ポケットモンスター 配信画面の境界線。100万人の「ナンジャモ様」ではなく、目の前の「君」だけに狂わされたいボクの末路 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「――ってことでぇ! 昨日のバトルの切り抜き、もう100万再生超えちゃった! みんな、ボクのこと大好きすぎじゃない? ありがとねー! おはこんハロチャオ~!」
ハッコウシティのメインストリート。空を刺すようなビル群の中央に設置された巨大ビジョンの中で、私が私に手を振っている。私は、その眩しすぎる自分を視界の端に追いやりながら、深く被ったフードの隙間から街を眺めていた。
「ねえ、ナンジャモ。あの映像、編集で瞳の彩度上げすぎじゃない? 現実の君より、ずっと楽しそうに見えるよ」
隣で歩調を合わせるジムのスタッフ、ミサキが、プロテイン飲料を啜りながら淡々と言った。彼女の言葉は、時として鋭い破片のように私の心に刺さる。
「……いいの。あれは演出。視聴者の視神経に直接届くくらいの光がないと、この街の輝きには勝てないんだから」
私たちは人混みを縫うように歩く。
周囲には、ビジョンの中の私を見て「可愛い!」「さすがナンジャモ!」とはしゃいでいるファンが山ほどいる。けれど、そのすぐ横を歩いている、肩をすぼめて歩く少女が「本物」であることに気づく者は一人もいない。
「……変な感じ。あんなに近くで、みんながボクの名前を呼んでるのに」
私は立ち止まり、ビジョンを見上げる一人の少年を見つめた。
彼は目を輝かせ、画面の中の「ナンジャモ」が放つ電磁波に、心からの敬意と熱狂を捧げている。
「一番近くにいるのに、あそこに映ってるボクが、世界で一番遠い人に見えるんだよね。まるで、死んだ後に飾られる肖像画を見ているみたいでさ」
「……随分と、寂しいこと言うんだね」
ミサキがプロテインの手を止め、私を見た。私はフードをさらに深く引き寄せ、自身の声を押し殺すように言葉を継ぐ。
「あの少年が好きなのは、今ここで息をしてるボクじゃない。彼にとってのボクは、あの画面の中の、完璧で、無敵で、悩みなんて一つもない電気の塊なんだ。もし、ボクが今ここで『ボクはただの、ハラバリーの体温がないと怖くて眠れない子供なんだ』って叫んだら、彼の宝物を壊しちゃうことになる。……それが、怖くてたまらないんだよ」
画面の中の「私」が、最高に輝く笑顔でウィンクを飛ばす。
その光が、少年の瞳を照らし、私の足元に長い、濃い影を落とした。
「一番遠くにいる自分を、ボクは一生追いかけ続けなきゃいけない。追いつけないと分かっていても、追いかけるのをやめたら、ボクはもうどこにもいなくなっちゃうから」
ミサキはしばらく沈黙した後、空になった容器をゴミ箱に放り投げた。
「……追いつかなくていいんじゃない? 君が逃げ続けて、あの画面の中の『理想』が走り続ける限り、あの少年の夢も終わらない。それは、ある意味で一番残酷で、一番優しい誠実さだよ」
私は溜息を吐き、顔を上げた。
髪飾りのコイルたちが、私の感情を察するように、小さく、励ますような火花を散らす。
「……わかってるって。ボクは、ボクを裏切らない。……準備はいい、ハラバリー?」
足元で、重厚な質量が「ムイ!」と力強く応える。
一歩、前へ。
そこは、数万人の歓声が降り注ぐ、まばゆい光の檻の中。
私は、自分でも見惚れるほど完璧な「偶像」を顔面に貼り付け、大きく息を吸い込んだ。
「おはこんハロチャオ! みんなのアイドル、ナンジャモ様のお通りだぞー!」
一番遠いところにいるはずの「私」を、今の「私」に力ずくで重ねる。
ハッコウシティの空気が、一気に熱を帯びて爆発した。
私は、私という名の光を背負って、今日も本物の孤独を隠し、最高の嘘を届けにいく。