今度こそ、ソブリンのレースです、
どうぞ!
「みなさんこんにちは!!」
馬運車の中で、俺は元気よく鼻を鳴らした。
「え?俺のレースはいつかって?まぁまぁ、そんな焦らないでくださいよ~」
(……本当は俺も早く走りたいんだけどね)
「でもね!“今日、俺のレースがあるらしい”んですよ!!」
俺は胸を張って続けた。
「というわけで、俺のレースについては現地に着いてから語るとして、最近、俺の知り合いがいっぱい走ったらしいんですよ!」
「まずは、エリザベス女王杯!」
スティルさんとグルーヴさんが、ついに正面からぶつかったらしい。
「けどね……どっちも勝てなかったんですって!」
(いや…本当にあの二頭が!?って感じですよ…)
「勝ったのは スイープトウショウ さん。グルーヴさんが2着、スティルさんが3着だったらしいです!」
(スティルさん……悔しかっただろうな……)
「それから、天皇賞(秋) にはロブロイさんとグルーヴさんが出たんですけど……」
ロブロイさんは2着。グルーヴさんはまさかの17着。
「……あんなに強いグルーヴさんでもダメな時があるなんて、びっくりしちゃうぜ……G1って怖いね…」
(あと、そのあとの落ち込み具合がひどくて慰めるのが大変だったよ……)
「最後に……」
俺は少しだけ声を落とした。
「シーザリオさんが……繋靱帯炎?って病気のせいで、しばらく放牧に出ることになったらしいんです」
(……大丈夫かな)
あの青毛の、静かで優しい瞳がふっと浮かぶ。俺たちが最後に会ったのは、俺が栗東を離れる日の朝だった。
(あの時……なんか言いたそうにしてたのに。もっと話しておけばよかったな……)
胸の奥がじんわり痛む。
そのことを聞いたのは、馬運車に乗る前のことだ。
七瀬さんが、少し言いにくそうに俺の前にしゃがんだ。
「ソブリン、聞いてね……あなたが向こうで仲良くしてたシーザリオちゃんが……繋靱帯炎を患っちゃってね、しばらくお休みすることになったんだ」
その言い方で、“今は会えない”ってことが自然と分かった。
思わず、声が漏れた。
「ヒヒン……ヒヒィン……!」
(……会いたい。もう一度……)
七瀬さんは困ったように笑って、それでも優しく俺の首を撫でてくれた。
「気持ちは分かるよ。でも今はね、シーザリオちゃんも頑張ってるから」
(……そっか)
分かってる。分かってるけど――
(いつか……また会いたい)
――そう思ったところで、馬運車がふっと揺れ、速度が落ちていく。どうやら、目的地に着いたらしい。
「……おっと」
気持ちの奥に沈んでいた重さが、揺れと一緒に少しだけ浮かび上がる。
(今は……走らなきゃな)
ゆっくりと扉が開き、外の空気が一気に流れ込んできた。
冷たいけど、どこか懐かしい匂い。レース場の匂いだ。
七瀬さんが顔を覗かせる。
「ソブリン、着いたよ。行こうか」
俺は小さく鼻を鳴らして頷いた。
(よし……切り替えよう)
馬運車から降りると、地面の感触がしっかりと蹄に伝わる。遠くから聞こえるざわめき。風に乗って流れてくる実況の声。そして、どこかで鳴く他の馬の声。
全部が、“レースが始まる”って教えてくれる。
七瀬さんに導かれながら、俺はパドックへ向かう通路を歩き出した。
(シーザリオさん……俺、あなたの分まで走って来るから、見ててね…)
胸の奥に残った想いをそっと押し込んで、前を向く。
そして――視界が開けた。
ぐるりと囲む観客席。ざわめきと期待の熱気。芝の匂いと、馬たちの気配。その中心に、俺は足を踏み入れた。
(……よし)
ここからが、俺の舞台だ。
そう思いながら七瀬さんに手綱を引かれ、ぐるっとあたりを見回す。
(……おお、いるいる)
前回のデイリー杯で見た顔ぶれがちらほら。あの時と同じ落ち着いた目をしてるやつもいれば、今日はやけに気合いが入ってるやつもいる。
それに――見たことのない新顔も何頭か混じっていた。
(へぇ……みんな強そうだな)
そんな中、ひときわ目立ってる芦毛の馬体が視界に飛び込んできた。
「おっ、ソブリンじゃん」
軽い声。振り向くと、友達の フサイチリシャール がいた。
「リシャール君!」
俺が声を返すと、彼はいつもの調子でニッと笑った。
「久しぶりだな。元気してた?」
「まあね。そっちは?」
「絶好調。今日は負ける気しないし」
相変わらず自信満々だ。でも、その目は冗談じゃなく本気のやつ。
「ソブリンも調子良さそうじゃん。……でもさ」
リシャール君が少しだけ顔を寄せてきた。
「今日は絶対勝つから!」
その言い方は軽いけど、芯の部分は鋼みたいに固い。
胸の奥が、ふっと熱くなる。
「言うねぇ。じゃあ俺も――本気で行くよ」
その言葉を聞いた瞬間、リシャール君の耳がピクリと動いた。ほんの一瞬だけ、彼の目がわずかに見開かれる。
(……あ、今、驚いたな)
すぐにいつもの余裕の笑みに戻ったけど、その一瞬の揺れは確かに見えた。
「……へぇ…そう来るんだ?」
声は軽いのに、どこかさっきより真剣味が増している。リシャール君は満足そうに鼻を鳴らした。
「その方が面白いだろ?」
二頭の間に、静かだけど確かな火花が散った。パドックのざわめきが、少しずつレース前の空気へと変わっていく。
(よし……やるぞ)
そう心に決め、前を向いた俺は、背中に乗ってきた岡戸さんに導かれパドックを出て、返し馬のためにコースへ向かった。
続いて冷たい風が頬をかすめる。観客のざわめきが、さっきよりずっと近い。
「ソブリン、軽く流すよ」
岡戸さんが手綱を軽く引く。俺は頷くように鼻を鳴らし、ゆっくりと走り出した。
(ふぅ……緊張してきた……)
芝の感触を確かめるように、軽くステップを踏む。
トン、トン、ふわっ。
(……あれ?なんか今日、体が軽いな)
もう一回。
また一回。
脚が勝手に弾むように動く。自分でも理由が分からないけど、なんだか気持ちが乗ってくる。
その瞬間――
「おい……あれ見た?」
「え、ちょっと待て……あいつ……」
観客席からざわめきが起きた。
(え?なに?俺なんかした?)
「テイオーステップじゃねぇか!?あれ!」
「いや……でもなんか……スキップがド下手だな……」
「リズムは似てるけど、なんか惜しいんだよな!」
(……スキップが……下手……?)
胸がキュッと縮む。
(うそ……俺、そんな変な動きしてた!?)
岡戸さんが苦笑しながら俺の首を軽く叩く。
「ソブリン、テンション上がってるのは分かるけど……あんまり跳ねすぎると笑われるぞ?」
(わ、笑われてるの!?)
観客の声はさらに大きくなる。
「でも可愛いなあれ!」
「頑張れよーソブリン!」
(うぅ……恥ずかしい……!)
耳が熱くなる。顔まで熱くなる気がする。
(もう絶対あんなステップしない!
………けど悔しいからこっそり練習しとこ…)
でも――その声援が、胸の奥にじんわり染みてきた。
(……よし。気持ち切り替えよう)
俺は深く息を吸い、ゲートへ向かう道を進んだ。どうにか、自分の感情を抑えつつ、ゲート前をぐるぐる回り、ゲート入りを待つ。
《さぁ、阪神競馬場メインレース!第57回 朝日杯フューチュリティステークス!》
観客のざわめきが一気に変わる。笑い声が消え、期待と緊張の色に染まっていく。
《今年も注目の2歳馬が揃いました!まずは人気どころ、フサイチリシャール!前走東京スポーツ杯2歳ステークスを制し、勢いそのままにここへ挑みます!》
リシャール君が前を歩きながら、ちらっと俺の方を振り返った。
(……さっきの動揺、もう完全に消えてるな)
《そしてこちらも大注目でしょう、一番人気ダークソブリン!前走の末脚は強烈でした!返し馬では少し跳ねるような動きを見せていましたが……》
(やめてぇぇぇぇぇ!!実況さん言わないで!!)
《……気合いが入っている証拠でしょう!》
(……あ、フォローしてくれた……)
少しだけ救われた気がした。
だが実況は続ける。
《さて、ダークソブリンといえば父は名馬トウカイテイオー。しかも、ここまで無敗!!!ということは!ディープに続き、無敗の3冠を期待してしまいますね!!!さらに、その血を思わせるような軽いステップも……》
(ていおー?……どこかで聞いた事あるけど……忘れちゃった!(∀`*ゞ)テヘッ)
《……しかし!テイオーが見せた“テイオーステップ”とはリズムがまったく違いますね!》
(違うって……そんなに変だったの!?)
《むしろ……そうですね……ここまで違うのならば“ソブリンステップ”とでも呼びましょうか!》
観客席がどっと沸く。
「ソブリンステップだってよ!」
「可愛いじゃん!」
「いや下手なだけな!」
(下手って言うなぁぁぁ!!)
耳まで熱くなる。でも、声援はどこか温かい。
《さぁ、各馬がゲートへ向かっていきます!運命の一戦、まもなくスタートです!》
ゲートが近づくにつれ、恥ずかしさは薄れ、代わりに熱が胸に満ちていく。
……よし。
ステップは下手でも、走りは負けない。
俺は深く息を吸い、ゲートへと歩みを進めた。
いやーまさかテイオーステップができないとは…
こんなテイオー産駒の架空馬ほかにいないでしょw
あと、シーザリオの扱いどうしようかな…?
史実通り引退させるか、現役続行か…
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