おくびょうな俺と、戦えと叫ぶこの体   作:リザードン大好きマン

9 / 14
レベル9 火の決意

 

密猟者は、森の空気が明らかに変質していることに気づいていた。湿った土の匂いの中に、わずかに焦げたような痕跡と、生き物が長く留まっていた独特の生活臭が混じっている。

 

それは単発の通過痕ではない。一定の場所を中心に、何度も行き来した“定着の匂い”だった。

 

帽子の男は足を止めると、しゃがんで地面に指を這わせた。そこには三つの爪跡と、何度も踏み固められた小さな円形の跡が残っている。戦闘の痕跡とも、逃走の痕跡とも違う。そこには「生き続けている動線」があった。

 

ラッタがその場で動きを止めた。鼻を地面に押し付けるようにして、ゆっくりと呼吸を繰り返す。最初は小さな違和感だった反応が、次第に確信へと変わっていく。

 

匂いが単体ではない。オレンの酸味、オボンの甘さ、焼けた有機物の匂い、そして微弱な電気の残滓。それらが一箇所に重なり合い、森の中ではあり得ない密度を形成していた。

 

「……全部混ざってるな」

 

帽子の男の声は低いままだったが、その中にわずかな警戒が混じっていた。これは獲物の痕跡というより、“環境そのもの”だった。そこに一体の生き物が生活を成立させていることを意味している。

 

背後の金髪の男が軽く息を漏らす。

 

「マジっすか、それってつまり……かなり近いってことっすよね」

 

「近いどころじゃない」

 

帽子の男は立ち上がり、森の奥へ視線を固定した。ラッタはすでに一点を見つめたまま動かない。その方向は偶然ではない。匂いの流れが一点に収束している。そこが起点だ。

 

そこまで来ている。

 

だが、まだ見えない。

 

足跡は続いているが、途中で意図的に分散されている。戦闘痕が複数あるにもかかわらず、決定的な“巣の入口”だけが隠されている形だ。だが逆に言えば、それは「隠す必要がある場所がそこにある」という証明でもあった。

 

ラッタが一歩だけ後退した。その動きは警戒でも逃走でもない。境界の判断だった。これ以上は通常の獲物の領域ではないという、本能的な線引きだ。

 

「……ここから先だな」

 

帽子の男は静かに言った。声に揺れはない。ただ事実としての確認だった。

 

金髪の男は網銃を軽く握り直す。

 

「じゃあ、もう張っていいっすか」

 

「ああ」

 

短い返答。

 

理由は単純だった。まだ“見えていない”。だがそれ以上に重要なのは、まだ“動いている”ということだった。痕跡はあるが、固定されていない。つまり、こちらが踏み込めば相手も即座に動ける状態にある。

 

この距離は一番厄介だ。

 

狩りとしては成立していないが、逃走も成立していない。ただ互いに気配だけを把握している状態。境界の上に立っている。

 

ラッタが再び鼻を鳴らし、ゆっくりと顔を上げた。その目は一点から逸れない。森の奥、木々が密集し始める場所。そのさらに奥に、確かに“何かがある”。

 

帽子の男はわずかに目を細めた。

 

「……捕獲する」

 

それは宣言ではなかった。すでに決まっている事実を、言葉にしただけだった。

 

森は静かだった。だがその静けさは、すでに均衡ではない。崩れる直前の沈黙だった。

 

 

ーーーーー

 

 

巣穴の中は、相変わらず薄暗いままだった。外から差し込む光が細く伸びているだけで、その先にある森とは切り離されたような静けさがある。

 

ピカチュウは少しだけ体を起こしていた。

 

完全に回復したわけではない。それでも、さっきまでのような“沈み込むだけの存在”ではなくなっている。呼吸は安定し、視線もわずかに動いていた。

 

「……起きたか」

 

声をかけると、ピカチュウは小さく耳を動かした。

 

「ぴか……」

 

かすれた声だが、反応がある。それだけで状況は変わっている。

 

主人公は用意していたオレンとオボンを手に取る。すでに一度加工したものだ。完全な状態では食べられないため、再び口の中で潰し、柔らかい状態にしてから少しずつ与える。

 

「まだ無理すんなよ」

 

言葉は通じていない。それでも、ピカチュウは抵抗せずに受け入れた。

 

喉がゆっくりと動く。

 

少しずつ、体に戻っていく感覚。

 

その変化を見ながら、主人公は森のことを思い出していた。

 

(もう、近い)

 

さっき感じた違和感は消えていない。むしろ、巣穴に戻ったことでよりはっきりしている。あの密猟者たちは確実にこの周辺を絞り込んでいる。

 

ピカチュウが小さく身じろぎする。

 

「ぴか……?」

 

短い音だが、疑問のような響きがあった。

 

主人公は一瞬だけ迷い、それから言葉を選ぶように返す。

 

「……追われてる」

 

それだけで十分だった。

 

ピカチュウの耳がわずかに動く。理解しているのかは分からない。ただ、その言葉の“重さ”だけは伝わっている。

 

しばらく沈黙が続く。

 

ピカチュウはしばらく静かにしていたが、ふと動きを止めた。

 

視線が巣穴の入口へと向く。

 

そこには何もない。ただ風が抜けるだけの暗がりだ。それでも、表情は一瞬だけ変わった。

 

(……何か、ある)

 

そう言葉にするほどの明確さはない。だが、体が先に反応している。

 

小さく喉が鳴り、短い鳴き声が漏れる。

 

「……ぴか」

 

それは呼びかけでも返事でもない。警戒に近い、低い響きだった。

 

尻尾がゆっくりと揺れ、止まる。

 

そしてもう一度、入口の方を見たまま固まる。

 

「……お前も感じてるのか」

 

問いかけると、ピカチュウは視線だけをわずかに動かした。

 

外の森では風が揺れている音だけが響いている。

 

手を止めずに、残りのきのみを細かく潰しながら続ける。

 

「俺たち、多分もう見つかってる」

 

ピカチュウがゆっくりとこちらを見る。

 

その目はまだ弱いが、さっきよりも“意識”がある。

 

「でも、逃げるだけはしない」

 

自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

 

ピカチュウは少しだけ体を動かし、巣穴の外を見た。

 

風の音。

 

遠くの気配。

 

それらを確かめるように、短く鳴く。

 

「ぴか」

 

その一言が、同意なのか理解なのかは分からない。

 

「戦えるようにはしてやる」

 

その言葉に、ピカチュウの尻尾がわずかに動いた。

 

まだ弱い動きだが、“反応”としては明確だった。

 

沈黙が戻る。

 

だがそれは以前のような無力な静けさではない。

 

何かが決まる前の、短い空白だった。

 

俺は最後のきのみを手に取りながら、森の奥に視線を向ける。

 

(もう時間の問題だな)

 

そう理解した上で、今できることを続ける。

 

ピカチュウはゆっくりと呼吸を整えながら、その隣にいる。

 

ここから先は、準備の時間ではない。

 

ただ、迎えるための時間だった。

 

 

ーーーーー

 

 

森は昨日と変わらない顔をしているはずなのに、その中にだけ違和感が混じっていた。 

 

湿った土の匂い、葉が擦れる音、遠くで鳴くポケモンの気配。それらは変わっていないのに、その間に“余白”のようなものが増えている。

 

(……いる)

 

理屈じゃない。視線でもない。もっと体の奥で、ずっと小さく鳴っている警報みたいなもの。

 

………戦え

 

そういう本能の感知が、ずっと止まらない。

 

きのみを探す手は止めないまま、視線だけが森の見方を変えていく。食料の場所ではなく、戦闘が起こり得る場所として森を見てしまう。

 

すぐに思い出すのは、あの密猟者たちだ。

 

帽子の男。冷静で、判断が早い。ラッタとアーボを使う、捕獲に慣れた人間。

 

そしてもう一人、軽い口調の金髪。網弾を撃つ銃を持ち、獲物を“動けなくする”役割。

 

地面には浅い足跡が続いていた。一方向ではなく、少し広がってまた収束している。誰かを探している動きだ。ラッタのような、匂いを追うポケモンがいるのも想像できる。

 

つまりこの森はもう“通り道”じゃない。探されている森だ。

 

本能の警告はさらに強くなる。心臓が速いわけじゃないのに、距離だけがはっきり縮まっていく感覚がある。右か左か、奥か。見えないはずの方向だけが浮かんでくる。

 

それでも足は止めない。止めればそこに固定される気がしたからだ。

 

ただ、動き方だけが変わっていく。きのみを探すときも、開けた場所は避ける。もし戦うなら動ける場所を選ぶ。無意識に、生存のための判断になっている。

 

枝が小さく鳴る。

 

一瞬だけ、体が反応する。

 

だが振り向かない。振り向けばそれが“確定”になる気がした。

 

本能はまだ鳴り止まない。むしろさっきより近い。

 

もう偶然じゃない。

 

この森には、確実に追ってきている気配がある。

 

焦りはない。

 

自分が“色違い”である以上、価値として見られるのは当然だ。

 

そしてそれは、すぐそこまで来ている。

 

「……倒す」

 

それは宣言ではなかった。すでに決まっている事実を、言葉にしただけだった。

 

森は静かだった。だがその静けさは、すでに均衡ではない。崩れる直前の沈黙だった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「……いた」

 




ヒトカゲ
レベル???
特性:もうか
技 ひっかく えんまく なきごえ ひのこ?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。