今回は、ブラックコーヒー用意した方がいいかも…?
昨日の“告白(?)”から逃げ出した俺は、放牧地の端まで全力で走っていた。
(やばいやばいやばい!!スティルさん、完全にスイッチ入ってる!!)
後ろを振り返る。
スティルさん――スティルインラブ は、優雅な走りなのに、確実に距離を詰めてきていた。
(なんであのスピードで追いついてくるんだよ!?三冠牝馬って反則だろ!!)
俺は必死に方向転換し、放牧地の柵へ向かって突っ込んだ。
「うおおおおおおお!!」
ドガァァァン!!
柵が派手に吹っ飛んだ。
(よし!!突破成功!!)
そのまま自分の馬房へ一直線に逃げ込む。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば……!」
と思った瞬間。
コツ……コツ……コツ……
蹄の音が、ゆっくり近づいてくる。
(ひぃぃぃぃぃ!!来たぁぁぁぁ!!)
馬房の前に影が落ちた。
『ソブリン……?どうして逃げるの……?』
(終わった……俺の栗東ライフ、ここで終了……)
その時だった。
「こっちよ、ソブリン」
低くてクールな声。
振り向くと、馬房の裏側の影から アドマイヤグルーヴ さんが顔を出していた。
『早く。隠れなさい』
「は、はいぃぃ!!」
俺はグルーヴさんの馬房に飛び込み、藁の山に突っ込んだ。
直後、スティルさんが馬房の前を通り過ぎる。
『……どこに行ったのかしら』
その声は甘いのに、背筋が凍るほど怖かった。
グルーヴさんは静かに言った。
『あの仔、悪い仔じゃないのよ。ただ……“好き”が重いだけ』
(重いどころじゃないですよ!?)
『しばらくは私のところにいなさい。あなた、狙われてるわ』
(狙われてるって言い方やめて!?)
次の日。
スティルさんはレースが近く、美浦トレセンへ向かうことになったらしい。
(よ、よかったぁぁぁ……)
いや、別に“怖い”わけじゃない。むしろ、また会えるのはちょっと嬉しい。
ただ――あの“愛の圧”を思い出すと、胸の奥がムズムズするというか……なんというか……少しだけ不安になる。
『ソブリン……あなたに誇れる走りをしてくるわ……』
そう言い残して去っていったスティルさんの背中は、どこか誇らしくて、綺麗だった。
(……頑張ってください、スティルさん)
しばらく会えないと思うと、ほんの少しだけ寂しい。
そして、スティルさんがいない間、俺はグルーヴさんと一緒に過ごすことが増えた。グルーヴさんはクールだけど優しくて、俺が怯えていると、そっと隣に立ってくれた。
『落ち着きなさい。深呼吸』
(グルーヴさん……天使……いや、女神……)
そう考え事をしていたら、グルーヴさんがふと俺に声をかけた。
グルーヴさんが視線を向けた先には――青毛の、気品に満ちた牝馬が立っていた。
『あなたが……ソブリン?』
その声は静かで、でも芯が強い。
「は、はい!俺、ダークソブリンです!」
『私は シーザリオ。よろしくね』
(シーザリオさん!?なんか……オーラがすごい!!)
シーザリオさんはグルーヴさんとは違って、“孤高の女王”って感じはしないけど、キャリアウーマンみたいな仕事のできる女!みたいな感じだった。
『ソブリン、シーザリオは日本だけじゃなくてアメリカのレースも勝ってるのよ』
「シーザリオさん!!ほんとですか!?」
『ま、まぁね……そんな大したことじゃないけど』
「スゲーー!! 俺にもコツ教えてください!!」
シーザリオさんはふっと微笑んだ。
『ふふ……可愛いわね、あなた。そんなに真っ直ぐ頼られたら、教えたくなるじゃない』
グルーヴさんも微笑む。
『ソブリンは年上に可愛がられるタイプね』
「え、えぇ!?そうなんですか!!」
『ええ。放っておけないのよ、あなたみたいな仔は』
(なんか……照れる……)
こうして、普段の栗東生活はグルーヴさんかシーザリオさんのどちらかと過ごすことが多かった。
でも、調教となると話は別だ。鍛錬のときは、同世代の馬がつくことが多い。中でもよく併走するのが――
その一人目は走るのが好きで、でも基本は面倒くさがりな アドマイヤムーン君。併走で一度でも追い抜くと、
『あーもう、君の勝ちでいいよー……』
と言わんばかりに失速して、そのままやる気をなくしてしまう。
(でも、走る能力はなかなかのものだ。……俺には及ばないけど!!あと、同じ"アドマイヤ"でも二人の性格は全然違うのは少し不思議だ)
そしてもう一頭。おしゃべりで頑固な フサイチリシャール 君。
普段はくだらない話ばっかりしてるのに、併走になると――
『ソブリン!今日は絶対抜かせないからな!!』
と、めちゃくちゃ粘ってくる。
(まぁ……負けたことは無いけどね!)
ムーン君とリシャール君。この二頭とは、“同世代のライバル”って感じで、一緒に走ると自然と気合が入る。
あと、ついでに――サムには全然会えてない。
(忘れてたわけじゃないよ!!)
どうやらサムは、今まで未勝利戦?ってやつに勝ててなかったらしい。でも、つい最近ようやく勝てて、調子がいいからレースにいっぱい出てるんだって。
(いいなぁ……俺も早くレース出たい!!!)
そんなことを思いながら鍛錬を終えると、不二沢さんと岡戸さんが、やけに真剣な顔で俺の前に立った。
(え……なに?なんか嫌な予感……)
不二沢さんが、腕を組んでため息をつく。
「お前、栗東に来てから散々暴れまわってくれたな……放牧地の柵も壊しちゃって……」
(あ、やべっ……柵のことすっかり忘れてた……)
岡戸さんも呆れたように続ける。
「しかも、歳上の牝馬をたぶらかしまくりやがって……この女たらし……」
(ち、違う!!俺はただ優しくされただけで!!……いや、否定できない部分もあるけど!!)
不二沢さんが咳払いをして、表情を引き締めた。
「まぁ、それはそれとしてだ。ソブリン、来週はレースだ」
(……え?)
岡戸さんが頷く。
「だから明日から――調教の量を増やすぞ。覚悟しとけよ、ソブリン」
(えっ……えっ……!?急に本気モード!?)
不二沢さんが俺の首を軽く叩く。
「お前の才能は本物だ。だからこそ、ここからが本番だ。」
岡戸さんも真剣な目で言う。
「お前の力は分かっている。だから、前回のレースみたいに取り乱さなければ、次のレースは絶対勝てる。私を信じてくれソブリン」
(岡戸さん…!)
その優しさに、胸の奥が熱くなる。
グルーヴさん、シーザリオさん、ムーン、リシャール、ついでにサム。
そして、美浦で頑張っているスティルさんとロブロイさん…。
(みんな……俺、もっと強くなるよ)
「よし……やってやる!!」
俺は大きく鼻を鳴らした。
こうして俺は、次のレースに向けて――本格的な強化調教の日々へと踏み出した。
その結果――
「ごぼぼぼッ!!」
(死ぬ死ぬ!!助けて!!)
水の中で必死に足を動かす俺の後ろから、不二沢さんの声が飛んでくる。
「ほら、頑張れ頑張れ~。もっと早く泳がないと、後ろからつつかれるよ~」
「ぎぃやーーーー!!」
坂路、ウッド、プール、併せ馬。とにかく全部が“本気”だった。
「もう、疲れた……やっと終わったよ……」
放牧地の隅でへたり込む俺。汗で全身びしょびしょだ。そこへ、影がひとつ落ちた。
『大丈夫?とりあえず、一緒に日向ぼっこしよっか♪』
青毛の優しい声。シーザリオさんだ。
「ありがとう……シーザリオさん……」
俺がぐったりと横になると、シーザリオさんは俺のすぐ隣に腰を下ろし、そっと体を寄せてくれた。
『ふふ……ほんとに頑張ったのね。汗だらけじゃない』
「だ、だって……今日の調教、鬼だったんですよ……」
『知ってるわ。あなたが必死に走ってるの、ずっと見てたもの』
「え……見てたんですか?」
『ええ。あなた、頑張り屋さんだから……放っておけないのよ』
そう言って、シーザリオさんは俺のたてがみを口先で軽く整えてくれた。
(うわ……なんか……くすぐったい……でも……めちゃくちゃ安心する……)
『ほら、こっち向いて』
シーザリオさんが、俺の顔の汗を鼻先でそっと舐めてくれる。
『よし、綺麗になった。あなた、こういうところ子どもみたいね』
「こ、子どもじゃないですよ!!俺だってもう立派な競走馬で――」
『はいはい、強がらないの。疲れた時は、誰かに甘えていいのよ?』
「……うぅ……」
(なんだこの人……優しすぎて逆に泣きそう……)
シーザリオさんは、俺の首元に自分の首を軽く寄せてくれた。
『ねぇソブリン。次のレース、きっといい走りができるわ。あなたの努力、ちゃんと結果になるから』
「……はい。俺、頑張ります」
『うん。その素直さが、あなたの一番の強さよ』
胸の奥が、じんわり温かくなる。
(俺……もっと強くなりたい。この人たちに胸を張れるように……)
シーザリオさんは、優しく俺の背中を押した。
『さ、帰りましょ。明日も頑張るんでしょ?』
「……はい!」
こうして俺は、シーザリオさんに癒されながら、次のレースへ向けて気持ちを整えていった。
筆者:「この女たらしが!!!」
ソブリン:「失礼だな。純愛だよ…」
あと、色々とシーザリオの設定いじっちゃった。この甘酸っぱい感じをやれるのが君しかいなかったんだ…
許してください。何でもします…<(_ _)>