星をみるひと   作:稲岸ゆうき

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第5話【秩序と覚悟】

 岸に戻ったアレサたちは、クラリスに連れられてきたハンナに事の次第を報告した。

 

 報告を受けたハンナは表情を曇らせ、しばらくの間思案する。

 

「わかりました。とりあえず、この件は私が預かります。あなたたちは、しばらくこのことは内密にお願いします。あまりにも……事態が大きすぎます。候補生のあなたたちが話せば、もしかしたら無用な騒ぎを起こすかもしれません」

 

 妥当な判断だろう。アレサたちももちろんそれに従った。

 

 

「私、まだ信じられません。星読みが星を消すなんて」

 

 シンシアが不安そうな様子でつぶやく。

 

「そうですね、私もにわかには信じられません。ただ、明日以降も実習は続きます。実習とはいえ、もちろん事故や命の危険はあります。こんなことがあった後で酷だとは思いますが、今はゆっくり休んで、明日以降に備えてください」

 

 事件を公にできない以上、実習の予定を変えることもできない。ハンナの言葉はもっともだった。

 

 アレサたちは不安な様子を拭えないながらも、ハンナに従ってその場は解散することにした。

 

 ただ、そのまま部屋に戻っても休めそうになかったので、アレサの提案で3人は観測室に向かうことにした。

 

 

「どうしてあの星読みは、星を消そうと思ったんでしょうか」

 

 観測室に向かう道すがら、シンシアがぽつりとつぶやく。

 

「さあね、私には見当もつかないわ」

 

「私も」

 

 クラリスの言葉にアレサも同意する。

 

「まあ、アレサは特にそうかもね。同じ規律違反にしても、アレサなら延命のほうがよっぽど現実的だわ」

 

「あらためて、私たちは星の命を左右してるんだね」

 

 だからこそ厳しい規律に従わなければいけない。そのこと自体はアレサも理解しているつもりだった。

 

 

 ただ、実際に星の声を聞いてしまうと、その決意が揺らいでしまうのも事実だった。助けを求める声に反して最期を看取るというのは、アレサにとって見捨てるという行為に等しいと感じてしまう。

 

「そうよ。だから私たちは情に流されちゃいけないの。星読みに必要なのは感情じゃなくて秩序よ」

 

 クラリスはいつも以上に強い口調で言った。

 

「秩序、か」

 

 アレサはつぶやく。

 

「あの星読みにとって、星を消すということが秩序を守ることなのかな」

 

「うーん」

 

 アレサの言葉に、クラリスは即座に否定せず、考え込んだ。即断即決のクラリスが言いよどむのは珍しい。

 

 

 観測室に到着したアレサたちは、会話もそこそこに切り上げて観測記録をつけることに没頭した。

 

 なんとなく、アレサはこれ以上この議論を続けることが怖かった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 翌日の実習は、それぞれが別の星を担当する個別実習をすることになった。先日の実習は初めてのことだったので全員一緒だったが、本来であれば星読みはひとりで行動する。

 

 先日の実習で、少なくとも全員が個人で実習を行えるとハンナが判断した結果だろう。

 

 アレサはうれしさ半分、不安半分といったところで、星の海へと漕ぎ出した。

 

 岸を離れてすぐはクラリスとシンシアの姿も見えたが、すぐに遠く離れて見えなくなる。

 

 

 暗い星の海で、アレサが漕ぐ櫂の軋みだけが耳に響く。静かな夜だった。

 

 空の暗闇は吸い込まれそうなほどに深く、少しでも気を抜くと船から落ちそうになる。今にも抜けてしまいそうな膝を叱咤し、アレサは一心不乱に目的地を目指した。

 

 ほどなくして目的の星にたどり着き、アレサは櫂を置く。

 

 星は弱々しく、今にも消えてしまいそうに頼りない。

 

「声は、聞こえない。よかった」

 

 アレサは胸をなでおろす。まだ、ひとりでいるときに目の前で声を聞いてしまって役割を全うできるか、正直不安だった。

 

 あれほど心待ちにしていたはずの声が、今は恐ろしい。

 

 

 アレサは星に手を伸ばし、指先で触れる。弱々しいが、確かな鼓動が伝わってくる。

 

「うん。大丈夫。あなたもまた輪廻に導かれ、新しい星になる。それまでしばらくの間、おやすみなさい」

 

 アレサがそうつぶやくと、星は返事をするように一度だけまたたき、そっと光を失った。

 

 アレサは両手を空に広げ、星が弾け夜空に溶けるのを見送った。

 

「よかった。迷わずに行けたみたい」

 

 アレサは櫂を持ち上げ、舳先を岸に向ける。

 

 

 岸が見えてきたころ、すでに戻っていたクラリスとシンシアが手を振っているのが見えた。アレサも不安定ながら、何とか手を振り返す。

 

 接岸すると、クラリスとシンシアが笑顔で出迎えてくれた。

 

「お帰り。ちょっと遅れたけど、まあまあってとこね」

 

「まあまあ。今回の担当はアレサさんが1番遠かったですから」

 

 クラリスの言葉をシンシアがたしなめる。

 

 

 船を係留したアレサを、ハンナも笑顔で迎えてくれた。

 

「お疲れさまでした。3人とも、滞りなく星の最期を看取ることができましたね。今回の実習も合格です」

 

「やった!」

 

 アレサたちはお互いに手を叩き合う。

 

「いったぁ……」

 

 アレサは両手を押さえてしゃがみ込む。思わず手を叩いてしまったものの、アレサの両手は相変わらずマメだらけだった。

 

 

「あらあら、すぐに医務室に行きなさい。ふたりも一緒に行ってあげると良いわ。そして、今日は早めにおやすみなさい」

 

「はい」

 

 アレサはクラリスとシンシアに連れられ、医務室に向かって歩き出す。

 

 

 医務室で手当てを受けた後、3人でしゃべりながら自室に向かっていると、3人の部屋の前に見慣れない星読みが立っていた。

 

 見かけはハンナよりも少し若い。柔和な雰囲気のハンナとは対照的に、どこかとげとげしい、近寄りがたい雰囲気の星読みだった。

 

「あなたたち、ハンナのところの候補生ね」

 

「そうですけど」

 

「私はサリア。ハンナの後輩ってところかしら。今回の候補生は優秀らしいから、少し様子を見に来たのよ」

 

 サリアはそう言って口の端を少しだけ持ち上げる。微笑んでいるのだとアレサが気付くのに、少し時間がかかった。

 

 

 アレサたちがそれぞれ自己紹介をすると、サリアはアレサたちの顔を確かめるように順番に眺めまわした。

 

「立ち話もなんだし、私の部屋に来ない? 最近のハンナの話とか、聞かせてほしいの」

 

「わかりました」

 

 断る理由も特にないので、アレサたちは素直にサリアの誘いを受けた。

 

 普段は星読みの居住区に候補生が立ち入ることはない。アレサにとっては珍しい光景で、きょろきょろと見まわしながらサリアの部屋について行った。

 

 

「さ、どうぞ」

 

 サリアに促され、3人は部屋の中に入る。アレサたちに椅子をすすめたサリアは、部屋の隅でお茶を淹れ始めた。

 

 相部屋のアレサたちの部屋と違って、個室のサリアの部屋は小ざっぱりとしていて、アレサの目にはやや殺風景に感じる。

 

 机の上にはきれいに整頓された本が並び、読みかけなのか平積みされている本には、無数のしおりが挟まれていた。

 

「あ、すごい。閲覧制限のかかっている本ばっかり」

 

 クラリスが珍しくはしゃいだ声を出した。

 

 

 資料室にある資料は貸し出しが可能だが、正規の星読みではない候補生には、持ち出し制限と閲覧制限の2種類の制限が課せられている。持ち出し制限は資料室の中なら閲覧が可能だが、閲覧制限がかかっている資料はそもそも読むことができない。

 

 正規の星読みになれば制限が解除されるので、資料室の資料は自由に持ち出すことができる。

 

 勉強熱心なクラリスにとって、制限のかかっている資料は強く興味を惹かれるのだろう。

 

「私も候補生のころ、先輩の星読みに同じことを言ったわ。私たち、気が合うかもね」

 

 サリアがアレサたちの前にカップを並べる。

 

 

「ハンナはどう? しっかりあなたたちの監督をしてる?」

 

「もちろんですよ」

 

 カップから口を離し、即座にアレサが答える。

 

「ハンナさんはすごく星に寄り添った考えを持っていて、小さいときからずっと私のあこがれです。ハンナさんみたいな星読みに慣れたら良いなって。ちょっと、今のところ望み薄な感じですけど……」

 

 勢い込んで話したものの、最後は消え入りそうな声になる。

 

 

「星に寄り添う。相変わらずそんな甘いことを言っているのね」

 

 サリアは目を細めながら言う。それは昔を懐かしんでいるというより、いくぶんか軽蔑の色がアレサには見て取れた。

 

「甘い、でしょうか。立派なお考えだと、私も思いますけど」

 

 シンシアが恐る恐るといった様子でアレサの言葉を肯定した。

 

「星に寄り添うということは、時に空の秩序と反目することもある。そういう意味では、甘いという側面もあるでしょうね。もちろん、先生はそんな未熟な人じゃないけれど」

 

 クラリスの言葉にサリアは口の端を持ち上げる。

 

「本当に、あなたとは気が合いそう」

 

 サリアの言葉に、クラリスは照れくさそうにカップの茶をすする。

 

 

「そう、星に寄り添うといえば聞こえは良いけれど、私たちは死神に他ならない。何よりも優先すべきは夜空の秩序であり、そのためには甘さを捨てなければならない。どうやらハンナはまだ懲りていないようね」

 

「死神」

 

 その単語に、アレサはどきりとした。

 

 星の死を看取る。それはとりもなおさず、数多くの星の死に立ち会うということ。時には寿命を迎えたのに消えない星を摘み取ることもある。それが星の輪廻を守るということ。アレサはまだ手のひらに残る感触を忘れていなかった。

 

 

「そう。甘さは秩序の妨げになる。私たち星読みに必要なのは、秩序を遂行する冷徹さと覚悟。ハンナもそのことは骨身にしみたはずなのにね」

 

 どうにもサリアの言葉は思わせぶりだった。

 

 ハンナの過去に何かあったことは確かだろうが、どうにもそのことについて具体的に話し出す雰囲気ではない。

 

「なんてね、少し脅かしすぎたかしら。ごめんなさい、ハンナの教え子に少し意地悪をしただけよ」

 

 サリアの雰囲気が緩み、室内を支配していた緊張が和らいだ。

 

 シンシアが呼吸を思い出したかのように、大きく息を吐く。

 

 

「実習終わりで疲れているのにごめんなさいね。話を聞かせてくれてありがとう。これ、お土産にすると良いわ」

 

 そう言ってサリアは戸棚から取り出した茶菓子を包んでくれる。

 

「わあ、ありがとうございます」

 

 シンシアが明るい声で礼を言いながら包みを受け取る。

 

 候補生は普段配給される食事ばかりなので、菓子類はめったに口にしない。口にする機会があるとすれば、こうして星読みや外部の人間からの差し入れがあった時くらいだ。

 

 

「また話を聞かせてちょうだい。特にあなた、クラリスだったわね。興味があるみたいだし、今度はゆっくり私の研究を聞かせてあげる」

 

「ぜひ、お願いします!」

 

 クラリスも弾んだ声で頭を下げた。

 

「アレサ。あまりハンナに毒されないようにね」

 

「私はハンナさんを尊敬しています。これまでも、これからも。星読みは死神なんかじゃありません」

 

 アレサは、サリアの意味ありげな視線をまっすぐに見据えてはっきりと答えた。半分は、自分自身に言い聞かせるためでもあった。

 

 

 ハンナは目を閉じ、呆れたように軽く首を振る。

 

「重症ね。まあ、あなたもそのうち思い知ることになるでしょう。星に寄り添うという蠱惑的な言葉が持つ無責任さを」

 

「ハンナさんの過去に何があったのか、私は知りません。それでも、私は今のハンナさんを信じます」

 

 「失礼します」と、アレサは頭を下げて、サリアに背を向けた。

 

 正規の星読みに対して礼を欠いたアレサの態度に、クラリスとシンシアは慌てた様子でサリアに頭を下げる。

 

 サリアは『気にするな』とでも言いたげに手を振り、クラリスたちを見送った。

 

 

「なんかちょっと怖い感じでしたけど、悪い人じゃなさそうですよね」

 

「正規の星読みよ? 悪い人なわけないでしょ」

 

「でも、なんかハンナさんのことずっと悪く言ってて、いやな感じ」

 

「まあ、確かに、何か遺恨がある感じだったわね。でも、私は、星読みとしてはサリアさんのほうが正しいと思う」

 

「裏切り者」

 

 アレサは恨めしげな視線をクラリスに送る。

 

「ばか、そんなんじゃないって」

 

「もー、ふたりとも喧嘩はやめてくださいよぉ。せっかくお菓子もいただきましたし、部屋で仲直りのお茶しましょう」

 

「別に喧嘩してるわけじゃないわよ。ねえ、アレサ」

 

「つーん」

 

「あ、何よ、そっちがその気なら」

 

 言いながら、クラリスもアレサが本気ではないと理解しているのだろう。

 

 半ばじゃれあうようにしながら、3人は自室に戻って行った。

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