ポケットモンスター 配信画面の境界線。100万人の「ナンジャモ様」ではなく、目の前の「君」だけに狂わされたいボクの末路   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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路地裏の宝物

ハッコウシティのメインストリートは、常に磨き上げられたアクリル板のように滑らかだ。けれど、その動脈を一本外れれば、街は急にその「年輪」を露わにする。

古いレンガの隙間にこびりついた苔や、規格外で廃棄された電子部品の残骸。そこには、100万ボルトの光も届かない。

 

「……いたいた。ナンジャモさん、こんな湿っぽい場所で何を? ジムリーダーが不法投棄の山に紛れてるのは、絵面的にコンプライアンス違反ですよ」

 

背後から、ガムを噛むような軽薄な足音が近づいてくる。ミサキだ。彼女は最新のタブレットを脇に抱え、高級ブランドの靴を泥で汚しながら、不機嫌そうに私を見下ろした。

 

「……静かにして。今、ボクの感性が『バズり』とは無縁の周波数を受信してる最中なんだから」

 

私はしゃがみ込み、錆びた配電盤の影に手を伸ばした。

指先が触れたのは、コンクリートの破片に混じって落ちていた、歪な形の石。

それは街のネオンを反射することもなく、ただ鈍く、けれど確かな質量を持ってそこに転がっていた。

 

「……ねえ、ミサキ。これ、見て」

 

「……ただの石ころですね。鑑定に出すまでもなく、価値はゼロ。メルカリに出しても送料で赤字です」

 

「価値なんて、誰が決めるの。……ボクはさ、この石がこの場所で、誰にも見つからずに、ずっと『自分』であり続けてたことが、最高にロックだと思うんだよね」

 

私はその石を、オーバーサイズの袖で丁寧に拭った。

泥が落ち、剥き出しになった表面は、複雑な鉱石が混ざり合った不思議な模様をしていた。

 

「……ボクたちの仕事ってさ、結局、誰かに価値を認めてもらうための切り売りじゃない? 1いいね、1スパチャ。……数字がつかないものは、この街では存在しないのと一緒。でも、この石は数字なんてなくても、ここにいたんだ」

 

「……ポエジーなこと言ってますけど、結局、現実逃避でしょ? 次の配信企画が行き詰まってるからって、ゴミ拾いに逃げるのはプロとしてどうかと思いますけど」

 

ミサキは溜息を吐き、私の隣に屈んだ。彼女の冷たい眼差しが、私の掌の上の石を射抜く。

 

「……でも、まあ。その石、君に似てるかもね。表通りで電磁波撒き散らしてる派手な髪飾りより、その薄汚れた石の方が、君の本質に近い気がする」

 

「……ミサキにしては、マシな分析。……ねえ、これ、ボクの宝物にする」

 

「勝手にすればいいですけど。……それ、公式の『私物プレゼント企画』には出さないでくださいね。ファンが困惑しますから」

 

「出さないよ。……これは、画面の向こう側には絶対に見せない、ボクだけの秘密。……ハッコウシティの何千万ボルトの光でも照らせない、ボクだけの宝物なんだから」

 

私はその石をポケットの奥深くに押し込んだ。

重みが、歩くたびに太腿に触れる。その不快なまでの「実在感」が、浮き足立ちそうな私の自意識を、地面に繋ぎ止めてくれる。

 

「……さ。帰ろ、ミサキ。表通りは相変わらず眩しくて、反吐が出そうだけど」

 

「はいはい。お望み通り、最高に『映える』スポットまでエスコートしてあげますよ。……ジムリーダー様」

 

私たちは、湿った裏路地を後にした。

ポケットの中の石は、相変わらず黙ったまま、私の歩幅に合わせて揺れている。

誰にも教えない。誰にも売らない。

この無価値な輝きだけが、この嘘だらけの街で、ボクがボクを繋ぎ止めるための、唯一の錨だった。

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