ポケットモンスター 窓際警部の逆転劇。あなぬけのヒモ一本で、悪の組織を全滅させて、壊れた世界を繋ぎ直す話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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路地裏の天使マチエール

ミアレシティの夜は、眩いばかりのイルミネーションに彩られている。だが、その華やかな光が路地裏の湿ったコンクリートに届くことはない。入り組んだ回廊の奥底には、常に冷たい風が吹き溜まっている。

 

「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」

 

ハンサムハウスのデスクで、俺は独りごちた。

かつては巨大組織の一員として、世界の命運を左右するような事件を追っていた。だが今の俺は、カロス地方の片隅で、迷子のトリミアンや、落とした買い物袋の行方を追うしがない探偵だ。この静かな生活こそが、俺がイッシュで組織に背を向け、選び取った「答え」だったはずだ。

 

「おい、グレッグル。今日こそは……何か温かいニュースが欲しいな」

 

相棒のグレッグルは、不敵な笑みを崩さぬまま、喉を小さく鳴らした。その瞳は、事務所の重い鉄の扉を見つめている。

 

トントン、と遠慮がちなノックの音が響いた。

 

「はい、ハンサムハウスだ。入ってくれたまえ」

 

扉を開けて現れたのは、ボロボロのパーカーを羽織った一人の少女だった。まだ10歳を過ぎたばかりだろうか。汚れの目立つ身なりをしていたが、その瞳だけは、ミアレの星空よりも強く澄んでいた。

 

「……ここ、なんでも助けてくれる探偵さん、いる?」

 

「ああ。どんな些細な悩みでも、俺の力が及ぶ限りはな。お嬢さん、名前を聴かせてもらってもいいかな」

 

「……マチエール。名前、それだけ」

 

少女——マチエールは、緊張で強張った表情のまま、俺の前に座った。彼女の肩には、小さなニャスパーが寄り添うように乗っている。

 

「それで、マチエール。俺にできることは何だい? 悪い奴に追いかけられているのか、それともお腹が空いているのか」

 

「……お腹、空いてる。でも、それよりも、友達がいないの。ミアレの路地裏で、みんなが怖がって、私とこの子に石を投げてくる」

 

マチエールは、震える手でニャスパーの頭を撫でた。

 

「この子は何も悪くないのに。みんな、変な噂をして……。おじさん、この子を守ってくれる?」

 

俺は胸の奥が、熱いナイフで抉られたような痛みに襲われた。

組織という高い場所から世界を見ていた頃には、決して視界に入らなかった景色。この煌びやかな都市の足元で、ただ生きる場所を求めて震えている小さな命。

 

「……マチエール。そのニャスパーは、君の大切な相棒なんだな?」

 

「うん。……家族、なの」

 

家族。

その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に1枚の光景がフラッシュバックした。10年前のあの落日、俺の盾となって次元の裂け目へと消えていった、かつての相棒グレッグルの姿。

 

俺は、救えなかった。

法を守り、組織の駒として戦うことに必死で、一番近くにいた大切な存在を、その温もりを守りきれなかった。

 

「……わかった。マチエール、今日から君は俺の助手だ」

 

「……じょしゅ?」

 

「ああ。ハンサムハウスは今、深刻な人手不足でね。君のような、ミアレの路地裏に詳しく、ポケモンを家族のように大切にできる優秀な助手を探していたんだ」

 

俺は立ち上がり、引き出しの奥から1枚のパンを差し出した。

 

「まずは、腹ごしらえだ。話はそれからにしよう。……それと、この事務所の掃除も手伝ってもらうぞ」

 

マチエールの瞳に、初めて小さな光が灯った。彼女はニャスパーと顔を見合わせ、それから恐る恐るパンを受け取った。

 

「……おじさん、本当に、いいの?」

 

「俺は嘘をつかない。……それに、俺のような不器用な男には、君のような明るい天使が必要なんだ。ミアレの路地裏を照らすための、な」

 

マチエールがパンを頬張る様子を、俺は静かに見守った。グレッグルも、彼女を歓迎するように「ゲコッ」と短く鳴いた。

 

俺のポケットには、今もあの「あなぬけのヒモ」が入っている。

過去の罪、失った相棒、組織の闇……。そこから抜け出せない自分自身を縛り付ける象徴だ。

 

だが、マチエールの震える小さな手を見た時、俺は悟った。

俺がこの街に来たのは、逃げるためじゃない。

誰かのために、大人としての責任を果たすためだ。かつて少年から学んだ「責任」の重さを、今度はこの少女のために注ぐのだ。

 

「マチエール。君が笑っていられる間は、俺はこの街のどんな闇も、必ず払ってみせる」

 

「……うん! よろしくね、ハンサムさん!」

 

マチエールの屈託のない笑顔が、薄暗い事務所をパッと明るく照らした。

失った相棒の面影を重ねているだけかもしれない。それでも、この瞬間、俺の心に宿った父性のような熱は、決して偽物ではなかった。

 

俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ。

だが、この少女のヒーローでいられる間だけは、その名前に少しだけ誇りを持てるような気がしていた。

 

ミアレの夜風が窓を叩く。

新しい「家族」との日常は、こうして、ひっそりと、だが力強く始まった。

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