セミナーの仕事は忙しすぎる   作:あさなが

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セミナーの仕事は忙しすぎるし、砂漠の夜は寒すぎる
オレのダチ公に挨拶しな


 

 

 

001

 

 オフロードを走る時の心構えで一番大事なのは、路面の高低差に抗おうとしないことだ。車体の揺れにある程度身を任せて、力の方向へ体を流す。それをせずに余計な力をかけてしまうと、かえって体は不安定になり、体力は消耗するし車酔いするしで最悪の結果を招くことになる。車体の制御と同じように、自分の体も制御しなければ、道なき道を走り切ることなどできない。武道で言う自然体ってやつだ。下手に構えないほうが安定する。

 

 その部分が理解できていないから、さっきから先生はハンヴィーの横で長々しく嘔吐しているわけだ。こんな道端——このゴーストタウンに道なんてものがあればだが——に幅の広い車を停めて、あとちょっとでアビドス対策委員会の待つ校舎があるってところで。時間を考えると、昼飯がまだだったのは幸運だったと言えるだろう。忙しくて十分な朝飯が食べられなかったのか、胃の中に大した固形物が入ってなかったことは、不本意ながら目撃してしまった先生の吐瀉物から把握できた。もしこれで昼飯をしっかり食べていたら悲惨だった。吐き出される物の量とか、あと見た目とか。

 今は胃の内容物をすっかり吐き出して、時折に胃液をえうえうやってるだけだ。そろそろ不快感もおさまる頃だろう。乗り物酔いなら一回全部出してしまえば吐き気も治る。

 

「その、なんと言うか……。大丈夫ですか?」

「うぅ、ああ、うん。ちょっと落ち着いてきたかな。もう少しだけ休ませてほしい」

「それはぜひ休んで欲しいですけど」

 

 僕はボンネットに座って辺りを見渡す。ここは、昔は車通りも多かったであろう大通りのど真ん中だが、今となっては、打ち捨てられた廃屋の間にヒビと穴だらけの道路が死体みたく横たわっているだけの場所だ。倒れかかった案内看板だけが辛うじて、ここがアビドス第四校舎の近くであることを教えている。いつかの頃は住宅地として賑わいを見せていたのだろうが、すでにその栄華は見る影もない。文明という長大な幻想の脆さが浮き彫りになったような光景だ。盛者必衰をうたう風の声だけが僕たちに何かを伝えようと鳴り続けている。辺りの亡骸となった構造物たちは何も語らない。

 近くにヘルメット団は見えないから、しばらく停まっていても問題はないだろう。こんな砂漠で立ち往生ってのは良い気がしないけど、そもそもすぐ後ろで成人男性が吐いている時点で良い気なんてものは望むべくもない。

 いや、せっかくだしここはポジティブに考えよう。アビドス砂漠に水を撒くことで、ささやかながら緑化活動に貢献したってことでどうだ。砂漠化を止める志を持った人間ってことで、小鳥遊ホシノに気に入られたりしないかな。しないか。普通に胃酸だもんな。生えてた苗も枯れるわ。

 

「もしかしてってのもおかしいですけど、先生って車酔いする方ですか?」

「いや、普段は大丈夫なんだよ。ただその、いかんせん揺れが多すぎてさ」

「ああ、身体が都会に適応しすぎたんですね」

「これってそういうことなの? 私だけの責任じゃないと思うんだけど」

「僕の記憶が確かなら、なるべく急いで、って注文したのは先生でしたよね?」

「ああ、そうだった。何分か前の私が考えなしだったのか……」

「まあ、僕の配慮が欠けてたってのもありましたけど。それについては謝ります」

「いいよ、無茶な運転をさせたのは私だし」

 

 優しいなあ先生は。普通にいつも通りアクセル全踏みで飛ばしてただけなんだけど。ちょっとしたジェットコースターとして楽しんでただけなんだけど。そんな僕でも許してくれるなんて懐が深い。懐の中のものが全部口から出てきちゃったから、いつもより深くなってるのかな?

 先生のかすかな呻き声を聞きながら、僕はハンヴィーのトランクを開ける。中にはヴァルキューレの装備と、いろいろな種類の弾薬に手榴弾、おまけ程度の食料と飲料水が積み込まれている。アビドス特有の事情によるものだろうか、遭難した時のための信号弾と信号拳銃が予備の予備まで備えられている。僕は水の入った二リットルのペットボトルを取り出して、先生の前に置いた。ついでに、僕が常備してるミントタブレットも。

 

「とりあえず、口を濯ぐのと水分補給に、これを。胃の中身を全部出しちゃったんですから、水分を摂らないと脱水症状になりますよ?」

「ああ、そうだね……。ありがとう」

「それが終わったら出発しましょうか。こんな砂漠に長居するのは、あまり良い考えとは言えません」

「またこれに乗るのか……。ねえ。あとどれくらい運転したら、アビドスに着くのかだけ聞いてもいい?」

「時速八十キロで、十分ってところですかね。丁寧な運転がご希望なら、もうしばらくかかりますけど」

「てことは、十三キロぐらいか。最後の一踏ん張りだな」

「もっとゆっくり行っても良いんですよ? 急ぎの用事ってわけでもないでしょう」

「せっかく手紙をくれたんだし、早く行ってあげたいんだよ。アビドスの子たちは今も苦しんでるからね」

「人助けをする前に、まずは自分の体を労ったほうがいいと思いますが——」

 

 そこまで言いかけて、僕の言葉は自然に止まった。砂漠の風に紛れて、何か異なる性質の音波が、僕の鼓膜を揺らした気がした。

 

「どうしたの?」

「静かに。聞こえますか?」

 

 二人して沈黙。意図的な静寂を作り出すと、先ほどより明瞭な形で、どこか遠くからの音を聞き取ることができた。停滞と寂滅が支配する砂漠のなかで、その音は明確な異物として認識することができた。トタン屋根に雨が当たるような小さく断続的な音と、何か大きなもの同士が衝突するような音。ただの砂漠では鳴り得ない、破壊的で人工的な音。

 キヴォトスで生きていると、こんなような音は日夜を問わず耳にする。これは爆発音だ。どうやら誰かが大暴れしているらしい。いや、誰か、なんてものではない。音の種類はかなりの数が聞こえる。おそらく、大規模な戦闘行為。

 

 事態に気付いた先生は、眉を寄せて深刻な顔になる。誰かが撃ってるってことは、誰かが撃たれてるってことだ。そんな当たり前のシナリオを頭に思い浮かべて、僕たちは日常から脳を切り替えた。

 

「これは……」

「どこかで、誰かが戦っているようですね。かなりの規模ですよ。北西の方角、アビドス校舎がある方向です」

「手紙にあった、地域の暴力組織かな」

「急いだほうが良さそうですね。乗れますか?」

「ああ。すぐ向かって」

 

 重いドアを勢い良く開けて、僕と先生はハンヴィーに乗り込んだ。エアコンを切らさないためにエンジンをかけっぱなしにしておいたのは最高の判断だった。一気にアクセルを踏み込むと、けたたましいエンジン音とともに、砂埃を巻き上げながら走り始める。

 

 風を置き去りにするような速度で走っていると、次第にアビドスの校舎が近づいてくる。それに連れて周囲の建物の様相も変わり、ここまでの道中に見てきた崩れかけの建物たちを思うと、なかなかに立派と言えるものたちが並び立ちはじめた。校舎の近くの地区は、未だ学園都市の様相を呈してるようだ。その姿は、ひとときは最大版図を誇った偉大なるアビドスを思い起こさせたが、近付くにつれ薄くなっていく砂煙は、その巨躯が埃にまみれた死に体であることを徐々に暴き立てていった。老朽化した鉄筋コンクリートは外壁のあちらこちらで剥離していて、いずれも砂を被って色褪せている。この街と同じように、建物もすんでのところで踏みとどまっているようだ

 それでも現校舎のある一帯にはまだ人の名残があるようで、生活の気配が見て取れる。地価のバランスが狂っているのか、空き家を間隙にして人家と商店が所々に立ち並ぶ奇妙な光景だ。都市の研究材料としては面白い。ミレニアムの都市工学部が興味を示す街並みだろうな、なんて関係無いことを考えた。

 

 校舎の見える通りに出ると、爆発の衝撃波が直で伝わってきた。まだ距離は遠いが、ヘルメット団らしき人影が校舎を取り囲んでいるのが見える。集団の後方にいる人物が、ロケットランチャーらしきものを校舎めがけて撃ち込んだ。盛大に火花が上がる。さっきから聞こえている爆発音の正体はこれだろう。

 

「おそらく、撃ってるのは地元のヘルメット団ですね」

「なんだって? エンジンがうるさくて聞こえない!」

「ああ、失礼。この辺りで停めましょうか。あれをなんとかするための作戦も、練る必要がありますし」

 

 通りの路地に車体を隠してエンジンを切る。あの騒動の向こうに対策委員会の面々がいるのだろう。

 だけど、これはちょっと変な状況だ。僕の記憶だと、原作はこんな展開ではなかった。これはおそらく、僕が迎えに行ったことで先生の到着が早まった事に由来するものだろう。二、三日のズレは大した事ないだろうが、目の前で繰り広げられているこの戦闘行為については話が別だ。多分このまま放っておいても、対策委員会の面々はヘルメット団を追い返す事に成功するだろう。しかし、このまま事態が収束するまで黙って見ているってのは、隣に先生が乗っている状況だと難しい。

 僕たちは路地に停めたハンヴィーから降りて、建物の影から、大騒ぎしているヘルメット団の動向を覗く。車から降りると、彼女らのパーティーが生み出す騒音がより身近になった。銃声や爆発音が生み出す衝撃波がびりびりと全身を震わせる。EDMフェスか紛争地帯かってくらいのダイナミックな音響効果だ。人によっては、この振動でアドレナリンが出るって奴もいるんだろう。だけど僕はそういう人種とは全く違う。僕の辟易は一層加速した。

 

「念のために聞いておきますけど、あの戦闘に干渉するつもりはありますか?」

「もちろん。私に助けを求めた学校が襲撃されているんだ。困っている子を放ってはおけないよ」

「そうでしょうね」

 

 聞いてみただけ。

 聞いてみたはいいものの、この状況をどうしようって手立てはさっぱり見当がついてない。いくら、こっちにはシッテムの箱とそれを操る先生の指揮があるといっても、これでは多勢に無勢ってやつだろう。いや、初めからそう悲観するもんじゃない。もしかしたら、原作で八面六臂の活躍を見せていた先生の指揮能力なら、この状況を見事に逆転する一手を打てるのかもしれない。

 そんな希望的観測を抱きながら、僕は先生に問いかける。

 

「ですが、ここから一体どうするつもりです? アビドス側と挟む形になっているとはいえ、向こうはこちらを味方とは認識していませんよ。下手に手を出したら、最悪、あの不良たちとアビドスをまとめて敵に回す可能性すらあります」

「そうだね……。今、手元にはどんな武器があるんだっけ?」

 

 僕は左右両側の腰に着けているホルスターから、それぞれ銃を取り出す。どちらもM1911のカスタム品だ。右手には、黒を基調とした六インチスライドの、攻撃的なイメージを纏う一品。左手には、白を基調とした優雅で装飾的な一品。両者共に.45acpだ。

 戦う用事がない時はどちらか片方、その日の僕の気分や出先の雰囲気に合わせたトーンの物を持っていくのだが、今日は両方とも腰に携えている。せっかくのS.C.H.A.L.E勤務初日だから、僕の愛銃を先生に自慢してやろうと持ってきたんだけど、どうやら功を奏したらしい。

 

 マガジンはそれぞれ、刺さっているもの一つに予備が二つずつ。どちらも十発装填のものだ。三十かける二つで六十発は撃てる。.45acpは入手性が高いから、足りなくなっても近くの自販機か、最悪倒した不良から奪えるだろう。弾数に関しては心配の必要がない。

 

「僕がいつも使っているハンドガンが二つ。予備弾も問題ありません。強いて問題と言えば、あの数を相手にハンドガンは火力不足って点でしょうか」

「火力を補う方法はない? 爆発物とか」

「それなら、この車のトランクに。あの連中全員を吹っ飛ばせるほどのものじゃないですけど」

 

 僕はハンヴィーのトランクを開ける。目立った武器といえば、ヴァルキューレらしい塗装が施されたSIG556が二挺と、弾がいくらか。それと、手榴弾が五個。心許ないったらありゃしない。

 

「これじゃ状況の打開は難しいでしょうね」

「そうだね。武器はともかく、彼我の人数差は埋め難いギャップだ。……ねえ、もし相手の数が少なかったら?」

「ある程度は話が変わるでしょうが、それだって限りはありますよ。戦闘員が僕一人なら、一度に相手できるのは五人が限界です。戦う場所が広ければもっと少ない」

「数を減らすなら、あの集団を二つに分けるか……。この車の防弾性能はどれくらい?」

「携行火器程度なら貫通しませんが。まさか、この車を囮にして釣るってことですか?」

「うん。うまく半分に分かれたら、アビドスの負担もかなり減るし、あの数の半分なら、狭いところに逃げ込めば、一度に相手する数はかなり減るでしょ? 相手するのも楽になると思う」

「問題は、あのランチャーを持ってる奴ですね。あれSMAWですよ。ハンヴィーじゃ一発くらったらおしまいです」

「なるほど……。近付いただけでアウトの可能性もあるか。厄介だね」

 

 ましてや、このハンヴィーには車体の側面に大きく「K.S.P.D」と描かれている。あの不良たちにとっては最大の敵だ。ここで駐車しているのを見つかっただけで蜂の巣にされてしまうだろう。

 

 こうなると途端に打つ手が限られてしまう。そもそも僕は根っからのキヴォトス人ってわけじゃないから、銃撃戦はそこまで得意じゃない。事務作業や他校との折衝ならともかく、こう武力が必要とされる局面になると、他の生徒たちのような働きはできないのだ。もしオリジナルの宮乃瀬ナギだったら、こんな時には喜び勇んであの集団に突っ込んでいくのだろうが。

 そもそも、小さい子供の頃から銃撃戦に慣れ親しんでいる他のキヴォトス住民とは戦闘歴ってやつがまるで違う。その経験の差をひっくり返せるかもしれない、小鳥遊ホシノのような()()とやらもピンとこないし。

 

 ほんと、つくづく思う。僕に地球を真っ二つにできる威力の銃弾が撃てたらなって。そんな空想、無意味な夢物語の現実逃避に過ぎないわけだけど。もしそんな芸当ができたら、あの集団にそれを撃ち込んで、全員まとめて吹き飛ばしてそのままアビドス高校の校門にゴールインなのに。

 

 ——いや、それは案外に良い考えかもしれない。

 

 瞬間。僕の発想は一瞬で超常的なまでに飛躍し、荒唐無稽な場所に着地した。思わず笑みが漏れる。長く暮らしているだけあって、僕もキヴォトスに順応してきたのかもしれない。

 ハンヴィー側面の装甲を拳で叩く。かなり硬い。これなら多少の障害物も突っ切ることができるだろう。ここからアビドス高校の校門まではだいたい百メートル。道中に目立った障害物のないストレート。充分なスピードは乗る。

 

 地球を真っ二つにできるほどの威力はないけれど。少なくとも、あのヘルメット団の集まりを真っ二つにできるほどの威力を持った一撃なら、ここにあるものだけで叩き込める。

 

「先生。良い考えを思いつきました。乗ってください」

「ん? 良いけど、どんな考え?」

「最もシンプルな解決策です。おまけにプリミティブで、フィジカルで、ちょっとだけフェティッシュな」

「どういうこと、何をしようとしてる?」

 

 僕はエンジンをつけて、路地からバックで車を出した。そのままアビドス高校の正門に正対する位置まで動かす。ここまで来たら、ハンドルを切る必要はない。余計な動きをしないように掴んでおけばオールグリーン。

 

 全体重を左脚かけてブレーキを踏む。目一杯に、床が抜けるんじゃないかってぐらい。そのまま慎重にアクセルの上へ右足を置いた。そのままゆっくりと、慎重に踏み下ろす。大事なのは回転数と、オートマオイルの温度。

 ローンチコントロールなんて頭のいい解決策じゃないが、やっていることは同じだ。ついでに、起こる現象も大体同じ。

 

「ねえ、待って。もしかして……」

「もしかして、何です?」

「ちょっと冷静になろうよ。危険すぎる」

「僕は至って冷静ですよ。頭に血が昇った状態でハンドルを握るほどバカじゃありません」

「そういうことじゃなくて……!」

「ねえ、先生」

「なに、今ちょっと他のやり方を——」

「喋ってると、舌、噛みますよ」

「え」

 

 蹴り上げるように脚を上げ、勢いよくブレーキを解放する。同時に、アクセルを踏む右脚を全力で押し込んだ。駆動系に溜め込まれていた力が一気に推進力へ変換され、全身が重力加速度によって後ろに引っ張られる。ハンドルを離すまいと腕に力を込める。回転数の吹き上がる音がやかましく鳴り響いた。銃声なんかよりこっちの方がよっぽど腹にくる。

 メーターは一瞬で振り切れた。車体の重さゆえか、砂まみれの路面でもスリップはしなかった。そして、その車体の重さは、威力という点でも僕たちの味方になってくれる。車体重量二.五トンのハンヴィーが時速百キロで突っ込むのだ。掛かるエネルギーは約千キロジュール。電柱やブロック塀、木造住宅ぐらいなら吹き飛ばして走り抜けられるぐらいの力だ。いわんや不良の集団なんぞ、小石の如く蹴散らして余りある破壊力を持っている。

 

 エンジン音が聞こえたのか、何人かの耳ざとい連中がこちらを振り向いた。しかし、気が付いたところでもう遅すぎる。一秒で二十五メートル進む車体を避けるならもう何秒か早く振り返っている必要があっただろう。何が起こっているのかを把握するために棒立ちで見ているだけなんて、生来の頑丈な体に飽かせて生存本能を磨きそびれているとしか言いようがない。集団の最後方、つまり僕たちにとっては最も手前側にいた、SMAWを担いでいる不良が振り返ったのは、ハンヴィーの巨体が眼前を覆うほどの距離にいる時のことだった。

 

 さながらボウリングのピンのように、衝撃を一身に引き受けた身体が撥ね飛ばされる。轟音。被っていた立派なヘルメットが、ボンネットに叩きつけられて大きく凹んだ。そのまま彼女の身体は、加速度によって車体に持ち上げられ、フロントガラスへ覆い被さるように流される。前が全く見えなくなったが、しかしもはや前に何があろうとも関係がない。直進路の先に千キロジュールのエネルギーで吹き飛ばせないものがないことは、すでに発進前から確認済みだ。アクセルから脚を離すことなく、二.五トンの物体は直進し続ける。

 視界では確認できないものの、車体に伝わる衝撃や車内に響く鈍い音だけで、十何人かのヘルメット団員がそのまま吹き飛ばされたことは察せられた。分厚い扉を貫通する、金属同士が擦れて捻じ切れるような甲高い音が耳に届く。いや、それが何かを破壊した時の音なのか、あるいは進路の先にいた彼女らがヘルメット越しに発した絶叫なのかは判然としない。誰かが運悪く轢かれたのか、あるいは地面に物でも置かれていたのか、何かに乗りあげて車体が大きく揺れる。それでもアクセルは離さない。雷でも落ちたような爆音と、嵐でも通り過ぎたような破壊を後に残しながらハンヴィーは進み続け、そのまま——

 

 そのまま、アビドス高校の正門を封鎖していた鉄柵を強引に薙ぎ倒して、僕たちは目的地に到着した。

 

 校門前の広場を中腹まで進んだところで、ようやく制動距離を走り切った車体が止まった。ボンネットの上で動かなくなっていたヘルメット少女が、慣性のままに投げ出される。

 ようやく見えるようになったフロントガラスから辺りを伺うと、校舎の入り口でこちらを窺っている対策委員会メンバーが何人か見えた。砂狼シロコと黒見セリカだ。二階の窓からは十六夜ノノミが、リトルマシンガンVの六つの銃口を僕たちに向けている。奥空アヤネは校舎の中でオペレートをしているのだろう。小鳥遊ホシノの姿は、車内から確保できる視界の中には見えない。

 

 僕は、何かが噛んで動きにくくなっていたドアを無理矢理に蹴破って、慎重に外に出た。さっきまでの喧騒が嘘のように、さっぱり音がしなくなっている。僕の鼓膜が破れたわけじゃないってことは、吹き荒ぶ風の音と、目の前で倒れているヘルメット少女の発する呻き声で確認できる。

 助手席で目を回して伸びている先生を、襟を掴んで無理矢理引き摺り下ろすと、銃口を向けている対策委員会メンバーに向けて、高らかに叫んだ。

 

「こんにちは、アビドス対策委員会のみんな! 連邦捜査部S.C.H.A.L.Eから救援に来た、宮乃瀬ナギと……」

 

 ぐったりしている先生を、首の後ろの襟を掴んで持ち上げる。釣り上げたマグロと記念写真を撮る漁師みたいなポーズだ。

 

「こちらが、S.C.H.A.L.E代表の先生だ! 対策委員会のみんなと話がしたい!」

 

 僕の全力を賭した所属表明は、どこまでも青く澄み渡る空に、そのままの形で吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 




初めてのあとがき。
小ネタ程度ですが、主人公の使っている銃には元ネタがあります。気になる方はどうぞ。

黒を基調としたロングスライドのM1911
https://www.nighthawkcustom.com/pistols/chairman

白を基調としたM1911
https://cabotguns.com/product/serenity/
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