ポケットモンスター 窓際警部の逆転劇。あなぬけのヒモ一本で、悪の組織を全滅させて、壊れた世界を繋ぎ直す話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
コトブキシティの片隅、夜の静寂に包まれたテレビコトブキの裏手。俺は街灯の届かないベンチに深く腰掛け、1通の封書を眺めていた。シンオウ地方でのギンガ団壊滅という大戦果。本来なら、シャンパンの1本でも開けて祝うべき場面だろう。だが、手元にある紙切れには、そんな晴れがましさは微塵もなかった。
「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」
独り言が、冷たい夜風に吹かれて散る。隣ではグレッグルが、いつも以上に不気味な静けさで夜の闇を凝視していた。こいつも感じているのだろう。この封筒から漂う、インクの匂いさえ隠しきれない異様な「毒」を。
「お疲れ様です。ハンサム特捜官」
闇を割り、聞き覚えのある声が届く。国際警察の連絡員だ。影の中から現れたその男は、表情を一切変えず、軍人のような正確な動作で俺の前に立った。
「……報告書は提出済みだ。プルートの身柄も引き渡した。これ以上の御用は何だ? せっかくの休暇を邪魔しに来たわけじゃないだろう」
「新たな指令です。上層部からの特命、最高機密に属する案件です」
俺は鼻で笑い、封筒の端を指で弾いた。
「特命? 俺のような泥臭い現場の刑事に、椅子に座っている偉いさんたちが何を期待しているんだ」
「あなたの現場での適応能力、そしてシンオウで示した『未知の事象』に対する耐性が評価されました。……今回の件、ターゲットは人間でも、既存のポケモンでもありません」
連絡員の目が、一瞬だけ鋭く光った。彼は声を一段低くし、周囲を警戒しながら続けた。
「コードネーム、UB。……ウルトラビースト。異次元から現れる、既存の生態系を根底から覆しかねない危険個体群の掃討および調査です」
「UB……? 初耳だな。そんなものが本当に存在するというのか」
「事態は深刻です。これまでの組織犯罪とは次元が違います。ハンサム特捜官、あなたは本日付でシンオウを離れ、極秘プロジェクトの専従要員として異動していただきます」
連絡員はそれだけを言い残すと、返事も待たずに再び闇の中へと消えていった。残されたのは、俺とグレッグル、そしてベンチに置かれた「黒い辞令」だけだ。
俺は大きくため息をつき、空を仰いだ。シンオウの夜空は、あの日、槍の柱で見た歪んだ空とは違い、平穏そのものに見えた。だが、その向こう側には、まだ俺たちが知り得ない底知れぬ闇が広がっているのだ。
「……掃討、か。穏やかじゃない言葉だ」
グレッグルが短く鳴いた。同意しているのか、それとも無謀な任務への警告か。
「グレッグル。俺たちはこれまで、悪い奴らを法の名の下に捕まえてきた。それは、この星に住む連中のルールだったからだ。だが、そのルールが通用しない相手が、空の向こうから来ているとしたら……」
俺は辞令を握りしめた。紙がクシャリと音を立てる。
「上層部は何を隠している。未知の脅威を前にして、なぜ俺のような男を呼ぶ。……俺はただの刑事だ。神を相手にするつもりも、異次元の化け物と心中するつもりもない」
だが、拒否権などないことはわかっている。俺という人間が、国際警察という巨大な歯車の一部に過ぎないことも。
「……やるしかないか」
俺は立ち上がり、ベンチを後にした。シンオウで出会ったあの少年の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎった。彼が旅しているこの世界を、得体の知れない「外側」の連中に踏み荒らさせるわけにはいかない。それが、大人としての、そして警察官としての、俺の最後にして最大の意地だ。
「行くぞ、グレッグル。新しい現場は、どうやら地面の上だけじゃなさそうだ」
グレッグルは俺の影に寄り添いながら、ゆっくりと歩き出した。夜のコトブキシティに、俺の足音が静かに響く。
手元に残った黒い辞令。それは、平穏な日常の終わりと、名もなき正義を貫くための長い長い旅の始まりを告げる弔鐘のように聞こえた。
俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前を背負った男。これから向かう先が奈落の底であっても、俺は俺の正義を、この泥臭い足取りで運び続けるだけだ。
さらばだ、シンオウ。夜明けと共に、俺は姿を消す。名もなき、一人の特捜官として。