ポケットモンスター 窓際警部の逆転劇。あなぬけのヒモ一本で、悪の組織を全滅させて、壊れた世界を繋ぎ直す話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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上司と部下の距離感

アローラの夜は、湿度を含んだ密やかな熱を帯びている。メレメレ島のモーテルの一室、安物のシーリングファンが緩慢に回る下で、俺は支給されたばかりの端末を見つめていた。

 

「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」

 

口に馴染んだその言葉が、今の俺には苦い砂を噛むような響きを持って聞こえる。国際警察特捜官。その肩書きは今、かつての先輩であり、今は俺の上司となった女性、リラによって管理されている。

 

「ハンサム特捜官、次の座標を転送しました。遅れないように」

 

端末から聞こえるリラの声は、機械の電子音よりも冷たく、そして正しい。十年前、彼女が俺の「部下」として戦っていた頃の、あの情熱的な瞳を知っている俺にとって、今の事務的なやり取りは胃の奥を焼くような痛みを伴う。

 

「了解した、リラ局長。現地へは0200時までに到着する」

 

俺はあえて、不自然なほどに「部下」としての敬語を徹底した。彼女に過去を思い出させてはならない。彼女が記憶を失い「フォール」となったのは、他でもない、俺が彼女を守りきれなかった結果なのだから。

 

「ゲコッ……」

 

グレッグルがベッドの脇から、俺を咎めるような、あるいは哀れむような声を出す。

 

「わかっているさ。……嘘をつくのは、捜査官の基本スキルだろう? だが、これほど難しい嘘は、長いキャリアの中でも初めてだ」

 

俺はトレンチコートを羽織り、夜の街へと飛び出した。

指定されたポイントは、波の音が間近に聞こえる寂れた海岸線だった。月光を浴びて白く光る砂浜に、一人で立つ影がある。リラだ。

 

「リラ局長、遅くなりました」

 

「いえ、時間通りです。……ハンサム、一つ聞いてもいいですか?」

 

彼女は海を見つめたまま、振り返らずに言った。

 

「何でしょうか」

 

「あなたは、なぜ私の顔を直視しないのですか。報告を受ける時も、すれ違う時も、あなたは常に私の視線から逃げているように見える」

 

俺は喉の奥が乾くのを感じた。

 

「……ベテランの癖ですよ。相手を観察しすぎると、かえって予断を生む。国際警察の基本教本にも書いてあることだ」

 

「嘘ですね。あなたは私に対して、罪悪感……あるいは、それ以上の何かを抱えている。私の記憶の欠落と、あなたの隠し事が、同じ形をしているような気がするのです」

 

リラがゆっくりと振り返る。その瞳は、十年前と同じように鋭く、だが決定的に「俺」を忘れていた。そのことが、今この瞬間も俺を切り刻む。

 

「局長の思い過ごしだ。俺はただの、組織の歯車にすぎない。……それより、調査の結果を」

 

「……。ええ、そうしましょう。この地点でウルトラホールの残留磁気を感知しました。UBの再来は、もはや時間の問題です」

 

リラは再び冷徹な上官の顔に戻り、ホログラムを展開した。俺はその横顔を、彼女に気づかれないよう盗み見る。もし俺がここで「先輩、あなたは十年前の……」と口にすれば、彼女の欠けた記憶は繋がるかもしれない。だが、その記憶の先にあるのは、相棒を失い、異界の毒に浸された自分という絶望だ。

 

今の彼女は、記憶を失ったことで、皮肉にも「冷徹なエリート局長」という居場所を組織に見出している。それを奪う権利が、俺にあるだろうか。

 

「ハンサム。……あなた、そのポケットに入れているヒモは何ですか?」

 

リラが、俺のコートからはみ出していた「あなぬけのヒモ」に目を留めた。カロスでマチエールに預けてきたはずのそれは、結局、俺の迷いそのものとして再び俺の手元に戻っていた。

 

「これか。……これは、俺がかつて『迷子』だった頃の忘れ物だ。いつか、自分という迷宮から抜け出すための……いわば、お守りのようなものさ」

 

「お守り、ですか。……刑事にしてはセンチメンタルですね」

 

リラが、わずかに口角を上げた。その一瞬の表情に、かつての彼女の面影が重なる。

十年前。夕暮れの作戦本部で、彼女が俺に見せた「部下」としての信頼の笑顔。

 

「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」

 

俺は再び、心の中で自分を呪った。

上司と部下。嘘と真実。俺たちの距離感は、この青い海よりも深く、そしてアローラの太陽よりも残酷に照らされている。

 

「局長、そろそろ戻りましょう。夜風が毒に変わる前に」

 

「……。ええ。戻りましょう、ハンサム特捜官」

 

二人の影が、白銀の砂浜に長く伸びる。

決して交わることのない平行線のまま、俺たちはそれぞれの闇へと歩き出した。

俺のポケットの中で、あなぬけのヒモの結び目は、より一層、固く、解けそうにないほどに締まっていた。

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