退学少年の栄達〜才能0と馬鹿にされた俺が世界を震撼させるまで〜   作:山川真水

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プロローグ
退学


「はっきり言います。私が今まで見てきた生徒……いえ、おそらくこの学園が創設されて以来、あなたほど才能のない生徒はいなかったと思います」

 

その言葉が、まるで鋭利な魔術のように僕の心臓を抉る。

 

「授業を真面目に聞き、実習にも真剣に取り組んでいたあなたに好意を持っているからこそ、私は事実を伝えようと思っているのです。イジメの件も教員が介入できる範囲には限界がありますし、何よりここの学費は決して安くありません。あなたの出身地であるパリガ村は国内でも有数の貧村です。ご両親の負担も相当なものでしょう?」

 

知っていた。

目を逸らし続けてきた事実が、頭の中で何度も反芻される。

 

昨年、十五歳の成人式で教会の人に「炎魔術の適性がある」と認められてから、この学園に入学するまで。

どれほどの村人が、僕のために血の滲むような思いでなけなしのお金を集めてくれたことか。

 

「炎魔術が優れていると言われる要因の一つに、コストパフォーマンスが非常に高い『ファイアエンチャント』の存在が挙げられます。赤ん坊程度の魔力ですら発動できると言われる魔術です」

 

入学してすぐに教わった炎魔術の基礎。

最初は僕以外にもできない子はいたけれど、一ヶ月も経つ頃には、僕以外の全員が当たり前のように使いこなしていた。

 

そんな、呼吸をするよりも容易いはずの魔術。

 

「『草』のように天賦の才を持つ人間にしか扱えない属性とは違い、炎は才能がなくとも強く使える魔術が複数存在します。それなのに、あなたは何一つとして習得できなかった」

 

その通りだ。

 

僕は『フラッシュ』も『ファイアーウォール』も『ファイアーボール』も。

五級とされる基礎魔術すら、何一つ使えなかった。

 

「悪いことは言いません。自主退学することが、あなたのためにも、そしてご両親のためにもなるでしょう」

 

聞きたくなかった。

 

僕のためにお金を集めて、数少ない備蓄食料を村中からかき集めて送迎会を開いてくれて、農作業の手を止めてまで都会まで送ってくれた村の人たち。

「村の誇りだ」と笑顔で背中を叩いてくれたあの人たちの期待を、裏切ることなんてしたくなかった。

 

「そんなに泣きそうな顔をしないでください。私はあなたを虐めたいわけではないのですから」

 

耳朶を揺らすのは、優しく、宥めるような声。

沈黙の末、担任が一枚の紙を差し出した。

 

「こうなるかもしれないと思って、あらかじめ自主退学の書類を作成しておきました。あなたはここに印を押すだけでいい。この半年間、あなたはただ悪い夢を見ていただけなのです」

 

村の人たちの願いを、期待を、夢を。

そのすべてを打ち砕く書類が目の前に横たわる。

分かっている。

これ以上ここに留まったところで、残りの二年半と膨大な学費をドブに捨てるだけだということを。

 

静まり返った事務室で、一秒一秒が重く通り過ぎていく。

 

「……わかりました」

重苦しい空気を跳ね飛ばすような乾いた音が、室内に響く。

担任がどこか満足げな苦笑を浮かべて書類を下げようとした、その瞬間に僕は印を押した。

 

「決心がついたのですね。こんな場所のことは忘れて、普通の人間としての人生を歩んでください」

 

苦しかった。

判を押せば楽になれると期待したが、泥のような罪悪感が足の裏にこびりついて離れない。

(まだ間に合う。今ならまだ取り消せる。絶対にここを離れるな)

心のどこかで誰かが叫んでいるようだった。

 

窓の反射で担任が事務室を去っていく背中を見届けると、足裏の罪悪感は胸の奥へとせり上がってきた。

 

蝉の声にかき消されていた理性が、ようやく少しだけ浮上する。

僕はもうここの生徒ではない。一刻も早く、この場所から立ち去らなければ。

 

トボトボと、カタツムリと競えるほどの速度で校門へと向かう。

道中、女子生徒たちが僕を指差して嘲笑う。後ろから蹴られ、頭から水を浴びせられる。

いつもの光景だ。

才能のない人間に、この学園に居場所などないのだから。

 

「おい、そんなくだらねぇことしてんじゃねぇよ」

 

声の主に気づくと、周囲の生徒たちは蜘蛛の子を散らすように離れていった。

 

「お前もやり返せばいいのに。なんでされるがままなんだ?」

 

僕を助けたのは、ヴィクトール・ド・ヴァランティーヌ。

本物の天才だ。

天才ゆえに、持たざる者の気持ちなんて理解できないのだろう。

 

「……僕、退学するから。もういいんだ」

 

「そうか。……なんか、悪かったな」

 

特に言葉を返すこともなく、校門へと歩を進める。

ヴィクトールが介入してくれたおかげで、それ以上の嫌がらせを受けることはなかった。

 

けれど、校門をくぐる瞬間。

校舎の窓から、校庭から、体育館から――ありとあらゆる場所から、嗤い声が聞こえた気がした。

 

「魔術適性なんて、なければよかったのに……」

 

蝉の鳴き声に塗り潰されるような小さな独り言をこぼす。

 

夕闇が迫っているというのに、蝉たちはまだ、騒がしく鳴き続けていた。

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