ポケットモンスター 窓際警部の逆転劇。あなぬけのヒモ一本で、悪の組織を全滅させて、壊れた世界を繋ぎ直す話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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Nという鏡

イッシュ地方、カノコタウンへと続く寂れた街道の果て。かつてプラズマ団の居城がそびえ立っていた場所の近くで、俺は一人の少年と対峙していた。

 

「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」

 

冷たい風に混じった潮騒を聞きながら、いつものモノローグを心の中で繰り返す。だが、目の前に立つ緑色の髪をした少年の瞳を見た瞬間、その言葉は空虚な響きを増した。彼の瞳は、あまりにも澄んでいて、同時にこの世のすべての痛みを知っているかのように深く沈んでいた。

 

「……話を聞かせてくれるかい。国際警察の捜査官」

 

少年、Nが静かに口を開いた。彼の周りには、数匹の野生のチョロネコやハトーボーが、まるで親しい友人のように寄り添っている。

 

「プラズマ団の残党、七賢人はすべて確保した。……君が彼らにとって何を意味していたのか、俺なりに理解したつもりだ」

 

俺は努めて事務的な口調で言った。だが、俺の手がモンスターボールに伸びることはなかった。隣にいるグレッグルも、戦う意志を見せず、ただじっとNのことを見つめている。

 

「彼らは僕を王と呼び、理想を託した。でも、僕はただ、ポケモンの声を聞きたかっただけなんだ。人間がポケモンを傷つけ、道具として扱う世界……それが『正義』だというのなら、僕はそんな正義なんていらない」

 

「……。君の言いたいことはわかる。俺もイッシュを歩き、七賢人たちと対話して、世界の歪みをこの目で見てきた」

 

俺はコートのポケットの中で、あなぬけのヒモを握りしめた。

 

「だが、世界は白か黒かだけで割り切れるものじゃない。善の中にも悪があり、悪の中にもまた、誰かを想う心が宿っている。君を担ぎ上げたゲーチスの野望は論外だが、君に付き従った者たちの中には、本当に世界を良くしようと願った者もいたはずだ」

 

「……そうだね。でも、その結果がこの孤独だ」

 

Nは優しくハトーボーの頭を撫でた。

 

「君たちは法を守るために戦う。でも、その法は誰のためにある? 傷ついたポケモンたちの涙を、法は拭ってくれるのかい?」

 

Nの問いは、鏡のように俺の心に突き刺さった。国際警察という組織に属し、名前さえ剥奪された俺。記憶を失い、組織の都合で再利用されている俺。俺が守っている「平和」とは、誰のためのものだ。

 

「……君の瞳を見ていると、鏡を見ているような気分になるよ、N」

 

俺は自嘲気味に笑った。

 

「俺もまた、組織という大きな枠組みの中で『王』ならぬ『駒』として生きてきた。正義という名の服を着せられ、自分の名前すら忘れさせられてな。君が感じていた孤独の、ほんの一部かもしれないが、俺にはわかる気がするんだ」

 

「……君も、戦っているんだね。自分自身の正義と」

 

Nが初めて、俺の目を見て微笑んだ。それは、赦しのような、あるいは共鳴のような柔らかな表情だった。

 

「法は、すべてを救うことはできない。だが、俺たち大人は、その不完全な法を抱えながら、それでも誰かのために泥を啜らなきゃいけないんだ。君のような少年が、一人で孤独を背負わなくて済むように」

 

「……。ハンサム、君は不思議な人だ。組織の犬の匂いがするのに、その心は誰よりも自由を求めている」

 

Nはハトーボーを空へ放し、俺に背を向けた。

 

「僕はこれからも旅を続ける。ポケモンと人間が、本当の意味で理解し合える日を探して。……君も、自分の『本当の名前』を探し続けるんだろう?」

 

「……ああ。そうだな」

 

Nの姿が、夕闇の向こうへと消えていく。俺はそれを追うことをしなかった。無線機からは、本部の冷徹な声が「状況を報告せよ」と繰り返している。

 

俺は無線機のスイッチを切った。

 

「グレッグル。……俺は決めたぞ」

 

グレッグルが顔を上げ、期待を込めた目で俺を見た。

 

「組織の犬として、誰かの決めた正義をなぞるのはもう終わりだ。俺は、俺自身の目で真実を見極める。たとえそれが、国際警察への反逆になるとしてもな」

 

俺は握りしめていたあなぬけのヒモを、そっとポケットに戻した。このヒモはまだ、俺を過去の呪縛から引きずり出してはくれない。だが、Nという鏡に映った自分自身の「孤独」を認めたことで、俺の心に新しい灯火が宿った。

 

俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ。

 

だが、これからはその不釣り合いな名前を、俺自身の意志で、名もなき正義のために使ってやる。

 

俺は踵を返し、摩天楼の灯りがまたたく都会の方へと歩き出した。背後で、冷たい風が砂埃を舞い上げ、すべてを消し去っていく。それでも、Nと交わした「対話」の熱だけは、俺の胸の中で確かに生き続けていた。

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