ポケットモンスター 配信画面の境界線。100万人の「ナンジャモ様」ではなく、目の前の「君」だけに狂わされたいボクの末路 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ハッコウシティの夕暮れは、まるで安物のジャムをぶちまけたような、粘度の高いオレンジ色に染まる。
高層ビルの窓ガラスに反射するその光は、美しさよりも「今日という時間が終わる」という事実を暴力的に突きつけてくるようで、私は昔からこの時間が少しだけ苦手だった。
「――はい。今日の『ハッコウシティ歩き食べライブ』はここまで! みんな、ボクが紹介した店、聖地巡礼しちゃダメだぞ? 混んでボクが食べられなくなっちゃうからね! おはこんハロチャオ~!」
浮遊するロトカメラの赤ランプが消える。
私は即座に、口角を吊り上げていた筋肉を弛緩させた。
頬の裏側が微かに痺れている。
「……あーあ。また一個、嘘ついちゃった」
「何が? あのタピオカ、実際はそんなに美味しくなかったとか?」
横から、私の食べ歩き用ゴミ袋を奪い取るように受け取ったミサキが、無機質な声で問いかけてくる。
「違うよ。あの店、本当に美味しかった。……嘘をついたのは、そこじゃない。ボクが『みんなのために』笑ってるってことだよ」
「……相変わらず、可愛げのない内省だね。ファンは君の笑顔を求めてる。君はそれに応えた。等価交換でしょ」
私たちは、オレンジ色の夕闇に沈み始めた公園のベンチに腰を下ろした。
周囲には、配信終わりの余韻に浸る若者たちがいたが、彼らが見ているのはスマートフォンの画面の中の私であり、数メートル先で猫背になっている少女には目もくれない。
「ねえ、ミサキ。さっき、小さな女の子がボクに手を振ってくれたでしょ。ボク、最高に優しいお姉さんスマイルで返したけど。……あの時、ボクが考えてたこと、教えてあげようか」
「……聞きたくないけど、どうせ言うんでしょ」
「『この角度で笑えば、さっきのアンチコメントを上書きできるくらいの好感度が稼げるな』だよ。……ねえ、最低だと思わない?」
私は、自分の指先を見つめた。
オレンジ色の光が、私の白い袖を血のような色に染めている。
「ボクの優しさは、全部計算の上に成り立ってる。誰かを喜ばせたいんじゃなくて、誰かに喜ばれている自分を確認して、安心したいだけなんだ。……このオレンジ色の空みたいにさ、中身はただの暗闇なのに、表面だけ綺麗に塗り潰して、みんなを騙してるんだよ」
「……それがどうしたの」
ミサキは、私のゴミ袋を丁寧に結び、足元に置いた。
「君のその『嘘』で、あの女の子は今日、世界で一番幸せな気分になった。それは事実。君の脳内の汚い計算なんて、出力されなきゃ存在しないのと一緒だよ」
「……でも、ボクは知ってる。ボクだけは、このオレンジ色が嘘だって知ってるんだ」
「自意識過剰だよ、ナンジャモ。君は、自分のことを悪人だと思いたがってるだけの、ただの臆病な善人。……あるいは、自分の嘘を完璧だと信じきれない、二流の詐欺師」
ミサキは立ち上がり、私の頭にポンと手を置いた。
重い。けれど、その重さが、妙に心地よかった。
「いいじゃない。嘘でも、演じ続ければそれは真実になる。……それに、君が本当に真っ暗な人間なら、そんな風に自分の嘘に傷ついたりしないでしょ」
「……慰めてるつもり? だったら、もっと気の利いたセリフ、ライトノベルから引用してきなよ」
「残念ながら、私は実用書しか読まない主義なの。……ほら、行くよ。次は市長との会食。……君が一番得意な、『オレンジ色の嘘』を塗りたくる仕事でしょ?」
私は、自分の高い靴の音を一度だけ鳴らし、立ち上がった。
「……わかってる。ボクは、最高に綺麗な嘘をつき続けるよ。……それが、ボクにできる唯一の『誠実』なんだから」
太陽が沈み、ハッコウシティの街灯が一斉に瞬き始める。
オレンジ色の嘘が消えた後には、いつもの青白い電気の海が広がっていた。
私は、再び偽物の笑顔を顔面に貼り付け、夜の街へと踏み出していった。