ポケットモンスター 窓際警部の逆転劇。あなぬけのヒモ一本で、悪の組織を全滅させて、壊れた世界を繋ぎ直す話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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世界に、ハンサムな明日を

アローラの喧騒が遠い夢のように感じられるほど、その島は静かだった。波打ち際に打ち寄せられる白い泡が、午後の柔らかな光を反射して爆ぜる。組織の闇を暴き、すべてを捨てた俺たちがたどり着いたのは、地図の端に記された名もなき海岸だった。

 

「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」

 

砂浜に腰を下ろし、俺は独りごちた。かつては自分を縛る呪文のようだったその言葉も、今はどこか遠い異国の旋律のように響く。隣では、リラが潮風に髪をなびかせながら、水平線の向こうを見つめていた。彼女の腕には、あの日俺が渡したあなぬけのヒモが、今はもう結び目を作ることなく、ただの1本の紐として緩やかに巻き付いている。

 

「ハンサム。……そんな顔をしないでください。私たちは負けたわけではありません。ただ、少しだけ大きな自由を手に入れただけです」

 

「自由、か。……国際警察を追われ、世界中のエージェントにマークされている身でそれを言うのは、いささか楽観的すぎるんじゃないか、局長」

 

「リラ、と呼んでください。もう組織の肩書きは、海の藻屑に消えました」

 

リラはふっと微笑んだ。記憶のすべてが戻ったわけではない。だが、彼女の瞳には「フォール」としての怯えではなく、今この瞬間を自分の足で立っている者の強さがあった。

 

「ゲコッ……」

 

足元でグレッグルが欠伸をする。10年前の因縁も、次元を越えた死闘も、この穏やかな陽光の下ではすべてが等しく過去へと溶けていくようだった。

 

俺はコートのポケットを探り、指先に触れた古い感触を確かめた。あなぬけのヒモ。記憶を失い、ホウエンの波打ち際に倒れていた俺を、今日まで導いてくれた唯一の「絆」。

 

「……これを、手放す時が来たようだ」

 

俺は立ち上がり、波打ち際まで歩いた。

 

「ハンサム? 何を……」

 

「これは、俺が俺であるための杖だった。だが、もう杖はいらない。俺には……俺をハンサムだと呼んでくれた連中がいる。ミアレで待っているマチエールや、俺の正義を信じてくれたあんたがいる。それだけで、俺はどこへだって行ける」

 

俺は大きく腕を振りかぶり、そのヒモを海へと投げた。ヒモは空中で弧を描き、青い水面に飲み込まれていく。過去の未練も、自分を許せなかった罪悪感も、すべてをあなぬけのヒモに託して。

 

「さようなら、俺の迷い。……そして、よろしくな。俺の明日」

 

海面を見つめていると、不意に懐の端末が震えた。国際警察の回線ではない。特注の、限られた人間にしか教えていない暗号通信だ。

 

『おじさーん! 聞こえる? ミアレは今日も平和だよ! ……でもね、裏路地の方でちょっと変な噂があるの。ねえ、いつ戻ってくるの? コーヒー、冷めちゃうよ!』

 

マチエールの元気な声。それから、ニャスパーの鳴き声。

 

「……やれやれ。英雄さんは相変わらずお忙しいようだ」

 

俺は苦笑し、端末を閉じた。

 

「行くのですか?」

 

リラがいつの間にか俺の横に立ち、まっすぐな瞳を向けていた。

 

「ああ。世界のどこかで誰かが泣いている。法では裁けない悪が、組織の陰でのさばっている。……そんな場所がある限り、俺のバケーションは終わりそうにない」

 

俺はトレンチコートをバサリと翻し、カバンから小道具を取り出した。使い古された変装用の付けヒゲだ。それを鏡も見ずに丁寧に装着し、帽子のつばを深く下ろす。

 

「ハンサム。……あなた、本当にかっこ悪いですね」

 

「最高の褒め言葉だ。……さて、リラ。あんたはどうする? 追われる身の変装の達人に、ついてくる勇気はあるか?」

 

リラは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐにフーディンのモンスターボールを握りしめ、凛とした声で応えた。

 

「私を誰だと思っているのですか。……あなたの正義を見届けるのが、今の私の任務です」

 

二人の影が、砂浜を離れて歩き出す。

 

「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」

 

モノローグを口にしながら、俺は一歩を踏み出す。

これから先、どんな困難が待っているかはわからない。名前も、顔も、身分も捨てて、ただの「名もなき正義」として歩み続ける道。

 

だが、俺の心は晴れやかだった。

付けヒゲを直し、不敵な笑みを浮かべる。

世界のどこかで、助けを求める声がすれば、俺はいつでもそこに現れるだろう。

 

世界に、ハンサムな明日を。

その願いが届くまで、俺たちの旅は終わらない。

 

砂浜に残された足跡は、潮が満ちるたびに少しずつ消えていく。

だが、そこに刻まれた男の矜持だけは、太陽が沈んだ後も、消えることなく輝き続けていた。

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