ポケットモンスター 窓際警部の逆転劇。あなぬけのヒモ一本で、悪の組織を全滅させて、壊れた世界を繋ぎ直す話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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ハンサム、再誕

バトルリゾートの潮風は、どこまでも能天気で、記憶を失った俺の焦燥をあざ笑うかのように吹き抜けていた。俺は海岸沿いのベンチに座り、指先で1本のあなぬけのヒモを弄んでいる。

 

「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」

 

口に馴染んだその独白は、もはや習慣に近い。だが、今の俺にとってそれは自分を定義する唯一の楔だった。このリゾートの人々が、冗談めかして俺をそう呼んでから数日が経つ。記憶の欠片は依然として霧の向こう側だが、この名前を名乗る時だけ、胸の奥で何かが呼応するのを感じていた。

 

「おい、あんた。いつまでそうやってヒモを見つめてるんだ?」

 

声をかけてきたのは、数日前に俺を波打ち際から引き揚げてくれた宿の男だ。

 

「……別に、いつまでというわけでもない。ただ、これが俺を繋ぎ止めている気がしてな」

 

「ははっ、相変わらず難しい顔をしてる。だが、あんたのそのコート姿、だいぶ様になってきたじゃないか。ボロボロだったのを洗って正解だったな」

 

「……ああ、感謝している」

 

男は俺の隣に腰を下ろし、水平線を指差した。

 

「そんなにハンサムな面構えをしてるんだ、過去がどうだろうと関係ないさ。ここで新しい人生を始めればいい。あんた、バトルセンスも悪くないって評判だぞ」

 

「新しい人生……か」

 

その言葉が胸に落ちる。確かに、過去を捨ててここで「ハンサム」という名の陽気な住人として生きる道もあるだろう。だが、俺の手の中にあるヒモが、それを許さなかった。これは、どこかの闇で俺を待っている、あるいは俺が守るべきだった「誰か」との契約のように重い。

 

その時、リゾートの桟橋に1隻の黒い小型船が接岸した。

 

船から降りてきたのは、南国の景色にはあまりにも不釣り合いな、ダークグレーのスーツを着た2人の男たちだ。彼らの身のこなしには、一般人にはない独特の鋭さと、組織的な規律が宿っていた。

 

「……来たか」

 

俺は本能的に察した。彼らは俺を探している。いや、「抹消したはずの遺失物」を回収しに来たのだ。

 

「ハンサムさん。あいつら、あんたを見てるぜ? 知り合いか?」

 

宿の男が不審そうに呟く。俺は何も答えず、ベンチから立ち上がった。逃げるつもりはなかった。むしろ、彼らの正体を知ることこそが、俺が「再誕」するための儀式だと直感していたからだ。

 

男たちは真っ直ぐに俺の元へ歩み寄り、周囲の空気を凍らせるような冷徹な視線を向けた。

 

「……個体識別番号、確認。生存は事実だったか」

 

一人の男が、感情の欠落した声で告げる。

 

「あんたたちは誰だ。俺をどうするつもりだ」

 

「我々は国際警察。貴官……いや、死んだはずのハンサム特捜官の遺品、および機密情報の回収に来た。大人しく同行願いたい」

 

国際警察。その言葉が耳に入った瞬間、俺の脳裏に激しい閃光が走った。

 

暗い取調室。鳴り止まない通信機。そして、俺の後ろを歩いていたはずの、小さな相棒の気配。

 

「……特捜官。それが俺の、本当の姿か」

 

「過去を思い出したところで無意味だ。貴官の記録は既に抹消されている。今の貴官は、国際警察という機構にとって存在してはならないエラーだ」

 

男の一人が懐に手を伸ばす。それは交渉ではなく、強制的な排除の合図だった。

 

「待てよ」

 

俺は一歩前に出た。恐怖はない。むしろ、自分をエラーと呼ぶ組織の傲慢さに対して、心の底から冷ややかな怒りが湧き上がっていた。

 

「俺の記憶が消えていようと、記録が抹消されていようと、俺が今ここで呼吸している事実は消せない。……そして、俺の手にはまだ、このヒモが残っている」

 

俺はあなぬけのヒモを男たちの前に突き出した。

 

「これは、俺が『誰かを助ける男』であった証拠だ。あんたたちがどれほど冷酷な組織だろうと、俺の魂まで抹消することはできない」

 

「……くだらん感傷だ。排除しろ」

 

男がモンスターボールを構えたその時、背後から鋭い制止の声が響いた。

 

「そこまでよ。それ以上は、私の権限で認めないわ」

 

波止場の影から現れたのは、白いスーツを着こなした女性だった。彼女の瞳には、先ほどの男たちとは違う、深い知性とわずかな動揺が混じり合っていた。

 

「リラ……長官」

 

男たちが驚愕して直立不動になる。リラと呼ばれた女性は、真っ直ぐに俺を見つめた。その瞳を見た瞬間、俺の記憶の奥底にある「10年前の落日」が、かすかに震えた気がした。

 

「彼は死んでいない。そして、国際警察は有能な捜査官を理由もなく切り捨てるほど、余裕のある組織ではないはずよ」

 

「しかし、彼は記憶を失っており、フォールとしての不安定さも……」

 

「その全責任は私が持つ。彼を本部に保護しなさい。再教育の後、現場に復帰させる」

 

リラは俺に近づき、至近距離で足を止めた。彼女からは、潮風とは異なる、理性的で少し切ない香りがした。

 

「……ハンサム。その名前、気に入っているの?」

 

「……名乗るたびに、自分が不釣り合いだと感じる。だが、これ以外に俺を呼ぶ言葉を、俺は持っていない」

 

リラは微かに微笑んだ。それは、再会を喜ぶ友人というよりは、壊れた器を慈しむ職人のような眼差しだった。

 

「いいわ。その名前で呼び続けましょう。あなたがあなたを取り戻すまで」

 

俺はリラと共に、黒い船に乗り込んだ。

 

遠ざかっていくバトルリゾート。砂浜に倒れ、名前すら忘れていた漂流者としての俺は、今ここで死んだ。そして、偽りの名を本物の使命へと変えるための、新しい「ハンサム」が生まれる。

 

「……俺はハンサム。世界で一番、不釣り合いな名前の男だ」

 

船の甲板で、俺は自分に言い聞かせた。

 

これから向かう先には、俺を見捨てた組織の闇と、失われた相棒の謎が待っているだろう。だが、もう迷いはない。俺の手には、あなぬけのヒモという絆があり、目の前には、俺を「特捜官」として呼び戻した者がいる。

 

「再誕、か。悪くないな」

 

俺はポケットにヒモをしまい、水平線の向こうに見える次の目的地——イッシュ地方へと視線を向けた。国際警察特捜官、ハンサム。その第二の人生が、今、荒波の中で幕を開けた。

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