おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体 作:リザードン大好きマン
喉の奥に、変な味が残ってる。
鉄っぽいというか、生臭いというか、とにかく気持ち悪い。吐き出そうとしても何も出てこなくて、嫌な感じだけがずっと張りついてる。
視線を落とす。
そこには、もう動かないそれがあった。
さっきまで普通に動いてた。葉っぱ食って、ただそこにいただけのやつ。それを――俺が、止めて、食べた。
「……っ」
思わず顔をしかめる。
美味いとか不味いとか、そういう話じゃない。ただ、体が勝手に受け入れてるのが分かる。
腹は、満たされてる。
さっきまであれだけうるさかったのに、今は何も言ってこない。
それが分かって、余計に気持ち悪くなる。
「……最悪だろ」
ぽつりと漏れる。
でも、否定できない。
食べたから、生きてる。
それだけはどうしようもない事実だった。
しばらくその場にしゃがみ込んだまま、動けなかった。
目の前にあるそれを直視できないのに、目を逸らしても頭から離れない。さっきの動きとか、葉っぱ食ってた様子とか、妙に鮮明に思い出される。
「……なんで俺、生きてんだよ」
意味のない言葉が出る。
分かってる。食べたからだ。
でも、その“食べる”って行為の重さを、こんな形で知るとは思ってなかった。
そのとき、ふと頭に浮かんだのは――どうでもいいはずの記憶だった。
コンビニで買った弁当。
家で出てきたご飯。
適当に口に突っ込んで、スマホ見ながら流し込んでた食事。
「……いただきます、とか……言ったことあったか?」
自分で考えて、すぐに答えは出る。
ない。
一回もないとは言わないけど、ほとんど記憶にない。
「……感謝、ねぇ」
苦笑が漏れる。
何に対して感謝してたんだろうな、って今さら思う。
金払ってるし、とか。
腹満たすだけだし、とか。
そんなことばっか考えてた気がする。
でも今は――
目の前にあるこれは、誰かが用意してくれたもんじゃない。
自分で、奪った命だ。
「……これ、食って俺、生きてんだよな」
当たり前のことを、改めて口にする。
それが、やけに重かった。
「……遅すぎだろ」
小さく吐き出す。
今さらだ。
今さらこんなこと考えたって、何も変わらない。
それでも――
「ごちそうさまでした」
少しだけ、手を合わせる。
ぎこちない。意味があるのかも分からない。
でも、何もしないよりはマシな気がした。
「……ごめん」
それ以上、言葉は出なかった。
謝る資格があるのかも分からない。
でも、何も思わないよりはいいと思った。
そのあと、もう一度だけそれを見る。
やっぱり直視はできない。
でも、さっきより少しだけ――ちゃんと“見た”。
「……生きるって、こういうことかよ」
答えなんて出ないまま、立ち上がる。
腹は満たされてる。
体も、少し軽い。
それが、どうしようもなく現実だった
⸻
夜は、全然寝れなかった。
倒木の下に空いた穴に体を押し込んで、土と枯葉の匂いに包まれながら、じっと息を潜める。外よりはマシだって分かってるが、安心なんてできるわけがない。
体を丸めると、自然と尾の火が目に入る。
小さい火。でも、これがないと終わりだって、考えなくても分かる。
消えたら死ぬ。
「……いや、無理だろ」
笑えない。
こんなもん一つで生き死に決まるとか、どう考えてもおかしい。
火がふっと揺れる。
それだけで心臓が跳ねる。
「……消えんなよ」
思わず呟く。
誰に言ってるのかも分からない。
目を閉じるのが怖い。寝てる間に消えたら終わりとか、冗談じゃない。
森の音がうるさい。
葉の擦れる音も、遠くの気配も、全部がこっちに向かってくる気がする。
「……寝れるかよ」
それでも体は限界だった。
意識が勝手に落ちていく。
最後に火を見ながら、「消えんなよ」って思ったところで、そこで途切れた。
⸻
目が覚めたとき、最初に見たのは光だった。
「……っ」
眩しい。
少し遅れて、ここがどこか思い出す。
森。穴。土。
……あと、尾の火。
「……あった」
小さく息を吐く。
消えてない。それだけでちょっと安心する。
体を起こすと、あちこちが痛む。昨日のダメージがそのまま残ってる感じだ。
「……いてぇな」
でも動ける。
ならいい。
穴から這い出て、外の空気を吸う。朝の空気は少し冷たくて、夜よりはマシだった。
森の音も、昨日よりはちゃんと聞こえる。
「町、探すか」
人間のいる場所。
そこに行けば、たぶん助かる。
食べ物もあるし、安全もある……はずだ。
「……あるよな?」
自分で言っててちょっと不安になる。
でも他に選択肢はない。
ここにいたら、そのうち死ぬ。
それだけは分かる。
一歩、前に出た。
⸻
ガサッ。
右の草むらが揺れた。
体が勝手に固まる。
視線を向ける。
そこにいたのは――ビードル。
小さい体。丸い目。
でも、頭と尾の針だけやたら目につく。
……毒。
刺されたら終わり。
それが一瞬で分かる。
「……っ」
逃げろ。
そう思った。
なのに――
"戦え"
足が前に出る。
「行くなって……!」
地面に爪を立てて止める。
でもじりじり進む。
なんでだよ。
体が言うこと聞かない。
ビードルが構える。
針が上がる。
どくばり
来る。
「っ!」
一直線に突き出される針。
反射で体をひねる。
でも完全には避けきれない。
腕をかすめる。
「ぐっ……!」
遅れて痛み。
そのあと、じわっと変な感じが広がる。
しびれ。
「……やば」
これ当たってたら終わってた。
「……距離……!」
後ろに跳ぶ。
地面が湿ってて、足が滑る。
体勢崩しかけるけど、なんとか踏ん張る。
近づくな。
そう思ってるのに――
"戦え"
足がまた前に出る。
「やめろって……!」
止まらない。
ビードルが低く構える。
次、来る。
「っ!」
正面から針。
体をひねってギリギリ回避。
そのまま勢いで転がる。
土と葉が視界をかすめる。
転がった先に倒木。
その陰に滑り込む。
「……はぁ……!」
息が荒い。
距離は取れた。
でも終わってない。
ビードルが回り込んでくる。
逃げ場ない。
「くそ……!」
口を開く。
火。ひのこ。
出せるはずだ。体は知ってる。そういう構造なんだってことは、頭でも分かってる。
「出ろ……!」
息を吐く。
ひのこ
――ぼふっ。
黒煙。
「げほっ、げほっ……!」
むせる。喉が痛い。何も出てない。
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
いやいや、ちょっと待て。
できる前提じゃなかったのかよ。ヒトカゲって生まれたときから火出せるもんじゃないのか?
「なんでだよ……!」
ビードルが詰めてくる。
やばい。
針が来る。
「っ!」
横に跳ぶ。
足がもつれる。
地面に手をつく。
すぐ横に針が刺さる。
土が弾ける。
「無理だろ……!」
にげる
逃げる。
体を反転させて走る。
枝を踏んで滑りながら、とにかく前へ。
背後に気配。
追ってきてる。
視界に穴。
飛び込む。
体を押し込む。
息を止める。
外で気配が止まる。
近い。
近すぎる。
探してる。
心臓がうるさい。
やめろ。来るな。
数秒。
長い。
やがて、気配が離れる。
「……はぁ……」
息を吐く。
震えが止まらない。
また逃げた。
「……くそ」
でも。
「……考えろ」
ここで終わりじゃない。
あいつは毒。
近づいたら死ぬ。
でも遠くからなら。
火。
焦りながらも、必死に頭を回す。
火ってなんだ。燃焼だろ。たしか。
酸素があって、燃えるものがあって、熱があって――
「いや待て、俺そんな詳しくねぇぞ」
頭の中で、うっすらとした記憶をかき集める。
中学だか高校だかでやった気がする。酸素とか二酸化炭素とか、そのへん。
「もっとちゃんと授業聞いときゃよかった……!」
こんなとこで後悔するとは思わなかった。
でも今さらどうしようもない。
「いや、でも」
視線が尾の火に向く。
火は、ある。
それもただの火じゃない。自分の体の一部みたいにずっと燃えてる。
「……これを使うしかねぇだろ」
考える。
尾の火の熱を――体に回す。
腹に集める。
息を吸う。
酸素を取り込む。
それを一気に燃やして――吐く。不発。
「……できるかどうかじゃない」
もう一度、深く息を吸う。
腹の奥に意識を向けると、じわっと熱が集まる感覚があった。
怖い。でも、それ以上に――
「やるしかねぇだろ!」
吐き出す。
――ぱちっ。
小さな火が、口の先で弾けた。いける。
「たたかう」
穴から出る。
ビードルはまだいる。
こっちを見る。
針を構える。
「……来いよ」
息を吸う。
吐く。
ひのこ
――ぱちっ。
小さい火。
「……出る」
弱い。でも出た。
ビードルが動く。
針。
右から。
体を沈める。
頭上を通る。
そのまま前転。
距離がズレる。
「っ、近い……!」
横に跳ぶ。
距離戻す。
もう一回。
吸う。
吐く。
火。
当たる。
ビードルが怯む。
「いける……!」
距離を保つ。
近づかせない。
針を避ける。
火を当てる。
それだけ。
それだけでいい。
ひのこ
三発目。
火が当たる。
ビードルが崩れる。
動かない。
「…はぁ…はぁ…げほっ…」
静かになる。
ビードルが崩れて、そのまま動かなくなる。
「……はぁ……はぁ……」
しばらく、その場から足が離れなかった。
息がうまく整わない。心臓がうるさい。
腕はじんじん痺れてるし、足もちゃんと踏ん張れてるのか分からない。
でも、それ以上に――目が離せなかった。
さっきまで動いてた。
針を向けてきて、こっちを殺そうとしてきて、確かに“生きてた”。
それが今は、もうピクリとも動かない。
「……俺が、やった」
口に出してみると、やけに軽い。
でも中身は全然軽くない。
胸の奥がぐちゃっとする。吐き気に近い何かが上がってきて、思わず顔をしかめる。
気持ち悪い。
普通に、嫌だ。
こんなの慣れたくない。
――なのに。
「……はは」
小さく息が漏れる。
体の力が、ふっと抜けた。
肩の力が落ちて、張り詰めてたものが一気に緩む。
助かった。
その感覚が、はっきりとあった。
生きてる。
さっきまで“死ぬかもしれない側”だったのに、今は違う。
その差が、妙に実感として残る。
「最悪だな」
ぽつりと呟く。
気持ち悪いと思ってるのに、どこかで安心してる。
それどころか――
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、だ。
「……嬉しい、って思ってる」
自分で言って、余計に嫌になる。
命を奪ったのに。
その結果で、安心してるどころか、少し満足して喜んでいる自分がいる。
「……くそ」
顔をしかめる。
でも、その感覚は消えない。
押し込めようとしても、ちゃんとそこにある。
怖いと思った。
こういうのに慣れていくのが、一番怖い。
「……でも」
視線を上げる。
逃げなかった。
最後は、戦った。
それだけは、確かだった。
ヒトカゲ
レベル???
特性:???
技:ひっかく ひのこ?