退学少年の栄達〜才能0と馬鹿にされた俺が世界を震撼させるまで〜 作:山川真水
「明かり役にハンス、治癒役にセクナさん、前衛の戦闘員は僕だ。君は衝動的な行動で僕たちを危険に晒すだけだし要らないよ」
そう吐き捨てると、ヴィクトールは振り返ることもなく洞窟の奥へと進んでいった。
「あの、ウルグ……気を落とさなくていいと思うよ。ウルグだって強いから……さ」
慰めのつもりで口にした言葉だったが、言った直後に僕はハッとした。
武闘会でもついさっきの戦闘でも、ヴィクトールとの圧倒的な実力差を見せつけられたばかりのウルグにとって、「強い」という言葉はかえって残酷な棘になってしまう。
けれど、他にどんな言葉をかければいいのか分からなかった。
実際にウルグの短絡的な行動のせいで、敵に襲撃を知らせてしまったのは否定しようのない事実だ。ヴィクトールの言い草は過激だが、指摘自体は一つも間違っていなかったからだ。
「いいぜ……あいつの言う通り、俺は帰るわ。お前ら、頑張ってこいよ」
ウルグは悔しそうに奥歯を噛み締めた。そして僕に背を向けながら、地を這うような低い声で激励を投げかけてくる。
「ダメだよ、こんな所で帰っちゃ……!」
「いや、俺はいない方がいい。危険度が低い任務とは言っても、命を預け合う仲なのに喧嘩してちゃ命取りになる」
もっともらしい理屈を並べながら、ウルグは自分を納得させるように来た道を歩む足を止めなかった。
「でも、評価とかにも関わるし……初任務で仲間割れして帰還したなんて上に知られたらさ……」
「俺の問題だ。お前には関係ないだろ」
突き放すような冷たい言葉に、僕の心が折れそうになる。焦りが募り、僕は思わず口を走らせてしまった。
「でもさ、次の戦闘とかで挽回できるかもしれないじゃん……!」
最悪な事を言ったとすぐに猛省した。
ウルグはさっきの戦闘でまさにそれをやろうとして、ヴィクトールにすべてを奪われたのだ。だからこそ、心を折られてしまったというのに。
「ハンス。お前が俺を引き止めたいってのは分かった。だから、俺も本心から話そう」
ウルグが足を止め、振り返った。その表情には、いつもの自信に溢れた面影はなかった。
「俺はあいつが嫌いだし、……怖いんだよ。自分がどうしようもなく弱いってことを、これ以上突きつけられたくない。だから、一緒にいたくないんだ。……頼むから、このまま帰らせてくれ」
すべてを吐露したウルグの姿は、ひどく小さく、弱々しく見えた。
その瞬間、自分の無力さを徹底的に突きつけられて、すべてを諦めて退学しようと決意したあの時の僕の姿が、今のウルグと痛いほどに重なった。
「僕はさ」
僕はゆっくりと、けれど真っ直ぐにウルグを見据えた。
「僕は弱いから、ウルグが近くにいてくれないと不安なんだ」
本当なら、全てを話してしまいたい。けれど今はセクナさんも近くにいる。
だから、ただ今僕が君に対して抱いている感情だけを、そのまま吐き出そうと決めた。
「ウルグが前で僕を守ってくれるから、僕は安心して戦える。予選で戦った時、僕がどれだけ怖かったか……その恐怖が、ウルグの強さを知らせてくれたから。」
「スライドの剣術士と戦った時もそうだ。僕一人じゃ完敗した相手だったのに、ウルグがいてくれたから勝てたんだよ」
一歩、ウルグへと足を踏み出す。
「ウルグが本心から話してくれたから、僕も本心で話したよ。僕には、ウルグが必要なんだ。だから……一緒に来てほしい」
理屈じゃない、ただの我が儘で感情的な引き止め方だ。だけど、この言葉には一切の嘘も偽りもないことだけは、天に誓える。
本心から紡がれた言葉は、まるで熱い炎のようになって、ウルグの心にまとわりついていた氷を着実に溶かしていった。
「……そこまで言うならよ。まあ……うん」
歯切れの悪い返答をしながらも、ウルグの足は完全に止まっていた。
「早く来てくれ! さすがに暗くて僕一人じゃ進めない!」
洞窟の奥から、ヴィクトールの急かす声が響き、僕の意識は現実に引き戻された。
「僕は行くよ。でも、いつまでもウルグが来るのを待ってるから。帰るなんて言わないで、一緒に戦ってよ」
それだけ言い残し、僕は洞窟の奥へと足を踏み入れた。セクナさんもアワアワと慌てながら僕の後を追ってくる。
まだ地上からの光が届く境目で、僕は最後に一度だけ後ろを振り返った。
暗がりの中、ウルグの足先がしっかりと洞窟の方を向いているのが見えた。その瞬間、僕の胸は、何よりも心強い安心感で満たされていた。