ポケットモンスター 配信画面の境界線。100万人の「ナンジャモ様」ではなく、目の前の「君」だけに狂わされたいボクの末路 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
深夜二時。ハッコウシティの喧騒が、物理的な音から電子的なノイズへと入れ替わる時間。
私は一人、ジムリーダー室のベッドの上で、青白い光を放つスマートフォンの画面をスクロールしていた。
「……あ、またこれ。ボクのバトルの時の顔、最近やる気なさすぎって。……次は、もっと不器用なやつとのバトルの方が人間味があってよかった、だって」
指先が止まる。
SNSの海に漂う、名前も顔も知らない誰かが放った言葉。
それは、私という「コンテンツ」を評価する、ありふれた一欠片の「感想」に過ぎない。けれど、その一言が、私の心の奥底にある柔らかい部分に、見えないトゲとなって深く突き刺さる。
「――まだやってるの。君のその悪い癖。自分を傷つける言葉をわざわざピンポイントで検索して、自傷行為みたいに読み耽るやつ」
部屋の明かりが点き、ミサキが呆れた顔でコーヒーカップを運んできた。
「……放っといて。これは市場調査。ボクという商品が、どれだけ正しく市場に流通してるかを確認してるだけ」
「嘘だね。今の君の顔、市場調査をしてる商人の顔じゃないよ。……失恋した中学生の方が、まだマシな顔してる」
ミサキは私の隣に座り、コーヒーをサイドテーブルに置いた。
私は画面を伏せ、膝を抱え込んだ。
「ねえ、ミサキ。言葉ってさ、なんでこんなに尖ってるんだろうね。……あの子たちがキーボードを叩いてる時、その先にあるのが血の通ったボクの心だって、一ミリでも想像したことあるのかな」
「ないよ。あるわけないでしょ。彼らにとって、君は画面の中の光であって、実在する少女じゃないんだから。……トゲを刺してる自覚さえない。彼らはただ、自分の退屈を埋めるために、適当な石を投げてるだけ」
「……わかってる。わかってるよ。……でも、その適当に投げられた石が、どうしても胸の奥のヒダに引っかかって、抜けないんだ。……ボクがどれだけ努力しても、どれだけ自分を削っても、彼らはたった数文字で、それを無価値に変えちゃうんだよ」
私は、自分の胸に手を当てた。
そこには、自分でも気づかなかったほどの深い傷跡が、いくつも刻まれているような気がした。
完璧でなきゃいけない。眩しくなきゃいけない。
そう思えば思うほど、誰かの何気ない一言が、私の防壁を簡単に突き破ってくる。
「……ミサキ。ボク、たまに怖くなるんだ。……いつか、このトゲだらけの言葉たちが、ボクの中の『私』を全部殺しちゃうんじゃないかって」
「殺されないよ。……君が、それを言葉のまま受け取らなければね。……いい? ナンジャモ。彼らが語ってるのは、君自身じゃない。彼らの脳内にある、身勝手な『ナンジャモ像』の不満でしかないんだから」
ミサキは、私の頭を乱暴に、けれどどこか保護するように撫でた。
「……でも、もしどうしても痛いなら。……その時は、私がそのトゲを全部抜いてあげるよ。……事務作業の一環としてね」
「……事務作業って。……君、本当にムードとか欠片もないよね」
「ムードで飯は食えないよ。……ほら、コーヒー冷める前に飲みな。カフェインは、少しだけ君の神経を麻痺させてくれるから」
私は、温かいカップを両手で包み込んだ。
窓の外、ハッコウシティの夜景は、相変わらず無数の光の粒となって、無責任に美しく輝いている。
画面の中の言葉はまだそこにあって、私の心のひだをチリチリと刺激し続けているけれど。
「……ありがと、ミサキ。……明日、また最高の笑顔で『おはこんハロチャオ』って言えたら、君のおかげってことにしてあげる」
「お礼は、明日のバズり回数で示してよ。……おやすみ、ナンジャモ」
ミサキが部屋を出た後、私は再びスマートフォンを手に取った。
けれど、今度は画面を点けることなく、その暗い鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。
トゲはまだ刺さっている。
けれど、その痛みさえも、自分がまだ「生身の自分」として立っている証拠なんだと。
私は、微かに震える息を吐き、静かに目を閉じた。