おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

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レベル8 火の痕跡

 

ピカチュウは、まだ完全には目を覚ましていなかった。

 

呼吸はある。だが浅い。胸が上下するたびに、わずかに体が揺れるだけで、それ以外の動きはほとんどない。あれだけ暴れていた存在が、今は落ち葉の上に沈むように横たわっている。

 

「……生きてはいるな」

 

小さく呟く。

 

返事はない。

 

代わりに、喉の奥から途切れた音が漏れた。

 

「……ぴ……か……」

 

戦うときの鋭さはもうそこにはない。鳴き声は輪郭を失っていて、空気に溶けるように消えていく。ただ、何かを確かめるように、弱く、ゆっくりと繰り返されるだけだった。

 

もう一度。

 

「……ぴ……か……」

 

呼んでいるのか、苦しんでいるのかも分からない。ただ、その声には“空白”だけがあった。

 

巣穴の中は薄暗い。

 

外から差し込む光が入口で途切れ、地面に細い線を落としている。その境界だけがやけにくっきりしていて、まるで世界が二つに分かれているようだった。

 

俺はピカチュウの体の近くに落ち葉を集める。

 

乾いた葉を重ねて、少しだけ厚みを作る。硬い地面のままだと呼吸が浅くなる気がした。理由は分からない。ただ、そうした方がいい気がした。

 

ピカチュウが小さく身じろぎする。

 

「……ぴ……」

 

かすれた声。

 

体を動かそうとしているのか、それともただ反射なのか分からない。それでも、完全に意識が消えているわけじゃないのは確かだった。

 

「……寒いか」

 

問いかけるが、答えはない。

 

代わりに、尻尾がわずかに動いた。力のない、微かな揺れ。

 

俺はそれを見て、しばらく黙る。

 

「ちょっと行ってくる」

 

誰に言うでもなくそう呟いて、巣穴を出た。

 

ーーーーー

 

森は静かだった。

 

昨日までの戦闘が嘘みたいに、ただの森に戻っている。木々は揺れ、風もある。なのに、その“何もなさ”が逆に落ち着かなかった。

 

(オレン……オボン……)

 

頭の中で記憶をなぞる。

 

ゲームで見た情報だ。青い実と黄色い実。

 

青いオレンは傷を癒す。黄色いオボンは体力を戻す。

 

ただの知識だ。本当にこの世界にあるのかも分からない。けれど、今の状況で頼れるものはそれしかない。

 

なら、探すなら条件は決まる。

 

日当たりが良くて、少し湿った場所。実が落ちていないなら、木か岩の近く。

 

そういう場所を意識しながら歩く。

 

足音は抑えている。でも戦闘のときのような“消すための静けさ”じゃない。ただ迷いが混じった歩き方だった。

 

(これでいいのか)

 

思考が浮かぶ。

 

あいつは敵だった。

 

少なくとも、あの時までは。

 

それなのに今は、食べ物を探している。

 

守るために動いている。

 

戦いの延長なのか、それとも別の何かなのか、自分の中で整理が追いついていない。

 

「……分かんねぇな」

 

吐き出すように呟いて、それでも足は止まらない。

 

 

ーーーーー

 

 

少し進むと、空気が変わった。

 

木々の間が開き、光が強く差し込む。草は低く、地面がよく見える場所。

 

その中に、異物みたいに青が混じっていた。

 

(……あれか)

 

近づく。

 

それは丸く、わずかに艶のある青い実だった。

 

手を伸ばすと、軽く弾力がある。完全に熟れているわけではないが、乾いてもいない。

 

摘み取る。

 

指先に冷たさが残る。

 

匂いは弱い。ただ水分を含んだような、淡い香りがした。

 

「……オレン」

 

確証はないが、これ以上の判断材料もない。

 

もう一つ探す。

 

今度は少し奥。湿った岩のそば。

 

草に紛れるように、黄色い実が見えた。

 

(こっちがオボンか)

 

慎重に近づく。

 

形は少し歪だが、間違いなくそれらしい色をしている。

 

摘み取ると、青よりも柔らかい感触があった。

 

「……これで、足りるか」

 

誰に向けたでもない言葉。

 

正解かどうかは分からない。

 

ただ、“選べるもの”がそれしかなかった。

 

ふと足が止まる。

 

森の奥。

 

音はない。

 

なのに、そこだけ“密度”が違う。

 

空気が薄くなるような、視線ではなく気配だけがある場所。

 

(まだいるのか)

 

一瞬だけ、背中が冷える。

 

さっきの戦いとは違う種類の違和感だ。速さでも圧でもない。ただ“観測されているような気配”。

 

だが、すぐに視線を切る。

 

今は優先じゃない。

 

足を早める。

 

巣穴へ戻る。

 

 

ーーーーー

 

 

戻ると、ピカチュウはまだ同じ場所にいた。

 

呼吸は続いている。だが浅い。胸が上下するたびに、かすかな音が漏れるだけだ。

 

「……ぴ……か……」

 

途切れた鳴き声。

 

意味はない。ただ、空気の中に残るだけの音。

 

それでも、何かを探しているように聞こえる。

 

俺は集めた実をそばに置く。

 

青いオレンと、黄色いオボン。

 

「……食えるかは知らねぇけどな」

 

そう言って、少しだけ手を止める。

 

ピカチュウの尻尾が、ほんのわずかに動いた。

 

(……食わせる、か)

 

青いオレンと黄色いオボンを見下ろす。

 

どちらもそのままでは食べられない。ピカチュウの口は小さいし、今の状態では咀嚼する力もない。無理に押し込めば、喉に詰まるだけだ。

 

「……めんどくせぇな」

 

小さく吐き捨てる。

 

だが、やるしかない。

 

指で潰そうとするが、実が思ったより硬い。力を入れても潰れない。地面に置いて踏むことも考えたが、衛生的にも状態的にも良くない気がした。

 

(これ、普通に無理だな)

 

一度手を止める。

 

周囲を見ても、使えそうな道具はない。枝も石もあるにはあるが、精度がない。結局、確実にやるなら“自分でやるしかない”という結論に落ちる。

 

小さく息を吐く。

 

「……仕方ねぇか」

 

オレンの実を口に入れる。

 

噛んだ瞬間、強い酸味が広がった。思わず顔が歪む。それでも噛み続ける。中身が崩れ、果肉がぐずぐずに潰れていく感触だけを頼りに、形を失わせていく。

 

完全に液状に近くなるまで咀嚼してから、必要な分だけを残し、残りは飲み込む。

 

手のひらに残ったそれを見下ろす。

 

(これで、いけるはずだ)

 

確信はない。ただ、他に方法がなかった。

 

ピカチュウの口元へ手を差し出す。

 

最初は反応がない。だが、唇の隙間に少しずつ流し込むと、喉がかすかに動いた。

 

「飲んでるな」

 

小さく呟く。

 

もう一度、今度は黄色いオボンを同じように噛み砕く。オレンより柔らかいが、水分が多く、崩れる感触が違う。それを同じように口元へ落とすと、今度は明確に喉が動いた。

 

少しだけ、呼吸が安定する。

 

「これで、少しはマシか」

 

しばらく間を置いたあと、視線を森へ向ける。

 

(……足りない)

 

このままでは回復が遅い。もっと“腹に入るもの”が必要だ。

 

頭に浮かぶのはキャタピーだった。

 

俺が最初に倒したポケモン。あの時はかなり苦戦して一度は逃げた相手。しかし、今の俺なら容易に勝てる自信があった。

 

「これなら、いけるか」

 

巣穴の外へ出る。

 

森の中で、すぐにそれは見つかった。

 

低い枝の上。ゆっくりと這う緑の影。

 

キャタピー。

 

動きは鈍い。こちらに気づく様子もない。

 

一瞬だけ迷う。

 

だがすぐに踏み出す。

 

ひっかくは一度だけ。

 

短い音。

 

それで終わった。

 

ーーーーー

 

尾で火を起こす。

 

小さな炎。

 

枝を組み、最低限だけ熱を通す。

 

焼ける匂いが立つ。

 

それを裂いて、できる限り細かく崩す。

 

指で押しつぶし、筋をほどき、飲み込みやすい形にする。

 

(……こんなもんか)

 

ピカチュウはまだそこにいた。

 

だが、さっきより呼吸は大きく安定している。

 

口元へ、少しずつ肉を運ぶ。

 

喉が動く。

 

飲み込んでいる。

 

「……ちゃんと入ってるな」

 

小さく呟く。

 

もう一度。

 

ゆっくりと。

 

壊さないように。

 

その繰り返しの中で、森の時間だけが静かに流れていく。

 

戦いとは違う、妙に現実的な時間。

 

それでも確かに、“生き延びるための行動”だった。

 

ピカチュウの尻尾が、また小さく動いた。

 

今度は、ほんの少しだけはっきりと。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「……この辺だな」

 

男は足を止めた。

 

帽子のつばをわずかに持ち上げ、森の奥を見渡す。視線は揺れない。風の流れと同じくらい静かだった。

 

地面には、薄い痕跡が残っている。

 

三つの爪がある足跡。

 

(移動してるな)

 

しかも、巣を起点にした動きだ。

 

完全に“住んでる個体”のそれだった。

 

「ほんとに森に定着してんすかね?」

 

背後から軽い声が飛ぶ。

 

金髪の男が、網銃を肩に回しながら笑っていた。

 

「普通野生のヒトカゲって、そこまで安定しないっすよね」

 

「……普通ならな」

 

帽子の男は短く返す。

 

そのまましゃがみ込み、地面を指でなぞった。

 

土の湿り気。草の折れ方。そこに混ざるわずかな焦げ跡。

 

「戦闘痕だ」

 

「また戦ったんすか?」

 

「……そうだ、そして“生き残った後”の動きだ」

 

金髪の男の表情が少し変わる。

 

「へぇ……逃げ回ってる感じじゃないんすね」

 

さらに進む。

 

ラッタが前に出る。

 

低く鼻を地面に近づけ、匂いを拾っていく。

 

カサ……カサ……

 

草をかき分ける音だけが続く。

 

「どうだ、ラッタ」

 

帽子の男が軽く声をかける。

 

ラッタは一度だけ振り返り、再び進行方向を向いた。

 

迷いはない。

 

「……行けるな」

 

帽子の男が静かに言う。

 

「匂いはまだ残ってる」

 

「マジすか。結構近い?」

 

「巣はまだ見えない。だが……生活圏には入ってる」

 

その言葉に、金髪の男が少し笑う。

 

「やっぱ金になるっすねぇ」

 

軽い調子だが、目は笑っていない。

 

 

ーーーーー

 

 

しばらく進むと、痕跡の密度が変わった。

 

黒い煤だらけ。

 

踏み固められた地面。

 

戦闘で削れたような木の皮。

 

「ここ、かなり荒れてますね」

 

「……ああ」

 

帽子の男は足を止める。

 

「……大きな血痕も死体もない」

 

その言葉で、金髪の男の顔がわずかに引き締まる。

 

「つまり、あのヒトカゲと…何かが、まだ近くにいるってことっすか?」

 

「可能性は高い」

 

「やばくないすか?あの時ラッタとアーボやられたじゃないすか」

 

一瞬だけ、空気が沈む。

 

帽子の男は答えない。

 

ただ、視線を森の奥へ向ける。

 

「……成長している」

 

それだけだった。

 

ーーーーー

 

さらに奥へ。

 

ラッタが一度立ち止まる。

 

鼻を鳴らす。

 

「どうした?」

 

金髪の男が覗き込む。

 

ラッタは動かない。

 

だが、明らかに“何か”を捉えている。

 

匂いの重なり。

 

火。

 

血。

 

そして――生存の気配。

 

「……やっぱりいるっすね」

 

金髪の男が小さく笑う。

 

「距離、どれくらいっすか?」

 

帽子の男はゆっくりと目を閉じる。

 

「近い」

 

一拍。

 

「だがまだ見えない」

 

「じゃあ、そろそろ網張ります?」

 

金髪の男が銃を軽く持ち上げる。

 

網弾。

 

捕獲用。

 

いつでも撃てる構え。

 

だが、帽子の男は首を横に振る。

 

「まだ早い」

 

「え、でももう位置は――」

 

「違う」

 

帽子の男は森の奥を見る。

 

「まだ“動いている側”だ」

 

金髪の男が一瞬黙る。

 

「……どういう意味っすか?」

 

「まだ自分で選んで動いている」

 

帽子の男は淡々と言う。

 

「追い詰められてない。逃げているわけでもない」

 

「つまり?」

 

「今は一番面倒な状態だ」

 

一拍置いて続ける。

 

「まだ“狩り”になっていない」

 

その言葉に、金髪の男が少し黙る。

 

数秒後。

 

帽子の男がぽつりと呟いた。

 

「……あれを使うかもしれんな」

 

その瞬間、空気が一段重くなる。

 

金髪の男が顔を上げる。

 

「え、それって……あいつっすか?」

 

一瞬の間。

 

帽子の男は答えない。

 

ただ、森の奥を見たまま言う。

 

「状況次第だ」

 

その言い方だけで、十分だった。

 

金髪の男は軽く息を吐く。

 

「マジっすか……前にあいつを使ったとき、獲物を殺っちゃいましたよね」

 

「二度も逃すならな。それに色違いなら死体でも高く売れる」

 

短く、それだけ。

 

森の奥。

 

まだ見えない。

 

だが確実にそこにいる。

 

「……見つけるぞ」

 

帽子の男の声は静かだった。

 

獲物を追う声ではない。

 

確定した結果に向かう声だった。

 




ヒトカゲ
レベル???
特性:もうか
技 ひっかく えんまく なきごえ ひのこ?
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