おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

12 / 14
レベル12 炎

 

彼女は夢を見ていた。

――いや、走馬灯だったのかもしれない

 

森の中を、ただ歩いている。

 

探している。

 

ずっと、探している。

 

小さな足跡。かすかな匂い。折れた枝。

どれも似ているようで違う。

 

近づいたと思えば消え、追えば途切れ、何度も何度も振り出しに戻る。

 

喉が渇く。足が重くなる。

それでも止まれない。

 

止まれば、消えてしまう気がした。

 

――あの小さな温もりを、二度と見つけられなくなる気がして。

 

 

 

ある日、倒木の影に、暗い穴を見つけた。

 

湿った空気が流れ出ている。

ここにいるかもしれない。

 

胸が強く打つ。

 

一歩、近づく。

二歩、踏み込む。

 

覗き込む。

 

暗い。

 

静かだ。

 

――いない。

 

空っぽだった。

 

 

 

胸の奥が、少しだけ沈む。

 

気配。

 

振り向く。

 

そこに、いた。

 

尾に火を灯した、小さなトカゲ。

 

見たことがある。

 

 

けれど――

 

色が違う。

 

あまりにも違う。

 

まるで、自分と同じように。

 

 

 

警戒する。

距離を取る。

低く構える。

 

それでも、完全には踏み込めない。

 

敵のはずなのに、どこか違う。

危険なはずなのに、妙に目が離せない。

 

 

 

――ぶつかる。

 

 

 

爪と電気。

衝撃と音。

 

痛み。熱。息が詰まる。

 

それでも、その奥にある何かが、わずかに揺れる。

 

完全な敵じゃない。

 

でも、味方でもない。

 

分からない。

 

それでも、目だけは逸らさなかった。

 

 

 

やがて、体は動かなくなり、意識は沈んでいく。

 

暗くなる。

 

終わりに近い静けさの中で――

 

触れられる。

 

運ばれる。

 

守られている。

 

 

 

温かい。

 

 

 

あのトカゲだ。

 

変な色の。

 

奇妙で、理解できなくて、それでも――

 

敵じゃなかった存在。

 

 

 

再び目を開けたとき、そこにいた。

 

近くに。

 

離れずに。

 

 

 

まだ、分からない。

 

それでも、もう牙は向けなかった。

 

 

 

時間が流れる。

 

並ぶ。

 

戦う。

 

共に。

 

 

 

走る。

 

叫ぶ。

 

ぶつかる。

 

 

 

その背中は、小さいのに、妙に頼もしかった。

 

無茶をする。

危ない動きをする。

でも、決して折れない。

 

 

 

変な色だと、何度も思った。

 

どうしてこんな色なのか、最後まで分からなかった。

 

 

 

それでも――

 

その背中を、信じていた。

 

 

 

そして。

 

ついに、見つける。

 

 

 

小さな体。

 

震える声。

 

 

 

――我が子。

 

 

 

届いた。

 

間に合った。

 

 

 

その瞬間の安堵は、何よりも強く、何よりも深く、胸の奥に広がった。

 

 

 

すべてが、繋がる。

 

ここまで来た意味が、ようやく形になる。

 

 

 

そして――

 

意識が、落ちていく。

 

 

 

遠くなる音。

 

薄れていく光。

 

 

 

その中で、ただ一つだけ、残るものがある。

 

 

 

小さな体。

 

そして、変な色の友達。

 

 

 

願う。

 

 

 

どうか。

 

 

 

どうか――

 

 

 

あの子が、健やかに生きていけますように。

 

 

 

そして。

 

 

あの、変な色の友達も。

 

 

 

どうか、共に。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

――どしゃっ

 

軽い音。

 

それだけで、全部が止まる。

 

風の音も、羽音も、遠くなる。

目の前で倒れている黄色だけが、やけに鮮明だった。

 

動かない。

 

さっきまで、そこにいたのに。

 

(……は?)

 

理解が、遅れる。

 

呼吸の仕方を忘れる。

肺が動かない。

 

時間だけが、伸びる。

 

 

 

――浮かぶ。

 

 

 

森の中。

視線がぶつかった、あの瞬間。

 

警戒していたはずなのに、どこか退かなかった目。

 

 

爪と電気がぶつかった、あの戦い。

 

互いに引かず、でもどこかで分かっていた感覚。

 

 

倒れた自分のそばに、残っていた気配。

 

離れなかった影。

 

不器用で、でも確かにそこにあった温もり。

 

 

並んで走った。

背中を預けた。

同じ方向を見た。

 

 

なんで俺がと、何度も思った。

 

それでも――

 

最後まで、隣にいた。

 

 

(……なんで)

 

 

喉が動かない。

 

声にならない。

 

 

(なんで、お前が)

 

 

視界の端で、小さな影が震えている。

 

ピチュー。

 

その前に、倒れている体。

 

 

守った。

 

最後まで。

 

 

(……ふざけんなよ)

 

 

胸の奥で、何かが軋む。

 

小さい。

 

まだ弱い。

 

どうにもならない感情が、ゆっくりと滲み出す。

 

 

(なんで……)

 

 

止まらない。

 

 

(なんで、お前が死んで――)

 

 

そこで、切り替わる。

 

 

(俺が、生きてんだよ)

 

 

音が戻る。

 

一気に。

 

風が吹く。

羽音が鳴る。

男の気配が、すぐそこにある。

 

 

全部が、鮮明になる。

 

 

遅い。

 

全部、遅い。

 

 

守れなかった。

 

間に合わなかった。

 

力が足りなかった。

 

 

(……足りねぇ)

 

 

自分に向く。

 

 

(弱ぇ)

 

 

その感情が、底に落ちる。

 

 

――次の瞬間、爆ぜる。

 

 

「……ッ」

 

 

熱。

 

 

内側から、焼ける。

 

 

心臓が打つたびに、何かが膨れ上がる。

尾の火が、一気に膨張する。

 

視界が赤く染まる。

 

 

「……ぁ」

 

 

声が漏れる。

 

 

止まらない。

 

 

怒りが、形を持つ。

 

 

「――ああああああッ!!!!」

 

 

爆発

 

 

炎が噴き上がる。

地面が焼ける。

空気が歪む。

 

 

体が、変わる。

 

骨が軋む。

筋肉が引き裂かれ、組み替わる。

四肢が伸び、爪が鋭くなる。

 

尾の炎が、獣のように暴れる。

 

 

理性が、焼き切れる。

 

 

残るのは、衝動だけ。

 

 

――殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。

 

 

視線が、定まる。

 

帽子の男。

 

 

踏み込む。

 

 

地面が弾ける。

 

距離が、一瞬で消える。

 

 

だが――

 

羽音。

 

 

間に入る影。

 

 

スピアー。

 

 

「……邪魔だ」

 

 

思考じゃない。

 

吐き捨てるでもない。

 

ただの、衝動。

 

 

振り抜く。

 

 

ひっかく

 

 

――ガギィッ!!

 

 

外殻が砕ける。

そのまま叩きつける。

 

 

スピアーが弾け飛ぶ。

 

 

それでも、落ちない。

 

 

迎え撃つ。

 

 

どくばり

 

 

避けない。

 

 

刺さる。

 

 

関係ない。

 

 

掴む。

 

 

叩き込む。

 

 

ひのこ

 

 

――ボォッ!!

 

 

火が爆ぜる。

至近距離で、焼き尽くす。

 

 

羽音が乱れる。

軌道が崩れる。

 

 

それでも、まだ来る。

 

 

ダブルニードル

 

 

腕で受ける。

 

 

貫かれる。

 

 

それでも――止まらない。

 

 

「――あああああッ!!」

 

 

振り下ろす。

 

 

叩き潰す。

 

 

何度も。

 

 

何度も。

 

 

形が崩れても、まだ叩く。

 

 

怒りが、止まらない。

 

 

その時。

 

 

バチッ。

 

 

一瞬の、違和感。

 

 

スピアーの体が、痙攣する。

 

 

遅れて、理解が追いつく。

 

 

特性:せいでんき

 

 

ピカチュウの。

 

最後のでんき。

 

 

その痺れが、スピアーを止める。

 

 

ほんの一瞬。

 

 

その“違い”が、目に入る。

 

 

(……電気)

 

 

 

記憶が、重なる。

 

 

あの戦い。

 

あの背中。

 

あの一撃。

 

 

怒りの中に、別の何かが混ざる。

 

 

熱が、わずかに引く。

 

 

視界が、戻る。

 

 

呼吸が、通る。

 

 

「……っ」

 

 

手が止まる。

 

 

目の前には、動かないスピアー。

 

 

その向こう。

 

 

倒れている黄色。

 

 

震えている小さな影。

 

 

(……)

 

 

怒りは消えていない。

 

 

だが、それだけじゃない。

 

 

「……まだだ」

 

 

低く、吐く。

 

 

終わっていない。

 

 

まだ、やることがある。

 

 

視線が、再び前を捉える。

 

 

帽子の男。

 

 

もう、言葉はいらない。

 

 

ーーーーー

 

 

荒れていた呼吸が、ゆっくりと整っていく。

さっきまで体を支配していた暴走のような熱は、完全には消えないまま、芯の奥へと沈んでいった。

 

怒りは消えていない。

だがそれは、もう暴れ回るだけのものではなく、向けるべき先をはっきりと持った“意思”に変わっていた。

 

視界は澄んでいる。

自分が何をするべきかも、はっきりと分かっている。

 

――帽子の男。

 

視線の先で、男は逃げていなかった。

逃げられないと分かっているのか、それともただ動けないだけなのか。

どちらにせよ、その手には網銃が握られている。

 

「……来いよ」

 

強がりのように吐き捨てる声。

だが、その指は確かに引き金にかかっていた。

 

次の瞬間、足が動く。

 

踏み込みと同時に地面が弾け、距離が一気に縮まる。

引き金が引かれ、網が撃ち出されるが、その軌道はもう見えている。

 

わずかに体をずらす。

風が頬を掠め、網は空を切る。

 

そのまま止まらない。

 

一歩で、間合いに入る。

 

腕を引く。

だが、振るうのはひっかくでも、ひのこでもない。

 

もっと奥。

体の中心で、何かが膨れ上がっている。

 

火とは違う。

それよりも重く、濁った感情の塊。

 

怒り。

殺意。

後悔。

 

それらが混ざり合い、逃げ場を失ったまま、内側で暴れている。

 

喉の奥が軋む。

 

それを、そのまま吐き出す。

 

 

りゅうのいかり

 

 

轟音と共に、赤黒い衝撃が一直線に走った。

 

避ける余裕などない。

 

直撃。

 

男の体が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

鈍い音が森に響き、それきり動かなくなった。

 

完全に、終わりだった。

 

しばらく、その場に立ち尽くす。

 

風が吹き抜ける。

木々が揺れる。

 

戦いの音は、もう何も残っていない。

 

遅れて、理解が追いつく。

 

――終わった。

 

自然と、視線が横へ流れる。

 

 

 

 

そこにあるのは、動かない黄色の体。

 

足が、勝手に動いた。

 

ゆっくりと、近づいていく。

 

途中で、一度だけ足が止まる。

 

ほんのわずかな躊躇。

 

あり得ないと分かっているのに、それでもどこかで期待している自分がいる。

 

――もしかしたら。

 

呼吸が戻るかもしれない。

目を開けるかもしれない。

 

さっきまで戦っていた、あの姿に戻るかもしれない。

 

そんなはずはないと分かっているのに。

 

それでも、止まれなかった。

 

「……なぁ」

 

声に出してみる。

 

返事はない。

 

もう一歩、近づく。

 

すぐ目の前で、しゃがみ込む。

 

手を伸ばす。

 

触れる。

 

その瞬間、すべてが終わる。

 

冷たい。

 

何も、返ってこない。

 

呼吸も、鼓動も、体温も。

 

ただそこにあるだけの、動かない体。

 

わずかに残っていた期待が、音もなく崩れ落ちる。

 

「……あぁ」

 

かすれた声が漏れる。

 

何かを言おうとしても、言葉にならない。

 

その時だった。

 

ぽつり、と頬に何かが当たる。

 

冷たい感触。

 

もう一滴。

 

続けて、いくつも落ちてくる。

 

雨だった。

 

空が暗くなり、森の音が変わっていく。

 

静かに、しかし確実に降り始めた雨が、体を打つ。

 

尾の炎に触れる。

 

じゅ、と小さな音がする。

 

炎が揺れる。

 

消えそうに見えて、消えない。

 

さっきまでなら、きっと消えていた。

 

だが今は違う。

 

どれだけ雨に打たれても、その炎は消えずに燃え続けている。

 

強くなった証みたいに。

 

そのすぐ目の前で。

 

ピカチュウの体が、静かに濡れていく。

 

動かないまま。

 

冷たいまま。

 

ただ、雨に打たれているだけの存在として。

 

流れていく。

 

「……ピチュー、どうすんだよ」

 

小さく呟く。

 

答えは、返ってこない。

 

自分は立っている。

火も消えない。

生きている。

 

それでも。

 

守れなかったものだけが、そこに残っている。

 

雨は、止まない。

 

炎も、消えない。

 

ただ、それだけだった。

 

 

ーーーーー

 

 

雨は、もう容赦なく降っていた。

地面を叩き、葉を打ち、森のすべてをかき消すような土砂降りの音が視界まで歪ませる。

 

立ち尽くしているわけにはいかなかった。

 

目の前の体を見下ろす。

ほんの一瞬だけ躊躇する。触れた瞬間に、もう戻らない現実をはっきりと受け入れることになると分かっているからだ。それでも手を伸ばし、そっと抱き上げる。

 

軽い。

 

あまりにも軽いその重さが、嫌でも現実を突きつけてくる。歯を食いしばり、何も言わずに立ち上がる。

 

向かう先は一つしかない。巣穴だ。

 

ぬかるんだ地面に足を取られながらも、一歩ずつ進む。雨で視界は滲み、尾の火がじゅ、と音を立てて揺れる。それでも消えない。消えないまま、ただ前へ進む。

 

背後で、小さな足音が続いている。

 

分かっている。振り向かない。

 

その直後、鋭い声が足元で弾けた。

 

「……ぴちゅッ!!」

 

進路を塞ぐように、小さな体が飛び込んでくる。濡れて震えながら、それでも退かず、腕の中へ必死に手を伸ばしてくる。

 

「……ぴちゅ、ぴちゅッ!!」

 

掠れた声で、何度も何度も引き止める。連れて行かれることを拒むように、奪われるのを止めようとするように、必死に食い下がる。

 

足が、わずかに止まる。

 

ほんの一瞬だけ見下ろす。震えながらも離れようとしないその姿を。

 

それでも――止まらない。

 

何も言わず、ただ歩き出す。

 

避けるでもなく、振り払うでもなく、そのまま前へ進む。

 

「……ぴちゅッ!!」

 

声が追いかけてくる。足元に絡みつくように、何度も何度も腕の中へ手を伸ばしてくる。届かなくてもやめない。諦めない。

 

その声は全部聞こえている。

 

それでも、無視する。

 

止まれば、もう動けなくなる気がした。

 

ぬかるみを踏みしめながら森を抜け、見慣れた影へ辿り着く。巣穴。

 

中に入ると、雨音が少しだけ遠のいた。暗く、湿った空気の中で、ようやく足を止める。

 

しゃがみ込み、腕の中の体をそっと地面に横たえる。

 

動かない。

 

何も変わらない。

 

その現実だけが、静かにそこにある。

 

遅れて、小さな影が飛び込んでくる。

 

「……ぴちゅ……!」

 

一直線に駆け寄り、濡れたままの体でピカチュウにすがりつく。何度も揺らす。呼びかける。声が崩れても、止まらない。

 

「……ぴちゅ……っ、ぴちゅ……っ」

 

返事はない。

 

それでもやめない。

 

その姿を、少し離れた場所から見ている。

 

何もできないまま。

 

巣穴の外では、雨だけが降り続けている。

中に届かないその音の中で、小さな声だけが、いつまでも消えなかった。

 









おめでとう! ヒトカゲは 
リザードに 進化した

リザード
レベル???
特性:もうか
技:ひっかく えんまく なきごえ りゅうのいかり? ひのこ?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。