。

 

ピカチュウの方だ。

 

視界の端で、網が広がる。

 

(……間に合わねぇ)

 

踏み出そうとしても、足に力が入らない。ダメージが溜まっている。動きが鈍い。

 

スピアーが再び上を取る。

 

帽子の男が距離を詰める。

 

完全に、形を作られている。

 

(……このままじゃ)

 

呼吸が荒い。

 

視界が狭い。

 

それでも、止まれない。

 

「……まだだろ」

 

小さく吐き捨てる。

 

倒れてない。

 

動ける。

 

それだけで十分だ。

 

ピカチュウの方から、また電気の音が弾ける。

 

完全には崩れていない。

 

(……まだ、終わってねぇ)

 

だが、状況は変わらない。

 

スピアーは上。

 

帽子の男は前。

 

網銃とアーボは横。

 

逃げ場はない。

 

森の空気が、さらに重くなる。

 

追い詰められている。

 

それだけは、はっきり分かる。




ヒトカゲ
レベル???
特性:もうか
技 ひっかく えんまく なきごえ ひのこ?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。