退学少年の栄達〜才能0と馬鹿にされた俺が世界を震撼させるまで〜   作:山川真水

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出会い

学生寮で荷造りを終えた後、僕は城壁を潜った。

 

この国――フレンダ国の首都ロートでは、城を囲うように四重の円形壁が築かれている。

 

最奥は上級貴族、次は中級、その次は僕が退学したアイビス魔術学園がある下級貴族と騎士の領域。そして一番外側が、平民たちの住まうエリアだ。

身分と実力で住む場所を分かつ、徹底的なカースト主義の国。

 

平民域を通り抜け、僕はロートの外へと足を踏み出した。

先ほどまでの喧騒が嘘のように、世界は静寂と闇に包まれる。

 

ガサリ、と茂みが揺れた。

ノソノソと、巨大なシルエットがこちらへ近づいてくる。

暗くて正体は分からないが、僕の三倍はあろうかという巨躯。それは明らかに、僕を獲物として定めていた。

 

恐怖で足が震える。

僕は、鞘が付いたままの剣を、ブルブルと震える手で化け物に向けた。

 

――だが、ふと気付けば、震えは収まっていた。

どうせ村に帰ったところで、みんなに合わせる顔なんてないんだ。

なら、いっそこのまま……。

 

僕は武器を投げ捨て、両手を思い切り広げた。

抵抗する意思がないことを伝えるために。

 

刹那、目の前で巨大な炎の柱が立ち昇った。

ゴウゴウと空気を焼く音。肉が焦げる、鼻を突く臭い。

もしかして、僕が――?

「おーい、大丈夫か? 少年」

淡い希望は、一瞬にして打ち砕かれた。

 

炎の向こうから、一人の男が歩み寄ってくる。

 

「危ないところだったな。目的地まで、この俺が送ってってやろうか?」

 

「……この炎柱が僕のものじゃないなら、僕も一緒に焼いてほしかった」

 

小声のつもりが、ぽろりと口から漏れてしまった。

ハッとして顔を上げる。頼むから聞こえていないでくれ――そんな願いも虚しく、男はポリポリと気まずそうに後頭部を掻いていた。

 

「えーっと……何か困り事か? 俺で良ければ、相談に乗るぞ?」

 

「……いえ、違うんです。ごめんなさい、今の言葉は忘れてください」

 

「流石に忘れられるセリフじゃないぞ、それは」

 

「本当に気にしなくていいですから! 助けていただき、ありがとうございました。一人で帰れますので……」

 

「そうは言ってもな。俺の勘が、お前を一人にするなと言ってるんだ」

 

「……本当に大丈夫ですから、一人にしてくださいよ!!」

 

叫ぶように、突き放すような言葉を投げつけた。

男は顎を触ったり側頭部を掻いたり、苦笑を浮かべながらも、決して僕から目を逸らさなかった。

 

少しの沈黙の後、彼が僕の頬にハンカチを当てた。

そこで初めて、自分が泣いていることに気がついた。

一度自覚してしまうと、抑えられないほどの涙が津波のように溢れ出してくる。

 

彼は、僕が落ち着くまで何も言わずに待ってくれた。

しばらくして涙が止まった頃、彼が静かに口を開いた。

 

「風の噂で聞いた。炎の適性がありながら、才能不足を理由にアイビス魔術学園を去った生徒がいると。……君のことか?少年」

 

言葉にはせず、小さく、首を縦に振る。

 

「ちょうどいい、俺は君を探していたんだ!」

 

「……え?」

 

「自己紹介がまだだったな。俺はレオ・ブライト。グレッド魔術団の団長をやっている」

 

その名に、息が止まりそうになった。

炎魔術師の頂点。世界最高峰の実力を誇る、人類の英雄。

僕が十歳の頃から憧れ続けてきた、最も尊敬する人物。

 

「なんで……僕みたいな落ちこぼれを探してたんですか?」

 

「実は俺も、君と同じだったのさ。才能なんて欠片もなかった」

 

「そんなの嘘だ! じゃあ、なんで英雄なんて呼ばれるほど凄い魔術が使えるんですか。……励ましなら、もういいですよ」

 

期待が、冷たい現実によって決壊する。この人は優しいのだろう。だから、僕を勇気づけるために自分を下げるような嘘を言っているんだ。

 

「嘘じゃないさ。俺が使っているのは――普通の魔術じゃなくて、『黒魔術』だからな」

 

…………。

 

「は……?」

 

脳が理解を拒絶した。英雄の口から出たのは、禁忌の言葉。

 

黒魔術、禁忌とされる魔術。

 

といっても黒魔術そのものが危険というわけではなく黒魔術を使うと使用者が徐々に生きたまま壊死していくという身を削る術。

 

また、黒魔術の特徴として魔術の見た目が黒くなるなどの副次的効果もある。

 

さらに、黒魔術は魔界の力なので未だにほとんど解明されておらず危険な可能性が高いのと魔界と人間界で表向きは平和条約が結ばれているので、下手に魔界側を研究して戦争を起こすわけにもいかないので世界で禁術とされている術。

 

「いくら励ますためとはいえ、言っていいことと悪いことがあります。誰かに聞かれでもしたら……」

 

突如、レオの掌に「黒い炎」が灯った。

どろりと、闇を溶かしたような不気味な炎。

 

「黒魔術ってのは、一般的に知られているよりもずっと奥が深いんだ」

 

黒い炎が、一瞬で鮮やかな赤へと変色する。

 

「力が欲しそうだし、君なら気に入ってくれるんじゃないかと思ってな」

 

禁忌の力。ダメだと分かっている。

 

けれど、これがあれば村のみんなの期待を裏切らずに済むかもしれない。……いや、でも黒魔術師だとバレれば即刻指名手配だ。家族を悲しませるわけには。

 

「いい顔をするようになったな。実は黒魔術のデメリット……身体の壊死には、抜け道がある」

 

断ろうとしたはずなのに、僕は彼の説明に聞き入っていた。

 

「自分の魔力量を超えて使うから壊死するのさ。だが、自身の許容範囲内で使えば、そのリスクは帳消しにできる」

 

「でも……僕には魔力量そのものが、ほとんどなくて……」

 

「関係ない。黒魔術の魔力量は、契約した悪魔の格で決まるからな」

 

あまりにも、甘美で魅力的な誘惑。

 

説明が終わると同時に、レオの背後に赤紫の紋章が浮かび上がった。

そこから這い出てきたのは、禍々しい一躯の悪魔。

 

「こいつは上位悪魔だ。紙切れで契約するような雑魚とは格が違うぞ」

 

『ふざけるな、貴様との契約は終わったはずだ。なぜまた別の契約を別の人間と――』

 

「ごちゃごちゃ煩いんだよ」

 

ボゥ、とレオが指先を鳴らすと、悪魔の手が燃え上がり、悲鳴と共に沈黙した。

 

「黒魔術は、適性のある系統なら大抵使えるようになる。隠し方は俺が叩き込んでやるよ」

 

レオが悪魔の掌を開かせると、そこには不気味な紋章が刻まれていた。

 

「掌をこの紋章にかざせ。そうすれば――お前も今日から、魔術師だ」

 

恐怖はある。倫理観が「やめろ」と叫んでいる。

けど。

だけど―― ―― ――。

 

その日、僕は『黒魔術師』になった。

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