おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体 作:リザードン大好きマン
ビードルとの戦いから、どれくらい時間が経ったのかは分からない。
太陽の位置的におそらく昼過ぎだろう。
森は変わらず湿っている。
足元の土は柔らかく、踏むたびにわずかに沈む。
呼吸を整えながら、俺は倒木の上に腰掛けていた。いや、座り込んでいた。
体はまだ重い。
腕のかすり傷がじんわりと痛む。
それでも、少しだけ違う感覚があった。
火が出る。
ひのこ。
最初は煙だけだったそれが、あの後に数時間だけ練習をした今は小さな火なら形になる。
少し不安定だが、“できる”という実感だけが支えだった。
倒したビードルは食べなかった。
巣穴の近くに置いたままだ。
非常食――そういう扱いにしてしまった。
毒針をもっている生物を食べ物にするのは、言葉にできない抵抗感はあった。
正しいかどうかは分からない。
ただ、そうでもしないと不安だった。
「……なんとかなる」
呟きは軽い。
でも、その軽さにすがっていた。
ーーー
本格的に森の奥へ進んでいく。
ただ歩くだけじゃない、探索をする。
周囲を見る。
音を聞く。
足跡を読む。
さっきまでの自分とは違う。
世界が少しだけ“情報”として見えていた。
枝の折れ方。
草の倒れ方。
風の抜ける方向。
それらが少しずつ意味を持ち始める。
そして――
違和感があった。
音。
森の中に、規則的な音が混じっていた。
草を踏む音ではない。
もっと重く、慣れた動き。
俺は息を殺す。
木の陰に身を隠し、ゆっくり近づいた。
そこにいたのは――二人の人間だった。
「……人だ…人がいる……!」
最初は旅人に見えた。
だが違う。
動きが違う。
視線が違う。
持っているものが違う。
ただ歩いているのではない。
頭と目を動かし鋭い視線で見つけようとしている。何かを。
周囲を“探している”のではなく――
“狩るために見ている”。
一人は背が高く帽子を被っている男。片手にモンスターボールを握り無駄がない動き。
もう一人は金髪の男。軽い足取りで、周囲を見回している。
そして、その男の腕の中には"銃"がある。
ポケモンの世界に銃なんてあるのか…明らかに普通ではない。
日本でも見たことがなかった武器に目が釘付けになる。
2人の会話が風にのる。
「この辺であいつらを待つとしよう」
低い声。
帽子の男だ。
「了解っす。あー疲れた疲れた」
軽い声。
もう一人は、どこか緩い。
二人は森の中で何かを待ち始めた。
「ここら辺に追い込んで来るはずだ。絶対に逃がすなよ」
金髪が笑う。
「網の準備はできてるっすよ。いやーここまですっごい時間掛けましたからねぇ」
「そうだな。だがそれも今日で終わる」
短い言葉だが、慣れている。
これは初めてじゃない。
なんだ?何を待っているんだ?
少し離れた場所で、俺は見ていた。
息を殺す。
木の影から観察する。
彼らは“何か”を待っている。
そして――動いた。
草が揺れる。
黄色い、ねずみポケモン。
ピチューが必死に走って現れた。
その後ろからラッタが現れる。
すぐにアーボも出る。
「よし、来たな」
リーダーは静かに言った。
戦闘は一瞬で始まった。
ラッタが突っ込む。
アーボが背後を取る。
だが、動きが無駄に見えない。
連携している。
逃げ道を塞いでいる。
「削れ」
短い命令。
アーボが噛みつき、ラッタが追撃。
相手を弱らせるための戦い方。
殺すためじゃない。
“捕まえるための戦い”。
サブが銃を構えた。
そして――
隙ができた瞬間。
「撃て」
「了解!」
撃つ。
網が広がる。
空中で展開し、ピチューをアーボごとを包む。
抵抗するが、動きが止まる。
「ははは!いいじゃんこれ」
サブが笑う。
リーダーは淡々と言う。
「暴れるな。傷がつく」
モンスターボールをピチューに押しつける。
するとボールが上下に開き、ピチューが光となって吸い込まれてしまった。
「捕獲完了」
その冷静さが、逆に怖い。
俺は理解した。
これは戦いじゃない。
狩りだ。
危険だ。そう判断してその場を離れようとするが……
パキッ
枝が鳴ってしまった。
空気が変わる。
「……っ」
やってしまった。
ほんの少し、体重を移しただけ。
音は小さかったはずだ。
でも――見つかった
サブの視線がこちらを向く
「んん?あれはヒトカゲかな?」
やばい…!
リーダーの視線がこちらを射抜く
「確かにヒトカゲだ。しかしあれは」
やばい……!!やばい………!!!
「「……色違いだ」」
まずい
「ラッタ。たいあたり!」
ラッタが地面を蹴る。
速い。
“突っ込む”というより、地面を滑るような加速。
真正面じゃない。
少し角度をつけて、逃げ道を潰す動き。
(こいつ、ただの突進じゃない……)
直感的に分かる。
“逃げる前提で狩ってる”。
反射で横に跳ぶ。
爪が空を切る。
だが――
次の瞬間、背後の気配が締まる。
アーボ。
低い姿勢のまま、地面を這うように回り込んでいる。
逃げた先を読んでいる動き。
(挟まれてる)
一瞬で理解した。
ラッタが再加速。
アーボが回り込み完了。
にげられなかった
“逃げる空間”が消える。
息が詰まる。
考える前に体が動く。
口を開く。
火を出す。
ひのこ
――ぼふっ
煙。失敗。
喉が焼けるように痛い。
「っ、なんでだよ!」
焦りが一気に広がる。
その一瞬で距離が詰まる。
衝撃。
横からラッタ。
地面に叩きつけられる。
視界が跳ねる。
土の匂い。
草の感触。
痛みが遅れて来る。
「ぐっ……!」
起き上がる前に、アーボが動く。
噛みつき。
首ではない。足。
動きを止めるための部位。
アーボの牙は毒。
噛まれてはいけないーー
「がっ……!」
ーーしかし、避けられなかった。
(こいつら……連携してる)
さっき見た戦いが頭をよぎる。
“削って、止めて、捕まえる”。
殺す戦いじゃない。
“捕獲の戦い”だーー
ーーどれだけ時間が経ったんだ……?
痛い。重い。気持ち悪い。身体中から血が流れている。
「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…」
10分?1分?1時間?
逃げたい。逃げられない。
限界が近い……
ラッタが再び回り込む。
今度は真正面じゃない。
死角から。
足が止まる。
避けられない。
「くそ……!」
もう一度火を出す。
今度は意識を集中。
尾の熱を意識する。
腹に力を入れる。
(やれ……!)
ひのこ!
もう何度目かもわからない火がラッタの顔面にぶつかる。
急所に当たったのか、地面にのたうちまわる。
「これでにげられ……」
その一瞬の油断が命取りだった。
上から影。
網。
空中で広がる。
逃げられない角度。
「っ!」
体がすくむ。
次の瞬間――絡まる。
視界が一気に狭くなる。
網の中。
ラッタごと巻き込まれている。
暴れる音。
爪が当たる振動。
「離せぇ!」
声にならない。
ラッタが暴れる。
牙が近い。
網の中で反転する空間。
どこにいても逃げ場がない。
そのとき気づく。
"もう、終わりだ"
理解じゃなく、感覚。
指先ひとつ動かせない。
やつらが近づいて来る。
「時間は掛かったがこれで終わりだ」
「うっひょー!初めて色違いなんて見たっすよ!こいついくらするんですかね!」
「はは。数年は遊んで暮らせるだろうさ」
男が近づいてくる。
視界の端で、何かが動いた。
金属音。
乾いた、嫌な音。
――ボール。
それが、ゆっくりと持ち上がる。
まるで当然のように。
まるで最初から決まっていたみたいに。
「入れ」
短い声。
感情がない。
命令だけがそこにある。
その瞬間、体が固まった。
理由なんてない。
ただ、本能が理解した。
――あれは“終わりの箱”だ。
頭の中に、言葉にならない疑問が流れ込む。
(入ったらどうなる?)
(中はあるのか?)
(出られるのか?)
(俺は……俺のままなのか?)
考えようとするほど、答えが消えていく。
“分からない”だけが増えていく。
未知の恐怖
怖い。
戦うより怖い。
痛いより怖い。
死ぬことより怖いかもしれない。
喉が勝手に震える。
息が浅くなる。
視界が狭くなる。
体が言うことを聞かない。
ボールが開く。
光が漏れる。
その光が、やけに優しく見えた。
だから余計に怖い。
(これに入ったら、もう戻れない)
理由なんてないのに、そう思った。
確信みたいに。
足が動かない。
逃げたいのに。
逃げ方が分からない。
「いやだ……」
声が漏れる。
小さすぎて、自分でも聞き取れない。
でも止まらない。
「いやだ……いやだ……!」
情けない。
そんなの分かってる。
でも体が勝手に震える。
あの中に入ったら、俺はどうなる?
“俺”って、残るのか?
それとも、ただの“中身”になるのか?
考えた瞬間、背中が冷えた。
それは“死”よりも曖昧で、
だからこそ、もっと怖かった。
視線がボールに固定される。
逃げたいのに、目が離せない。
吸い込まれるみたいに。
ーードクンッ
"…か…"
ーードクンッ…!
"…かえ"
ーードクンッ……!!
"戦え"
ーードクンッ!!!
特性:もうか
次の瞬間だった。
体の奥が、燃えるように熱くなる。
尾の火が燃え盛る。
意識がはっきりする。体が動く。
尾の火の熱を――体に回す。
腹に集める。
息を吸う。
酸素を取り込む。
それを一気に燃やしてーー吐く。
ひのこ!!!
火が爆ぜる。
網をラッタとボールごと吹き飛ばした。
にげる
「ぐっ…!アーボ、そいつを逃すな!!」
男の指示でアーボが逃げる俺の背中に迫るーー
ーーが、反転しアーボに正面を向ける。
次の溜めはもう終わっている。
ひのこ!!!
一撃KO
ひんしになったアーボを尻目に。
にげる。にげる。にげる。
走る。
足がもつれる。
転ぶ。
でも止まらない。
枝が顔をかすめる。
痛みはもう意味を持たない。
背後の声。
「追え!」
「逃がすな!」
でも振り返らない。
ただ走る。
ただ逃げる。
肺が壊れそうになる。
涙が勝手に出る。
怖い。
痛い。
悔しい。
でも止まれない。
どれくらい走ったか分からない。
気づけば音が消えていた。
膝から力が抜ける。
そのまま地面に倒れ込んだ。
「……はぁ……はぁ……っ」
息が止まらない。
吸っても吸っても足りない。
肺の奥が痛い。
体が震えている。
戦いが終わったからじゃない。
“終わってない気がする”からだ。
さっきまでの光景が、頭の中で何度も再生される。
網。
ラッタの牙。
アーボの視線。
そして――
あのボール。
あれに入っていたら、どうなっていた?
その答えは出ていないのに、
“出てこないこと”だけが確かに分かる。
「……やだな」
声が漏れる。
小さすぎて、森に吸われていく。
怖い。
痛い。
そういう単純なものじゃない。
もっと曖昧で、もっと逃げ場のないもの。
もしあのまま捕まっていたら。
もしあの網が破れなかったら。
もし火が出なかったら。
その“もし”が、無限に続く。
そして全部の終着点が同じだった。
――あのボールの中。
喉が詰まる。
呼吸が浅くなる。
今ここにいるのに、まだ中にいるような気がする。
「なんなんだよ、あれ」
誰に向けた言葉でもない。
でも答えは返ってこない。
怖いのは戦いじゃなかった。
痛みでもなかった。
“終わり方が分からないこと”だった。
自分はまだ生きている。
それは確かだ。
でもそれが、救いなのかどうか分からない。
立ち上がろうとする。
足が震える。
まだ体が“さっきの世界”から戻っていない。
(あいつらは、あれを普通にやっていた)
そう思った瞬間、背筋が冷える。
あの冷たい声。
値踏みする目。
壊すことに迷いのない手つき。
人間って、ああいうものなのか?
それとも、あれが“例外”なのか?
分からない。
分からないことが、一番怖い。
森を見る。
同じ森なのに、さっきより遠く感じる。
ここは安全じゃない。
そういう確信だけが残る。
「もう、簡単には行けねぇな」
小さく呟く。
さっきまでの“なんとかなる”は、もうない。
ただ一つだけ残る。
――敗北した
そしてその事実が、
一番重かった。
ヒトカゲ
レベル???
特性:もうか?
技:ひっかく ひのこ?