おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

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レベル14 炎は交わる

 

森を抜けた先に、それはあった。

 

暗いはずの夜なのに、そこだけがぼんやりと浮かび上がっている。揺れない光が点々と並び、地面まで照らしている。近づくにつれて、それがただの光じゃないと分かる。規則的に並んだ灯り、同じ高さ、同じ色。自然のものじゃない。

 

足を止める。

 

目の前に広がっているのは、記憶の中にあった景色だった。

 

(……ここが、ニビシティか)

 

頭の奥に残っている知識と、目の前の現実が重なる。ポケットモンスター、レッドで見た街。最初のジムがある場所。岩の街。そういう“情報”は確かに知っている。

 

けど、実際に立つと、全然違う。

 

画面越しに見ていた時は、ただのマップだった。進む場所、寄る場所、その程度の認識。だが今は違う。空気がある。匂いがある。音がある。全部が“近い”。

 

石。

 

地面も、壁も、全部が硬い。踏んでも沈まない。爪が引っかからない。コツ、と乾いた音が足元で跳ねる。

 

逃げ場が少ない。

 

森なら、影に入れば隠れられた。でもここは違う。光があるせいで、どこにいても輪郭が浮く。見られている感覚が、常にまとわりつく。

 

(……なんか、やりづらいな)

 

自然に肩の力が入る。体が警戒している。

 

匂いも違う。土や草の湿りじゃない。焼けた油、肉、甘い何か、人間の匂い。それが混ざって、鼻の奥に残る。

 

……それでも、腹が減っている。

 

森で食ったはずなのに、何も残っていない。満たされない感覚だけが、ずっと居座っている。

 

視線を巡らせる。建物が並んでいる。石でできた箱みたいな形。その間を人間が歩いている。話し声、足音、笑い声。どれも大きくて、遠くまで響く。

 

その中に入る気はない。

 

路地に入る。少しだけ暗い。だが完全に隠れるほどじゃない。壁が近い分、音と匂いが濃くなる。

 

鼻が拾った匂いを辿る。強い油の匂い。その奥に、腐りかけた甘さ。

 

角を曲がると、袋が積まれていた。黒い袋。中身が押し込まれて、形が歪んでいる。

 

人間の捨てたもの。

 

一瞬だけ、手が止まる。

 

(……チッ)

 

分かっている。これは“餌”じゃない。だが、腹は減っている。

 

爪を立てて、袋を裂く。ビリッ、と嫌な音。中身がこぼれ、匂いが一気に広がる。油、腐敗、甘さ。全部が混ざって、鼻を刺す。

 

顔をしかめる。それでも手は止まらない。まだ食えそうなものを拾い上げる。形は崩れているが、腐りきってはいない。

 

口に入れる。

 

……何も感じない。

 

噛んで、飲み込む。ただそれだけ。満たされる感覚は、やっぱり来ない。

 

(……足りない)

 

もう一つ拾う。その時、背後で小さな音がした。

 

振り向く。

 

ピチューが、少し離れた位置で止まっている。ゴミの山を見て、動けずにいる。

 

当然だ。森にはなかったものだ。匂いも、見た目も、全部がおかしい。

 

「……ぴ、ちゅ……」

 

小さく鳴く。困惑と、不安。

 

俺は何も言わず、拾ったものを一つ置く。

 

ピチューはすぐには来ない。一歩出て、止まる。また一歩。匂いを嗅ぎ、顔をしかめる。それでも、腹は減っている。

 

ゆっくりと口をつける。最初は小さい一口。噛んで、止まる。それからもう一度、口に入れる。

 

少しずつ、食べ始める。

 

慣れていない。それでも理解している。“食べるしかない”と。

 

俺は視線を戻す。もう一つ拾って、口に入れる。

 

満たされない。何を入れても、底に落ちていくだけだ。

 

(……クソ)

 

その時だった。背中に、はっきりとした“視線”が刺さる。

 

気のせいじゃない。森で何度も感じてきた、獲物でも仲間でもない“意志を持った視線”。

 

反射で顔を上げる。路地の入口。

 

そこに、人間が立っている。

 

 

 

 

赤い帽子。

 

背中にリュック。

 

少年。

 

 

 

 

街灯の光を背に受けて、輪郭だけがくっきりと浮かんでいる。動かない。ただ、こちらを見ている。

 

ーー目が合う。

 

逸らさない。向こうも、逸らさない。距離は数歩。詰めれば一瞬。空気が一気に張り詰める。足裏に伝わる地面の硬さ、喉に残る油の匂い、全部が急に輪郭を持つ。

 

その瞬間、頭の奥で何かが引っかかった。

 

(……赤い帽子……?)

 

引きずり出されるみたいに、記憶が浮かぶ。平面の画面。小さなドット。ポケモンを連れて、町から町へ進んでいく存在。あの色、あの形。目の前の人間と、記憶の中の“それ”が重なる。

 

(……まさか)

 

思考が一瞬だけ止まる。

 

(……レッド、か?)

 

ありえない、と即座に切り捨てる声と、否定しきれない感覚が同時に残る。似すぎている。偶然で片付けるには、輪郭がはっきりしすぎている。

 

間合いを測る。逃げるなら右の曲がり角、仕掛けるなら一直線。どちらにも動ける距離。肩が自然に沈み、重心が前に寄る。ピチューの気配が背後で固まる。震えが、かすかに地面に伝わる。

 

人間の手が動く。

 

腰。

 

ボール。

 

――来る。

 

体が先に反応する。筋肉が締まる。視界が狭まる。踏み込みの起点だけを残して、余計なものが削ぎ落ちる。

 

その手は、止まった。

 

わずかな間。ほんの数秒。だが、やけに長く感じる静止。

 

それから、ゆっくりと方向を変える。リュックへ。中を探る動き。取り出されたのは、小さな包み。光を受けて、白く鈍く光る。

 

食べ物の匂い。

 

次の瞬間、それがこちらへ投げられる。軽い軌道。無造作に、だが正確に足元へ。

 

コトッ、と乾いた音。

 

視線は外れない。距離も変わらない。相手は踏み込まない。ただ、そこに立っている。

 

……理解が追いつかない。

 

捕まえないのか。

 

攻撃もしないのか。

 

なら、何だ。

 

(……なんだよ、それ)

 

喉の奥で、苛立ちが小さく弾ける。構えていた分だけ、力の行き場がなくなる。張り詰めていたものが、別の形で残る。

 

ピチューが、かすかに動く。包みの方を見る。俺は視線を落とす。拾う。

 

匂いはまともだ。腐っていない。さっきまで漁っていたものとは、明らかに違う“食べ物”の匂い。

 

指先が、ほんの一瞬だけ止まる。

 

施し。

 

その言葉が、嫌な形で浮かぶ。

 

(……クソが)

 

奥歯が鳴る。それでも、腹は減っている。理屈は関係ない。体が要求している。

 

開ける。中身を取り出す。形の整ったそれを、そのまま口に運ぶ。

 

味がある。

 

ちゃんとした“食べ物”の味だ。舌がそれを認識する。だが、満たされるわけじゃない。底のない空腹は、そのまま残る。ただ、落ちていく速度が少しだけ緩むだけだ。

 

残りを、ピチューに差し出す。

 

ピチューは一瞬だけ俺を見る。迷いが、目の奥で揺れる。それから、包みへ。さっきより動きが速い。ためらいはあるが、拒絶はない。受け取る。口にする。

 

分かりやすい反応だった。体が理解している。これは“食べ物”だと。

 

黙って食べる。

 

俺も食べる。

 

言葉はない。噛む音だけが、路地に残る。外の通りのざわめきが遠くで流れているのに、この場所だけ切り離されたみたいに静かだ。

 

ふと、顔を上げる。

 

路地の入口。

 

そこには、もう何もない。

 

赤い帽子の少年は、いつの間にか消えている。足音も、気配も、残っていない。最初からいなかったみたいに、空白だけがある。

 

(……レッド、なのか……?)

 

答えは出ない。出るはずもない。ただ、残る。

 

施されたという事実。

 

それを、受け取った自分。

 

喉の奥に、引っかかる。

 

吐き出すほどのものでもない。飲み込めないほどのものでもない。中途半端に残って、感覚を濁らせる。

 

それでも、飲み込む。

 

腹は、まだ満たされていなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

路地を抜けて、少しだけ開けた場所に出る。建物と建物の隙間、灯りの届き方が変わって、影の濃さがまだらになる。

 

さっきよりはマシだが、それでも森とは比べ物にならない。どこにいても“見える”。その感覚が、ずっと背中に貼り付いて離れない。

 

足音を殺す。意味が薄いと分かっていても、やらないよりはいい。石の地面は音を拾う。爪が触れるたび、小さく乾いた音が跳ねる。壁に当たって、返ってくる。

 

(……隠れづらい)

 

匂いも同じだ。流れが読めない。風が抜けているせいで、方向が定まらない。森なら、匂いで位置も距離も分かった。ここは違う。混ざって、散って、残らない。

 

視線を巡らせる。遠くに人間がいる。二人。並んで歩いている。腰の位置に、丸い影。ボール。中に何かいる。気配がある。閉じ込められている気配。

 

(……あれか)

 

捕まえられたポケモン。

 

森で見たことはない。あそこにいる連中は、全部“外”にいた。ここは違う。持ち歩かれている。管理されている。

 

数が違う。仕掛ければ、すぐに増える。逃げ場も少ない。この場所で戦う意味がない。

 

歩く。

 

ピチューは、やっぱり少し後ろだ。一定の距離を保ったまま、離れない。さっきよりは近いが、まだ触れない位置で止まる。人間の気配が近づくたびに、体が小さく震えるのが分かる。

 

 

通りの先、ひときわ強い灯りがあった。

 

 

夜だというのに、その一角だけ空気が白く滲んでいる。街灯とは違う。もっと高い位置から、広く均一に照らす光。影が薄く、地面の凹凸までくっきり浮かび上がっている。

 

その中心に、人影が一つ。

 

建物の縁に寄りかかるように立っている。動かない。ただ、そこにいる。

 

その前方、地面を占めるように、もう一つの影。

 

いや、影じゃない。

 

イワーク。

 

視界に入りきらない。岩の節が連なり、地面から突き出ている。一本の体が、ゆっくりと呼吸しているみたいにわずかに上下する。表面は粗く、削れた跡が無数に残っている。硬い、という言葉じゃ足りない。そこにあるだけで、周囲の空気を押しのけている。

 

(……でけぇな)

 

足が、無意識に止まる。

 

森で見てきた連中とは、明らかに違う。サイズも、重さも、存在の密度も。地面に“乗っている”んじゃない。“噛み合っている”。動けば、地形ごと変わる。そんな感覚。

 

視線を上げる。

 

頭部が、わずかに動く。小さな目が、前方を見据えている。こっちじゃない。だが、それでも分かる。意識の質が違う。

 

(……あれが、岩の主か)

 

言葉にしなくても、納得が先に来る。

 

ただの野生じゃない。

 

かといって、完全に縛られているわけでもない。

 

そこにいる人間――壁にもたれている影と、妙に噛み合っている。命令を待つというより、“次を知っている”動き。抑えられているようで、同時に、許されている。

 

静かな圧。

 

それでも――

 

弱いとは、思えない。

 

むしろ、明確に“上”だ。

 

低い声が落ちる。

 

「いくぞ」

 

短い。抑えた声。

 

だが、それだけで十分だった。

 

イワークが、動く。

 

地面が鳴る。

 

持ち上がるように、体がしなる。次の瞬間、前方へ滑るように突き出る。速い。あの巨体で、速度がある。重さがそのまま前に出る。

 

ーードゴォッ!!

 

岩がぶつかる音。空気が押し潰される。衝撃が、遅れて足元に届く。石の床が軋み、粉が舞う。

 

止まる。

 

だが完全には止まらない。次の節が前に出る。連なった体が順番に追いついて、すぐに形を戻す。

 

無駄がない。

 

動きが“続いている”。

 

(……はは)

 

思わず、喉の奥で笑いが漏れそうになる。

 

見ているだけで分かる。

 

強い。

 

あれとやれば、どうなる。

 

一瞬、想像する。

 

踏み込む。

 

届くか。

 

……無理だな。

 

(……勝てねぇ)

 

あっさりと、結論が落ちる。

 

挑む以前の問題だ。

 

イワークがもう一度動く。今度は角度を変える。地面を擦る音が、低く長く伸びる。軌道が変わっても、勢いは落ちない。むしろ、次に繋げている。

 

(……制御してやがる)

 

あの巨体を、あの精度で。

 

人間が。

 

視線が、そちらに向く。

 

壁に寄りかかったままの男。腕を組んでいる。無駄な動きはない。必要な言葉だけを落としている。

 

(……誰だよ、あいつ)

 

顔がよく見えない。

 

だが、分かる。

 

“使ってる”んじゃない。

 

“通してる”。

 

あのイワークの動きは、単独じゃない。

 

(あれがポケモントレーナー)

 

正面からやり合う意味はない。

 

ここは、あいつらの場所だ。

 

戦えば、どうなるかは見えている。

 

あれ一体で終わりじゃない。

 

人間がいる。

 

ボールがある。

 

増える。

 

逃げ場はない。

 

勝てない。

 

(……やる意味がねぇ)

 

視線を切る。

 

興味はある。

 

だが、それだけだ。

 

ピチューが、背後で止まっている。

 

動けていない。

 

イワークから目を離せずにいる。体が小さく震えている。怖いのか、圧に当てられているのか、その両方か。

 

一歩、下がる。

 

それでようやく、ピチューの視線が外れる。

 

俺を見る。

 

(……行くぞ)

 

声には出さない。

 

それでも、伝わる距離だ。

 

「……ぴちゅ」

 

小さく鳴く。

 

さっきより弱いが、それでも前に出る音。

 

俺は背を向ける。

 

歩く。

 

灯りから離れる。

 

背後で、岩がぶつかる音がもう一度鳴る。

 

振り返らない。

 

(……ここじゃねぇな)

 

はっきりと分かる。

 

この街は、“通る場所”だ。

 

留まる場所じゃない。

 

強い奴はいる。

 

だが、それ以上に、ここは“管理されている”。

 

俺の場所じゃない。

 

(……次だ)

 

小さく息を吐く。

 

後ろで、足音。

 

ピチューが、ついてくる。

 

ニビシティの灯りが、少しずつ遠ざかる。

 

岩の音も、やがて消える。

 

前は暗い。

 

それでも、足は止まらなかった。

 









リザード
レベル???
特性:もうか
技:ひっかく えんまく なきごえ りゅうのいかり? ひのこ?
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