その性質は恋慕。
この悲しき人魚姫を救うのは赤き幻影か?それとも天照す真実の花か?
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「杏子君、手を繋げ」
結界内の喧騒を背に、玲華は静かにそう告げた。
「あ? わかったけどよ……」
言われるがまま、玲華が杏子の手を握る。その瞬間、杏子は己の胸の奥底で、何かがカチリと鳴るような奇妙な違和感を覚えた。ずっと昔に抜け落ちて、ぽっかりと空いていた魂の風穴。それが、温かい泥のようなもので塞がれていく感覚。
「やはり、君の魔法は『幻影』だったか」
杏子は弾かれたように手を振り払い、少し後ずさる。自分の最も脆い部分を覗き込まれたような焦燥感が彼女を襲った。
「マミに聞いたのか?」
「いいや、君の深層意識に触れたとき分かっただけさ。あの過去ごと、ね。……でも、もう使えるはずだよ。今の君なら」
玲華の言葉は酷くあっさりとしていたが、そこに嘘はないと杏子の直感が告げていた。
「そうかよ……サンキューな。恩に着るぜ!」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、杏子が槍を構える。その穂先の奥で、封印されていた赤き幻影の力が陽炎のように揺らめき始めた。
「いいか、君が決めろ。美樹君をあの泥沼から取り戻してみせろ」
「言われなくても!!」
その直後、人魚の魔女——オクタヴィアの巨大なサーベルが、玲華のポニーテールを数ミリの差で掠め飛ぶ。
「っと、危ないねぇ」
玲華は空中で体勢を立て直すと、愛銃デザートイーグルのリロードを瞬時に済ませ、大地を力強く蹴った。向かうはオクタヴィアではなく、彼女を支える結界の構造物。オーケストラを囲む、構造的に弱い巨大な椅子の根元へ向けて、50AE弾の雨を打ち続ける。
凄まじい轟音と共にワンマガジンを撃ち尽くすと、支えを失った椅子がひしゃげて崩落し、オクタヴィアが空宙へ放り出された。いや、彼女の性質上、それは虚空を「泳ぎ始めた」と言うべきか。
「逃がすかよ」
玲華は自身の腕から鮮血を噴出させ、それを瞬時に硬化させて巨大な「血の柱」を形成。それを足場にして一気に上空へと跳躍し、オクタヴィアの背後へと回り込む。魚の鱗のような滑る尻尾を強引に掴み、魔女の巨大な背中をよじ登った。
「”コール・パイル”!!」
玲華の腕の拡張装甲が変形し、重厚な金属音と共に巨大なパイルバンカーが形成される。彼女はそれを躊躇なくオクタヴィアの背面に深々と突き刺し、魔女の動きを完全に縫い留めた。
「今だ!!」
魔女の絶叫を掻き消すような玲華の声が、下で待機する杏子へと届く。
「今だ!!」
その声こそが、待ちに待った反撃の狼煙だった。
「喰らいな!! ”ファンタズマクライシス”!!」
杏子が槍を天高く掲げると、彼女の背後に無数の赤い幻影が展開される。それはやがて一本の巨大な炎の槍へと結実し、空中に縫い留められたオクタヴィアの胴体を容赦なく貫き、幾重もの光の鎖となって完全に縛り付けた。
悲痛な叫びを上げる人魚姫。その胸の奥底、深い絶望の殻の中に、彼女はいる。
「神様、今回ばっかりはやってくれ!!」
杏子は結界の天井から一直線に急降下し、魔女のコアに向かって決死の突撃を敢行する。分厚い魔力の障壁を自らの身体で抉り開け、その奥でうずくまる青い髪の少女へ、力いっぱい手を伸ばした。
「さやかぁっ!!」
その叫びと共に、杏子の手が、さやかの冷たい手をしっかりと掴み取ったのだった。
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数日後の、見滝原の通学路。嘘のように晴れ渡った空の下を、三人の少女が歩いていた。
「ふたりとも〜、早く行きますわよ〜」
「わかってるって、仁美。そんなに急がなくても遅刻しないよ」
「そうだよ〜、仁美ちゃん」
前を歩く緑色の髪の少女の背中を見ながら、さやかがふと首を傾げる。
「なんだか、仁美ちゃん変わったね。前よりずっとフランクになったっていうか」
「それこそ、今までお嬢様ぶって猫かぶってんじゃないの〜?」
まどかが冗談めかして笑うと、前を歩く”仁美”がクルリと振り返り、どこか底知れぬ笑みを浮かべた。
「アハハ〜、そうかもね」
その口調は、かつての彼女とは微かに違っていたが……平和な日常に戻ったさやかもまどかも、微塵も気づくことはない。
目の前で無邪気に笑う『志筑仁美』が、既に元の志筑仁美ではないという、その残酷な真実に。