ポケットモンスター 配信画面の境界線。100万人の「ナンジャモ様」ではなく、目の前の「君」だけに狂わされたいボクの末路 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ハッコウジムのテラス。海風がパルデアの夜を撫で、潮の香りが電子の街の無機質な空気をわずかに和らげている。
私は、髪から外したばかりの二光子コイル――私のアイコンであり、私の呪縛でもあった、あの「目玉」の形をした髪飾りを膝に置いていた。
「……ねえ。君にはさ、ボクがどんな風に見えてたの?」
問いかけた相手は、宙に浮く金属の塊ではない。
私の相棒、ハラバリー。そして、その頭上にゆらゆらと浮かび、本物の目よりも雄弁に世界を捉えている、髪飾りと同じ形のコイルたちだ。
「ムイ?」
ハラバリーが、巨大なクッションのような体を揺らして首を傾げる。その腹にある「へそ」のような偽の目ではなく、頭部の小さな、けれど深淵を覗き込むような瞳が私を射抜いた。
「……ボクはさ、ずっと怖かったんだ。このコイルたちのレンズが、ボクの嘘を全部録画して、いつか世界中に暴露しちゃうんじゃないかって。……ナンジャモっていうガワを被って、必死に背伸びして、心の中では泥みたいな汗をかいてる、情けないボクをさ」
コイルの一匹が、私の指先に冷たい金属の質感を押し当ててきた。磁力の微かな振動が、神経を心地よく痺れさせる。
「――無機物相手に懺悔室ごっこ? 君のメンタルケアのレパートリー、そろそろ底を突き始めてない?」
背後から、夜の静寂を切り裂くようなミサキの声がした。彼女は手に二つのアイスバーを持って、私の隣にドカ座りした。
「……ミサキ。君は本当に、ボクが自分自身の核心に触れようとするたびに、絶妙なタイミングで物理的なカロリーを運んでくるよね。一種の特殊能力(アビリティ)?」
「事務員は数値化できない『エモ』が嫌いなだけ。ほら、溶ける前に食べなよ。ソーダ味。君の好きな、体に悪そうな青色のやつ」
私は差し出されたアイスを口に含んだ。冷たさが頭の芯まで突き抜ける。
「……ねえ、ミサキ。ポケモンってさ、嘘を見抜くよね。……ボクがどれだけ完璧に『おはこんハロチャオ!』って叫んで、同接を稼いでもさ。こいつらだけは、ボクが震えてるのも、朝の鏡に祈ってるのも、全部見てたんだ」
「……見られて困るようなこと、してたの?」
「してないよ。してないけど……。ボクは、こいつらに『最強のナンジャモ』のパートナーでいてほしかったんだ。ボクという脆弱なシステムを支える、完璧な周辺機器(デバイス)でいてほほしかった」
私は、膝の上のコイルに触れた。コイルの瞳――その黒い球体には、着飾った私ではなく、不安げに眉を下げた、ただの女の子が映り込んでいる。
「……でも、こいつらがずっと側にいてくれたのは、ボクがジムリーダーだからじゃないんだよね。……ボクが、ただのボクとして、泣きながらこいつらの錆を拭いた夜があったからなんだ」
「……気づくのが遅すぎ。ポケモンはデバイスじゃないし、ましてや君の演出(エフェクト)でもないよ。……君がどれだけ自分に嘘をついても、君の放つ電気の波長は、嘘をつけない。こいつらは、その波長だけを信じて、隣にいるんだから」
ミサキはアイスの棒を咥えたまま、空を見上げた。
「君が自分の足で歩き始めた今の波長、きっとこいつらには、今までで一番心地よく聞こえてるはずだよ。……ノイズが減って、出力が安定した、純度の高い電気としてね」
「……純度の高い電気、ね。……ミサキにしては、マシな詩的表現。……10点満点中、3点くらいはあげてもいいよ」
「採点が厳しいね。……まあいいけど。……ほら、コイルたちが退屈してるよ。次はどんな『私』を映すつもり?」
私は、コイルたちを再び自分の頭にセットした。
カチリ、と噛み合う音。
それはもう、自分を隠すための仮面を固定する音ではない。
自分という光を、正しく世界へ放電するための、信頼の証。
「……見ててよ。次は、レンズを直視して笑ってあげるから。……ボクという、最高に不完全で、最高に輝いてる、ありのままの光をさ」
コイルの瞳が、一瞬だけ青白く瞬いた。
鏡の中の自分はまだ少し遠いけれど。
隣にいる相棒の瞳に映る「私」は、今、確かに笑っていた。
ハッコウシティのどんなネオンよりも、柔らかく、確かな温度を持って。