「さようなら、殺せんせー」
「はい、さようなら」
椚ヶ丘中学校卒業式の前日、真夜中の校舎で。殺意を増すレーザーと三日月と、そして
俺たちは暗殺教室を卒業した。
卒業式から3週間後。桜の花が満開を迎えるなかで俺はこれから通う高校の校門の前に立っていた。それと同時に感じる寂寥感。
「3年間あいつらに会えないのか…」
これから通う高校は『高度育成学校』。今どき珍しい全寮制の高校で、しかも在学中は一切外部と連絡がとれない。人によってはとんでもないと思える代わりに希望した進学、および就職率が100%というとんでもない学校である。別にこの部分に惹かれたわけではないが、進路相談の時に
寧ろ俺が進学を決めた理由としてはこの学校は学費と生活費が一切かからないという稀有な高校だからである。ちなみに磯貝のやつはこの高校の存在を知って進学するべきか真剣に悩んでいた。1人は寂しいしあいつも来ればよかったのに。バイトしての仕送りはできないだろうけど。
「まあ、どうにでもなるよね」
学校から出れない以上校舎の手入れはみんなに任せることになるが、それはそれとして別に連絡が取れないわけではない。いくつか連絡手段は伝えているし、あまり頼りたくはないが律に頼めば外部との連絡なんてお茶の子さいさいだろう。─E組の仲間と直接会えないのは寂しいが。最悪の場合脱柵をキメてやろうじゃないか。
「…よし、行くぞ」
赤のブレザーなんて暗殺にはまるっきり向いていない格好に僅かばかりに目をやって、銃もナイフも持っていない手で軽く両頬を叩いてから俺は校舎の方へと歩き出した。
俺の配属されたクラスはDクラスだった。中学時代はEで次はDとは。これで2年になってCクラスだと笑うぞ。
期待と不安のざわめきに満ちる廊下を抜け、教室に入るとより一層のざわめきが俺を迎えた。もうほとんど生徒が席についている。どうやら俺はかなり遅くきたようだ。そう思って自分の先を確認するために教卓に足を向けて。
「…ん?」
視界の隅に入ったモノに眉を顰めた。それは少なくとも普通の教室には決してそぐわない、あるはずもないモノ。
(監視カメラ…?)
天井からぶら下がるカメラを見てすぐに頭の中で知りうる限りの監視カメラのカタログをめくる。幸運にも数ヶ月前に岡島と一緒に調べた情報は失われることなく脳内のデータフォルダに入っていたようだ。すんなりと一応のスペックを導き出せた。
(確かあの機種は画角が狭い代わりに高画質、および高品質での録音ができるタイプ。ただ画角が狭いとはいえあの位置、あの角度なら教室全体を見渡すには十分に過ぎる。今は後継機が出てるから俺たちは使わなかったが…出た時は紛れもなくハイエンドに分類されるはずのものだったはずだ)
そしてカメラは1つではなかった。パッと見た限りでも複数、わかりやすく設置されたものもあれば隠されたものもある。そんなものが何故ここに?コツ、コツと足音を立てて歩きながら考える。そして答えはすぐに出る。なんのために?決まってるだろ。
(…素行調査、あるいは問題行動の抑制。監視カメラがある、とわかるだけで犯罪率が抑制される、というデータはあったはずだ。そのため、なのか…?)
チラリと教卓の上に置いていた席順を確認したあと自席に向けて歩き出す。だめだ、答えが出ない。圧倒的に情報が足りない以上、結論なんて出るはずもない。調査が要る。違和感をただの違和感で終わらせないために。
はあ、と1つ小さなため息ををついてから自分の席につく。それから隣の席の方に目をやると、その席に座っていた女子生徒と目が合った。軽く会釈をしてから自己紹介をすべく口を開く。
「大石
「私は松下千秋。よろしくね。」
隣の生徒は感じのいい、ついでにかなり美人な女子だった。本来ならここで狂喜乱舞して矢継ぎ早に口を開いているところなのだが、どうもカメラの方が気になる。監視カメラ、監視。俺に対しての国からの監視か?ないな。それならあんな型落ちじゃなくてもっと新しいカメラを使うだろう。
「さっきから何考えてんの?」
顎に手を当ててぐるぐると終わらない思考に耽っていると、松下さんから声をかけられた。そこで一旦思考を区切って相手の方に顔を向ける。
「あのカメラが気になってさ」
「カメラ?」
どうやら松下さんは気づいていなかったらしい。俺が指差したカメラに気がついた彼女もまた、俺と同じように怪訝な顔をした。
「ほんとだ。なんであるんだろ」
「分からん。全く」
お手上げ、とばかりに肩をすくめてから頬杖をついた。それと同時にスーツを着た女教師が教室に入って来た。美人だ。顔には出さないが内心でスタンディングオベーションを決めておく。ビッチ先生には悪いが俺は黒髪派なのだ。
「えー、新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を教えている。この学校には学年ごとのクラス替えが存在しない以上、私が3年間担任になると思う」
ないのか、クラス替え。入学初日にして2年C組大石くんの野望は潰えた。1人こっそりと落胆している中、茶柱先生の説明は続く。
「今から配る学生証カード。その中のポイントを使い、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入できるようになる」
要は学内のみの通貨があるってことか。パチンコ店か何かか?いやペ●カっぽいしカ●ジの方かも知れん。どのみちギャンブルじゃねえか。
「そして学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものはなんでも購入可能だ」
…なんか今とんでもないこと言わなかった?なんでもって、説明の時にはそうそう言わないだろ。ほんとになんでも買えるのか?いや変なものを買う気はないが。
「それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれる。お前たち全員に10万ポイントが既に振り込まれているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。ただし─このポイントは卒業後にすべて学校側が回収することになっている。現金化はできないからポイントを貯めても得はないぞ」
…つまり10万円相当?おかしい。明らかにおかしい。ポイントの現金化ができないのはともかく、ただの高校生に10万円?あのクソ厳しい訓練と授業のある防衛大ですら月に15万円だぞ?違和感しかない。
「質問はないか?ないなら…」
茶柱先生の声にノータイムで挙手をする。違和感を違和感で終わらせるな。一見して不可解に思えるルールには必ずルールを作った人間の思惑が伴う。
「茶柱先生。質問いいですか」
「…ほう。いいだろう。何が疑問だ?」
周りの生徒からの好奇の目を気にせず立ち上がる。そんな俺に先生は面白いものを見るような目を向けた。
「仮に。仮にやむを得ない事情での退学や転校などに伴っての今まで使って来たポイントの返還はありますか?」
「ない。その場合は今所持しているポイントの回収だけだ」
茶柱先生の目に一瞬失望の光が浮かんだ。それを気にせず続ける。
「わかりました。次にこのポイントは毎月1日に振り込まれるとのことですが」
「ああ。間違いない」
「ポイントの増減、停止はありますか?それとも定額支給ですか?」
ピタリ、と。茶柱先生の動きが止まった。それからほんの僅かに─普通の人間ならば気付かないほどに口角を上げた。
「…どうしてそう思った」
「俺たちは義務教育を終えただけのただの高校生です。将来大成するかも定かでなく、国の役に立つと決まったわけでもない。そんな俺たちに実質月10万円の支給というのは不可解です。何せ国家公務員扱いである防衛大ですら給与は月におよそ15万円。そして退学、卒業後一定期間内の退職時にはそれまでの給与返還がありますから。いくら高校生と大学生─いや、公務員とはいえそれがないということに違和感を感じました」
つらつらと述べる俺の言葉にクラスメイトたちは納得を浮かべるものと鼻で笑うものとの2つに綺麗に分かれた。隣の松下さんは納得を浮かべるのと同時に面白いものを見る目でこっちを見ている。
「なるほど、防衛大を基準にしたか。進学希望か?」
「はい」
あんな大人になりたいと思った背中。人生においてなんの目標もなかった俺に初めて生えた目標。あんな大人になれるかは分からないけど、俺はできる限りああなりたいと思う。そのための最短ルートは、多分これだ。
「そうか。そこまで決めているなら必要はないかも知れんが、もし進路に困ったらいつでも相談してくれ。この学校からも防衛大への進学者は複数いる。相談に乗れるだろう」
そう言って先生は目を閉じた。
「質問は以上か?それでは良い学生ライフを送ってくれたまえ」
質問に答えない。強引に締めに行った先生にざわめきが走るが、俺は軽く一礼した後黙って席についた。
「今質問の答えなかったけど、いいの?」
「…よくはない。けど、どのみち多分答えはもらえないと思う」
小声で話しかけて来た松下さんに同じく小声で返す。
そう、多分先生は質問に答えなかったんじゃない。
「…思ったよりとんでもない学校なのかも」
ぼそっと呟いて窓の外を見ると、午前中であるにも関わらず白い三日月が出ていた。
大石 忍
元椚ヶ岡中学3年E組。出席番号はE-5。
暗殺のタイプ:個人主義が強い生徒
固有スキル:ステルス戦闘(4.5点)
体力:4点
機動力:4点
近接暗殺:3.5点
遠距離暗殺:4.5点
学力:4.5点
5部門トータル:20.5点
姿を隠してのトラップ設置や狙撃、情報収集を得意とする生徒。3年進級時は将来になんの目標もなかったが1年を通して烏丸に憧れるようになり、自衛官を志すようになった。
千葉と仲がいいが同時に速水と早くくっつけよじれってえなあとも思っている。