おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体 作:リザードン大好きマン
森は静かだった。昨日と同じはずの空気なのに、どこかだけ薄くて、何かが欠けているみたいな違和感がある。その違和感の中心に、あいつらはいた。
木の影に体を押し込んだまま、息を殺して覗く。帽子の男と金髪の男、その足元にラッタとアーボ。距離はある。風向きも悪くない。ラッタの鼻も、まだこっちを拾っていない。
………先輩、あいつは出さないすか?
………もう出してる。
………え、どこにいるんすか?
………無駄口を叩くな。静かにしてろ。
気づかれていない。背後をとっている。
(……今ならいける)
頭の中で状況が静かに組み上がる。ラッタの索敵、網の射線、アーボの初動、逃げ道。全部見える。ここで仕掛ければ一気に崩せる。
勝てる。
そう判断した瞬間、体はもう前に出ていた。足音を殺して一歩、さらに踏み込もうと重心を落とす。
そのまま一気に距離を詰めるーー
ーーその時、上から何かが“落ちてきた”。
風が押し潰される音。視界が一瞬だけ暗くなる。反射的に体が止まり、次の瞬間、目の前を黒い影が掠めた。
「――っ!」
理解が追いつかないまま、地面が抉れる。土と落ち葉が弾け飛び、遅れて耳に刺さるような羽音が叩きつけられた。
速い。でかい。針みたいな影。
頭の中でバラバラの情報がぶつかって、遅れて一つに繋がる。
(……虫、飛んでる……針……スピアー……!)
背筋が冷える。見てなかった。完全に上だ。
考えるより先に、もう一度影が動く。今度は真っ直ぐこっちに来る。
避けるしかない。
地面を蹴って横に飛ぶ。直後、さっきまでいた場所に針が突き刺さり、土が抉れた。掠っただけなのに、風圧みたいな衝撃が体を揺らす。
「ヒトカゲだ!」
金髪の声が飛ぶ。ラッタが反応して跳ね、アーボが身を巻く。網銃が持ち上がる。全部見える。でも、その全部より一瞬だけ遅れている。
(……仕込んでたのか!)
理解が追いつく頃には、もう形は崩れていた。さっきまでの“勝てる配置”は消えている。奇襲は完全に潰された。
スピアーが旋回する。空気を裂く音が頭上で鳴り、次の軌道が読めない。
帽子の男が叫ぶ。
「スピアー、どくばり!」
来る。
今度は正面。
踏み込む代わりに、地面を蹴って低く滑る。体勢が崩れるのも構わず、そのまま転がる。直後、背中の上を風が走り抜け、木の幹に鋭い音が叩きつけられた。
遅れて、痛みが来る。腕に熱い感覚。掠った。浅いが、確実に入ってる。
「チッ……!」
立て直す暇もなく、ラッタが突っ込んでくる。避けきれない距離。反射で腕を振るが、完全には止められない。体を押し飛ばされ、地面に叩きつけられる。
息が抜ける。
その上から、網銃の照準がこっちを向く。
「動くなッ!」
無理だ。
地面を蹴って強引に転がる。次の瞬間、さっきまでいた場所に網が叩きつけられた。葉が巻き上がり、視界が一瞬だけ塞がる。
その隙に、アーボが距離を詰めてくる。低い姿勢、巻き付く気だ。
(……最悪だな)
上はスピアー。正面はラッタ。横からアーボ。後ろは網。
全部、揃ってる。
完全に囲まれてる。
呼吸が荒くなる。でも、頭だけは妙に冷えていた。
(さっきまでの形はもうない)
奇襲も、主導権も、全部消えた。
今あるのは――
「……クソ」
逃げ場も、余裕もない、ただの戦場だった。
ーーーーー
踏み込む。ラッタの突進に合わせて半歩だけ軸をずらし、そのまま体を捻る。尾の振り抜きで勢いを乗せ、腕を叩き込む。ひっかくが側面に入る。浅いが、軌道は崩せる。ラッタの体が流れ、その背後に一瞬だけ空間が空く。
そこに息を叩きつける。
なきごえ
――がぁッ!!
音じゃない衝撃が前に走り、アーボの起こりが一瞬だけ遅れる。ラッタも踏み込みが鈍る。その一拍で地面に息を吐く。
えんまく
――ぼぉっ!!
黒い煙が一気に膨らみ、視界が潰れる。自分の位置も相手の位置も曖昧になるが、さっきのズレは覚えている。煙の中を滑るように横へ抜け、ラッタの死角に回り込む。いける。
ひっかく
踏み直して、撃ち込む。今度は深い。手応えが残る。だが、押し切る前に空気が裂けた。
どくばり
羽音。上。
反射で体をずらす。直後、煙が真っ二つに割れ、針が地面を抉る。スピアーだ。煙の外から見ている。こっちの“隠れる”が通じない。
(……厄介だな)
立ち上がる間もなく、ラッタが煙を突っ切ってくる。迷いがない。アーボも低く滑り込み、左右から挟む形を作る。
正面はラッタ、横からアーボ、上にスピアー。
全部来る。
一瞬だけ、呼吸を詰める。次に動く順番を決める。
ラッタをズラす。
踏み込む。あえて正面に出て、ひっかくの構えを見せる。ラッタが食いつく。来る。直前で軸を切り替え、肩から体当たり気味にぶつかって進路を歪ませる。
ラッタに意識を向けるとアーボが噛み付いてこようとするのは想定内。
なきごえ
――がぁッ!!
衝撃でアーボの頭がぶれる。完全には止まらないが、噛みが浅くなる。腕に擦れる痛み。牙だ。だが毒は注入されていない。
(浅い。まだいける)
そのまま後ろへ滑る。だが上から来る。羽音が近い。見なくても分かる速度。
みだれづき
転がる。地面に体を叩きつける勢いで低く逃げる。針が背中の上を掠め、熱が走る。浅い。だが回数が増えている。
(……じわじわ削られてる)
煙はもう薄い。位置は割れてる。呼吸が荒くなり、踏み込みのキレが落ちているのが分かる。
それでも止まれない。
えんまくをもう一度吐く。だが量が足りない。広がる前に、上から裂かれる。スピアーが煙ごと押し潰してくる。
「チッ……!」
横に逃げるが、その先にラッタがいる。読まれてる。いや、数で潰されてる。
踏み替えた瞬間、足裏がわずかに滑る。踏み固められていない柔い土だった。ほんの一瞬、軸がズレる。
(……ズレた)
その遅れを、ラッタが逃さない。想定より半拍早く踏み込んでくる。ひっかくを合わせるつもりだった腕が、わずかに間に合わない。
衝撃が先に来る。
たいあたり
まともに入る。
息が抜ける。地面に転がる。すぐに起き上がろうとして、足に力が入らない。ほんの一瞬だけ、遅れる。
その遅れに、全部が重なる。
ラッタがもう一度踏み込む。アーボが巻き付きに来る。上からスピアーが落ちてくる。
(……まずい)
頭は動く。対応しきれない。
なきごえを撃つ。衝撃でラッタの踏み込みがわずかに鈍る。だが止まらない。ひっかくを合わせるが、タイミングが半拍遅い。浅い。止めきれない。
衝撃。
今度は踏ん張りが効かない。体が大きく崩れる。視界が揺れる。
上から影。
避ける余裕がない。
(……何か、ないか)
無理やり体をひねる。完全には避けられない。針が肩を掠め、焼けるような痛みが走る。毒の気配がじわりと広がる。
呼吸が乱れる。足が重い。視界の端が狭くなる。
それでも、まだ動ける。
(……まだ、終わってない)
ラッタが詰めてくる。今度は確実に取りに来ている。網銃の気配も背後にある。全部重なる。
間に合わない。
その瞬間、空気が弾けた。
でんきショック
――バチィッ!!
視界の横で光が爆ぜる。ラッタの体が跳ね、焼けた匂いが一気に広がる。
時間が一拍止まる。
何が起きたのか、一瞬だけ分からない。
遅れて、黄色が目に入る。
小さな体。まだ不安定な足取り。それでも、確かに立っている。
ピカチュウ。
「……ぴか」
かすれた声。
でも、その目は逸れていない。
こっちを見ている。
ーーーーー
電気の残滓が空気に残る中、ラッタの体が完全に崩れ落ちた。焦げた匂いが広がる。
視線の先に、ふらつきながらも立つ黄色――ピカチュウがいると理解するのと同時に、助けられた事実が遅れて落ちてくる。
圧が緩む。息が通る。
それだけで、見えてなかった隙が一つ、浮かび上がる
短い鳴き声が一つ。あいつは前を見ている。なら止まらない。意識を引き戻し、視線を戦場に戻す。まだ終わっていない。
一瞬だけ、場が止まった。
だがそれも、ほんの一拍だった。
「……アーボ。そっちだ。お前はそいつを抑えろ」
低い声が森に落ちる。
帽子の男は視線を外さないまま続けた。
「お前もだ。ピカチュウを優先しろ」
短い指示。
それだけで、流れが切り替わる。
金髪の男が即座に動く。網銃の向きが変わる。照準はもうこっちじゃない。
ピカチュウ。
アーボも迷わない。低く滑るように進路を変え、そのまま一直線にそっちへ向かう。
(……分断か)
理解は一瞬で終わる。
次の瞬間には、もう目の前に来ている。
羽音。
空気が裂ける。
スピアーが真上から落ちてくる。
反射で横に飛ぶ。針が地面を抉り、土が跳ねる。距離を取ろうとした瞬間、進路の先に帽子の男が立っている。
帽子の男は動いていない。最初からそこに立っていたみたいに、自然に進路の先にいる。
偶然じゃない。
逃げる方向を選ぶ前から、そこに置かれている。
逃げ道を潰されている。
(こっちは……こっちで来る気か)
踏み替える。
前に出るしかない。
スピアーが旋回する。速い。上からの圧が消えない。視界の外から何度でも差し込んでくる。
(上、上、上……!)
読む。
羽音のズレ、風の揺れ、それだけで軌道を拾う。完全には見えない。それでも、遅れれば終わる。
来る。
体を落とす。針が肩を掠める。熱が走る。浅い。だが確実に削れている。
(……まだ動ける)
踏み込む。
スピアーが上に逃げる前に、間合いを詰める。ひっかくを叩き込むが、届く直前で高度を上げられる。空を切る。
その隙に、横。
帽子の男が一歩だけ位置を変える。
それだけで、進路が歪む。
「……チッ」
距離を取りたいのに、取れない。上から押され、前は潰される。
(削られる形だな……)
えんまく
――ぼぉっ!!
黒い煙が広がる。だが今回は使い方が違う。隠れるためじゃない。相手の視線を一瞬だけ切るため。
煙の縁を滑るように動く。
外へ抜ける。
その瞬間――
羽音が、煙の外から差し込んでくる。
「スピアー、ダブルニードル!」
(読まれてる……!)
転がる。針がすぐ横を通り抜ける。間一髪。だが体勢が崩れる。
立て直す前に、また来る。
速い。
二撃目。
今度は完全に避けきれない。腕で受ける。衝撃。骨まで響く。
「っ……!」
押し込まれる。
踏ん張るが、地面が滑る。体が沈む。
(……まだ、何か)
探す。
この状況を崩す手。
だが――
横で、音が弾ける。
――バチッ!!
視線が引っ張られる。
ピカチュウ。
アーボに向けて電気を放っている。だが威力が足りない。アーボは止まらない。体をくねらせながら距離を詰めていく。
その背後。
金髪の男が網銃を構えている。
狙いは外さない距離。
(まずい……)
一瞬だけ、そっちに意識が引かれる。
その隙。
上。
スピアー。
落ちてくる。
反応が遅れる。
(……やべ)
無理やり体を捻る。完全には避けられない。針が脇腹を掠める。熱と痛みが一気に走る。
足が止まる。
その一瞬。
ーーパンッ!!
網銃。
発射音。
空気が裂ける。
ピカチュウの方だ。
視界の端で、網が広がる。
(……間に合わねぇ)
踏み出そうとしても、足に力が入らない。ダメージが溜まっている。動きが鈍い。
スピアーが再び上を取る。
帽子の男が距離を詰める。
完全に、形を作られている。
(……このままじゃ)
呼吸が荒い。
視界が狭い。
それでも、止まれない。
「……まだだろ」
小さく吐き捨てる。
倒れてない。
動ける。
それだけで十分だ。
ピカチュウの方から、また電気の音が弾ける。
完全には崩れていない。
(……まだ、終わってねぇ)
だが、状況は変わらない。
スピアーは上。
帽子の男は前。
網銃とアーボは横。
逃げ場はない。
森の空気が、さらに重くなる。
追い詰められている。
それだけは、はっきり分かる。
ヒトカゲ
レベル???
特性:もうか
技 ひっかく えんまく なきごえ ひのこ?