おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

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レベル5 火の通し方

 

昨日はえんまくとなきごえを習得した。目を開けた瞬間に感じた空気の冷たさと、差し込む光の角度で、ひとつ区切りを越えたことだけははっきりしていた。

 

体を起こす。

 

重さは残っている。だが昨日のような、動かそうとしてから遅れて反応するズレはほとんどない。力を入れれば、その分だけきちんと動く。まだ完全ではないが、“使える体”にはなっている。

 

ゆっくり息を吸う。喉の奥に残っていたひりつきは薄れている。尾の火に意識を向けると、小さく揺れながらも安定していた。

 

一度だけ試す。

 

尾の火を腹に落とし、整えずに流す。

 

――ぼぉっ

 

煙が出る。すぐには散らない。昨日、何度も繰り返して掴んだ“残り方”が、そのまま再現される。

 

「……出るな」

 

小さく呟く。声は掠れていない。呼吸も乱れない。

 

もう一度だけ出してから、止める。必要以上に繰り返す理由はない。出せることが確認できれば、それで十分だ。

 

俺は立ち上がる。

 

足を踏み出す。土の沈み方、枝の位置、踏める場所と踏めない場所が自然と分かる。昨日よりも余計な音が減っている。

 

森を見る。

 

同じ景色のはずなのに、見え方が違う。ただの背景じゃない。どこに隠れられるか、どこで音が出るか、どう動けば気づかれないか。そういう情報として入ってくる。

 

視線を巡らせてから、進む方向を決める。

 

昨日、あの密猟者と出会った方角は避ける。

 

怖いからじゃない。同じ条件に自分から踏み込む理由がないからだ。あの場所には、あの二人がいる可能性がある。リスクが分かっている場所を、わざわざ選ぶ必要はない。

 

だから逆へ行く。

 

それだけだ。

 

音を殺して進む。急がない。呼吸を乱さない。昨日のように追い詰められて動くのではなく、自分で選んで動いている感覚がある。

 

しばらく進むと、空気が変わる。

 

風が抜けにくく、音が吸われるように小さくなる。葉の擦れる音が遠い。

 

自然と足が止まる。

 

こういう場所には、何かがいる。

 

姿勢を低くし、視線を細かく動かす。影の違和感、色の差、わずかな輪郭のズレを拾う。

 

――いた。

 

木の幹に張り付くようにして、緑色の体が動かずにいる。

 

トランセル。

 

動かないポケモン。進化の途中で、防御に特化している個体。

 

ゲームの知識が浮かぶ。だがそれだけで判断はしない。距離を保ったまま、観察を続ける。

 

動かない。本当に動かない。だが、完全に無反応というわけでもないはずだ。近づけば、何かしらの反応はある。

 

硬い。

 

それだけは間違いない。

 

ひっかくだけで削れる相手じゃない。正面からいけば時間がかかる。その間に何が起きるか分からない。

 

だから、考える。

 

どう崩すか。

 

そのとき、ふと違和感が浮かぶ。

 

「……これ」

 

小さく呟く。

 

隠れて、距離を取って、相手を観察して、弱点を探している。

 

やっていることは――

 

「狩り、じゃねぇか」

 

言葉にした瞬間、少しだけ引っかかる。

 

自分がやられた側の行動。それと同じことを、今の自分はやろうとしている。

 

一瞬だけ、足が止まる。

 

だが、その感覚もすぐに整理される。

 

違う。

 

あれは、捕まえるための狩りだった。

 

これは、生きるための戦いだ。

 

目的が違う。目的は違う。

……でも、それだけで切り分けていいのかは分からない。

 

同じ動きでも、中身は別物だ。

 

「……やるしかねぇだろ」

 

小さく呟く。

 

逃げるためじゃない。

 

試すためでもない。

 

勝つために、動く。

 

視線をトランセルに固定する。

 

距離、位置、風の流れ。煙の残り方を頭の中で組み立てる。

 

えんまくで視界を削る。

 

なきごえで反応を引き出す。

 

その隙に距離を詰めて、ひっかくを当てる。

 

一つずつ、確実に通す。

 

「いける」

 

今度は迷いはなかった。

 

 

ーーーーー

 

 

えんまく

 

 

煙が、ゆっくりと広がる。

 

――ぼぉっ

 

視界が黒く濁る。輪郭が崩れる。距離が曖昧になる。

 

風は弱い。流れない。残る。

 

「……いける」

 

そのまま踏み込む。

 

位置は頭に入っている。さっきまで見ていた場所。動かない相手。硬い相手。

 

煙の中でも、外さない距離。

 

息を整え、弾く。

 

 

なきごえ

 

 

――ぱんっ

 

 

空気が弾ける。煙がわずかに揺れる。

 

反応が来る。

 

トランセルの体が、ほんのわずかに動く。完全な静止じゃない。音に対して、何かを選ぼうとした“遅れ”が見える。

 

その瞬間に踏み込む。

 

距離を詰める。迷わない。

 

腕を力一杯振り抜く。

 

 

ひっかく

 

 

――当たる。

いける、と思った瞬間――浅い。

 

爪が滑る。弾かれる。表面で止まる。

 

「っ……!」

 

手応えが違う。

 

通っていない。

 

想定より、硬い。

 

一瞬、思考が止まる。

 

その隙を逃さないように、トランセルの体が動いた。

 

ぐ、と縮むように力が溜まる。

 

次の瞬間――弾かれる。

 

 

たいあたり

 

 

鈍い衝撃。

 

体ごと押し出される。

 

視界が跳ねる。

 

地面に叩きつけられる。

 

「……っ、ぐ……!」

 

呼吸が抜ける。肺が潰れる。

 

痛みより先に、理解が来る。

 

通らない。

 

さっきの条件で通らないなら、正面からは無理だ。

 

足りないのは“攻撃力”

 

――押し込み。

 

――重さ。

 

――速度。

 

起き上がりながら、視線が動く。

 

トランセルはその場から大きくは動いていない。だが完全に無反応でもない。さっきの一撃と反撃で、“戦闘状態”に入っているのが分かる。

 

距離を取る。

 

呼吸を整える。

 

頭の中でさっきの一撃をなぞる。

 

角度は悪くない。タイミングも合っていた。

 

それでも通らなかった。

 

つまり――

 

「軽いんだよな……」

 

自分の体を一瞬見る。

 

ヒトカゲは軽い。体重が乗っていない。腕の振りだけでは、表面で弾かれる。

 

腕力じゃ足りない。

なら“外から力を持ってくる”しかない。

 

どうする。

 

視線が自然と上に向く。

 

木。

 

枝。

 

高さ。

 

落ちる距離。

 

「落とすか」

 

呟いた瞬間、形になる。

 

自分の力じゃ足りないなら、落下を使えばいい。

 

高さを使えば、速度も乗る。

 

速度が乗れば、重さになる。

 

ただのひっかくじゃない。

 

落下の勢いを乗せた“叩き込む一撃”に変える。

 

問題は――隙だ。

 

登る間に気づかれたら落とされる。

 

だから、もう一度盤面を作る。

 

煙を吐く。

 

 

えんまく

 

 

――ぼぉっ

 

今度は広げる。トランセル“だけ”じゃなく、その周囲を覆う。

 

視界を奪う。

 

距離感を消す。

 

続けて弾く。

 

 

なきごえ

 

 

――ぱんっ

 

煙の中で音が散る。位置がぼやける。

 

トランセルの意識が“下”に固定される。

 

防御に入る動き。

 

今だ。

 

横に流れる。

 

音を殺して走る。

 

そのまま木へ。

 

前足をかける。爪を引っ掛ける。滑りそうになるが、そのまま登る。

 

体が軽い。思ったよりも登れる。

 

速くじゃない。

 

“音を出さずに”登る。

 

枝に乗る。

 

体を低くする。

 

息を止める。

 

下を見る。

 

煙の中に、ぼんやりとした緑の塊。

 

位置は把握できている。

 

距離も、角度も。

 

一瞬だけ、思考を止める。

 

あとは通すだけだ。

 

息を吸う。

 

体を前に傾ける。

 

落ちる。

 

空気が流れる。

 

一気に距離が縮まる。

 

重さが乗る。

 

速度が乗る。

 

腕を引き絞る。

 

狙いは一点。

 

殻の“面”じゃない。

 

さっき弾かれた、そのズレ。

 

わずかな“角度の甘さ”を修正する。

 

そのまま――振り下ろす。

 

 

ひっかく!

 

 

衝突。

 

音が違う。

 

硬い音じゃない。

 

“めり込む音”がする。

 

止まらない。

 

爪が滑らない。

 

そのまま押し込む。

 

貫く。

 

抉る。

 

放たれた矢のように

 

殻の一点に、全てを集める。

逃げ場を残さない角度で――

 

「――通れえええッ!!」

 

力を全部叩き込む。

 

殻が軋む。

 

抵抗が、一瞬遅れる。

 

次の瞬間――抜ける。

 

確かな手応え。

 

内部に入った感覚。

 

トランセルの体が崩れる。

 

支えていた力が抜ける。

 

地面に叩きつけられる。

 

遅れて自分も着地する。

 

足がもつれる。

 

膝が沈む。

 

呼吸が荒い。

 

肺が焼ける。

 

しばらく動けない。

 

目の前のトランセルは、もう動かない。

 

完全に止まっている。

 

「……はぁ……っ」

 

息を吐く。

 

ギリギリだった。

 

でも――

 

「……勝った」

 

小さく呟く。

 

同じひっかく。

 

でも、もう“当てる技”じゃない。

 

通すための一撃になっていた。

 

尾の火が、わずかに強く揺れた。

 

 

ーーーーー

 

 

足が鉛のように重い。

 

荒い呼吸だけが、やけに大きく響いている。肺が焼けるように熱く、喉の奥にはひのこを無理やり押し出したときの嫌な痛みが残っている。

 

腕はじんと痺れていて、さっきの一撃にどれだけ無理を乗せたのかを、遅れて理解させてくる。

 

それでも――さっきとは違う。

 

何もできずに追い詰められていたときの、あのどうしようもない感覚はない。体は限界に近いのに、思考だけは妙に静かで、ちゃんと“今ここにいる”と分かる。

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

トランセルは動かない。さっきまでそこにあった抵抗の気配が、きれいに消えている。完全に止まっている。

 

「……はぁ……っ」

 

息を吐く。

 

そのまま、さっきの流れを頭の中でなぞる。

 

煙で視界を削った。距離と位置の情報を曖昧にした。なきごえで反応をずらした。完全に止めるんじゃなく、選択を遅らせるだけで十分だった。その一瞬のズレを使って位置を変えて、上を取って、落下の速度と重さをそのままひっかくに乗せた。

 

一つ一つは、まだ不完全だ。

 

えんまくは安定しないし、なきごえも狙って出せるだけで精度は低い。ひっかくだって正面からなら弾かれる。

 

それでも――

 

「……繋がってる」

 

小さく呟く。

 

バラバラだったものが、初めて一つの“流れ”として成立していた。ただの思いつきじゃない。順番と意味があって、その通りに動いた結果、勝ちに繋がった。

 

偶然じゃない。

 

同じ条件を作れれば、もう一度やれる。

 

再現できる。

 

「これなら、戦える」

 

強くなった、とはまだ言えない。出力は低いし、安定もしない。ちょっと崩れれば全部瓦解する。

 

でも、“何もできない”状態は確実に終わった。

 

それだけで、さっきまでとは全く違う。

 

視線を落とす。

 

倒れたトランセル。

 

動かない。

 

抵抗もない。

 

その光景を見た瞬間、思考が一瞬だけ引っかかる。

 

――さっきの、あれ。

 

網に絡められたときの感覚。逃げ場が削られていくあの圧迫感。選択肢が消えていくあの感じ。

 

自然と、自分がやったことを思い返す。

 

煙で視界を奪って。

 

音で反応をずらして。

 

逃げる余地を削って、最後に仕留めた。

 

やっている構造は、似ている。

 

「……」

 

喉の奥で言葉が止まる。

 

あのときの連中みたいに、捕まえて売るわけじゃない。閉じ込めるつもりもない。目的も違う。

 

でも――

 

“追い詰めて、動けなくして、倒す”

 

そこだけを切り取れば、やっていることは変わらない。

 

「……同じ、か」

 

否定はできなかった。

 

ただ、その言葉をそのまま飲み込む。

 

今ここで善悪を考えても、意味はない。結論が出るほどの材料もないし、何より――

 

やらなければ、こっちが終わっていた。

 

あの一撃を入れなければ、さっきみたいにまた押し切られていた。

 

だったら、今の自分にできることは一つしかない。

 

「生きるためだ」

 

小さく、確認するように呟く。

 

それ以上でも、それ以下でもない。

 

割り切れているわけじゃない。ただ、優先順位としてそこが一番上にあるだけだ。

 

しばらくその場に立ち尽くす。

 

森は変わらず静かで、何事もなかったみたいに風が抜けていく。さっきまでの戦いが嘘みたいに、ただ同じ景色が続いている。

 

その中で、自分だけが少しだけ変わっている。

 

ゆっくりと体を起こす。

 

足は重いが、動けないほどじゃない。

 

尾の火が、小さく揺れている。

 

さっきよりも、ほんの少しだけ強く、安定している気がした。

 

それを一瞬だけ見てから、視線を森の奥へ向ける。

 

まだ終わりじゃない。

 

むしろ、ここからだ。

 

「……次、行くか」

 

小さく呟いて、一歩踏み出す。

 

さっきよりも静かに。

 

そして、さっきよりも――確実に前へ。

 

当てるだけじゃ足りない。

“通す”ために動く――それが、今の俺の戦い方だった。




ヒトカゲ
レベル???
特性:もうか
技 ひっかく えんまく なきごえ ひのこ?
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