セミナーの仕事は忙しすぎる   作:あさなが

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セミナーの仕事は忙しすぎるし、砂漠の夜は寒すぎる…2

 

 

 

002

 

 大見得を切ったような僕の名乗りは、対策委員会のみんなには大層受けが悪かった。全く返事もしないで僕に銃口を向けたままってのは、流石に滑りすぎだと思うんだけど。いくら僕が不審人物だからって、そんな反応はちょっと寂しすぎるぞ。拍手してほしいとかそんな贅沢は言わないから、せめて銃を下ろすぐらいはしてほしかったところだ。

 気まずい沈黙を誤魔化すように、僕は片手で掲げていた先生を地面に下ろす。まだ自前の二本足で立つことはままならないようで、ハンヴィーに腰掛けてへろへろとしゃがみ込んでしまった。先生が立って話をしてくれないと事態は進みそうにないんだけど、仕方がない。再起動するまでは僕が繋いでやるとしよう。

 

 とは言っても、対策委員会メンバーとは全員が初対面だし、繋ぐも何もないんだけど。僕は先生を置いて前へ出る。とりあえず、一旦は代表者代理として話を進めておこう。

 

「えっと……。僕の勘違いとかじゃなかったら、ここはアビドス高校の校舎で、そこの君たちはアビドス対策委員会のみんなだよね? ちょっと話をしないかな?」

 

 沈黙。もしかして聞こえてないのかな。少なくとも、さっきまでの銃撃戦で鼓膜が破れるようなやわな身体じゃないはずだけど。

 こうまで露骨に対話拒否の姿勢を見せられると、僕だって傷ついてしまう。なかなか面倒なことになってしまった。原作だと先生は砂狼シロコが連れてきてたから、対策委員会に面通りするのは簡単だったけど、こっちから乗り込んで行ったらここまで警戒されてしまうのか。大人、というか学外の人間をあんまり信用していないとはいえ、想像以上に排他的だ。

 

 どうしようかと頭を掻いていると、僕の後ろで何か大きな音が鳴った。何かと何かをぶつけたみたいな鈍い音。僕は思わず振り返った。

 

 見ると、かの“暁のホルス”こと小鳥遊ホシノが、ハンヴィーの上に立っている。ピンクと白の可愛らしい塗装が施されたショットガンを僕の方へ構えながら。

 どこから現れた? ここに入ってきた時から校舎の出入り口は見ていたし、あたりに人影はなかったはずだ。車から降りた時も周囲の確認は怠らなかった。こうも易々と背後を取られるとは。しかも先生を人質に取れる位置。原作で強さは知っていたけど、相手にするとやはり只者じゃない。

 

「話をするのは君の方だよ。何者?」

 

 すっかり敵扱いだ。僕は両手を頭の上へ挙げる。

 

「まず言っておきたいのは、僕とそこの大人は君たちの味方だってこと。僕は、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eから来た、宮乃瀬(みやのぜ)ナギ。そこの彼は、S.C.H.A.L.E代表の先生」

「その連邦捜査部が、ここに何をしに来たの」

「奥空アヤネさんって子が、僕たちに手紙を送らなかった? 地域の暴力組織に悩まされてるから助けが欲しいって内容の」

 

 所属している生徒の名前を出したからか、彼女の目の色が僅かに変わった。

 

「その手紙は、今持ってる?」

「そこで座ってる先生が持ってるよ。右の胸ポケット」

 

 彼女はハンヴィーの上から軽やかに降りて、先生の服を漁り始めた。なんかスキャンダラスな光景だ。内ポケットからお目当ての手紙を抜き取って、そのまま読み始める。

 

「確かに、これはアヤネちゃんの字だね」

「いかにも。断じて、あのヘルメット団の手先なんかではないよ」

「……手紙も確かに送ってたみたい。嘘じゃなかったわけか」

 

 ある程度は警戒を解いてくれたのか、彼女の刺々しい気配が少し和らいだ。原作だと割とすんなり協力する流れになってたけど、どうにも用心深い。やはりあのダイナミックな登場が良くなかったのだろうか。あれが一番手っ取り早いと思ったんだけど。

 僕は挙げっぱなしだった手をゆっくりと下げながら、彼女の様子を伺う。どうやらもう降伏の姿勢を取らなくてもいいらしい。腕が疲れる前に矛を収めてくれてよかった。

 

「少しは信用してくれた?」

「少しはね。聞きたいことはまだ沢山あるけど」

「なんでも聞いてよ。包み隠さず答える。この場で全幅の信頼をおいて欲しいとは言わないから、君たちに協力したいと思ってるってことは理解してほしい」

「それは、中でゆっくり話を聞いてから」

「門前払いされなかったことに感謝するよ」

「ただのお客さんだったら、ここでお引き取り願ってたからね? 君が壊したあの正門の柵、ちゃんと弁償してくれる?」

「請求はS.C.H.A.L.Eに出しといて。なんなら校舎の修繕費とか——」

「ん、悪い人じゃないの?」

「うひゃぁ!!」

 

 僕は驚いて飛び上がる。

 振り向くと、僕の真後ろにWHITE FANG 465を構えている砂狼シロコがいた。アビドスの生徒は後ろから驚かせるのが好きなのか? 生徒数が少ないから奇襲が基本戦法になるのはわかるけど、時と場所と相手を考えてやってほしい。ホシノに気を取られてて全く気が付かなかったぞ。

 

「シロコちゃん、とりあえずそれは下ろしていいよ。悪い人……かどうかは分からないけど、敵対の意思はなさそうだしね」

「分かった」

「一応言っておくけど、悪い人じゃないんだよ」

「自分でそうやって主張する人は悪い人。ブラックマーケットで習った」

「良い教師を見つけたんだね。その教えは大事だけど、僕に関してだけは本当の本当に悪い人じゃないよ」

「そうなの?」

「騙されないでねシロコちゃん。とりあえず、中に案内してあげれる?」

「ん。そこの人は?」

 

 シロコは先生を指差して言った。そういえば全然再起動しないな。

 

「その人は先生だよ。ヘイローの無い普通の人だから、間違えて撃たないようにね」

「ふぅん。本当に生きてる?」

「生きてるよ。当たり前じゃん」 

 

 僕は先生のそばまで歩いて、肩を揺する。揺する。さらに揺する。もう一度揺する。おまけにもう一度揺する。

 

「……少なくとも、あのヘルメット団相手にストライクを取るまでは生きてたんだよね」

「し、死体を持ってきちゃったの? そういうのは、おじさんちょっと困っちゃうなぁ……」

「えっと、念の為、おっきいシャベルとか貸してもらえたりする?」

「やっぱり悪い人!」

「いや違う! よしんばそうだったとしても事故だったんだよ!」

「う、ううん……。ナギ……?」

「あ、ほら! 喋ったよ! 今の、聞こえた?」

「ん、本当に生きてるか確かめる」

「どうぞ好きにしてくれ。やましい点など何一つない」

 

 ギリギリセーフ。

 そういえば、普通の強度の人間は、車に乗って人を撥ねたり鉄柵をぶち破ったりしたら、痛ましいことになるんだった。キヴォトスに染まりすぎて、その辺りの配慮ってやつが抜け落ちていたらしい。僕が順調に順応できている証拠でもあるけど、先生が隣にいる状況でその認識はいささか危険だった。次からはもっと穏当な方法を取ることにしよう。ハンヴィーに乗って不良の大群と対峙する()なんてものがあればだが。

 

「ねえ、大丈夫? 生きてる?」

 

 砂狼シロコが、先生の前にしゃがみ込んで首筋に手を当てている。脈を測っているのだろうが、なんだか首を絞めているみたいでちょっと滑稽だ。しばらく生死確認をしてから、彼女は手を退かして先生の顔を覗き込んだ。

 

「ああ、うん……。なんとかね。ちょっと、色々ショッキングなものを見た上に、体がひどく揺さぶられてね……。ちょっと朦朧としてたんだ」

「そう。あなたは本当に先生?」

「ああ、そうだよ。ナギから聞いたんだよね」

「うん。連邦捜査部……S.C.H.A.L.Eから来たって。私たちを助けに」

「そうだね。君たちの力になるために来たんだ。……それで、さっきのヘルメットを被った子達が、例の暴力組織?」

 

 先生が首の後ろをさすりながら尋ねる。もしかしたら衝突のときに痛めたのかもしれない。後で病院に連れて行くべきだと脳内にリマインド。原作の流れからして、そんな時間はなさそうだけど。脳出血で倒れたりしたらどうしよう。アロナバリアが守ってくれたことを祈る。

 

 彼はゆっくり立ち上がると、腰をさすりながら辺りを見回した。自治区に来てから目に入り続けてきた荒廃の砂塵が、現校舎にも吹き込んでいることを少し訝しがっている様子だが、口には出さない。暴力組織の他にも、この自治区には砂という敵がいるということは、彼もここまでの道中で身に染みて理解しているはずだ。アビドスの抱えている問題がヘルメット団なんかに収まるものではないことは薄々察していることだろう。

 それでも、彼はこの校舎の現状を尋ねたりはしなかった。この辺り、先生はうまく地雷を避けてると思う。僕だったら真っ先に訊く。僕と先生のスタンスの違いってやつだろうか。僕はミレニアム以外に対しては第三者というスタンスを明確にしたい方だけど、彼は積極的に問題の当事者として活動するやり方を好んでいるふうに見える。だから信用されるんだろうな。僕にはできないアプローチだ。

 

「うん、そうだよ。いっつもああやって襲ってくるんだよね。ほんと、困っちゃうよ」

「それじゃあ、ちょっと中で話を聞かせてもらってもいいかな? さっき校門の前にいたあの子たちについて」

「いいよ〜」

「それなら、あの子も連れていくべきじゃない?」

 

 僕は、さっき自分が撥ね飛ばしたヘルメット少女を指差した。

 

 微妙な顔をしているホシノの傍を通り過ぎて、ヘルメット少女の横に立った。彼女は非常口のピクトグラムみたいなポーズで倒れている。肩を蹴って仰向けにしてやってから、ヘルメットを脱がせた。毛流れの乱雑な痛み切った髪があらわになる。砂漠の紫外線でキューティクルが剥がれているのだろう。

 あとで連邦生徒会のデータベースと照合するために顔写真を撮影していると、ホシノが僕の横に並んできた。

 

「この子、起きてるの?」

「起きてるにせよ、寝てるにせよ、ここに放置はできないだろう?」

「だからって、この子まで中に連れていくのはな〜」

「襲撃の実行犯だよ? 他の連中は全員逃げ帰ったし、いま連中の情報を手に入れるなら彼女に訊くしかない」

「なにそれ、尋問するの?」

「ちょっと話を聞くだけさ。ほら、きみがさっき僕にやったみたいな、おっかない威圧感を出したら、手荒にしなくても話してくれるかもしれないよ?」

 

 僕は両手の指を鉤爪のように曲げて顔の横に出す。飛びかかる獣みたいなジェスチャーだ。ホシノはげんなりした顔をして頭を掻く。今の一言でよっぽどうんざりしたらしい。早々に昼行燈の偽装が露見したことを後悔しているのだろう。僕はとどめにウインクをしてやる。

 後輩の手前、その銃を撃つこともできまい。暁のホルス、破れたり。

 

「うへぇ。君、やりづらいなぁ」

「一筋縄ではいかないのが僕なんだ。連れていってもいいよね?」

「いいよ。ちゃんと武装解除させてからね」

 

 僕はヘルメット少女の全身を弄り倒して武器を探す。なんだか不埒なことをしているみたいな絵面だけど、小鳥遊ホシノに命令されてやってるだけだから無罪だ。そばに落ちてたSMAWはホシノに渡して、僕は彼女を背中に担いだ。

 ヘルメット団と戦うイベントが発生していないから、ホシノによるヘルメット団の基地を襲撃する提案がなくなってしまう可能性がある。そうなると対策委員会と先生との関係が深まらない。僕から前哨基地襲撃の提案ができるよう、基地の場所を知っている人間は必要だ。

 

 ホシノが遠巻きに見ていた先生とシロコの方を振り返る。

 

「シロコちゃん、二人を案内してあげて。おじさんはもうお昼寝の時間だからさ」

「ん、付いてきて。あと、ホシノ先輩も一緒に来る」

「分かった分かった。愛されてるねぇ、ほんと」

 

 小鳥遊ホシノは、すっかりいつもの飄々とした口調に戻って、僕たちの後ろからついてきた。こっそり僕たちのことを調べるつもりだったのだろうに、お昼寝なんてよく言うよ。さっきまで僕に銃口を向けてた威圧感はどこに行ったんだ?

 

 校舎の中はさすがに掃除されているようで、砂汚れはほとんどない綺麗なものだった。無人清掃ロボットが常時稼働しているミレニアムほどではないが、よく掃除されている。砂漠のど真ん中に立っているような建物をこまめに掃除するなんて、僕からしてみれば不思議な精神だ。雪が降っている中で雪かきをするような、まったくの徒労だと感じたりはしないのだろうか。愛校心の成せるわざってやつだろうか。

 いや、きっと逆だろう。一番最初に砂を掃除した時は、大した理由もなかったのかもしれない。だけど、そうやって掃除をしていくにつれて、まるで自分の魂の一部が箒を伝って校舎へ溶け込んでいくように、愛校心ってやつが生まれはじめたのだろう。そして、校舎の掃除が愛の発露として現れる。伝統的な洗脳の手法だ。意識的にせよ無意識的にせよ、対策委員会のメンバーらは、そういった自己洗脳の結果によってこの砂上の楼閣に縛り付けられている。九億六千万なんて途方もない額の借金を抱えながら、それでもここに通うなんて、そういった固着した思考によるものでなくては説明がつかない。

 

 案内されて、対策委員会の部屋に到着した。ゲームで見たものと同じ光景が広がっている。こういう超越的なデジャブュの感覚は悪くない。

 僕が背負っていたヘルメット団の捕虜は、対策委員会の部屋の隣にあった、小さな物置みたいな部屋に、手足を縛って転がされている。彼女が目を覚ました時のことを考えると悲惨だが、恨むなら学籍の無い自分を恨んでほしい。

 部屋の中には、すでにホシノとシロコ以外の対策委員会メンバーが勢揃いしていた。全員と初対面だ。友好的な視線を向けているのは、かろうじて手紙を出した張本人である奥空アヤネだけ。あのハリウッド映画的な登場シーンは評判が良くない。

 

「連邦生徒会の服……。本当にS.C.H.A.L.Eの人なんですね」

「支援要請が受理されてよかったです!」

「ええ、そうですね……。さっきのは、ちょっと驚きましたけど」

「驚いたなんてもんじゃないわよ?!  あんなことするなんて……」

 

 教室の中では、驚いだ表情の奥空アヤネと、にこやかな雰囲気を崩さない十六夜ノノミ、それと、こちらに対して警戒心を向けている様子の黒見セリカが、部屋の中央に置かれた机を囲んで立っていた。僕たちに対する反応は三者三様だが、原作と大きくずれている点は見受けられない。これまでアビドスには不干渉を貫いてきただけあってか、バタフライ・エフェクト的な差異は発生していないようだ。心の中で胸を撫で下ろす。

 

「それじゃあ、改めて……。ようこそお越しくださいました、初めまして。私は、アビドス高校一年の、奥空アヤネです。こちらは、同じく一年の黒見セリカ」

「よろしく」

「そして、二年の十六夜ノノミ先輩です」

「よろしくお願いします、S.C.H.A.L.Eの皆さん!」

「お二人をここまで案内してくれたのが、同じく二年生の砂狼シロコ先輩です」

「よろしく」

「そして、えっと……。もう一人いるんですけど……」

 

 アヤネが眉根を寄せて、視線を部屋に彷徨わせる。

 

「あ、おじさんはここだよ〜。三年生の小鳥遊ホシノだけど、気軽にホシノちゃんって呼んでね〜」

 

 自己紹介の順番が回ってきて、僕たちの後ろから、呑気そうな声が飛んでくる。アヤネの表情が明るく晴れた。小鳥遊ホシノは寝ぼけてどこかに行ってしまったとでも思っていたのだろうか。さっきからずっと僕の後ろでEye of Horusを持ってたけど。ああ、背が小さいから見えなかったんだな。

 

「私は、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問先生だよ。君たちを助けにきたんだ。なんでも気軽に頼ってほしいな」

「僕は宮乃瀬ナギ。一応は二年生だけど、先輩後輩の壁なく仲良くしてほしいな。今日は、S.C.H.A.L.Eの臨時職員として先生についてきただけだけど、精一杯頑張るからよろしくね」

 

 当たり障りない自己紹介よし。余計な詮索を避けるために、ミレニアムの生徒だってことは隠しておくことにした。他校、それも三大校からの介入となったら、対策委員会の動きが予測できなくなる。

 

 想定外に、ややこしい状況へと陥ってしまった。アビドス滞在での一番の問題は、ヘルメット団でもなくカイザーでもない。僕の横でのほほんとした外面を崩さないでいる小鳥遊ホシノだ。

 

 僕個人は、そう長いことアビドスで活動する気はないけれど、その間ずっと彼女から警戒されっぱなしってのは流石に座りが悪い。原作だと先生一人分で済んだけど、僕というイレギュラーまで警戒対象に含まれてしまっているのは、後々のことを考えるとかなり不安だ。おかげで僕も彼女の動向を注視せずにはいかなくなってしまった。

 そしてホシノも、僕が自分に注意を払っていることを察しているので、必然的に、それを考慮して動くことになる。先生との関係まで展開が読めなくなってしまうだろう。そうなると、もはや人間関係の三体問題だ。それの一手目が、自己紹介のホシノちゃん云々。ファースト・インプレッションで険のあるホシノを既に見てしまった僕に向かって、暗に、ただの可愛い生徒の一人だから表立って警戒しないでね、と伝えているわけだ。

 

 知っていると知られている——全く厄介な状況になってしまった。どこかで、僕も一手返す必要がありそうだな。

 

「——学校がこうなってから、学園都市の住民もほとんどいなくなって、カタカタヘルメット団みたいな三流のチンピラに学校を教われてる始末なの。私たちじゃ、学校の守り切るのは難しい」

「S.C.H.A.L.Eの救援が早くに駆けつけてくれたのは幸いでした……。補給品も底をつきかけていますから」

 

 僕が黙って今後の展望を憂いている間に、他のみんなで話が進んでいるようだ。今後ともそうやって僕抜きで話を進めてもらいたい。僕はあくまで先生の付き人として、大した存在感なく横にいるだけの事務員ということにしておいてほしい。

 

「だけど、これからどうするの? 物資はなんとかなりそうだけど、あいつらはこれからも襲ってくるでしょ」

「確かに、セリカの言うとおり。そもそもが消耗戦だから、戦いが長引くこと自体はあいつらのメリットになる」

「そうですよね……。ヘルメット団以外にも問題を抱えている以上、このまま戦いが続いている現状を打破しないといけません」

 

 部屋が暗いムードに包まれかけたところで、小鳥遊ホシノが口を開いた。

 

「そういうことなら、おじさんに良い考えがあるよ?」

「え! 本当ですか、ホシノ先輩!」

「ホシノ先輩が、考え?!」

 

 君、一年の後輩に舐められすぎだろ。暁のホルスなんて大層な異名が形無しだぞ。

 

「その反応は、いくら私でもちょっと傷つくなー。おじさんだって、たまには真剣に考えたりするんだよ?」

「それで、ホシノ先輩。どんな計画か、聞かせてくれますか?」

「いいよーノノミちゃん。えっとね、さっきナギちゃんがかっこよく吹き飛ばしてくれた、ヘルメット団のメンバーがいるでしょ? あの子に、アジトの場所を教えてもらうっていうのは、どうかな?」

「ん、尋問して聞き出すってこと?」

「そんな怖いことしないよ。ちょっとお話しするだけー。もしこれでヘルメット団の生活拠点とか本拠地がわかったら、本丸を直接叩くことができるでしょ?」

「なるほど……。確かに、それは良い案かもしれません。相手の兵站線を断つことができれば、先生がいるこちらが有利になります」

「今度は、こっちがあいつらに消耗戦を仕掛けるわけね!」

「そうなれば、しばらくはおとなしくなる。良い作戦」

「うん、私もいいと思う」

「お、先生のお墨付きかー。私もなかなかやるねぇ」

 

 よしよし、なんだか原作通りの方向に話が進んでいきそうだな。さっきホシノにそれとなく、捕虜の使い方を示唆しておいてよかった。

 

 勝手に先行きを危惧してたけど、どうやらストーリー通りに話が進みそうだな。ここはちょっと肩の力を抜いて、不良相手の銃撃戦を楽しむモードに切り替えるとしよう。キヴォトス最高の神秘とやらがいれば負けることもないだろうし、勝ち戦ってのは気が楽だな。

 

「それじゃあ、ヘルメット団撃退作戦を始めよー。みんなは準備しちゃってね〜」

「はい、私はガソリンを入れてきますね! 満タンにしちゃいますよー!」

「私はドローンの掃除。弾は任せていい?」

「じゃあ、それは私ね。何マガジンくらい必要?」

「いっぱい」

「いっぱいじゃ分かんないわよ。十五ずつくらいでいい?」

「なら、あの子から話を聞くのはナギと先生に任せちゃっていいかな? おじさんは一眠りして体力を回復してくるよ〜」

「うん、いいよ」

 

 僕は二つ返事で答える。

 

「よくない! ホシノ先輩も先に補給してください!」

「うへ、おじさんもう疲れちゃったのにー」

「そう言わずに、ちゃんと装備を整えましょう?」

 

 対策委員会のみんなは、各々で戦支度をし始めた。こういう細かいところがスムーズに行くあたり、対策委員会のみんなが仲間思いのいい子だってことがわかる。眺めてると思わずほっこりしちゃうね。会話はちょっと物騒だけど。

 あれ、そういえば、なんかとんでもないことを安請け合いした気がする。

 

 対策委員会のみんなが忙しそうに部屋を飛び出していく。とりあえず、事態が一段落したことに今は安堵しよう。僕はバッグからマイボトルを取り出して水出し紅茶を一口飲む。ようやく落ち着けた。

 僕が喉と心の渇きを癒していると、先生が僕に顔を向けた。

 

「ねえ、ナギ?」

「はい。どうしました、先生」

「私、尋問なんてやったことないんだけど……」

「は、尋問?」

「うん、ホシノに頼まれてたよね?」

「え、いつです」

「今さっき。聞いてなかったの?」

「え?」

 

 振り返ってホシノを見る。彼女は僕に向かってにやりと笑うと、意趣返しのようにウインクして見せた。そのままそっぽを向いて、セリカに引きずられるがまま対策委員会の部屋を後にする。

 尋問って、いま隣の部屋で四肢を拘束されたまま放り出されている、あのヘルメット団の尋問のことか。僕はてっきり発案者のホシノがやるんだとばっかり思ってたけど、さりげなく僕に押し付けたのか。気が抜けてて頭が回ってなかった。

 

 油断したな。こんなところでやり返してくるとは。暁のホルス、やはり強し。

 

「なんなら、今からでも手伝ってくれるようお願いする?」

「……、……いえ、それは敗北を決定づけるだけです」

「敗北?」

「なんでもありません。気の迷いです。手伝いを頼む必要はありません」

「でも、大丈夫なの?」

「たぶん、なんとかなるでしょう。幸い、尋問ならいくらか経験があります。ヴァルキューレの狂犬と名高い取り調べのプロの技術を見て学びました」

「へ、へえ。それは凄いけど……。狂犬?」

 

 尋問の経験があるのは嘘じゃない。どれも尋問される側だったけど。

 ヴァルキューレに拘禁されて、初対面のカンナに三日三晩の取り調べを受けた僕は、もはや尋問の極意をマスターしたと言っても過言ではない。なにせ公安局局長というプロ中のプロの技術を三日三晩ものあいだ見ることができたのだ。見て学ぶって意味じゃこれ以上に理想的な対象も環境もキヴォトスには存在しない。

 

 それでも、実際にその学習の成果を発揮する機会なんてこれまでそうなかった。はたして僕は十全に彼女から情報を引き出すことができるのだろうか?

 しかし。しかしなのだ。呆れるほどの面倒ごとでも、問題なくこなさなければどうにも気持ちが落ち着かないのが、中途半端な勤勉を拗らせた僕の性質ってやつなのだ。僕は世界で一二を争うほど僕との付き合いが長い。こういう時は、うだうだと悩む前にことに取り掛かってしまうが吉。僕はそれを知っていた。

 

「それじゃあ、行きましょうか。彼女は隣の部屋ですよね?」

「うん。にしても、尋問か……。不良とはいえ生徒を相手にそういうことをするのは、あまり気が進まないんだけどね」

「それでも、対策委員会のためには必要なことですよ。彼女らには、あまり時間が残されていない。ある程度は、致し方ないことだと割り切りましょう」

「そうだね……。うまく割り切れなさそうな問題だけど」

「おや、大人になると割り切るのがうまくなると、ものの本には書いてありましたよ? かく言う私の脳も、仕事のためにモジュロ演算装置がオミットされています」

「それ、日常生活が不便になりそうだね」

 

 先生は僕のミレニアム式ジョークに小さく笑った。小さじ一杯程度は気持ちが和らいだだろうか。

 

 話しながら歩いていると、すぐに問題の彼女が虜囚となっている部屋の前に到着した。隣の部屋だから近いのは当然だ。個人的にはもう少し歩きたいところだったけど、それはわがままってやつだろう。

 

「何度も言いますが、今回は致し方ないことです。運動の第三法則はご存知ですね? 前に進むためには、同じだけのものを後ろに置いていく必要がある。社会も同じです」

「身に染みて実感するよ。ニュートンは偉大だね。……そう言えば、さっき、ホシノとアイコンタクトしてたよね? あれ、なんだったの?」

「ああ、あれは……、なんと言うんでしょう。お互いを理解し合っているもの同士の秘密の交信ってやつですよ。内容は、乙女の秘密の花園の中にしまってあります」

「おっと。口に出すのも野暮ってやつだ。触れないでおくよ」

 

 僕が誤魔化したのは気付いているのに、軽口として流してくれる。先生のこういうところはやりやすい。距離の取り方が上手いから聖園ミカや桐生キキョウのような難物女子たちとも上手くやれるのだろう。距離感の魔術師と呼ぼうかな。

 

「まあ、元はと言えば、軽率にも僕が売り捌いてしまった喧嘩ですからね。銃撃戦はともかく、こういう分野では負けたくないんですよ」

 

 虚勢を張ったところで弱さは覆われない。僕は小さくため息を吐いた。一日のうちにこう何度も自分が試されるような出来事が重なると、運命ってやつを呪いたくなってくる。その全部が僕の蒔いた種から発芽したものだってのが、どうにも救えない。

 

 肺の中にある空気を全て入れ替えるような勢いの深呼吸を一つ。ポケットのミントタブレットを口に入れて、そのまま噛み砕く。ノンシュガーの清涼感が気管支を支配する。オーケー、気分はいくらかまともになった。頭の回転も悪くない。仕事ができる状態だ。

 

「さて。それでは、尋問を始める前に作戦を練るとしましょうか、先生」

 

 

 

 

 

 





警戒心の高い初期おじさん好き……。
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