ポケットモンスター 配信画面の境界線。100万人の「ナンジャモ様」ではなく、目の前の「君」だけに狂わされたいボクの末路 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ジムリーダー室の床に転がって、私は天井のLEDパネルを見つめていた。
泣き疲れた後の視界は、妙にコントラストが強くて、光の一粒一粒が網膜をチクチクと刺激してくる。
「……ねえ、ミサキ。ボクが初めて『光』になりたいって思った時のこと、話してあげようか。君の事務的な脳みそがショートしない程度にさ」
「どうぞ。君の昔話を聞くのも、精神的ケアという名の付随業務に含まれてるから。……ただし、美化しすぎないでね。編集(エディット)済みの記憶は聞き飽きてる」
ミサキは私の隣に、無造作に腰を下ろした。
「……美化なんてできないよ。だって、ボクの始まりは、この街の片隅に落ちてた、ただの『影』だったんだから」
私は目を閉じる。
記憶のノイズを掻き分けた先にあったのは、ハッコウシティの眩しさから完全に取り残された、狭くて暗い子供部屋だ。
「……ボク、昔は本当に何もない子供だったんだ。声も小さくて、クラスの隅っこで、ずっと床のタイル数えてるようなやつ。……世界が怖くて、でも、世界に無視されるのはもっと怖くてさ。……そんな時、テレビに映ってたんだよ。当時のジムリーダーが」
「……ああ。前任の、あのやたらと派手な爺さん?」
「そう。……その人がさ、何万人の歓声に包まれて、全身から火花を散らして笑ってたんだ。……その瞬間、思ったんだよね。ああ、あそこに行けば、ボクはボクを消せるんだって」
私は手を伸ばし、天井の光を掴もうとする。指の間を、無機質な白が通り抜けていく。
「……矛盾してるでしょ。誰かに見つかりたくて、でも、今の惨めな自分は見られたくなくて。……だから、自分を全部消し去るくらいの、圧倒的な『光』を被ろうとしたんだ。……ナンジャモっていう、最高に可愛くて、最高に強くて、誰からも愛される『嘘』を作り上げて、その中に逃げ込んだんだよ」
「……逃避としての、スターダムね。実に合理的で、同時に救いようがないほどに子供らしい動機だ」
「……でしょ。……ボクが憧れた『光』の正体は、希望じゃなかった。……自分を塗り潰すための、一番効率のいいペンキだったんだよ」
私はふっと笑い、横に転がっているハラバリーの腹を突ついた。
当時の私には、この柔らかい相棒さえいなかった。ただ、古びた画面の向こう側の輝きだけが、唯一の呼吸器だったのだ。
「……でもさ、ミサキ。……最近気づいちゃったんだ。……ペンキを厚塗りしすぎて、重くて歩けなくなってるのはボクの方だったって。……ボクが憧れたあの人は、光を被ってたんじゃなくて、光を放ってたんだよね。……ボクみたいに、何かを隠すために光ってたんじゃない」
「……ようやく気づいたの? 君、本当に察しが悪いね。……事務員の目から見れば、君のその厚塗りされたペンキの隙間から漏れてる微かな熱の方が、よっぽど価値があるのに」
ミサキは私の手を取り、強引に引き起こした。
「……今の君は、光を被ってるわけじゃない。……震えながら、必死に自分の足で立ってる。……それがどれだけみっともなくても、それが君の『正体』でしょ」
「……みっともない、は余計。……でも、そうだね。……ボク、もう一度思い出してみるよ。……ペンキを塗る前の、あの暗い部屋で、それでも何かに手を伸ばそうとした時の、あの純粋な空腹感(ハングリー)をさ」
窓の外では、ハッコウシティが相変わらず傲慢なまでの光を放っている。
けれど、今の私には、その光が自分を隠すための壁ではなく、自分が進むべき道を照らす、ただの電磁波のように感じられた。
「……光の正体は、ボクが自分で決める。……誰かに見せるための光じゃなくて、ボクがボクであるために燃やす、内臓の熱にするんだ」
私は立ち上がり、高く、鋭い靴音を一度だけ鳴らした。
網膜に残る光の粒は、もう痛くなかった。