退学少年の栄達〜才能0と馬鹿にされた俺が世界を震撼させるまで〜   作:山川真水

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濡れ衣

「容疑者をリストアップしてきました」

 

翌日、魔術団の団長室にて、ティアラは精査された分厚い書類をレオの机へと滑らせた。

 

レオは視線を落とし、書類に並ぶ名を確認すると、じろりと圧をかけるような視線をティアラに投げかけた。

 

「……三人並んでいるのはいいが、この『ブハイル』は行方不明者だろう。なぜこいつを本命のようにピックアップしたんだ?」

 

事件当日、スライドの前哨基地で見張り番を務めていた剣術団員、ブハイル。

 

レオの鋭い追及に、ティアラは待ってましたと言わんばかりの自信満々な笑みを浮かべ、昨日必死に仕立て上げた濡れ衣を披露しだす。

 

「その通りで、この子が私の本命なんですよ。理由は四つほどあります」

 

ティアラは流れるように指を一本ずつ立てていく。

 

「一つ目。ハンス君たちの証言にある『凄腕の剣術士であり、かつ一切魔術を使わなかった人物』という特徴に、剣術専任のブハイルは完全に一致します」

 

「二つ目。その剣術士はすでに死亡しており、死体もレオさんが森ごと綺麗に燃やし尽くしちゃったため、今さら骨の照合すら不可能なこと」

 

「三つ目。スライドの前哨基地ではロート兵の死体しか見つかっておらず、肝心のスライド構成員や、ブハイルを含む剣術団員の死体が現場から綺麗に消え失せていること」

 

「そして四つ目。私が周辺の足取りをまとめた結果、事件当日の時系列は『スライド基地の強襲』→『ロート内での右翼貴族息子の誘拐』→『街道でのハンス君との交戦』→『トロール奪取』→『再度ハンス君たちとの交戦』という順序で進んでいるんですよ」

 

レオは手元の詳細報告書とティアラの書類を照らし合わせながら、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……矛盾はない。だが、どうにも釈然としないな」

 

「では、これを見てもそう言えますか?」

 

ティアラがさらに突き出したのは、一枚の書状だった。

 

「お前が仕留めたっていう、スパイの手紙か?」

 

「そうです。彼はこの街に来たばかりのくせに、なぜかロートの機密情報を的確に握っていた。おかしいと思いませんか?」

 

レオの目の色が変わる。

 

「……先に潜り込んでいた『別のスパイ』が、こいつに手引きをしていたと?」

 

だが、レオはすぐにまた怪訝な表情に戻った。

 

「なら尚更違和感だ。そこまで深く潜入している内通者がいるなら、リスクを犯して新しいスパイを外部から引き入れる意味がない」

 

「ご指摘はもっともです、レオさん。でも、お忘れですか?」ティアラはふふん、と鼻を鳴らした。「私が捕まえたウィルは『ヴァンパイア』のスパイ。そして今回のトロール強奪は『スライド』の仕業。――つまり、送り主の組織が違うんですよ」

 

ティアラはさらに追い打ちをかけるように、偽りの調査結果を並べ立てた。

 

「住民や剣術団の聞き込みの結果、ブハイルとウィルが裏通りで何度か密会していた目撃証言も取れました。ブハイルの家計はここ最近の失政で下流貴族に転落し、酷く困窮していた。金に困った彼が、二つの組織を相手に二重スパイの真似事をしていた……安易ですが、これ以上の動機はないでしょう?」

 

レオはティアラの話を遮るように書類を叩きつけると、品定めするように彼女の目を、顔を、じっと凝視した。

 

「……この書類が、捏造ではないという証拠は?」

 

「鑑定士にも、住民にも、どうぞお好きなだけ確認してください。人間の証言に信憑性がなくとも、魔法痕跡の鑑定結果は嘘をつきませんよ?」

 

レオは無言で立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。

 

一人残された団長室で、ティアラはふぅ、と息を吐き、優雅にお茶を啜り始めた。

 

なぜこれほどの余裕を保てるのか。それは、鑑定士たちを金で買収したからではない。彼らが「極めて真面目に仕事をした結果、偽の鑑定結果が出向くように」ティアラが現場を軽くいじったからだ。

 

彼女は昨夜、スライド基地に赴き腐食魔術を用いて遺体の腐乱度を少しだけ進め、他の不都合な死体をすべて深い土中に埋めて隠滅した。

 

そして今朝、腐食魔法で埋めた死体は全て土中で分解させた。

 

現在ロートにいる鑑定士のレベルでは、ティアラの魔術痕跡を見切れる者は存在しない。

 

まさに、完全犯罪。

 

ハンスたちに敗北した時は流石に肝を冷やしたが、蓋を開けてみればレオは「トロールを持ち出したスライドの真意」に完全に翻弄されている。

 

ティアラの当初の目的であった「トーナメントの改ざん疑惑」など、レオの頭からは完全に消し飛んでいるはずだった。

 

すっかり上機嫌になったティアラが二杯目のお茶を飲み干した頃、バン、と勢いよく扉が開いた。

 

「……書類の記載は、すべて事実だと確認が取れた。今回の件は、ブハイルを主犯として処理する」

 

レオはデスクに腰掛け、迅速に戦後処理のサインを走らせた。一通りの作業を終え、ふぅと深く息を吐いて背伸びをしたレオの肩を、ティアラが後ろからツンツンと突つく。

 

「ね? 私、すごく役に立ちましたよね?」

 

ニカッと無邪気に笑う彼女の顔を見て、レオの張り詰めていた肩の力が抜けたようだった。彼は自嘲気味に、ぽつりと漏らした。

 

「あぁ、全くだ。……俺はなんで、お前のことを疑ったりしてたんだろうな」

 

まるで犯した過ちを懺悔するかのような口ぶりだった。

 

「よく考えなくても、お前が本気で裏切る気なら、こんな小規模な事件で収まるはずがないって分かるのにな」

 

憑き物が落ちたような顔で、レオはティアラに向き直った。

 

「何度も疑って悪かった。気を悪くしないでくれ。……これからも、よろしく頼む」

 

「いいんですよ。終わり良ければ全て良し、って言いますしね!」

 

差し出されたレオの手を握り返しながら、ティアラは胸の中で勝利の鐘を鳴らしていた。

 

(やった……! レオさんはもう、私が敵である可能性をこれっぽっちも考慮していない!)

 

張り詰めていた緊張の糸が解け、生の実感を噛み締めながら、ティアラは同時に、心の底から強く強く誓った。

 

(これからは、絶対にこんな無茶な事絶対にしないって誓おう……。もう二度と、あんな怖い思いも疲れることもしたくないしね…!)

 

ティアラの「綱渡りの夜」は、最高の形で幕を閉じた。

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