ポケットモンスター 配信画面の境界線。100万人の「ナンジャモ様」ではなく、目の前の「君」だけに狂わされたいボクの末路 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ハッコウシティ中央広場。特設されたバトルステージは、数千万ワットの電力が生み出す光の奔流に飲み込まれ、夜だというのに白昼のような狂騒に包まれている。
ドローンカメラの群れが、獲物を狙う猛禽類のように空を舞い、巨大ビジョンには「彼女」の帰還を待つ無数のコメントが、滝のような速度で流れていた。
「……ねえ、ミサキ。この光、やっぱり少しだけ目に刺さるね」
ステージの袖、防音カーテンに仕切られた暗がりのなかで、私は自分の指先を見つめていた。
震えてはいない。けれど、かつてのような「冷たさ」もない。
そこにあるのは、生身の人間が、戦いの前に覚える正当な熱量だった。
「……当たり前でしょ。君が自分で出力(ボリューム)を最大にしろって言ったんだから。……言っておくけど、今日の電気代、君の今月のロケ弁を全部おにぎり一個に変えても補填できないレベルだよ」
「……あはは、相変わらず夢がないなあ。……でも、いいよ。今日くらいは、街中の電力をボクの我儘に付き合わせてもバチは当たらないでしょ」
私は、髪にコイルをセットした。
鏡は見ない。今の私がどんな顔をしているか、私自身が一番よく知っているから。
「ミサキ。……ボク、逃げないよ。……完璧なボクじゃない、偽物のボクでもない。……ただの、今のボクとして、あのアホみたいに眩しい場所の真ん中に立ってくる」
「……了解。配信開始まであと三十秒。……世界中が、君がどうやって崩壊するか、あるいはどうやって輝くかを凝視してる。……事務員としては、前者の場合の損害賠償請求書を用意しながら、後者の奇跡に全ベットしておくよ」
「……ふん。最高のマネージャーだね、君は」
ブザーが鳴り響く。
ステージを覆っていたスモークが爆ぜ、私は光の海へと足を踏み出した。
「おはこんハロチャオ――!」
喉が裂けるほどの声。
それは、テンプレート化された営業スマイルの産物ではない。
腹の底から、自分を奮い立たせるための咆哮だ。
目の前には、地平線まで続くかのような観客の群れ。
ビジョンには、私の顔がこれ以上ないほど鮮明に映し出されている。
崩れたメイクを直す暇もなかった。スニーカーを履いたままの、不格好なジムリーダー。
「みんな、待たせたね! 今日のボクは、ちょっとだけ……いや、相当に様子がおかしいよ! 完璧なナンジャモ様を期待してたやつには、先に謝っとく! ごめんね!」
会場が、一瞬だけ静まり返る。
コメント欄が、困惑のノイズで埋め尽くされる。
けれど、私は笑った。
カメラのレンズを、逃げることなく、真っ向から睨みつけて。
「ボクは、ずっと怖かった! 誰かに嫌われるのが、本当の自分を見透かされるのが、死ぬほど怖かった! だから光で自分を隠して、嘘の壁を作って、その中で震えてたんだ!」
私は、ハラバリーをコートに送り出す。
「ムイ!」という相棒の声が、スタジアムの振動と同調する。
「でも! 鏡を壊して、雨に打たれて、泥臭いサンドイッチを食べて……ようやくわかったんだ! ボクが本当に立ちたかった場所は、自分を隠すためのシェルターじゃない!……ボクという『不完全な光』を、みんなにぶつけるための戦場だったんだって!」
私は空を指差した。
コイルたちが、私の意志に応えるように激しく放電し、夜空に巨大な雷の紋章を描き出す。
「見ててよ、ハッコウシティ! これが、ボクの魂の出力だ!……嘘も本音も、全部まとめて光の粒に変えてやる!」
歓声が、爆発した。
それは今までの、偶像に対する崇拝の音ではない。
目の前で、もがきながらも輝こうとする一人の少女に向けられた、地を震わせるような共鳴の渦。
私は、世界で一番眩しい場所の真ん中に立っていた。
視界を白く染める照明の向こう側に、確かにみんなの瞳が見える。
怖いけれど、愛おしい。
消えたいけれど、生きていたい。
私は、ハラバリーのテラスタルを発動させた。
極彩色の光がスタジアムを支配し、私の心の中にある「スペクトル」が、今、完成へと向けて加速していく。
「さあ――最高のバトルを始めよう! ボクの、本当の『ハロー』を聞かせてあげる!」
光の粒のなかで、私はかつてないほど自由に、そして残酷なまでに自分自身として、そこに存在していた。