衝撃のその先へ…   作:アグD

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今日は短めです。
どうぞ!


第15話:漢の別れ

 

朝日杯が終わった後、俺は美浦トレセンへ戻ってきた。レースの熱狂はまだ耳に残っている。だが、厩舎の空気はどこか静かで、冬の冷たい風が通り抜けていく。

 

『……ここに帰ってくると、落ち着くなぁ』

 

あの大歓声の余韻が、まだ身体の奥で震えている。けれど、この静けさは嫌いじゃない。ここは俺が“走る馬”として過ごしてきた場所だ。

 

不二沢さんは俺の首を撫でながら言った。

 

「よく頑張ったな、ソブリン。お前はしばらく故郷で長期の放牧に出して、身体を休めよう」

『うん……ちょっと疲れたかも』

 

言葉にしてみると、胸の奥がふっと軽くなった。レースの緊張がようやく解けて、身体の芯がじんわり温かくなる。久しぶりに故郷に帰るのか……あの広い空、冷たい風、草の匂い。思い出すだけで胸が少し熱くなる。

 

『……みんな、元気かな…特にサム…』

 

そんな思いを胸に抱きつつ、俺は素直に頷いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

その日の昼下がり。もう明日にはここを出て、故郷に帰って心身共にリラックスできる――そう気を抜いていた矢先だった。

 

「そういえば、次の有馬でゼンノロブロイが引退か…」

「そうだった…家の稼ぎ頭だったのに…俺の懐がさみしくなるぜ…」

 

見知った調教師さん達の声が、冬の空に溶けていく。ゼンノロブロイ。美浦の“ボス”と呼ばれた名馬。俺にとっては、厩舎で一番頼りになる兄貴分だった。

 

『ロブロイさん……引退……?』

 

胸の奥が、少しだけ痛んだ。

 

聞きたい。本当なのか、どう思っているのか。すぐ隣に聞くだけなのに――

 

『……聞けないよ……』

 

ロブロイさんは俺よりずっと大人で、ずっと強くて、俺が馬としてどう生きるのかを教えてくれた大切な方だ。そんな存在に、「本当に引退するんですか?」なんて……怖くて聞けなかった。

 

もし聞いてしまったら、本当に二度と会えなくなるような気がして。

 

その夜、俺は厩舎の中でほとんど眠れなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

翌日。放牧地へ向かう馬運車の前。そこには、すでにロブロイさんが立っていた。黒鹿毛の大きな馬体。落ち着いた瞳。どこか悟ったような表情。

 

「よぉ、ソブリン」

『ロブロイさん……』

 

ロブロイさんはゆっくりと近づき、俺の首に鼻先を寄せた。

 

「人間たちの言う、てれび?ってやつでお前のレース見てたぞ。お前……強くなったな」

『えへへ……ありがとう』

 

ロブロイさんは少し笑って、そして静かに言った。

 

「……俺はもう引退だ。次のレースが最後になるらしい」

『……うん』

 

「だからよ――」

 

ゼンノロブロイはソブリンの目をまっすぐ見た。

 

後のボスの座は、お前に任せる。美浦のやつらをまとめるのは、お前しかいねぇ」

『ぼ、ボス!? 俺が!?』

「そうだ。お前ならできる。お前より歳上のやつらもお前なら認めるはずだ」

 

俺は胸が熱くなった。そんなことにかまわず、ロブロイさんは続ける。

 

「それにな……お前も種牡馬になれば、また一緒に暮らせるはずだからよ…頑張れ。俺が負けたレース全部獲れ」

『……ロブロイさん……』

 

冬の風が吹き抜ける。空は澄んでいて、どこまでも青かった。そして、不二沢さんが、馬運車の扉を開けた。

 

「ソブリン、行くぞ。しばらくゆっくりしてこい」

『……うん』

 

俺は一歩、また一歩と馬運車へ向かう。そのたびに、胸の奥がじんわり熱くなる。ロブロイさんが、すぐそばまで歩み寄ってきた。

 

「行け、ソブリン。これからはお前の時代だ。」

 

その言葉が、胸の奥に深く刻まれる。俺は振り返り、ロブロイの姿をしっかりと目に焼き付けた。

 

『ロブロイさん……俺、絶対に強くなるから!!』

 

そして――天に向かって首を伸ばし、腹の底から声を放った。

 

「ヒィィィィィィィィィィィィン!!!!!」

 

冬空に響く、別れの嘶き。ロブロイさんは静かに頷き、その瞳はどこまでも優しかった。俺は馬運車に乗り込み、扉がゆっくり閉まる。エンジンがかかり、車体が動き出す。ロブロイさんの姿が、少しずつ遠ざかっていく。

 

『……絶対に、また会おうね』

 

俺はその姿を、いつまでも、いつまでも見つづけていた。

 

 

 





実際、ソブリンはロブロイさんと同じところの種牡馬になれるのか?
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