ポケットモンスター 配信画面の境界線。100万人の「ナンジャモ様」ではなく、目の前の「君」だけに狂わされたいボクの末路   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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指先に触れる温度

ハッコウジムの自室、その一角にある低反発のクッションは、もはや私の「本体」と言っても過言ではない。

配信用の照明を落とし、重い衣装を脱ぎ捨てた私は、そこにしがみつくようにして、一日の終わりに蓄積された精神的疲弊を排熱していた。

 

「……ムイ」

 

ずっしりとした質量の移動と共に、膝の上に湿った温もりが乗る。

ハラバリーだ。

こいつは、私が「ナンジャモ」としての放電を終えて抜け殻になると、申し合わせたように寄ってくる。

 

「……ねえ。君って、なんでこんなに柔らかいの」

 

私は、ハラバリーの腹部、その吸い付くような、けれど少しだけ弾力のある不思議な皮膚に指を沈めた。

指先から伝わってくるのは、電気を蓄えた生命体特有の、微かな振動と一定の熱量。

 

「……あ。ナンジャモさん、またそうやってハラバリーを抱き枕にして。ジムリーダーとしての威厳、どこかに置き忘れました?」

 

ノックもなしに入ってきたのは、相変わらず無遠慮なミサキだ。手には、今日の配信データのレポートが握られている。

 

「……うるさい。威厳なんてハッコウシティのゴミ集積所に捨ててきたよ。今は一ミクロンの見栄も張りたくないの」

 

「はいはい。で、本日の振り返りですが……中盤のバトル解説、少し言葉が詰まりましたね。視聴者からは『照れてる?』なんてコメントもありましたけど、実際は?」

 

「……ただのド忘れ。相手が使ってきた技の追加効果の確率を、脳内で計算し直してただけだよ」

 

私は、膝の上の温度に集中しながら答える。

指を動かすたび、ハラバリーの体はむにりと形を変え、私の指先を包み込む。

 

「ミサキ。……指先に触れるものってさ、嘘をつかないよね」

 

「……何、いきなり。哲学?」

 

「違うよ。画面の中の数字も、ファンの歓声も、ボクの笑顔も。全部、どこか加工された電気信号みたいでさ。触ろうとすると、指をすり抜けていっちゃう。……でも、こいつは違う」

 

私はハラバリーの脇腹をぎゅっと掴んだ。

「ムイ!」という抗議のような、けれど心地よさそうな鳴き声。

 

「重くて、温かくて、ちょっとだけ湿ってる。……これが、ボクが今ここに生きてるって、一番確実に教えてくれるものなんだ」

 

ミサキは資料から目を離し、少しだけ表情を和らげた。

 

「……君は、たまにそういう、子供みたいなこと言うよね。世界中の何百万人を熱狂させてるカリスマが、一匹のポケモンの体温に縋ってるなんて、誰も信じないよ」

 

「信じなくていい。……むしろ、知られたら負けだと思ってるし。ボクは完璧な偶像でなきゃいけないんだから」

 

私は、ハラバリーの頭……いや、頭のような部位に自分の額を押し当てた。

静電気のパチパチという小さな音が、耳の奥で心地よく響く。

 

「……ねえ、ミサキ。君の手は、今、冷たい? それとも温かい?」

 

「……さあね。君のジムを管理するために、冷徹な事務作業に明け暮れてるから。……冷たいんじゃない?」

 

「……そっか。じゃあ、触らないで。今のボクには、このハラバリーの、言葉にならない熱だけで十分だから」

 

「冷たい事務員は、明日のスケジュールの確認をして帰るよ。……おやすみ、ナンジャモ。冷えないうちに寝なよ」

 

ミサキが去った後、部屋には再びハラバリーの寝息と、街の遠い喧騒だけが残った。

私は、指先に残る確かな生命の感触を噛み締める。

明日になれば、また「触れられない光」を振り撒くために、私はこの温もりから離れなければならない。

 

けれど、今は。

この小さな、けれど絶対的な「温度」の中に、私は私のままで沈んでいく。

 

「……ありがと。ハラバリー」

 

小さな囁きに、ハラバリーが「ムイ」と短く、けれど深く応えた。

それは、どんな100万回の称賛よりも、今の私を真っ直ぐに繋ぎ止めてくれる言葉だった。

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