おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

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レベル13 炎は戻れない

 

指が土に沈むたびに、乾いた音がした。森の地面は思ったより硬くて、最初はただ引っかくことしかできない。爪の間に土が入り込んで、黒く汚れていく。

 

それでも手は止めなかった。止めたら、そこで全部が終わる気がした。

 

土を掘るたびに、あの光景が浮かぶ。倒れていた体。もう動かない目。最後に残っていた声。それが、今掘っている土の重さに混ざっていく。

 

……あの時、何もできなかった。

 

爪が、少しだけ強く地面を抉る。

 

それでも、手は止めない。動かしていれば、考えずに済む。逆に、静かになるのが怖かった。

 

 

巣穴に戻ると、まだピカチュウの痕跡が残っていた。少し崩れた寝床。鼻の奥を刺す鉄の匂い。

 

それを見た瞬間、ピチューが小さく鳴いた。理解じゃない。拒絶だった。

 

俺はピカチュウの体を抱えようとする。軽いはずなのに、やけに重い。持ち上げた瞬間、ピチューが飛びついてきた。

 

「ぴちゅっ!」

 

必死に腕にしがみついて離れない。小さいのに、異様に強い力だった。何度振り払おうとしても離れない。ただ“やめろ”と全身で言っている。

 

そのまま、しばらく動けない。

 

視線がぶつかる。震えているのに、目だけは逸らさない。

 

……分かっている。

 

それでも、置いておくことはできない。

 

やがて、ピチューの力が抜けた。諦めたわけじゃない。ただ、理解してしまった顔だった。俺の腕の中の体を、じっと見ている。

 

震えながら、それでも目は逸らさない。

 

穴の前に戻る。ゆっくりと体を下ろす。落とすんじゃない、置く。

 

土の上に横たえた瞬間、空気が変わる。

 

その時、ピチューが一歩前に出た。

 

さっきまで必死に止めていたのに、今は確かめるように近づいてくる。小さな手が土に触れる。少しだけ迷って、それから土をかけ始めた。

 

最初は遅い。明らかに嫌がっている。それでも止めない。止めたら壊れるとでも思っているみたいに、黙って手を動かす。

 

俺も土をかける。

 

同じ動きでも、意味は違う。

 

土が積もるほど、音が減っていく。最後に残るのは、自分たちの呼吸だけだ。ピチューは泣きながら、それでも手を止めない。俺も、ただ埋めることだけを続ける。

 

黄色の陰が、土に消えていく。

 

全部が覆われた時、森は元の静けさに戻っていた。でも何かだけが、確かに欠けている。

 

ピチューはその場から動かない。俺も動けない。

 

ただ一つだけ、はっきりしていた。

 

もう戻れない場所に来たということだけが、そこに残っていた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

埋め終えた土は、見ていても何も変わらなかった。

 

当たり前だ。戻るわけがない。

 

それでも、視線を切るまでに少し時間がかかる。土の色と、手に残る湿り気と、さっきまで確かに“そこにあったもの”の気配だけが、妙に現実的で、他の全部がぼやけている。

 

息を吐く。喉の奥が引っかかる。

 

……腹が減っている。

 

そう認識しているのに、空腹の実感は薄い。欲求じゃなくて、ただの条件みたいな感覚だ。動かなければ弱る。それだけ分かっているから、体を動かす。

 

 

森に入る。

 

 

ピチューは、やっぱり後ろにいる。一定の距離を保ったまま、離れない。近づきもしない。俺が止まれば止まり、動けば遅れてついてくる。その距離が、今の関係そのものみたいに固定されている。

 

あの戦いのことが、頭から離れない。

 

……進化。

 

ヒトカゲじゃない。リザードだ。

 

体が違う。地面の踏み込みで分かる。爪のかかり、重心の乗り方、全部が一段階上にある。無理やり引き上げられたみたいな強さじゃない。最初からこうだったみたいに馴染んでいる。

 

それが逆に気持ち悪い。

 

それに――あの技。

 

りゅうのいかり。

 

ドラゴンタイプの技だ。

 

思い出すと、尾の炎とは別のところがざわつく。

 

あれは“炎”じゃなかった。燃えている感覚はあるのに、燃焼じゃない。熱いのに、焼いている手応えが違う。もっと深い場所、体の奥の奥から、押し出されるみたいに出てきた何か。

 

炎は体だとしたら、あれは別だ。

 

言葉にできない、別の“力”。

 

(……なんなんだよ、あれ)

 

考えても分からない。ただ一つ、あれが今の俺の中にあるという事実だけが残る。

 

足が止まる。

 

視界の端、緑色の影。

 

トランセル。

 

木の幹に貼り付くようにして、じっとしている。風に揺れることもなく、ただそこにあるだけの存在。

 

……前に戦った。

 

あの時は、普通に時間がかかった。硬くて、攻撃が通らなくて、無理やり押し切り、ようやく倒した。

 

今はどうだ。

 

一歩踏み込む。

 

間合いに入る。

 

反応はない。

 

腕を振る。

 

ひっかく

 

――バキッ

 

乾いた音。

 

それだけで、終わった。

 

外殻が割れて、そのまま崩れる。抵抗も、反撃もない。ただ壊れた。

 

一瞬、時間が止まる。

 

(……軽すぎる)

 

前と同じ相手だ。

 

なのに、手応えが違いすぎる。

 

俺はその場で、崩れたトランセルを見下ろす。

 

理解は早かった。

 

違うのは、相手じゃない。

 

俺だ。

 

……強くなりすぎている。

 

その事実が、驚きより先に“納得”として落ちるのが、少しだけ気持ち悪い。

 

ピチューが近づいてくる。倒れたそれを見て、足を止める。ほんの一瞬だけ、体が強張る。でも何も言わない。ただ視線を逸らして、それから俺を見る。

 

何かを確かめるみたいに。

 

俺は何も言わず、トランセルを持ち上げる。

 

少し開けた場所まで運んで、枝を集める。尾で火を起こす動きは、考えなくてもできる。体が覚えている。

 

火がつく。

 

炎が立ち上がる。

 

トランセルをくべると、じわりと音がして、匂いが広がる。

 

ピチューは少し離れた場所で見ている。近づこうとして、止まる。出て、引いて、また出る。その繰り返し。さっきよりは近いが、まだ迷っている距離だ。

 

俺が半分を差し出すと、すぐには取らない。

 

前足が伸びて、止まる。引っ込めて、また伸びる数回それを繰り返して、ようやく受け取る。

 

食べる。

 

最初は小さい。喉を通すための一口。

 

でも、一度口をつけると止まらない。止める理由がないみたいに、淡々と食べ続ける。

 

 

俺も、自分の分を口に入れる。

 

……満たされない。

 

食べているのに、空腹が消えない。

 

入れても、入れても、底に落ちていく感じだ。

 

(……足りねぇ)

 

量の問題じゃなく、質。

 

前ならこれで十分だった。

 

でも今は違う。

 

体の“要求”が増えている。

 

食べ終わっても、腹の奥に空洞が残る。

 

火だけが、ぱちぱちと鳴っている。

 

その時、気配を感じた。

 

顔を上げる。

 

少し離れた木陰に、小さなポケモンがいる。コラッタか、ビードルか、はっきりとは見えない。でも、確かにこっちを見ている。

 

目が合う。

 

一瞬。

 

次の瞬間には、逃げていた。

 

音を立てて、森の奥へ消える。

 

……それだけじゃない。

 

周囲にも、いくつか気配がある。どれも近づいてこない。むしろ、距離を保っている。

 

視線を向けるだけで、散る。

 

(……まさか、そういうことか)

 

さっきの一撃。

 

この体。

 

この強さ。

 

もう、この森の中で“同じ側”じゃない。

 

明確に、異物として見られている。

 

ピチューが少しだけ近づく。さっきより距離が縮まっている。でも、まだ触れない位置で止まる。

 

逃げない。

 

でも、寄りきれない。

 

その中途半端な距離が、妙に現実的だった。

 

火を踏み消す。

 

立ち上がる。

 

頭の中で、別のことが浮かぶ。

 

……あの場所。

 

倒したままの人間。

 

そのまま放置している。

 

時間が経てば、誰かが来る。匂いも、痕跡も、隠していない。

 

見つかる。

 

そうなれば、面倒どころじゃ済まない。

 

ここにいる理由は、もうない。

 

ピカチュウはいない。

 

食べ物も足りない。

 

森の連中は、俺を避ける。

 

全部、繋がる。

 

答えは一つだった。

 

(……出るか)

 

小さく息を吐く。

 

後ろを見る。

 

ピチューと目が合う。

 

一瞬だけ。

 

すぐに逸らされる。

 

それでも、離れない。

 

……ついてくるつもりか。

 

止める理由も、置いていく理由も、どっちも浮かばない。

 

なら――そのままでいい。

 

俺は前を向く。

 

森の奥じゃない。

 

出口の方へ、足を向けた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

森の縁を越えた瞬間、空気が変わった。

 

湿り気が抜けている。重たくまとわりついていた匂いが消えて、代わりに乾いた風が肌を撫でた。

 

視界が開ける。背の高い木々は途切れ、低い草とむき出しの土が続いている。踏みしめる地面も違う。

 

柔らかく沈む腐葉土じゃない。固く締まった道。誰かが何度も通った跡が、そのまま残っている。

 

立ち止まる。

 

後ろを振り返ると、森がある。あの濃い影の塊が、境界みたいにそこにあった。少し入れば、また同じ匂いと湿気に包まれるんだろう。だが、足は動かなかった。

 

(……戻らねぇ)

 

理由はいくつもある。腹は満たされない。弱い獲物ばかりで、あの中じゃもう足りない。それに、あの場所はもう“狭い”。さっきまでいたはずなのに、妙に遠く感じる。

 

前を見る。

 

道は一本、まっすぐ伸びている。左右には草地が広がって、その向こうにまばらな木。隠れる場所は少ない。代わりに、遠くまで見える。風が抜けるたび、草が揺れて、音が遅れて耳に届く。

 

森とは、全部が違う。

 

足を出す。

 

一歩踏み込むだけで、感覚が変わる。地面が硬い。音が出る。隠れて動くっていうより、見られて動く場所だ。

 

「……ぴ、ちゅ」

 

後ろで、小さな声がした。

 

振り返ると、ピチューが森の縁に立ったまま動けずにいる。こっちを見て、また森を見て、視線が揺れている。体も小刻みに震えていた。

 

当然だ。

 

あいつにとっては、あそこが全部だ。

 

巣があって、匂いがあって、母親がいて――

 

一歩も外に出たことなんて、ないはずだ。

 

(……来るか)

 

声には出さない。

 

ただ、少しだけ待つ。

 

風が吹く。草が揺れる。開けた空間の音に、ピチューの耳がびくりと反応する。怖いのは分かる。それでも、ここに残していく選択はない。

 

「……ぴ……」

 

小さく鳴いて、足が出る。

 

一歩。

 

止まる。

 

また一歩。

 

地面の感触が違うのか、何度も足元を見ている。それでも、戻らない。森の方を振り返る回数が減っていく。

 

やがて、俺の隣まで来た。

 

距離は少し空いたまま。それでも、同じ方向を見ている。

 

「……ぴちゅ」

 

さっきより、ほんの少しだけ強い声。

 

不安は消えてない。それでも、決めた音だ。

 

(……いい)

 

俺は前を向く。

 

道は続いている。先に何があるかは分からない。匂いも、音も、森とは違うものばかりだ。

 

それでも、足は止まらない。

 

踏み出す。

 

その後ろを、軽い足音が追ってくる。

 

振り返らない。

 

もう、戻らない。

 

森は背中に残るだけで、前には何もない。

 

――ただ、道だけが伸びている。

 

 

 










リザード
レベル???
特性:もうか
技:ひっかく えんまく なきごえ りゅうのいかり? ひのこ?
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