おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

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レベル4 火の崩し方

 

俺は巣穴の奥に体を押し込むようにして横になっていた。横になっているというより、倒れ込んだまま動けないだけだ。土の冷たさが腹に伝わっているのに、それすらどこか遠く感じる。

 

呼吸が浅い。

 

吸っているつもりなのに、肺の奥まで空気が入ってこない。喉の奥がひりついて、ひのこを無理やり出そうとしたときの焼ける感じがまだ残っている。

 

体が重い。

 

腕を動かそうとしても、思っているより少し遅れて動く。自分の体じゃないみたいなズレがずっと残っている。

 

サイズの合わない靴を履いて走らされたあとみたいに、感覚だけが噛み合っていない。

 

そのまま目を閉じると、さっきの光景が勝手に浮かぶ。

 

網。

 

一瞬で視界が塞がれたあの感覚。どこに動いても引っかかって、空間そのものが狭くなる感じ。

 

ラッタの牙がすぐ近くにあった。アーボの体温が背後にあった。逃げ場がないと理解した瞬間、体が勝手に止まった。

 

――そして、あのボール。

 

光が開いて、吸い込まれるみたいなあの感じ。

 

思い出した瞬間、喉が詰まる。

 

息が一瞬止まる。

 

「……っ」

 

うまく吸えない。

 

肺が縮むみたいに固まる。

 

まだ捕まっている気がする。

 

あの網の中にいるみたいに、体が勝手に強張る。

 

逃げなきゃいけないのに、どこに逃げればいいか分からない、あの感じ。

 

目を開ける。

 

暗い。

 

巣穴の天井がすぐ上にある。

 

狭い。

 

……違う。

 

ここはあの網じゃない。

 

分かっているのに、体が納得しない。

 

しばらくそのまま動けずに、浅い呼吸を繰り返す。

 

時間がどれくらい経ったのか分からない。

 

尾の火が、さっきより小さくなっていることに気づく。

 

揺れが弱い。

 

でも、消えてはいない。

 

「……生きてる」

 

頭の中に、一つの選択肢が浮かぶ。町。人がいて、建物があって、少なくともこの森よりは安全そうな場所。そこに行けば、もうこんな目に遭わなくて済むかもしれない。助かるかもしれない。普通に戻れるかもしれない。

 

そう考えた瞬間、ほんの一瞬だけ、体の力が抜けそうになる。

 

だが、すぐにさっきの光景が割り込んでくる。網に絡め取られた感覚。値踏みするような目。そして、何の迷いもなく向けられたあのボール。

 

――人間は、ああいうことをする。

 

町に行けば安全なのか。本当にそうか。今の俺はヒトカゲで、しかも野生だ。それを見た人間がどうするかなんて、考えるまでもない。保護される保証なんてどこにもない。むしろ捕まる可能性の方が高い。あの森の二人が特別だとは思えないし、あれが“普通”なのか“例外”なのかも分からない以上、分からないものに近づくのはただの自殺だ。

 

「……無理だな」

 

口に出した言葉は、思っていたよりもはっきりしていた。街に行くという選択肢を、自分で切り捨てる。逃げる場所はない。助けてくれる誰かもいない。あるのは、この体と、この森だけだ。

 

尾の火を見つめる。小さく、頼りなく揺れている。それでも消えてはいない。

 

「やるしかねぇか」

 

呟いた瞬間、不思議とさっきまでのざわつきが少しだけ引いた。覚悟なんて大げさなものじゃない。ただ、選択肢がなくなっただけだ。それでも、その“残った一つ”に自分で足を乗せたという感覚だけは、確かにあった。

 

小さく揺れているその火を見つめながら、あのときの熱を思い出す。

 

あれは自分の意思じゃなかった。

 

追い詰められて、逃げ場がなくなって、体の奥から勝手に出てきた熱。

 

ゲームの記憶が浮かぶ。

 

ひのこは低威力のほのお技。ひっかくは低威力のノーマル技。ピンチになると火力が上がる特性――もうか。

 

知識としては知っている。

 

でも今のこれは、そんなきれいなものじゃない。

 

出そうとしても出ないくせに、必要でもないときに煙だけ出る。

 

さっきの火は、再現できる気がしない。

 

「なんなんだよ、これ」

 

誰に言うでもなく呟く。

 

答えは出ない。

 

ただ一つ分かるのは、

 

この体は、まだ自分の思い通りには動かないということだけだ。

 

 

ーーーーー

 

 

俺は立ち上がり、森の奥を見る。逃げるためじゃない。確かめるためだ。あのまま巣穴に籠もっていても何も変わらないし、何よりこの体のままではまた同じ状況になったときに確実に詰む。

 

足を踏み出す。今度は意識して音を殺す。地面の柔らかさ、踏んだときの沈み方、枝の位置。さっきまで気にもしていなかったものを、一つ一つ選びながら進む。森には場所ごとに“質”がある。音が反響する場所、風が抜ける場所、逆に全部が沈むように静かになる場所。その中で、できるだけ余計な要素が少ない場所を選ぶ。

 

そこに立つと、世界が少しだけ単純になる。余計な情報が減る分、自分の感覚が浮き上がる。

 

俺はそこでひのこを試す。

 

尾の火を意識する。あれをただ揺らすんじゃなくて、体の中に一度引き込むようなイメージで腹に落とす。それを息と一緒に押し出す。

 

――ぼふっ

 

煙。

 

予想通り、と言えばそうだが、納得はしていない。さっきの戦闘では確かに火になっていた。それも一度や二度じゃない。なのに今は再現できない。この時点で“技術がない”で片付けるのは簡単だが、それだと先に進めない。

 

一度止めて考える。

 

さっきと今で何が違うのか。

 

焦りか。あのときは余裕なんてなかった。でも今は落ち着いている。だが、焦れば出るなら今の自分は意図的に再現できるはずだ。違う。

 

想像力か。イメージの強さか。これも試してみるが、結果は同じ。煙になるか、そもそも何も起きないか。

 

じゃあ何が違う。

 

少し考えて、自然とあのときの感覚を思い出す。

 

網に絡まれて、逃げ場がなくなって、ボールを向けられていたあの瞬間。あのときは“出そう”と思ったんじゃない。出さないと終わる、という状況だった。

 

恐怖。

 

その言葉が一番近い。

 

ただ、ここで一つ引っかかる。

 

じゃあ恐怖があれば再現できるのか?

 

試す価値はある。

 

俺は目を閉じて、あのときの状況を無理やり思い出す。網の感触、視界の狭さ、呼吸の詰まり、ボールの光。できるだけ細部まで引っ張り出す。

 

息を吐く。

 

――ぼふっ

 

煙。

 

変わらない。

 

「……違うな」

 

思わず声が漏れる。今のは“思い出した”だけで、あのときと同じ状態ではない。頭で再現した恐怖と、体が感じていた恐怖は別物だ。

 

つまりこれは単純に「恐怖がトリガー」って話じゃない。

 

もっと厄介だ。

 

「こんなんバグだろ」

 

ふざけている。ひのこすら出せないヒトカゲに何の価値があるんだよ。ただのトカゲじゃねぇか。俺だったら、データを即リセットして他のポケモンを選ぶ。

 

追い詰められて、余計な制御が外れて、結果として火が出た。言い換えれば、今の自分は“制御しすぎている”。

 

そこまで考えて、少しだけ方向を変える。

 

火を出そうとするのをやめる。

 

どうせ狙って出せないなら、逆に崩れる前提で扱う。

 

尾の火をそのまま流す。整えようとせず、あえて不安定なまま外に出す。

 

――ぼぉっ

 

煙が出る。

 

ただ、さっきよりもわずかに長く残る。消え方が違う。すぐに散らず、少しだけ“留まる”。

 

もう一度。

 

同じように、整えずに吐く。

 

――ぼぉっ

 

今度はさらに残る。視界の端がじわっと曇る。

 

俺はその煙をじっと見る。

 

これ、ただの失敗か?

 

違う。

 

視界が削れている。距離感が曖昧になる。木の位置が分かりにくくなる。ほんの一瞬だが、情報が欠ける。

 

戦うための火じゃない。

 

環境を崩している。

 

「……えんまく、か」

 

自然とその言葉が浮かぶ。ゲームで見た技の名前。ただ、感覚として分かる。これは“技を使っている”んじゃない。火を出そうとして崩れた結果を、そのまま利用しているだけだ。

 

だから安定しないし、再現もできない。

 

でも、方向性は見えた。

 

火力を上げるんじゃない。むしろ捨てる。その代わりに“残り方”を伸ばす。

 

俺は何度か繰り返す。意識して弱くするのではなく、整えないまま吐く。すると煙の残り方にばらつきはあるが、さっきよりも明らかに“形”になってきている。

 

完成とは言えない。でも、ただの失敗でもない。

 

そのとき、もう一つの違和感に気づく。

 

煙が出る瞬間、音が混じっている。

 

パチン、と小さく弾けるような音。火が崩れる瞬間に、空気が押し出される感覚がある。

 

(これ……)

 

一度止まる。

 

頭の中に別の技が浮かぶ。

 

なきごえ。

 

ゲームではただのデバフ技。鳴いて相手の攻撃を下げるだけの、正直そこまで印象の強くない技。

 

でも今、目の前で起きている現象はそれとは違う。

 

火が崩れるとき、空気が動く。圧が一瞬だけ外に広がる。それが音になっている。

 

音というより、“衝撃の小さい版”に近い。

 

試しに意識してみる。

 

火じゃなくて、その崩れる瞬間に集中する。

 

息を吐く。

 

――かすっ

 

何も起きない。ただ喉が震えただけで、外には何も出ていない。

 

「……まだか」

 

分かってはいたが、簡単にはいかない。

 

これはまだ“技”じゃない。

 

火を崩したときにたまたま発生する副産物。それに気づいただけだ。

 

でも逆に言えば、材料は揃っている。

 

ひのこは火を出す現象。

 

えんまくはその崩れた煙。

 

そしてさっきの音は、そのさらに先にある何か。

 

全部つながっている。

 

ただ、まだ分解したまま組み上がっていないだけだ。

 

俺は尾の火を見つめる。

 

不安定で、弱くて、思い通りにならない。でもだからこそ、形を変えられる余地がある。

 

完成された技じゃない。

 

未完成だからこそ、いじれる。

 

「やっとスタートラインか」

 

小さく呟く。

 

煙がゆっくりと森に溶けていく。

 

まだ何も完成していない。再現もできないし、戦いで使える保証もない。

 

それでも、ただ闇雲に足掻いていたときとは違う。

 

“どう崩れるか”が、少しだけ見えてきた。

 

それだけで、次に進める気がした。

 

 

ーーーーー

 

 

俺はその場から動かなかった。

やり方は見えた。だが見えただけだ。このまま終われば「分かった気がする」で終わる。次に同じ状況になったら確実に詰む。それだけは嫌だったから、息を整える暇もなく、もう一度尾の火に意識を落とし、そのまま吐き出す。

 

――ぼぉっ

 

煙。だがさっきよりもわずかに長く残る。風に流される前に“そこに留まる時間”がある。完全じゃない。だが無視できる差でもない。俺はその違いを逃さないように、同じ感覚を引きずり出すように連続で吐く。

 

ぼふっ、ぼぉっ、かすっ、ぼぉっ――

 

結果はまだバラつくが、外れ方がさっきまでとは違う。バラバラに崩れるんじゃない、同じ方向に“寄って崩れる”。つまり範囲には入ってきている。

 

力の入れ方じゃない。押し出そうとした瞬間に崩れる。逆に、抜けるように流したときだけ形が残る。そう結論づけて、意識を“出す”から“逃がす”に変える。

 

――ぼぉっ

 

煙が広がる。さっきより自然だ。急に膨らまず、空間にじわっと滞る。

 

――ぼぉっ

 

近い。

 

――ぼぉっ

 

また近い。

 

完全一致じゃない。それでも、再現できていると言っていいレベルには来た。

 

「……これ、いけるな」

 

小さく呟いた瞬間、初めて確信に近い感覚が浮かぶ。安定はしていない。連発もできない。それでも“出るか出ないか分からない状態”は終わった。狙えば、出せる。

 

えんまくとしては不完全だが、戦いの中で一瞬でも視界を削れれば、それだけで十分な意味を持つ。

 

 

ヒトカゲはえんまくをおぼえた

 

 

そこで止まらず、すぐに次へ意識を切り替える。煙が崩れる瞬間に混じるあの音。火がほどけるとき、空気が押し出されるあの感覚。あれも同じ現象の一部なら、再現できるはずだと考えて、今度は“広げる”のではなく“弾く”イメージで息を叩きつける。

 

――ぱちっ

 

弱い。

 

もう一度。

 

――ぱんっ

 

さっきより明確に空気が弾ける。煙が一瞬で散り、周囲の空気が揺れる感覚が伝わる。

 

「……今のだ」

 

同じように繰り返すが、次は出ない。かすっ、と喉が鳴るだけ。それでも構わず続ける。えんまくと同じだ。偶然を削って、再現に寄せるーーー

 

 

 

ーーー夜が完全に落ちる頃には、失敗の中に成功が混ざる状態から、成功の中に失敗が混ざる状態に変わっていた。

 

 

 

――ぱんっ

――かすっ

――ぱんっ

 

まだ安定はしない。だが、“狙えば出る”ところまでは来ている。

 

そこでようやく限界が来る。喉は焼けるように痛く、呼吸は浅く、足もふらつく。それでも最初の何もできなかった状態とは比べものにならない。

 

俺はその場に座り込み、荒い呼吸のまま尾の火を見つめる。小さく、弱く揺れているが、確実にそこにある。

 

しばらくして、ゆっくり息を吐く。

 

「……使える」

 

今度ははっきりと言い切る。

 

 

ヒトカゲはなきごえをおぼえた

 

 

えんまくは不安定だが、条件が揃えば狙って出せる。なきごえも未完成だが、意識すれば音として成立させられる。完璧じゃない。でも戦いの中で“何もできない”状況はもうない。

 

それがどれだけ大きいかは、さっきの恐怖を思い出せば十分すぎるほど分かる。

 

俺はゆっくり立ち上がる。森は静かで、何も変わっていないように見える。それでも、自分の中だけは確実に違っていた。

 

強くなったわけじゃない。

 

ただ、扱えるようになった。

 

それだけだ。

 

「……まあ、悪くない」

 

小さく呟くと、煙の残りが夜の森に溶けていく。

 

まだ未完成だ。

 

それでも――もう、何もできないまま終わることはない。

 

そう思えた時点で、十分すぎる前進だった。

 




ヒトカゲ
レベル???
特性:もうか
技 ひっかく えんまく なきごえ ひのこ?
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